#10 動乱
不破が、記念すべき最初の戦車、「T-34」の図面を造っていたころ。
人類と人型魔族の激戦区、ボカベル半島にて、とある動乱が起こっていた。
隊列を組んだ人類の大隊が、剣を片手に行進をしている。
その少し向こうには、異様な鳴き声を響かせた人型魔族の軍隊が隊列をつくり、棍棒やら剣やらを持ってぎごちなく行進していく。
がちゃがちゃと、武器や鎧が重なり響く。
その時だった。
「…ん?うわぁぁっ!!」
「ぎゃあああっ!」
突如として、人類軍の隊列が崩れた。
横から単騎、何者かが突撃してきたようだ。
ばさばさと、まるでボールを一斉に投げるかのように首が宙を舞う。
前線を薙ぎ掻き乱したのは、一人の全身を純白の鎧で纏った男だった。
もとい、男かどうかも分からない。
その顔すらも鎧に覆われているからだ。
その男が手にしているのは、成人の男ほどの背丈もある両手剣だった。鎧と同じく純白のその刀身には、金色の彫刻が掘られている。
その両手剣を振り回し、首を刈り、胴体を薙ぎ、人類の戦線を見る間に崩壊させている。
他の魔族とは明らかに一線を画すその実力。
「貴様は…誰なんだ!?」
一人、最前線で生き残った兵が血を吐きながら問う。
ズドドド、と後ろから人類軍の援軍が軍靴を響かせながら進軍してくるのが聞こえる。
男は大剣をギラリと光らせ、己の名を名乗った。
「我が名はハークシュバルツ剣聖。正義の名のもとに、悪しき種なる人類に制裁を加える者なり。」
それを聞いた兵士が、息を呑んだ。
剣を握り直す間もなく―
あまりにも、雑兵には殺意が高すぎる大剣が、兵士の胴体を斬り、砕き、両断した。
その頃、現場で起きた惨状を知らない不破は。
「これが、最初の図面です。どうですか?」
バームハウスに、T-34の設計図を見せていた。
「ほほぅ…なかなか突飛なものだね。儂には得体の知れん塊にしか見えないんだが…これは一体、何を目的として作られたのかな?」
不破は、軽く衝撃を受けた。
確かに、「戦車」の概念すら知らない人間がこれを見ても、ただの塊にしか見えないだろう。
元の世界の常識は、この世界のそれと違う。
「はい。これは戦車と呼ばれているもので、陸上戦闘に特化している現代兵器です。クロム、ニッケル、モリブデンを使用しており、こちら…前方に設置してある主砲から、地面に着弾すると爆発する弾が出ます。これは、ジツは他の戦車よりもコスパが良いかわりに耐久性に難があります。しかし、魔物の攻撃手段が剣であれば充分すぎるほど活躍できます。そして、戦車の真骨頂といえばブレイクスルー…いえ、前線突破です。コイツを走らせて相手陣地に突撃させるだけで相手の前線は崩壊し、こちらの歩兵軍隊の突撃口を容易に作ることができます。さらに盾としても使え、ここを見てもらえば分かると思いますが、この戦車は前面に傾斜装甲を施してあります。よって、相手が投石などの手段を講じてきても、無意味にはじき飛ばすことができます。いかがですか?」
バームハウスは、そのたっぷりと蓄えられた顎髭を撫でながら、うんうんと頷いた。
「ふむ。すごいじゃないか。それが本当に実現可能なら、人類側にも勝機が生まれるね。ただ、その戦車なるものの動力源はなんだい?」
「それについては、こちらで考えていることがあります。本来は、V-2ディーゼルエンジンという非常に難解なモノを設置せねばならんのですが、それに関しては問題ありません。しかし現状未だ構想段階ですので、そこはもう少しお時間頂ければ嬉しいです。」
不破は、自分がこんなに喋ることのできる人間だと思っていなかった。彼の頭の中には、「好きな分野の話になると急に饒舌になる典型的な陰キャ」という概念は無いらしい。
それでも、バームハウスは、快くそれを受け入れてくれた。
作業場に戻り、エンジンの機構を考える。
エンジンそのものの構造は、そこまで難解ではない。
鉄の代わりにシルミンなどを組み合わせたアルミニウム合金を使用しているが、そこもバームハウスのスキルがあれば入手は容易い。
問題は、アルミニウム合金の加工だ。
今の製鉄技術は、ちょうど日本で言うたたら製鉄のようなもの。
そんな状況では、アルミニウム合金の溶接は望めない。
そも、アルミニウム合金の溶接というのは普通の鉄の溶接とは難易度が明らかに違う。
アルミニウムは、表面にシリカやアルミナなどで構成されている「酸化皮膜」に覆われている。
アルミニウム自体の融点はおよそ六百六十度だが、それを覆う皮膜の融点がバカみたいに高い。
その融点、なんと約二千度。
だから、エンジンを作ろうと酸化皮膜を溶かすのに充分な二千度で加熱すると、中の融点が六百六十度のアルミニウムが先に溶け出して、エンジンそのものに穴が空いてしまう。
さらに、アルミニウムは鉄よりも熱伝導率が三倍近く高い。
言い方を変えると、アルミニウムは鉄よりも三倍熱が逃げやすい、ということだ。
ちまちま加熱することはほぼ不可能、超強力な熱源で一気に加熱する必要がある。
しかしそこでも、あの問題が浮上する。その高い熱に耐えられなかったアルミニウムが溶け出し、エンジンに穴を開けてしまうのだ。
つまるところ、現在の溶接技術では完全なV-2エンジンを模倣するのは限りなく難しい。
ならば、どうするか。
不破が行き着いたのは、「魔力」という新たなエネルギー源であった。
魔法はエネルギーである、と既に確定した事実を不破に享受したのはジークアッシュだった。
ジークアッシュは魔法学に精通しており、魔法イコールエネルギーという等式を最初に発見した人物である。
しかも、魔力は使い手のイメージによって変幻自在に姿形を変える。
つまり、魔力は戦車の動力源に使えるのではないか?
…というのが、不破の考えだ。
だが、それを実現するにはもう少し思考が必要であった。
伸びをして、窓の外を見る。
太陽が真上に来ていた。昼だ。
「…お腹空いたなぁ」
ぽつりと、そう呟く。久々に頭を使った不破には、それを補う分の糖分が必要だった。
その時だった。工場に、来客が現れた。
「ちゃんと仕事してるか?」
ジュリエットだった。
「え、えぇ、当たり前っすよ!ほら今もこうして…」
「私には寛いでるようにしか見えないんだが?」
くすりと笑い、不破に何かが入っている籠を差し出す。
「差し入れだ。昼飯になればいいが」
蓋を開けてみると、そこにあったのはサンドイッチのようなものだった。しかも3個。
王城に住んでいた頃、嫌というほど食べたパン(まだ仮称)に、ピンク色の葉物が入っている。まさかレタスなのだろうか?そして、これは間違いない、紛うことなき肉も挟まっている。イイ感じに焦げ目がついているハムだ。
「充分すぎるっすよ!ありがとうございます、ホント!」
早速だが、一つ手に取ってかぶりつく。
ピンクレタスはシャキシャキとしていて、ほんのり甘みが感じられた。しかし、それがまた程よく塩気の利いたハムによくマッチする。
まあ、つまり。
「うめェ…ジュリエットさん、あなた最高っす。まじでこれ美味すぎっす。」
とてつもなく、美味しかった。
その様子を、ジュリエットはじっと見つめていたが、ふと我に返ったように瞬きをし、髪を払った。銀髪が、ふわりと揺れる。
「そうか、そんなに美味かったのか。よかった。」
それだけ。
愛想もなにもない、簡素な返答。
しかし、ジュリエットにはそれが精一杯だった。
第二王女という立場にあると、裏表のない称賛なんて滅多に浴びることができない。
皆が皆、第二王女の機嫌を取るために褒めている。
実際はそうではないのかもしれないが、どうしても疑ってしまうのだ。
どの世界でも、人間は疑り深い。
それは、今日においてすべての世界の人間における共通認識である。
それはさておき。
ジュリエットは、今、確かに不破から裏表のない称賛を受けた。
不破の目に、邪心はなかった。
この男は、褒めたいと思って褒めたのだ。
その事実に、ジュリエットは何故か嬉しくなった。
嬉しくなって、なぜ嬉しくなってるのか分からなくなり、そっぽを向いた。
この感情の機微な変化に、サンドイッチをもぐもぐと食べる不破が気づくはずもなく。
「じゃ、じゃあ私はこれで。午後からも頼むぞ。」
そう言い、駆け足で工場から出ていった。
「ありがとうございました!」
ごくりとサンドイッチを飲み込み、慌ててそう礼を言う。
ジュリエットは、その声に振り返らない。しかし、片手をひらひらと振った。それが、今の彼女にできる最大限のことだった。
「…うし、頑張るかぁ」
腹を満たし、心身共に回復した不破は、エンジンの図面の仕上げにかかった。
それから、2時間と少しが過ぎたころ。
「できた…!」
V-2エンジン(動力源は魔法)。の図面。
不破の仮説が正しければ、これで戦車は動く。
そして、なによりクリーンである。
V-2エンジンは―というか、ディーゼルエンジンの宿命として、環境にものすんごく悪い、というのがある。
なぜなら、V-2エンジンが世に広まっていた時代には、現代のような燃料噴射技術は無く、さらに製造精度も決して良いとは言えないものであったため、一度の稼働につき大量の排気ガスを噴出していたからだ。
しかも、現代の車などに搭載されている触媒ストレートやDPFなどのフィルターがある時代じゃなかったため、エンジン内で生まれた窒素酸化物や硫黄酸化物がそのまま大気に垂れ流されていたのだ。
これは、非常によろしくない。
それに加えて、ディーゼルエンジンに限定された話ではなく、当時のソ連製品はひじょーに気密性が低かった。
これはどういうことかというと、戦車を動かしてもないのに床が汚いオイルやその他のあまり触れたくない液体でびしょびしょになっている、ということである。
ひとえに、これはソ連が扱っていたゴムやパッキンの質が悪かったことが理由だったのだが、さすがの不破とてゴムやパッキンの気密性を高める方法など知らない。
それに比べて、魔力は地球に優しいエネルギーだ。
この世界では、人間魔族問わず魔法を日常的に使っている。
なのに空気が綺麗で健康に害が全くないところを見るに、魔力は環境に悪影響を及ぼさない理想の燃料と成りうるわけだ。
ともかくこれで、T-34の図面が完璧に完成した。
あとはこれをバームハウスに提出し、作ってもらうだけだ。
そして変わる。
この世界の軍事レベルの常識が。
防戦一方の戦況が。
人類の未来が。
そう、これで未来を勝ち取る権利がようやく人類に回ってきた。
「バームハウスさん!出来ました!図面です!」
バームハウスは図面を受け取り、にっこりと笑った。
「自信満々だね。じゃあこれをとりあえず作っておく。超特急で作るから、明日には出来てるよ。」
というわけで、不破の初仕事は上々の滑り出しで終了した。
仕事が終わり、工場にいる他の作業員たちに挨拶をし、戦車を頼むと言い残し工場から出た。
夜の風が涼しい。
仕事が終わると、不破は王城に戻ることになっている。
王城へと向かう道を歩く。
先日不破に絡んできた変態男の二人組も、今はもういない。
王城に入る正門の前に立ち、門を開けて中に入る。
グランドエントランスと言うのだろうか、いきなり豪勢な内装が目に痛い。
自分の部屋に戻ると、玄関の華やかさとは打って変わって質素極まりない光景が目に飛び込んできた。
(…うん。こっちのほうが落ち着くな)
ベッドに腰掛ける。
ふぅ、と一息ついたところでドアがコンコンと鳴った。
来客だ。
「開いてますよー?」
ドアを開けて入ってきたのは、赤毛の男だった。
赤というよりは深紅に近い髪色で、真っ白な軍服がその髪によく映える。とりあえず、不破はその男に見覚えがなかった。
いや、全く見たことがない、という訳では無い。
一度だけ、見たことがある。
あの王卓会議にいた男。
確か名前は―
「メイキョウさん、でしたっけ?」
王都直属五師団のうち、誉れ高き第一師団の団長、メイキョウ。
そんな男が、なぜこんな余所者の部屋に来たのか。
メイキョウの赤髪が、まるで揺蕩う炎のように揺れる。
そして、彼は口を開いた。
「君は、帝魔六天将を知っているか?」
長い夜に、なる気がした。




