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森人の詩  作者: すばる
第八章 運命(さだめ)
46/49

(2)

(私は諦めないぞ……絶対に)

 あの不思議な空間に行くことができなくなってから半月。小夜(さよ)は時間さえあれば森へ入った。

 昨日は行けなかった。でも今日は行くことができるかもしれない……。

 諦めきれず、小夜はその日も記憶を辿りながら道を歩いていた。

 確かに行けた場所だ。それが突然行けなくなってしまうことなどありはしないはずだ。

 絶対にまた会うんだ、伊吹に。

 強く心で思いながら、小夜は道を歩き続ける。

(あ……霧か……)

 白いものが立ち込めてきたのに気づき、「まずい」と思ったときには、もはや前も後ろも分からぬ状態となってしまっていた。

 小夜は途方にくれ、その場に立ちすくむ。

 闇雲に歩き回って、いつかのように迷子になってしまってはどうにもならない。


 シャラン……


 ため息をついた小夜の耳に、どこかで聞いた音が入ってきた。


 シャラン、シャラン……


 澄んだ不思議な音。心に染み入る清らかな……。自分はどこでこれを聞いたのだろうと、思い返す。

(あっ)

 銀色の大樹が、脳裏に鮮明によみがえる。この音は紛れもなくあの場所で聞いたものだ。

 顔を上げた小夜は、目を大きく見開く。

「伊吹っ!」

 フッと揺らぐ空気の向こう側に人の姿が見えた。

 見覚えのある姿。紛れもなくあれは伊吹だと小夜は駆け寄った。

 腕を伸ばす。だが、伊吹に触れることはできなかった。

 ゆらりと彼の姿が歪む。

 そこで小夜は悟った。

 目の前に見える伊吹は、そこにはいないのだと。何かの力が作用して、そこにいるように見えるのだけど。

――小夜……?――

 久しぶりに聞く伊吹の声。嬉しさのあまり熱い思いが心の底からこみ上げてきた。涙で視界が揺れる。

「ああ、よかった……伊吹……」

 ほっと気が緩んで、涙声になる。

「心配したんだぞ……」

――小夜……――

 嬉しさと悲しさのない混ぜになった伊吹の表情。

 今にも大粒の涙が零れてきそうな――。

「伊吹、一緒に外へ出よう」

 ゆっくりと伊吹が首を横に振るのを見て、小夜はさらに大声で叫ぶ。

「言ったじゃないか、一緒に出ようって! 私の村に一緒に行こうって!」

 両手を差し出す。だが、伊吹は何も言わず、瞳を伏せた。

「ばかっ。もう、もう十分じゃないかっ。何でお前がそこにいる必要があるんだっ。お前だけがどうしてそこで苦しみ続けなくてはならないんだ。人間はお前が思っているほどやわじゃないっ。お前がいなくったって、お前がそこで人間たちの心を見守らなくったって、人間たちはやっていけるっ」

 印象的な伊吹の瞳が一瞬大きく見開かれた。

「だから行こうっ。私と一緒に行こうっ」

 だが、伸ばした手は虚しく宙を掴む。ぎゅっとこぶしを握り締め、小夜は叫ぶ。

「待っている。お前がそこから出てくるって私は信じてる」

――小……夜――

 涙で伊吹の姿が霞む。

「待っている! いつも別れる場所にある大きな岩のところで! 明日の夕暮れ、私はそこで待っている」

――……ありがとう――

 小さくつぶやく声。

 きゅーんと切なげに鳴く叉羅沙の声。

 大きく伊吹の姿が揺れた。そうして足元から徐々に消えていく。

「伊吹、伊吹っ!」

 何度も繰り返し叫ぶ。だが、どんなに叫んでも、もはや伊吹の姿は見えなくなってしまっていた。

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