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森人の詩  作者: すばる
第八章 運命(さだめ)
45/49

(1)

 伊吹から長い長い話を聞いた翌日のこと。小夜(さよ)はいつもより早めに村を出た。

 伊吹に朗報をもたらすために。

 昨夜、森から帰った小夜はそれとはなしに村長に聞いてみた。

 自分をいつぞやかに助けてくれた人が、この村に来たいといったら、と。村長は縄をなう手を少しの間だけ止めると、ちらりと小夜を見やった。そうして、再び手を動かし始めた。

「その方はどこに?」

「どこというのは難しいな……なんせ森の中だから」

「ほう……して、どうして森の中なぞに?」

「知らない。そこまで私には聞く権利などないからな」

「なるほどな」

 ほっほっほと村長は陽気に笑った。

「小夜はよほどその方が気に入っているようだな」

「ん、まあな……」

 ふいと村長から視線を外す。そんな娘の照れた様子を、村長は面白そうに見ている。

「一人森の中にいるのは何かと不便じゃろうて。もしその方が望んでおられるのならば、我らに拒む理由はない。ほら、この裏手に長年空き家になっている小屋があろう。そこでよければ、明日にでも住めるよう村の衆に手配しよう」

「本当か?」

 嬉しそうに顔をほころばせる。

 これで、伊吹はこの村に住むことが可能となったわけだ。村長がいいといったのならば、他の村人たちに反対する理由などないだろう。

 森人の役目? そのようなもの放っておけばいい。伊吹一人が苦しむ必要はないのだ。

 自分が次の森人? そんなもの、私は知らない。請われたってなってやるものか。伊吹にあのように辛い思いをさせ続ける森人の役目。そんなものに本人の意思とは無関係につかせた定めとやらなんて、知ったものか。私の未来は私が決める。

あの世界から出られない? そんなもの、どうにだってなるに決まっている。こうして自分が出入りできるのだから、何か方法があるはずだ。絶対に。

伊吹はあの場所にい続けることを望んでいるようには見えなかった。彼があそこにいようとしているのは、恐れからだ。己を置いていってしまった先の森人のように、自分もまた小夜を置いていってしまうのではないかという恐れがあるからだ。

だが、小夜は決して森人にはならない。どんなことがあってもなってやるものか。

絶対に伊吹をあそこから連れ戻すのだ。こちらに。

そうして伊吹は森人の役目から解放されるのだ、これで。ようやく人として現実に戻ってこられるのだ。これからはずっと一緒にいられる。

 考えるだけで、小夜は嬉しくなってきた。叉羅沙も一緒にいられるのだ。伊吹と三人で。色々な話をすることもできる。会いたいときにはいつでも会える。

 小夜はこのことを、一刻も早く伊吹に伝えたかった。

 だから今朝はいつもよりかなり早く起きだして、早朝の仕事を早く終らせようとした。村の広場にある井戸から水を汲んできた後、飼っている鶏たちにエサをやった。その後は自分と養父の分の朝食を支度した。

 すべては伊吹に嬉しい知らせを届けるために。

 小夜はいつもより一刻も早く村を出たのだ。そうして森に入った。

 いつも通りの道。すでに歩きなれた森の中は、小夜にとってはもはや自分の庭のようなもの。目印などなくとも歩くができる。なのに、だ。神域まであと少し、というところで小夜は異変に気づいた。

(道が――ない……)

 いや、正確に言えば道はある。人が通った後が森では道になる。自分が歩いているそれは確かに「道」だ。伊吹のもとへと通じるはずの道だ。だが、気づくと小夜は先ほど通ったはずの場所へと戻っているのだ。

 何度試しても結果は同じだった。

 あと一歩。神域まであとわずか。伊吹がいつも村に帰る小夜を見送りに来てくれる地点までは行けるのに。そこから先に行けないのだ。不思議な力が作用しているかのように、小夜を拒む。それでも歩き続ければ、しばらく前に通ったはずの場所にいる……。

「どうして……」

 どうして行けない。どうして神域にはいれない! 昨日までは自分は確かに神域の中へ入ることができたのに。確かに伊吹と会って時を楽しんでいたのに! どうして……

「伊吹っ!」

 小夜の悲しみにあふれた声が森に響き渡る。

「伊吹、伊吹っ!」

 一緒に行こう、村へ。言ったじゃないか、昨日。一緒に森から出ようって。一緒に村へ行こうって。それなのに、どうしてだ――。



 この日、小夜は遂に伊吹と会うことできなかった。しかし、諦めきれずに連日小夜は伊吹のもとを目指した。

 ――だが、どんなに小夜が願っても、伊吹に会うことは叶わなかった……。

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