第七話
お互い自己紹介をし握手をした後、エルは光征に対して訓練を再開した。
まずは、先ほどから光征が続けていた素振りからだ。
エルの指示どおりにマナを体に取り込み魔力へと変換し巡らせる。
この世界の戦闘においては、まずマナを体に取り込み自身の中の生命エネルギーであるオドと練り合わせ魔力として出力する事が第一の基本である。
魔力を体に纏う事で身体能力や感知能力といった力を底上げし、戦闘を行うのだ。
そして場合によっては、魔力に特定の方向付けを行う事で様々な超常の現象を発現させる。
俗にいう魔法である。これをある種、機械的に利用しているのが魔導器と呼ばれるこの世界特有のギミックだ。
「ふむ。まぁこんなものか。」
エルは、光征の行った魔力による身体強化を見て呟いた。
光征のレベルは、他の4人には劣るがそこまでひどいものではなかった。
むしろ2週間ほどで身体強化までこなせるようになっているのは、素直に感心したぐらいである。
ちなみに実際には光征が、最初の召喚で身体強化が出来るようになるまでに1ヶ月ほどかかっているのだが、それだって標準的なレベルで特に遅いわけではない。
何故か他の4人が優秀すぎるだけなのだ。
「悪くはないが、これでは、まだ少し心もとないな。流石に魔族に対抗できるまで強くなれとは言わないが、魔物やそこらのチンピラと対峙したときにあしらって逃げ切るだけの技量は欲しい。ようするに自分の身は自分で守れるようになれ、ということだな。」
「そうですね。僕もそれぐらいには、なりたいです。」
エルの言葉に光征は、そう嘯いた。
実際、光征はエルが考えているより遥かに先をいった力があるはずなのだが、今の覇気のない彼からとてもそんな様子は見られなかった。
このまま腐っていてもしょうがないということは、光征にも分かっているのだがどうしても理性では思っていても感情や体が言うことを聞いてくれないのだ。
「なんというか。言葉に力が無いな。君の仲間は勇者様を始めとして我々の為に剣を取ってくれたと聞いている。正直、このような状況なのにそうした判断を下してくださった彼はとても気高い人たちだと私は思っている。こんなことを言うのも筋違いだが君は、なんだか彼らとはちょっと違うな。こんな状況に私たちの都合で巻き込んでしまったのは申し訳ないと感じているが・・・・・・。」
「別にあの人達が特殊なだけです。一緒にされても困ります。」
エルのストレートな物言いに光征は、苛立ちを感じながら答えた。
彼女は、そんな光征の目をじっと見つめて少し悲しげな表情を作った。
本来の彼女なら何を軟弱なことをと怒りの感情を出すところだったが、光征のあまり感情の見えない瞳に気おされてしまい言葉が上手く出てこなかった。
「・・・・・・そうだな。すまない。今の言葉は忘れてくれ。」
「・・・・・・いえ。」
「コウセイも筋は、悪くなさそうだからな。あせらずに訓練すれば大丈夫だ。がんばろう。」
「・・・・・・はい。ありがとうございます。」
光征は、事務的に返事をし、エルはそれにうなづいた。
2人の前途は多難な様子であった。
結局その日は、2人でずっと練兵場で訓練をしていた。
光征は、魔法の適正がない為、ひたすらに騎士団に入ったばかりの新兵が行う基礎訓練ばかりを行った。
多少、ゆるくはしているがそれでもそういった訓練をしたことが無い者にとっては、きついはずだが光征は、文句も言わずもくもく訓練をこなしていった。
エルは、そんな彼の姿を見て少し感心し、そして心配にもなった。
なんだか人形のようだな。
それが今の光征に対するエルの評価だ。光征がどんな人間かは、知らないが少なくともまじめではあるのだが、どうしても今の感情の起伏の少ない表情がエルには、気にかかった。
「よし。今日はここまでにしておこう。お腹もすいただろう。そろそろリン殿達も戻ってくる頃合だ。一緒に夕食を食べるのだろう?」
エルは、光征に訓練の終わりを告げ、夕食に行くように促した。
確かにそろそろ凛たちも別の訓練を終えて、戻ってくる時間である。
いつの間にか、練兵場には夕日が差し込み2人をオレンジ色に照らしていた。
大きく伸びた影に目をやり、光征は額の汗を袖口でぬぐった。
「そうですね。ありがとうございました。食事に行くことにします。」
御礼を言って光征は、その場を後にする。
光征達がいつも使っている個室や食堂は一般兵の宿舎とは逆方向に位置している。
自分に背を向けてとぼとぼと歩いていく光征にエルは、思わず声を掛けた。
「また明日な。」
背中越しに掛けられた言葉に反応し、後ろをを振り向き光征は、軽く会釈を返した。エルは、そんな光征に軽く手を振り自らもきびすを返し宿舎へと戻って行った。