#9 図面作成
記念すべき初仕事。
不破が先日、ジュリエットより命じられた勤務先は…王城の限りなく直下のところにある、技術工場だった。
不破がこの世界での軍事ノウハウを覚えるために斡旋された工場で、ここは新しい武器や資源の採掘などを主な役割としている。
不破が半年間でこの国の軍事レベルを圧倒的に飛躍させるまで、実質的な指揮官権限は与えられない。
この世界で生き延びるには、何としてもここが正念場。
よし、と気合を入れ直して技術工場の扉を叩く。
重厚な金属製の扉をガンガンと叩いていると、扉の向こうから嗄れた老爺の声が聞こえてきた。
「はいはい、今開けますよ」
門を開けたのは、いかにもおじいちゃんといった感じの老爺だった。
その背中は曲がっており、蓄えられた立派な白髪をたたえたそのしわだらけの顔には、人の良さそうな目が笑っている。
しかし、不破はその老爺のことを知っていた。
まあ、ジュリエットから事前に知らされていただけであったが。
(このじいさんが…)
バームハウス公爵。
ここ、技術工場の工場長を務めており、御年77歳の後期高齢者だ。
彼が優遇されているのは、技術工場長としての圧倒的な実績と、彼が持つユニークスキルのためであった。
スキル、『等価交換』。
バームハウス公爵が所有する物体の重量と、その物体の重量と同等または下回る任意の物体を交換できるもの。
なぜこのスキルがとてつもないのか、分かりやすく説明するために、日本を例に挙げる。
日本は、古来より資源が少ない国だ。石油やレアメタルはほとんど国内からとることができないため、必然的に外国からの輸入に頼らねばならない。
ところが、そこにこのスキルがあるとどうだろうか。
例えば、鉄を用意すると、その鉄の重さとほぼ同じくらいのレアメタルを手に入れることができるのだ。
こうして考えてみると、やはりぶっ壊れスキルである。
実際、アンドルド王国の戦争資源は九割方がバームハウスのスキルに依存している。
「君がキュータロー君だね?ジュリエット様から話は聞いているよ。半年間、うちで働いてもらうんだよね?」
その気になればこの国の経済を破壊することができる男から放たれたとは思えない、丁寧で物腰低い話し方。
不破は、バームハウスのことを一目で気に入った。
なぜだか異世界の人たちは八割ほど不破に冷たいので(ジュリエットと蔵馬はデフォかもしれないが)、こうやって不破のことがさも同等かのように接してくれるバームハウスに、好感を持ったのだ。
しかし実際は、不破とバームハウスの間には決定的な地位の差がある。
バームハウスは、技術工場を任せられる工場長。
かたや不破は、半年間でどデカい成果を挙げなければ即刻クビ&追放となる限界社畜だ。
「は、はい!今日からよろしくお願いします!」
バームハウスは、うんうんと頷きながら聞いていた。
「君のスキルのことも聞いているよ。何やら、ありきたりな『図面作成』じゃなくて、なんだっけ?君が元いた世界の軍事装備を再現できるんだっけね」
この辺りの話は、ジュリエットがつけてくれた。
なんだかんだで、やっぱりジュリエットも不破を気にかけているのである。
大変にありがたいことである。
「はて…それが、ジュリエット様のご説明ではよく分からなかったのだが。実際、どう違うのだね?」
「えーと、スキル自体は普通の図面作成です。そこに違いはないです。でも、僕は異世界から来ました。そこでの軍事レベルは、この世界よりはるかに進んでいます。訳あって僕はその世界の軍事に精通しているため、僕のスキルでその世界の進んだ軍事兵器の図面を造ることができます。」
得心がいったかのように、バームハウスは頷く。
「なるほど。軍事に精通しているということは、君は軍人さんだね。」
その確信じみた確認に、不破は首を横に振った。
「いえ。僕の世界での、僕が住んでいた国は、もう戦争をしていません。ほかの国ではしていますが…」
「戦争がない。一度も?」
「いえ…昔に有りました。ですが、そこで僕の国は敗れ、戦勝国の指示により一切の戦争行為を禁止され、今日までそれを維持しているんです」
バームハウスは、どこか遠くを見るような眼差しになった。
物理的な遠くではない。
時間的な遠くを見る眼差し。
「そうかい…君の世界での君の国は、負けて学んだんだね。」
不破は、今度は自信を持って頷いた。
「異世界…そんなものが存在していたのか。儂ほどの年寄りになっても、知らないものはあるものだな」
七十七歳は、この世界でも年寄りの部類らしい。
そこは元の世界と同じだ。
ほかの種族から見たらどうかは、分からないが。
バームハウスは、なおも続ける。
過去をたどるように。
歴史を逆方向に散歩でもするかのように。
「儂らは…はるか昔、こっぴどく敗北した。…それからは、確かに平和だったのだがね」
第一次全族大戦。
人類が、初めて完敗を喫した戦争。
不破には、確信があった。
この男は、平和を心から望んでいる。
「…まぁ、昔のことは昔のことだ。変えようもないし。…さあ、君は半年で大きな成果を挙げなければならんのだろう?おいで。どんな仕事をしているか、見せてあげよう」
誘われるままに、工場の中に足を踏み入れる。
途端、むわっとした熱気が不破の顔面を襲った。
続いて、トンテンカンと何かで何かを打つ音も。
「聞いているかもしれないが、ここでは日夜新たな武器を作るため奮闘しているんだよ。これは知っているか分からないが、近衛師団の副団長、キシトキ様が使われる小型ナイフを開発したのも我々だね。さらに、近衛師団長のコズミック様が使われる、特殊な剣柄を開発したのも、我々だったりする。」
つまり、通常の兵士が使う剣や槍ではなく、もっと上の存在―
ユニークスキルを以て魔物を殲滅する、王都直属五師団や近衛師団の精鋭たちが扱う特殊な武器を開発・生産したりする施設だそうだ。
「君の作業場は、もう確保してあるんだよ。こっちに来なさい」
余所者に興味津々な職人たちに、ぺこぺこと頭を下げながら奥へ奥へと進んでいく。
職人たちは、作業の手を止めてまじまじと不破を値踏みするように観察する。
しかし、バームハウスの一瞥を食らった瞬間、バッと亜音速の速さで作業に戻る。
もしかしたらこのじいさんは、このナリでかなりスパルタかもしれない。
下手に逆らったらクビになるまえにクビが飛ぶ。
物理的に。
そんな恐ろしいじいさん、バームハウスに連れられた不破が目にしたのは、壁際にあるこぢんまりとした作業スペースだった。
普通の直定規や巨大な三角定規が無造作にその大きな机に置いてあり、インク壺に漬けてあるペンがからんと揺れる。
そしてその机は、百パーセント木材で構成されていて、表面にはコンパスの針などが刺さったのだろうか、小さな傷が付いていたりする。
それでいい。
変に新品だったとしても、不破としてはやりにくい。
「ここで、君には毎日ひたすらその「軍事兵器」とやらの図面を描いてもらうよ。資源面は儂が全面的に負担できるからね。あと組み立ても、きちんとした図面さえあれば儂ら工場員がやろう」
不破は、腰を九十度に曲げてお辞儀をした。
「はいっ!頑張ります!ありがとうございます!」
思えば。
誰かに、こう誠心誠意お辞儀をしたことなど、人生で一度もなかったかもしれない。
誰かに感謝することを忘れたのか、はたまた性根がひん曲がってしまったのか。
戦争は、明日が見えないと同義だと、不破は常々思っている。
いつ追放されるかも分からない日々のなかで、不破にも感謝の心が芽生えたのかもしれない。
それはきっと、大きな進歩だろう。
バームハウスは不破に激励の言葉をかけ、立ち去ってゆく。
不破がどこから来たのか、不破は何者なのか問う人間は一人もいない。
他人に関心がない、というわけではない。
皆が皆、やるべきことのみを黙々とやっている。
その真剣な雰囲気に触発された不破は、さすがに騒げるはずもなく。
うしっ、と気持ちを入れ替えて、作業を始めた。
半年で軍事レベルを上げるなら、まずは質より量にこだわるべきである。
「まずはやっぱり戦車だよな…これがあるとないとでは雲泥の差だし。リーズナブルな戦車…大量生産できる戦車…」
じつは、大量生産可能な戦車を考える際、圧倒的に参考になる国が一つある。
「ソ連の戦車なら…あるな」
そう。ソヴィエト連邦である。
ソヴィエト連邦のかつての最高指導者ヨシフ・スターリンは、このような言葉を遺している。
「数量それ自体が一つの質である。」
社会主義国家として急激な成長を遂げたソ連には、簡単に敵を殲滅することのできる高級な戦車を作る暇などなかった。
そして至ったのが、大量生産思想である。
かつてのドイツや、その他の西側諸国の戦車における基本的な考えとして、「一両で敵戦車を五両倒すことができる戦車」を開発することを念頭に置いている節があった。
しかしソ連は当時、その逆を行った。
それこそが、「敵が一両倒す間に、こちらが十両作る」というもの。
ある程度の犠牲を前提として、圧倒的な物量で押し切る思想。
そのため、ソ連の戦車はありとあらゆる無駄なものを削ぎ落とした。
アメリカやその他の国々が、三十年と戦い続ける戦車を造ることに躍起になっている間、ソ連は戦車の本質に気付いていた。
「戦車は消耗品である」
そこでソ連はコストカットのために、乗組員の利便性を排除した。
事実、代表的なソ連の大量生産戦車として名高いT-34の車内はとても狭く、操作性や乗り心地をとことん切り捨てていた。
不破は今、かつての指導者の成功体験を基にこの国に軍事革命を起こそうとしている。
もとより素の軍事レベルが剣の時代であるため、そこにいきなり近代兵器が登場することで戦況は逆転することは目に見えている。
「やっぱり最初はT-34だな。引き算の美学の最高到達点だからね。」
T-34は、どの国のどの戦車よりも早く避弾経始、つまり相手の攻撃を弾き返す傾斜装甲をいち早く取り入れた戦車として知られている。
強力なディーゼルエンジンとぶっといキャタピラの恩恵を浴び、泥濘地での戦闘にも向いている。
ペンをインク壺から引き抜き、目を瞑り集中を高める。
事前に、このスキルの使い方は蔵馬から教わっていた。
造りたいものの構造を、頭の中で鮮明に繊細に思い描くと―
ペンを握った手が、ひとりでにぴくりと動いた。
そのまま迅雷の如き早さで手を動かし、手元の羊皮紙にT-34の構造を描いていく。
狭い車内、ディーゼル、キャタピラは太く、傾斜は完全に一致させるように。
十秒、経たないくらいの時間だろうか。
不破は猛スピードで動かした手首がじんじんと痺れを持ち始めるのを感じながら、綺麗な内部構造が描かれた羊皮紙を見た。
完璧である。
外部装甲、内部構造、砲門まで。
正確に、あまりにも正確に描かれている。
「これが…『図面作成』。」
ほかの誰でもない、不破にしかできないことであった。




