#11 覚悟
「帝魔六天将…っすか?ええ、あれでしょ、この世界に存在する魔族将軍の中で、個人としても、軍隊としても最強の六体のことをそう呼ぶんでしょ?」
歴史書に書いてあった、【最強の六人】。
名前は、知らない。
「ああ。先日、帝魔六天将の一角、【不死戒将】の【右天】がボカベル半島に出現したとの情報があった。」
【右天】。それぞれの将に付けられた、一人の補佐。全体の指揮官のような存在で、かつ実力も十二分にある。また、それと付随して【左天】も実在する。これもまた右天と似たような役割をもつ存在であるが、実力は右天のほうがわずかに上をゆく、というのが世間一般の常識だ。
「その…ふしかいしょう?ってのはなんなんすか?」
「通り名だ。帝魔六天将の奴らは皆、その能力に値した通り名を持っている。」
(つまり…不死ってことかな、そいつは)
メイキョウは、なぜ不破を訪ねたのか、理由を明かさないまま話を続ける。
「帝魔六天将という制度自体の歴史は浅い。お前も知っているだろうが、千三百三十六年に龍族が他種との戦争を制し、「人族壊翼連合」を結成した年につくられた制度なのだからな。…しかし、奴ら一人ひとりの強さは別格。人類の最高戦力が出てやっと一人勝てるくらいだ。…それも、おそらく帝魔六天将の上位には、通じないだろう。」
メイキョウは、そこで初めて不破の目を見た。
瞳の中で、ゆらりと炎が瞬いたような錯覚に襲われる。
「貴様に、そいつらを相手にする覚悟があるか?」
言葉に詰まる。
それはつまり、「いつでも命を捨てられるか」という質問と同義。
メイキョウは、こう問いたいわけである。
「お前は国のために死ねるのか?」と。
答えることは、できない。
そりゃ、この世界で指揮官として生きるにあたって、死は覚悟すべき最初の事象に他ならない。
事実、先の指揮官は前線で死んでいたではないか。
元の世界では、少なくとも、そういった寿命や病気以外で死ぬことは滅多になかった。
事故死にしても、それは覚悟する暇すらなかった理不尽なもの。
この世界では、予想された死を覚悟できるのかが大前提。
明日死ぬかもしれない、極限世界。
それこそが、この世界である。
「できれば…その覚悟が無駄になることを祈ってます」
発言の意図を測りかねたのか、メイキョウの眉が寄る。
「…どういうことだ。我々の覚悟が、無駄になればいいと?」
メイキョウの髪が紅い光を伴って逆立ち始める。
そんなメイキョウに、不破は慌てて補足する。
「い、いえ!そういう意図ではなく…その、あまり人が死なないような指揮ができるといいな…って…」
その言葉に、さらにメイキョウの眉が寄る。
理解し難い、何か汚物を見るような目で不破に視線を送る。
「…貴様は、とんだ甘ちゃんだ。平和思想だけを植え付けられて育った貴族のようだな。反吐が出る」
はい。平和思想だけを植え付けられている日本国民です。
とは言えず、不破はただメイキョウの発する威圧に萎縮するだけだった。戦火を増す世界では、平和や友愛などと言った思想は不要として排除される。
そんな不正確な未来に甘えた考えなど、ただ集団の士気を下げるだけだからだ。
「あまり、死なない?それでやつらに勝つつもりか?この世界にはるか昔から君臨してきた、六人の将軍どもに?」
とは言われても、この考えは不破の真実だ。綺麗事や絵空事と非難されても、これは曲げようもない不破の心からの願いだ。
「別に、誰一人死なないように…とは言ってないっす。最小限の犠牲で、勝つ。そう僕は言いたいんす」
メイキョウは背を向けた。もう、ここにいる意味はないとでも言うように。部屋の外に去ろうとする背中に向けて、不破の一言が飛んだ。
「そのために僕がいるっす。」
その言葉の裏に潜む強い意志を、メイキョウは感じたのか否か。しかし、メイキョウはくるりと不破に向き直った。
「嘘はないな?」
真実だけを炙り出さんと滾る瞳に、不破は負けじと応えた。
「ないっす。僕には、絶対にそれができる。誰もできなかったことをするために、僕はここにいるんす。」
しばらく、不破の瞳をじっと見つめていた。そこに、ひとかけらでも嘘があるのを見落とさないように。やがて、疑いが晴れたのか、今度こそ振り返らずに部屋から出ていった。
廊下をコツコツと歩き、大広間へとゆく。一歩踏み出すたびに、足元から火の粉がパッと散り、舞う。
王卓は会議がある時以外は誰でも自由に使ってよいという決まりなので、遠慮なくそこに座っている人物の前の席に腰掛ける。
「どうだった?彼は」
問いかけたのは、翠色の瞳を持つ、立派な金ロールをゴテゴテと主張させている男。
近衛師団長、コズミック・レイだった。
先ほどまでの剣呑な態度はどこかに鳴りを潜めた様子のメイキョウは、へらっと笑いながらコズミックに手をひらひらと振る。
「ま、いいんじゃないか?少なくとも、メンタルやられて木偶になりそうなヤツではなかったしな。」
その言葉に、同じく王卓に腰掛け、コズミックとメイキョウの間の席に位置取っていた若い男が笑いながら返す。
「バーカ。そうさせないために俺ら師団長が何とかしなければならないんだろーがよ。こと、ああいうひ弱なヤツほどな。」
金色がかった黒髪。そのような概念が存在するかは甚だ疑問だが、「天然メッシュ」と形容すべき黒髪を四方に遊ばせた男。
少し前に、不破を一瞬で戦闘不能に追い込んだ張本人。バラク・ヒストレイⅡ世だ。
バラクは理解していた。
ああいう性根が腐った人間には、一度キツく当たってやったほうが伸びる。
コケにされた悔しさを糧に成長できる人間には、未来がある。バラクは、密かに不破に期待していた。
王国にあるこの手詰まりな状況を、この余所者が何とか打開してくれることを。
おそらくその期待を不破に抱いてるのは、メイキョウも、コズミックも一緒だろう。
この三人、ジツは非常に仲がよく、仕事に収まらずプライベートでも交流を持つ人同士である。
しかも三人それぞれが師団長に抜擢されていることを見るに、実力も相当にある。
「にしてもよ、アレだな。ジュリエット様は、結構キュータローのことを気にかけてるんじゃねぇか?」
ニヤニヤしながらバラクが話題を振る。バラクは今年で18歳、まだまだこういう話が大好きな年頃である。
メイキョウが、王卓に乗せられていた酒を一口舐めながらククッと笑う。
「もしかしたら、ジュリエット様はひ弱な男が好みなのかもな。庇護欲をそそられるのかも。」
チーズを齧っていたコズミックが、吹き出す。肩を笑いで震わせながら、指を振る。
「それなら、私たちにチャンスはないねぇ」
「違いねぇ!ヒャハハハハ…」
酒のせいか、三人とも笑いのツボがいささか浅くなっているようだ。
「楽しそうだな」
大広間の扉が開き、軍靴の音がカツカツと響く。
「おー、お前もこっち来て飲むか?ヨルマサ!」
蔵馬夜政は、腰に差していた日本刀を椅子の脇に置き、卓についた。
「いつ見ても変わってるな、お前の剣。なんだっけ、ニホントウだっけ?」
蔵馬は、酒をすすりながら頷く。この酒、酸味が強い。癖になりそうだ。
「ああ。俺がいた国独自の剣だ。どうしてもあの形状でないと手に馴染まなかったので、武器屋に無理言って打ってもらったんだ」
コズミックが、蔵馬にチーズを投げる。それを難なくキャッチし、一口齧る。
(…やっぱり保存料とかそういうのが一切入ってないチーズって美味ェな。)
酸味のある酒と程よくマッチする。二つの相反する味わいを口のなかで転がしながら、すでに酔いが回っているバラクをちらりと見る。
赤く染まっているその顔は、年相応に見えた。いくつもの死線をくぐり抜けて第二師団長の座に就いた男とは、到底思えなかった。
「次の出兵はいつだ?」
コズミックに問われた蔵馬は、記憶を辿るように天井を見あげた。煌々と輝くシャンデリアが夜目に染みる。
「1週間後くらいには、石聖船に乗る予定だ。ボカベル半島の北東部の戦線に援軍要請があったのでな」
「気をつけ給えよ。【不死戒将】の【右天】が出没したらしいからね。」
ハークシュバルツ剣聖の目撃情報は、一日こっきりで途絶えている。
しかし、油断はできない。
「それ以前によぉ…最近は海類型の野郎共のせいで、敵地に上陸する前に船のほうが潰されるケースも増えてきてんだ。気をつけた方がいいぜぇ?」
酔っ払い特有の胡乱な目で蔵馬を睨む。
「そうだな。今度不破に頼んでみるか。あいつならそういうもの、創れるだろうし。」
メイキョウが、驚いたように問う。
「珍しいな。お前が誰かに「頼む」と来たか。」
蔵馬は、居心地悪そうにそっぽを向き、酒をくいっと飲んだ。
「別に。同郷のよしみだ。」
バラクが茶化す。「素直じゃねぇなぁ、ヨルマサ。そんなにキュータローのこと、信頼してんのかぁ?」
「…実際、あいつの挙げた功績に鑑みてだ。お前らは知らないだろうが、あいつは今日…いや、時間的には昨日か。元の世界にあった軍事兵器の図面を完成させたらしいぞ」
その言葉に、コズミックの顔が綻ぶ。
「あぁ、彼はちゃんと成果を挙げているんだね。すごいじゃないか、新しい兵器だなんて。」
メイキョウが、不安そうに呟く。
「軍事をレベルアップさせるだけで、この戦争は終わるのかねぇ…」
その呟きは、誰に聞き取られることもなく賑やかな空間に溶けて消えていった。
その頃。
「…へぶしっ!」
ベッドでさぞ気持ちよさそうに眠っていた不破は、身体が冷えたのか大きなくしゃみをしていた。
翌朝。
朝起きて不破がまず最初に向かったのが、仕事場である工場だった。バームハウスは昨日のうちに戦車づくりを終わらせると言っていたが、その進捗を確認するために。
「おはようございます!」
門を開けて、不破は絶句した。
工場員、そしてバームハウスが揃いも揃って床に死んだように倒れていたからだ。
「えっ…えぇっ!?」
バームハウスが、床に倒れたままうっすらと目を開け、呻く。
「あぁ…おはよう。悪いね、大丈夫だ。すまない、こんな状態で。」
「いやいや…別にいいですけど。どうしたんですか?」
「…ん?何だって?ちょっと気を失っていた…」
「全然大丈夫じゃないじゃねぇか!」
これには思わず不破も敬語を忘れてツッコんだ。
不破が出勤して二時間後には、もう全員息を吹き返していた。
「ここにいる皆、朝方まで戦車なるものを作っていたからね…いやはや、大変だったよ。溶接工まで呼び出して、やってもらったんだから。…こんなに作るのが難しいモノは初めてだった。まあ作りがいはあったけどね?」
「そうなんすか…でも、大丈夫ですかね。一応あの戦車は、大量生産を前提として作られたモノなんすけど…」
バームハウスは、自信満々に指を振った。
「それに関してはモーマンタイさ。我々には、リッツ・カーロリックがついているからね」
リッツ・カーロリック?知らない名前だ。
「誰すか、リッツ・カーロリックって」
バームハウスは、目をパチクリさせた。
「あぁ、知らないのか。この工場の副工場長であると同時に、魔族の動向を監視する仕事をしている人なんだ。ちょっと冷淡なところがあるけど、仕事の腕はピカイチだよ。」
「一人で、一日に戦車をたくさん作るんすか?」
「いやいや、違うよ。彼のスキルによって、さ」
「彼のスキルは、自動作業という。自らが携帯している生物に、そのスキルの持ち主であるカーロリックがした動きを学習させて反復させることができる。」
「…なるほど?」
つまり、そのカーロリックなる人間がポケットのなかにカエルを忍ばせていたとして、彼がジャンプをするとカエルがそれを学習してジャンプする…ということなのか?絶妙に違う気もするが。
「あぁ…それで、どうやってカーロリック某は戦車を作るんすか?」
「手作業だね」
思考停止。
手作業。え、手作業ってあの手作業?
「マジですか??正気ですか????」
「正気も何も…彼のスキルは、彼自身が動かないと発動しないんだよ」
「ははぁ…じ、じゃあ戦車の生産はそのカーロリックさん一人に任せていいんですね?」
「うん、まあそういうことになるね。」
そう言っている間にも、工場員たちは動き始める。
「そうだキュータロー君。外に来なさい」
「え?は、はい」
唐突すぎる話題転換に戸惑いながらも、バームハウスに連れられ外へと足を運ぶ。
そこには、大きな布で覆われた何かと、布の端を掴む数人の工場員がいた。
「あ、あの、これは…?」
本気で理解できなかった不破が問いかける。
その問いにバームハウスはわざとらしくニヒルに笑いながら、工場員たちに向かってパチンと指を鳴らした。
「外したまえ!!」
はらり、と布が落ちる。
そこにあったのは、荒々しい鉄の塊。
洗練とは程遠い次元に位置するその荒っぽい造り。装甲はまるで型に流し冷やしただけのように凹凸が目立ち、見ただけでザラついたものだとわかる。しかしその粗雑さがもたらすのは、不快感ではない。
これから数多くの魔物の命を刈り取り、そしてその巨大なキャタピラで蹂躙するであろう、鉄の獣。
完璧に再現された「それ」は―
T-34。
剣と魔法の世界にもたらされた、異物。不破がオリジナル設計を施したエンジンは、いつでも魔力を受け入れられるとばかりに青白く輝いている。
革命は、まだ始まったばかりであった。




