#14 戦場
蔵馬たち人類軍を海を越えた戦地に送り届ける手段が、石聖船である。
石で船体が組み立てられており、動力は乗り手の魔力。微弱な魔力の波を発生させることで、リニアモーターカーのように海面に接着させることなく滑走することができる、画期的なシロモノだ。
リニアモーターカーほど、速くはないが。
石聖船は、船外からの攻撃には強い。
全面がまんべんなく石で構成されているため、そうそう外側からの攻撃ではびくともしない。
しかし、石聖船には一つ、最大の弱点がある。
それは、「攻撃手段が存在しない」ということだ。
四門ほど砲台が用意されているが、主に石聖船に危害を加える海類型魔族は水中に潜伏しているため、それも心もとない。
よって、人類軍からの攻撃を一切食らわずに、安全圏からチクチクと集団の水魔法で攻撃してくる海類型魔族によって、目的地に着く前に軍隊もろとも海中に沈められることが、ままあった。
「うえぇ…あー、船酔いしたわぁ…クソ…」
いつもより数段青白い顔をした蔵馬が、石聖船の舳先にもたれかかっている。今日は蔵馬の出征の日、激戦区となっているボカベル半島の北部・東部に援軍として戦いに征くのだ。
まだ王国から出港して間もないため、海類型魔族の魔の手は見られない。かわりに、上空を飛翔する飛行型魔族の数が増えていることに、蔵馬は気づいた。
「…ちっ」
以前不破に渡した魔族情報誌にも書いてあったことだが、主に飛行型魔族は二種類に分類される。
一つ、上空での高度な炎魔法の扱いに長けている、「グオンフライヤー」。短距離航空であるかわりに、敵地に近づけば近づくほどその攻撃は苛烈をきわめる。
二つ、長距離航空を得意とする、偵察用の飛行型。「シヴィルフライヤー」。その長い両翼は驚異的な滞空時間を誇り、敵地本土から人類本土まで一切の接地なしに往復することができるほどだ。
先ほどから、シヴィルフライヤーがさかんに蔵馬たちが出港した場所―人類本土へとさかんに飛んでいく様子が多く見られる。
どうやら軍港から出航するときはいつもこうらしく、ある程度襲撃の規模はあちらに伝わる仕組みらしい。
蔵馬は今一度舌打ちをすると、はるか遠くにぼんやりと見える敵地を眺めた。
今もあの島で、人類が激闘を繰り広げている。
「シヴィルフライヤーの攻撃力はそこまで高くはない!各々魔法で叩き落とせ!」
軍団を率いる民兵長が声を張り上げる。
石聖船に乗る兵士たちが、一斉に空に向かって魔法を放つ。
炎の放物線が舞い、吹き上げる風が空を滑空する魔物どもをその猛々しく荒れる海へと突き落とす。
その光景を、蔵馬はただ眺めていた。
この厄介払いに非協力的な訳では無い。
蔵馬は―もとい、不破含む現代人には―
魔法が使えないのだ。
かつて、生物学者でもあるジークアッシュ・アンドルドがまとめた論文の中に、魔法に関するものがあった。
この論文は、ちょうど蔵馬が異世界に転移した頃に書かれ、「異世界転移に関する魔法の体系論文」として非常に難解な学術書となっている。
「魔法とは、イメージを具現化するちから。つまり、炎魔法によって実際に炎を発現させているのではなく、炎をイメージし、炎の特性に限りなく近づけた魔力の塊を放出していることに他ならないのだ。その魔法の「影響を受ける」―つまり、実際に炎魔法を受け火傷などの傷を負うことができる者は、「魔法を受け取る力がある」ということだ。これは異世界人の脳を、ミーナイテッド・エベン氏の所有するユニークスキル『透視』によって観察したことによる。異世界人の脳には、我々の脳にあるとある器官が存在しない。このことから、異世界人には、「魔力を貯蔵する器官が脳に存在しない」ことが分かり、さらに発展的な話になると、「その器官が存在し得ないため、異世界人は魔法を使えないと共にすべての魔法の影響を受けない」ということになる。」
あまりに難解な内容であったことに加え、当時の蔵馬はまだ今ほどにこの世界の言語に精通していなかった。
ジークアッシュに要約を頼んだところ、彼はこう答えた。
「異世界人には、我々にあるはずの魔力を『貯める・受ける』器官がない。だから異世界人は、魔法が使えないかわりに相手の魔法の影響も受けない。なぜなら、魔法攻撃に必要な魔力を貯める器官と魔力の影響を受ける器官は同一だからだ。この考えそのものは、昔に確立されていたことだ。ちょうど、一番最初の異世界転移者が転移したときに。その者の命名にちなんで、この理論をこう呼ぶ―『ヤオヨロズ機構』と。」
つまり、今この空中への魔法攻撃は、蔵馬にとってはまさに不可能の領域。
しかし、誰も蔵馬のことを責めようとはしない。
いざ上陸したときに、この男がここにいる誰よりも圧倒的に強いということ知っているからである。
周囲から見た蔵馬の評価は、大きく二つにわかれる。
一つ、異世界に転移してから二日目で師団長を倒し、その日のうちに王国最強の三人【対魔三翼】に加入できるほどの圧倒的な強さを持っていること。
二つ、とある『異常』を伴った剣聖を使っているところから来る、不気味さ。
二つ目の理由は、至極簡単である。
通常のユニークスキル『剣聖』は、刃が紅く輝き、すべての剣聖を持つ者に共通した技を使用できるようになる、というものだ。
しかし蔵馬の『剣聖』は、一味違う。
いや、二味も三味も違う。
紅く光るはずであったその刀身は蒼く輝き、歴代の剣聖が編み出した普遍的な技でなく、蔵馬独自の技が扱えるようになる、というもの。極限まで突き詰めた「個」の強さ、その極点。いわば完成形が、蔵馬が扱う『剣聖』だ。
なぜ蔵馬の剣聖は異常なのか?
それは蔵馬にも分からない。
道中海類型魔族の攻撃もあったが、なんとか船員を総動員して常に海面に雷魔法を放つ、という蛮行によって被弾を最小限に抑えることができた。
どんどん陸地が近くなる。
戦いの時が刻々と近づいてきているのを肌で感じる。不破の体が高揚感に包まれる。
元の世界では味わうことが出来なかった「命のやりとり」が、もうすぐできる。
思わず、腰に差した日本刀の鞘を、ぎゅっと握りしめた。それは恐怖ではない。興奮だ。
上陸の目処がたったころ、ついに沿岸部に到達した。浅瀬へと船がゆっくりと進む。
とたん、岸からけたたましい雄たけびが幾つも上がった。
「前方に敵影!数は百を越えています!武器は棍棒!一部個体はなまくらではあるものの、剣を所有している模様!」
やはり、シヴィルフライヤーの哨戒任務は達成せれていた。蔵馬たち人類援軍が到達することなど、すでに知られていたというのだ。
民兵長が声を張り上げ、指示を飛ばす。
「砲門を開け!四門、ありったけを岸へぶち込め!」
上陸の前に、ありったけの砲弾を相手陣営に浴びせ、できるだけ損害を与える戦法。
ガガガガガガン、と石と石が擦れる音が響き、砲門の筒穴が沿岸部を捉える。
そのまま、砲門を操作する四人の船員に向かって、兵士長は片手をさっと振り命令を下した。
「撃ーーーーーーーーーっっ!」
バシュウウウウ、と四つの砲弾が一斉に発射される。
人型魔族の抵抗も間に合わず、容赦なく岸壁を破壊していく。
「第二弾、装填開始!」
号令と共に、がちゃがちゃと砲弾を運ぶ船員の鎧が擦れる音が響く。
まだ、船が完全に上陸するまで時間がある。
それまでに、できるだけ撃ち切る。
「よーく狙えーーー!撃ーーーーっ!」
弾幕が沿岸部に再び降り注ぎ、無差別に、手当たり次第に人型魔族を駆逐していく。
船がズガン、と破壊され尽くした岸壁に衝突する。
石でできているため、こんなものでは壊れない。
「上陸!上陸ーーー!」
次々に船から陸地へと飛び降りる。
各々剣を抜き、右手には魔力を漲らせ、適宜目についた人型魔族へと向かっていく。蔵馬もその流れに続き、人類の激戦区、ボカベル半島戦線へと参入した。
「『身体機能上昇』、Ⅱ番。『筋縮』。」
途端、全身にさらなる高揚感が走る。ドーパミンが身体中を駆け巡り、足の筋肉がビキキッと縮む。
本来走るはずの痛みも、ドーパミンの前では無力。
足から溜め込んだ空気を思いっきり放出する。
行き先は、青い空。
ブシュウウウウ、と空気を噴出する音が響き、次の瞬間、蔵馬の身体は宙へと飛び立っていた。
「さあ、始めよう」
空中で刀をぬらりと抜き、空気の放出口をさらに空中へと向ける。
一気に落下速度が加速し、凄まじい速度で地上へと落下していく。
蔵馬が目をつけたのは、三十体ほどの人型魔族が一隊となっている小部隊。
「『身体機能上昇』、Ⅰ番。『衝撃吸収』。」
身体中の筋肉を一瞬、ほんの一瞬だけ激しく緩める技。身体の自由が利かなくなるかわりに、落下の衝撃を吸収することのできる、蔵馬の得意技。
「ギャァッ!?」
「ギギギ…」
魔族の群れは、そこで初めて空中から接近する蔵馬を捉えた。
しかし、気づいたときにはもう遅い。
ズドン、と重い音が響く。
刀を地面に突き立てながら着地した蔵馬が立てた音だ。そのまま力任せに地面から刀を引っ張り抜き、構えもなしに手頃な一匹の首を斬り落とす。
怒り心頭の様子でわめき棍棒を振りかざす魔族の群れ。
それを冷ややかな目で見ていた蔵馬は、ふっ、と冷たい笑みを浮かべた。
「全員まとめて面倒見てやるよ。豚ども。」
そんな激戦が起きているなか、本土では。
「輸送艦は何がいいか…これはケチケチしないほうがいいかもな…でも、ケチケチしすぎて目的地に着く前に沈められたら意味ないし…うーん…」
「働いているな」
急に後ろから声をかけられ、不破はびくっと飛び上がった。
ジュリエット・アンドルドが、そこにはいた。
「っもう…びっくりさせないでくださいよ」
「すまん。まさかあんなに驚くとは思ってなかった」
素直な謝罪に、不破は肩透かしを食らった気持ちになる。不破は気を取り直して、ふとジュリエットに聞いてみた。
「今輸送艦…軍事用の船を作ろうとしてるんですけど。やっぱり、目的地に安全に送り届けるためには、カッチカチの船がいいですよね…」
バームハウスのスキル『等価交換』があるのに、なぜ不破は船の質に後ろ向きなのか。
ジツはバームハウスとて、ノーリスクで等価交換できるわけではない。交換したものの重量に応じて身体に疲労が蓄積されるというデメリットがあるのだ。
不破がそれを知ったのは、四十両ほどのT-34を作り終えたときだ。
連日大量の資源を等価交換によって引き出していたバームハウスが、疲労によって三日ほどの静養を余儀なくされたことだ。
重量あたりに蓄積される疲労自体は、ジツはそこまで重大ではない。しかし、連日、とんでもない重量の戦車を何両も生産すると、そりゃあ今まで剣や防具など、戦車に比べれば微々たる量の金属の交換に慣れた体では到底保ちはしない。
やりすぎは死に繋がる。
そしてバームハウスの死は、つまり資源の供給を絶やすのと同義。
彼自体がかなりの高齢であることも相まって、彼が死ぬことで人類にかかるデバフは並大抵のものじゃないはずだ。
結論、老衰にせよ過労死にせよ、バームハウスが死ぬことは人類の経済基盤の破綻、ひいては人類の存亡に関わる問題に発展しかねない。
だからこれからもさまざまな兵器を開発しようと企んでいる不破にとって、こんなところでバームハウスに死んでもらうわけにはいかないのだ。
よって、どうしてもケチらざるを得ない。
難しい問題である。
その問いに、ジュリエットはうーんと首をひねり、そして思い出したようにこう言った。
「いや、カッチカチなのは構わないが、あまり操作が難しいものにしないほうがいいとは思うぞ」
「え?何でですか?」
すると、ジュリエットはとんでもないことを言った。
「だって、誰も知らないじゃないか。戦車しかり、その輸送艦?なるものだって、見たことのない人間がほとんど。操作方法どころか、どういう意図で造られたものか、それすらも知らないと思うぞ。しかも、戦車にも輸送艦にも搭乗できる人間は、未だ見つかってないんだから」
雷が落ちた。
少なくとも、不破はそう感じた。それほど、その発言の火力が高かったのだ。
(そうじゃん!この世界の奴らにとっては戦車や輸送艦なんて全く未知の物体だもの。操作方法どころか、その使用目的すらも怪しい…)
何と言うことだ。たしかに兵器だけ一丁前でも、それを扱える人間がいないと話にならない。
不破が求めたのは、「戦闘用」ではない輸送艦だ。
そして一つ。不破は熟考の末に、それを決めた。
それは、「戦う軍艦」ではない。
確実に、戦車や兵士を目的地へと送り届けるためだけに造られた、「運ぶ船」。
「あれにしよう。」
日本国における陸海空自衛隊が共同で保有する、日本で最もリーズナブルな輸送艦。
自衛隊海上輸送群の一角、「にほんばれ型輸送艦」製作決定。




