↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
2/7

満点の転校生は、俺に興味がない

担任「藤崎の席は……そうだな、水瀬の隣が空いているな」


 担任のその一言に、俺は顔を上げた。


 教室の視線が、教壇の前に立つ藤崎澪へと集まっている。


 黒板には、担任が書いたばかりの名前。


 藤崎澪。


 昨日まで存在すら知らなかった女子が、今日から俺のクラスメイトになる。


担任「じゃあ、藤崎。あそこの席に座ってくれ」


澪「わかりました」


 藤崎は短く答え、こちらへ歩いてきた。


 近くで見ると、やはり整っている。


 顔立ちに無駄がない。黒髪は肩のあたりで揃えられ、歩く姿勢も綺麗だった。化粧をしているようには見えないが、肌もきめ細かい。


 昨日までの俺なら、こういう女子を見かけたとき、頭の中で勝手に評価をつけて終わりだった。


 だが、今回は少し違う。


 すでに満点をつけてしまっている。


 これ以上、何を評価すればいいのだろう。


「……」


 藤崎は俺の横を通り、椅子を引いた。


 鞄を机の横に掛け、教科書を取り出す。


 それで終わりだった。


 こちらを見ることも、話しかけることもない。


 教室に入ってきたときに一瞬目が合った。それだけだ。


 別に、話しかけてほしいわけではない。


 ただ、こういう女子なら、もう少しくらい周囲を気にするものだと思っていた。


クラスメイト「なあ、水瀬」


 後ろから声をかけられた。


朔「何?」


クラスメイト「お前、隣が藤崎でよかったな」


朔「何が?」


クラスメイト「いや、だってめちゃくちゃ美人じゃん。席替えしてほしいくらいだわ」


朔「そうだな」


クラスメイト「お前、反応薄くね?」


朔「別に、俺の席だし」


クラスメイト「そういうことじゃねえよ」


 男子は呆れたように笑った。


 俺だって、藤崎が美人なのは認めている。


 というか、満点をつけたのだから、今さら否定する余地もない。


 けれど、周囲が騒いでいるほど、本人は何も気にしていないようだった。


 窓の外を見るでもなく、スマートフォンを触るでもなく、淡々と教科書を開いている。


 その横顔を眺めていると、ふいに藤崎がこちらを向いた。


澪「何?」


朔「……いや」


澪「さっきから見てるけど」


朔「そうだった?」


澪「そうだったけど」


 思ったより、はっきりした口調だった。


 怒っているというより、単純に疑問を口にしているような顔。


 俺は少しだけ考えた。


朔「転校初日だろ。緊張してるのかと思って」


澪「してないけど」


朔「そう」


澪「それだけ?」


朔「それだけ」


 藤崎は俺を数秒見つめたあと、再び教科書へ視線を戻した。


澪「変な人」


 小さく聞こえたその一言に、俺は思わず眉をひそめた。


 ……変な人?


 俺が?


 初対面の女子に、そんなことを言われたのは初めてだった。


     *


 午前中の授業は、特に何事もなく終わった。


 藤崎は授業中、一度も無駄口を叩かなかった。教師に指名されれば簡潔に答え、ノートを取り、必要なところだけ教科書に線を引く。


 真面目なのか、要領がいいのか。


 少なくとも、授業を受ける姿勢に関しては好印象だった。


 もっとも、それで俺の中の評価が上がるわけではない。


 容姿の点数と、学力や性格の評価は別物だ。


 ……いや、そもそも俺は、性格まで点数に含めていたのだったか。


 自分の採点基準について考えているうちに、チャイムが鳴った。


澪「水瀬くん」


 隣から声がした。


 初めて名前を呼ばれた。


 俺は顔を向ける。


朔「何?」


澪「次の授業って、数学で合ってる?」


朔「そうだけど」


澪「教室移動は?」


朔「ない」


澪「ありがとう」


 それだけ言うと、藤崎は自分の机に向き直った。


 ……なんだ。


 普通に話せるじゃないか。


 いや、別に話せないと思っていたわけではないが。


 ただ、少し拍子抜けした。


 俺は自分から女子に話しかけることが、決して苦手ではない。


 むしろ、相手によっては向こうから話しかけてくることも多い。


 だからこそ、こちらから話題を探す必要がなかった。


 しかし藤崎は違う。


 話しかければ答える。必要なら自分から話しかけてくる。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 俺がどういう人間なのか、知りたいとも思っていないようだった。


朔「なあ、藤崎」


澪「何?」


朔「前はどこに住んでたんだ?」


澪「隣の県」


朔「へえ。なんでこっちに?」


澪「家庭の事情」


朔「ああ、そうなんだ」


澪「うん」


 会話が終わった。


 見事なくらい、終わった。


 俺はしばらく彼女の横顔を眺めた。


 別に、家庭の事情を詳しく聞きたいわけではない。初対面の相手に根掘り葉掘り尋ねるほど、無神経なつもりもなかった。


 ただ、普通はもう少し会話が続くものではないだろうか。


 例えば、前の学校はどんなところだったとか、ここの学校はどうだとか。


 そういう話をする余地くらいはある。


 けれど藤崎は、質問されたことに答えるだけで、それ以上の話を広げようとしなかった。


 ……なるほど。


 少しだけわかってきた。


 こいつ、かなりマイペースだ。


     *


 昼休み。


 俺はいつものように、七海と昼食を取るために教室を出た。


 七海は別のクラスだが、昼休みになると廊下で合流するのが習慣になっている。


七海「朔ー!」


 廊下の向こうから、七海が手を振っていた。


朔「おう」


七海「今日のお昼、購買?」


朔「いや、コンビニ」


七海「また?」


朔「また」


七海「ちゃんと野菜食べてる?」


朔「サラダチキンに野菜が入ってるやつを食べた」


七海「それ、野菜食べたって言えるの?」


朔「入ってるんだから食べたことになるだろ」


七海「そういう問題じゃないと思うんだけど……」


 七海は呆れながらも、俺の隣を歩いた。


 いつものやり取り。


 いつもの距離感。


 気を遣う必要もなければ、話題に困ることもない。


 それが七海との関係だった。


七海「そういえば、転校生どうだった?」


 七海が尋ねてきた。


朔「どうって?」


七海「朝、言ってたじゃん。転校生が来るって」


朔「ああ、藤崎な」


七海「うん。可愛い?」


朔「可愛い」


七海「即答だ……」


朔「事実だからな」


 七海は少しだけ口を尖らせた。


七海「ふーん。そんなに?」


朔「今まで見た中でも、かなり上だと思う」


七海「へえ」


朔「顔も髪型も雰囲気も、全部いい」


七海「……そっか」


 七海は前を向いた。


 その声が、ほんの少しだけ小さくなった気がした。


 けれど、俺は特に気に留めなかった。


朔「でも、性格はよくわからん」


七海「性格?」


朔「話してみたけど、必要なことしか喋らないんだよ。こっちから話しかけても、すぐ会話が終わる」


七海「朔が?」


朔「何だよ」


七海「朔って、女の子と話すの得意じゃん」


朔「別に、普通だろ」


七海「普通の人は、自分から話しかけて会話を続けようとしたりしないよ」


朔「そうか?」


七海「そうだよ」


 七海は少し笑った。


七海「でも、朔がそんなに気になるなんて珍しいね」


朔「気になるっていうか……」


 俺は言葉を探した。


 気になる。


 そうなのだろうか。


 顔が好みだから、もっと知りたいと思った。


 それだけなら、今までにもあったことだ。


 けれど、今までの相手は、少し話せば満足していた。


 相手の反応がよければ、好印象を持つ。反応が悪ければ、まあ、そういうこともあると考える。


 それだけだった。


 なのに、藤崎には、もう一度話しかけてみたいと思っている。


 なぜだろう。


朔「……まあ、珍しいかもな」


 結局、そう答えた。


 七海は何も言わず、少しだけ笑った。


     *


 午後の授業が終わる頃には、藤崎の周囲にも何人かのクラスメイトが集まっていた。


クラスの女子1「藤崎さんって、前の学校でもモテたでしょ?」


クラスの女子2「彼氏とかいたの?」


クラスの女子3「好きなタイプは?」


 女子たちが次々に質問を投げかけている。


 藤崎は鞄に教科書をしまいながら、淡々と答えていた。


澪「モテたかどうかは知らない」


クラスの女子1「彼氏は?」


澪「いない」


クラスに女子たち「えっ、いないの? こんなに可愛いのに!」


澪「可愛いかどうかと、彼氏がいるかどうかは関係ないでしょ」


 その場が一瞬、静かになった。


 質問した女子は、困ったように笑った。


クラスの女子1「あ、まあ、そうだけど……」


澪「それに、好きなタイプを聞いてどうするの?」


クラスの女子1「え?」


澪「私の好きなタイプを聞いたところで、あなたたちには関係ないでしょ」


 今度こそ、空気が止まった。


 藤崎は気にする様子もなく、鞄を肩に掛けた。


澪「じゃあ、お先に」


 そう言って、教室を出ていく。


 残された女子たちは、顔を見合わせていた。


クラスの女子1「……なんか、すごい子だね」


クラスの女子2「美人だけど、ちょっと怖くない?」


クラスの女子3「わかる。もうちょっと愛想よくしてくれてもいいのに」


 そんな声が聞こえてくる。


 俺は席に座ったまま、扉の向こうを眺めていた。


 なるほど。


 そういうタイプか。


 美人であることを自覚しているのかどうかはわからない。


 ただ、自分をよく見せようとする気がないのは確かだった。


 相手が誰であろうと、言いたいことを言う。


 嫌われるかもしれないとか、空気が悪くなるかもしれないとか、そういうことを考えていないように見える。


 いや、考えたうえで、気にしていないのかもしれない。


 俺には、どちらなのか判断できなかった。


クラスメイト「水瀬、帰らねえの?」


 友人に声をかけられ、我に返る。


朔「ああ、帰る」


 鞄を持ち、教室を出た。


 廊下を歩きながら、俺はふと思った。


 藤崎澪は、満点の女子だ。


 それは間違いない。


 けれど、俺が知っている美人とは、何かが違う。


 周囲に好かれることを望んでいないように見える。


 自分がどう評価されているのかにも、興味がなさそうだった。


 そんな人間が、本当にいるのだろうか。


 少なくとも、俺の周りにはいなかった。


     *


 翌朝。


 教室に入ると、藤崎はすでに席に座っていた。


 机の上には、一冊の文庫本が置かれている。


 表紙を見ても、タイトルはよくわからなかった。


 俺が席に着くと、藤崎は本から顔を上げた。


澪「おはよう」


朔「……おはよう」


 予想外だった。


 向こうから挨拶してくるとは思っていなかった。


 いや、挨拶くらい普通にするだろう。


 俺は何を驚いているのだろうか。


澪「昨日の数学、先生が言ってた宿題って、ここの問題で合ってる?」


 藤崎がノートをこちらに向けた。


朔「ああ、そこ。次のページまで」


澪「ありがとう」


 彼女はノートを閉じた。


 会話はそれで終わり。


 けれど、昨日よりは自然に話せた気がした。


 俺は鞄から教科書を取り出しながら、何気なく尋ねた。


朔「その本、面白いの?」


 藤崎の手が止まった。


 彼女は本の表紙を見て、それから俺に視線を向ける。


澪「面白いよ」


朔「どんな話?」


澪「読めばわかる」


朔「……いや、そうだけど」


澪「ネタバレしてほしいの?」


朔「そういう意味じゃない」


澪「じゃあ、読めばいいじゃん」


 藤崎は本を机の中にしまった。


 そして、何事もなかったかのように教科書を開く。


 俺はしばらく、その横顔を見つめていた。


 ……本当に、可愛げがない。


 顔は満点。


 髪型も満点。


 雰囲気も満点。


 なのに、話していると調子が狂う。


 普通なら、もう少し相手に合わせるものではないだろうか。


 俺が今まで関わってきた女子は、もっと愛想がよかった。


 こちらが話しかければ笑ってくれるし、話題を振れば興味を示してくれる。


 もちろん、全員がそうだったわけではない。


 ただ、少なくとも俺に対して、あからさまに興味がなさそうな女子は珍しかった。


 藤崎は違う。


 俺がどんな顔をしていようと、どんな話し方をしようと、彼女の態度は変わらない。


 俺が水瀬朔だから、という理由で何かが変わることはないのだろう。


 それが、少しだけ面白くなかった。


 そして同時に。


 もう少し、この女のことを知りたいと思った。


 どうして、こんなにも周囲の評価を気にしないのか。


 何を考えているのか。


 どんなものが好きで、どんなものが嫌いなのか。


 俺のことを、どう思っているのか。


 そこまで考えて、俺は小さく息を吐いた。


 ……何を考えているんだ、俺は。


 相手はただの転校生だ。


 顔が好みだからといって、そこまで気にする必要はない。


 そもそも、俺はまだ藤崎のことを何も知らない。


 知っているのは、名前と、顔が綺麗なことと、少し口が悪いことくらいだ。


 それだけで、人間を判断するのは早すぎる。


 いつも他人を採点している俺が、そんなことを考えるなんて。


 我ながら、おかしな話だった。


澪「……水瀬くん」


朔「ん?」


 藤崎がこちらを向いた。


澪「さっきから、何か言いたそうだけど」


朔「いや、別に」


澪「そう」


 彼女は一度だけ俺を見て、また前を向いた。


澪「変なの」


 昨日と同じ言葉だった。


 俺は思わず笑ってしまった。


朔「お前、俺のこと変なやつだと思ってるだろ」


澪「ええ」


朔「即答かよ」


澪「だって、変だし」


朔「どこが?」


澪「それ、自分で考えたら?」


 藤崎はそう言って、窓の外へ視線を向けた。


 俺は彼女の横顔を見た。


 そして、心の中で、もう一度だけ採点する。


 顔立ち、百点。


 髪型、百点。


 雰囲気、百点。


 総合評価、百点。


 ……ただし。


 性格については、今のところ採点保留。


 そう結論づけたところで、始業のチャイムが鳴った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。