#8 道標
何もかもが、終わっていたんだと思う。
終わったというのは、ある日突然終焉を迎えた、というのではなくて。
永い年月のうちに、見えないくらいの大きさの塵が澱のように堆積していって、気づいたときにはもう、塵が積もっていたところは腐っていて。
そんなもんだと思う。
古今東西、死以外に予兆のない破滅など存在し得ないのだ。
「キュータロー・フワ。異世界より召喚させられし彼の者は、王国に提供し得る技能及び実技試験の結果において、合格点に届かなかったことをここに表明し、さらに、スキル『図面作成』もユニークスキルではなかったことを鑑み、本日本時刻を以て、彼の者に対する王国の保護を取り下げると共に、また王国に由来する一切の権利を認めないことを、ここに決定する。」
ヴェイン・アンドルドの宣告は非情であった。
半ば、覚悟していた。
然るべき努力を怠り、ならばどうしたかというと保身のための言い訳づくり。
(今の僕には…何も、言えない)
不破は、その宣告を受け入れていた。
しかし―
アンドルド王国の保護を失うということは、実は遠回しな死刑を意味する。
なぜなら、人類領土はアンドルド王国が統治しているからだ。
現在国境線で紛争中となっているボカベル半島戦線を除けば、人類領土と定義されている土地はすべてアンドルド王国がその支配権を握っている。
つまり、不破の居場所はここを失えば異種の領土しかない。
ところが、もれなく人類と戦争状態にある。
よって、不破は王国内の保護を失ってしまえば、不破の持つ王国民としての権利は機能せず、そのまま野垂れ死んでしまう。
しかし、不破はそれすらも受け入れていた。
与えられた希望をすべて拒み、助言を聞き入れず、また努力の努の字も行ってこなかった。
最後の抵抗として起こした脱走事件も、蔵馬とジュリエットにより秘密裏に処理された。
(僕は…結局、最初から最後まで不破赳太郎だったな)
与えられたものに目を向けず、自分の感じることのみに従い、努力を忘れ、逃げの思考のみがいつも頭に渦巻いている。
そんな、不破赳太郎だった。
自分自身のことを一番よく分かっているのは、自分のことである。
そして、自分自身を最も嫌っているのも、自分である。
不破は、自分が努力をしないたちの悪い怠け者だということを、重々承知している。
だからこそ、許し難く、変え難い。
そういうものである。
そして、不破は目を瞑り、天を仰いだ。
沙汰を受け入れる覚悟は、できていた。
期待され、期待に報いる努力さえできなかった怠け者は、戦争下において必要ない。
(だから…もう)
アンドルド国王の口が、追放を命令しようとした―
その時だった。
バァン、とけたたましい音を立てて、両開きの大広間の扉が開かれた。
息を荒げながら大広間に転がり込んできたのは、一人の鎧を着た男兵士だった。
ひび割れた鎧の隙間から覗くその全身は血にまみれており、右腕は根元からごっそりと千切れている。
回復魔法をかけたのだろうか、止血はしているが痛みに耐えかねて顔をゆがめているようだ。
「お取り込み中失礼します!至急の伝令がありまして、ボカベル半島戦線北部より参りました!」
明らかに急を要するその切迫感に、アンドルド国王は眉をひそめながらも許可を出した。
「よかろう。何事か?」
一つ息をついて、その兵士は地面に頭を垂れ、声を絞り出した。
「っぐ…先日、ボカベル戦線北部に、我々の軍が駐留していたところ!人型魔族の急襲に遭遇!…こちらの指揮官、アストム・フェイ様が、心臓部、腹部、及び頭部を弓矢による狙撃を受け…三日前、死亡が確認されました…っ!」
ボカベル半島は、人類本土からハッタ海と死霊の海との狭間に位置する海を越えた先にある。
先ほどこの兵士が述べた「三日前」というのも、石聖船による全速力の移動を含めた期間のことだろう。
それにしても―
不破は、ふと疑問を感じた。
指揮官が、前線にて、死亡?
それは、不破の中の常識ではありえないことだった。
(指揮官は、前線に出ないんじゃあないのか?弓矢による襲撃で死亡だって?前線を張るのは兵士じゃないのか)
いくら自分の命の危機となる状況に置かれていたとしても、不破の頭は軍事に関することとなると所構わず回転を開始する。
悲しいかな、これこそがミリオタの本能なのだ。
だから。
不破は、一瞬だけ感じた。
自分のなかに眠る、なにかの血が反応したことに。
ミリオタとしての性か否か、不破の口はすでに開いていた。
そして、言ってしまった。
「あの…僕、指揮官してもいいですか?」
不破赳太郎。とことん不敬な男である。
「…は?」
その場にいた全員が、頓狂な声を上げた。
アンドルド国王も。
それまで沈黙を守っていた、アンドルド家の面々も。
蔵馬夜政も。
息も絶え絶えの、隻腕の兵士も。
「…え?」
そして、不破さえも。
「…い、いやいやいやいや」
蔵馬が困惑した様子で、ぶんぶんと首を横に振る。
アンドルド国王も、眉間に刻んだ皺を一層深くして、不破を睨んだ。
「…もし試験に合格していたら、お前は雑兵としてなら起用しようと考えていた。…なに、指揮官だと?」
不破は、大真面目な顔つきで首肯した。
不破とて、ここで声を上げなければ追放まっしぐらである。
不破も必死だった。
「僕は、元の世界での軍事知識は普通の人間よりかなりあると自負しております。なので、必ずや、この国を勝利に導けると確信しております。」
確信、ではなかった。
軍事知識と実際の戦争でのノウハウくらいは理解している。
ならばなぜ不破はそこで声を上げたのか。
不破には、一つ考えがあった。
スキル、『図面作成』。
不破に与えられたスキルであり、この国の多くの製図職人が持つスキル。
その能力とは、『使用者の脳内に、生成したい物体の精密な構造を理解している場合、ペンにより紙にその物体の構造を書き記すことができる』だ。
このスキルを使いこなすには、高度な理解力が必要になる。
まず、作りたい物の内部構造を知ることすら難易度が高いこともある。
そのため、製図職人はその昔、各地を練り歩きそれを地図として生成したのだ。
では、不破にはそのスキルで何ができるのか?
不破は、その答えに数日前に行き着いた。
不破は、軍事知識に精通している。
その愛狂ぶりはとんでもなく、通常では知り得ないところまで知っていたりする。
例えば、戦車の内部構造だったり。
そう。
不破の仮説によると、不破は戦車の図面を造ることができる。
そして蔵馬によると、この世界の軍事レベルは銃のない中世、となるようだ。
馬もあまり普及していないようで、戦いとしては必然的に双方歩兵同士の斬り合いとなる。
その理由は、魔法という万能薬にある。
魔法とは、すべての軍事力に比肩し得るオールラウンダーな攻撃方法だ。
雷を起こしたり、辺り一面を焼き尽くしたり。
攻撃としては充分すぎるほどそれで足る。
だから、この世界の軍事は恐らく発展を求めていない。
魔法という、ある程度すべてに対応できる万能薬を所持している以上、どうしても次の「銃」というステップに続かないのだ。
しかし、アンドルド国王の答えは現実的であった。
「技術云々の問題ではない。指揮官というのは、軍隊の生命を預かり、有効活用するために存在している。仮に貴様が指揮官の才能を持っているとして、だれがどこの馬の骨と知らん者に生命を預けられようか。」
ぐうの音も出ない反論であった。
しかし、不破の口は回り続けていた。
「はい。しかし、僕ならこの世界に、「元の世界の軍事」を取り入れることができます。空を飛ぶ鉄の塊、火を噴き地面を蹂躙する巨躯、さらには一撃ですべてを終わらせかねない爆弾まで、僕には造ることができます。僕に任せていただければそれらを積極的に導入し、必ずやこの国を勝利に導くことを約束します。」
しまった。戦車や飛行機を作ることができると豪語するにはすこし早かった気がする。しかしもう止まれない。なぜならこれが今の不破にできる精一杯だからだ。
しかし、まだアンドルド国王はいい顔をしなかった。
うんうんと唸ってばかりいる。
畳み掛けるように、不破はまくし立てる。
「僕や蔵馬の元いた世界では、こんな歩兵と歩兵同士の斬り合いでの争いなんて何百年も前に終わっています。この国の軍事レベルを、一年以内に諸種族が太刀打ちできないほどに上げることができます!」
そこまで言い、ほっと息をつくと、アンドルド国王の反応を伺うべくじっと王の目を見据えた。
やがて、アンドルド国王の重い口が開かれた。
「貴様のことをよく思わん雑兵は、どうするつもりだ?よもや、その「元の世界の軍事」とやらの実験にするつもりじゃあるまいな?」
その問いに、不破は迷わなかった。
「実力で従わせます。」
アンドルド国王の口元が、初めて緩んだ。
「そのような大口叩きは、久しぶりに見たな」
そして、それまで呆然と成り行きを見守っていた隻腕の兵士に向かって、こう告げた。
「戦線に復帰し、指揮官が交代する旨を告げよ」
兵士は、ハッ、と一声あげたあと、ばたばたと大広間から出ていった。
「さて。キュータロー・フワ」
試すような口ぶり。
不破は、思わず身構える。
「一年もあれば軍事レベルを飛躍的に上げることができると、宣ったな?」
不破は、ごくりとつばを飲み込み、一言。
「はい。確かに、言いました」
アンドルド国王は、その冷厳な目つきのまま、とんでもないことを言った。
「半年でやれ」
「はっ…半年!?」
変な声が出てしまった。
知らない方のために説明すると、中規模的な軍事力の拡張には平均五年ほどの月日がかかる。
それに加えて、イチから大国レベルの軍事力を築くとなると、それに必要な時間は十年から二十年に及ぶ。
後者を選んだ不破は、身を削る覚悟で1年という時間を設定したのだ。
正直、譲歩に譲歩を重ねたもので、まさかさらに短縮を求められるとは思っていなかった。
できなければ?
成果主義の気配が漂うこの世界では、結果を出せない人間は必要ない。
やるしか、ない。
「わかりました。半年で変えてみせます」
不破は、まっすぐな眼差しで応えた。
本来十年以上必要な期間を半年に短縮する、その難しさと忙しなさを知り、覚悟したうえで。
後日の話し合いにより、半年間の軍事レベル拡張期間が終了するまでは、臨時指揮官としてジークアッシュ・アンドルドが指揮官を務めるそうだ。
「…さて、遂に、だね」
朝日が窓から差し込み、不破は目を開け、ベッドからその身を起こす。
伸びを一つして、空を見遣る。
同じこの空の下で、今も人と魔族は戦っている。
不破がその戦場にどう舞い降り、どう活躍するのかは…まだすこし、先の話だ。
今日が初仕事である。
軍事レベル拡張に際して、不破には予算やら資源やらで様々な人間と関わる機会が増える。
せめて身だしなみはきちんとしろ、とジュリエットから新しい服が支給されていた。
黒い軍服。
機能性に富んだもので、奇しくもそれは、日本国の明治時代の軍服と酷似していた。
違うところと言えば、胸のところにアンドルド王国の民であることを示すバッジがあるくらいか。
加えて支給された、白くて薄い手袋を手に取り嵌める。
そのまま感触を確かめるように手を開いたり閉じたりし、最後に軍服の襟を合わせる。
「…よし!」
不破赳太郎の、改革が始まった。




