満点の転校生
人を見れば、つい点数をつけてしまう。
そんな少し変わった癖を持つ男子高校生の物語です。
百点の相手と出会えば、何かが変わるのか。
そもそも、人の魅力は数字で表せるのか。
ゆっくりと進んでいく青春と恋愛を、楽しんでいただければと思います!
通学路を歩きながら、俺は向かいから歩いてくる女子高生に目を向けた。
顔立ち、髪型、服装、歩き方。
それぞれを頭の中で確認し、最後に全体の印象を加味する。
72点。
悪くない。けれど、特別目を引くほどでもない。
すれ違いざまにもう一度だけ視線を向けてから、俺は前を向いた。
次に歩いてきた男子高校生は61点。イヤホンをしながら歩いているサラリーマンは58点。犬を連れたおばさんは、犬がかわいかったので人間の評価とは別に加点しておいた。
人間を点数で評価する。
そう言うと、性格が悪いだの失礼だのと言われるかもしれない。実際、人間顔である。企業の面接では能力が同じであれば容姿のいい方を採用するし、多少劣っていても良い方を選ぶ企業は多いだろう。学校でも顔が良ければ多少の言動は許される。
ただ、目に入ったものを自分なりの基準で評価しているだけだ。
顔が整っているか。清潔感があるか。雰囲気がいいか。話してみたいと思えるか。
基準はそのときの気分によって変わる。
我ながら、ずいぶん適当な採点方法だと思う。
それでも、やめる気はなかった。
七海「またやってるの?」
隣から声がした。
桜井七海。家が近く、物心ついた頃から一緒にいる幼馴染だ。
朔「何が?」
七海「女の子の採点。今の子、何点?」
朔「83」
七海「即答じゃん。相変わらず失礼だね」
朔「口に出してないからセーフだろ」
七海「そういう問題かなあ……」
七海は呆れたように笑った。
俺がこの癖を持っていることも、聞けば点数を答えることも、彼女は昔から知っている。中学の頃から何度もやめろと言われているが、やめる気はなかった。
もちろん、七海にだって点数をつけたことはある。
ただ、その数字を本人に教えたことは一度もない。
七海「ちなみに、私は?」
朔「何が?」
七海「私の点数」
朔「……朝から面倒な質問するな」
七海「いいから。何点?」
七海は笑っている。
いつもの、見慣れた顔だった。
だから俺は、その質問に答えることを少しためらった。
朔「秘密」
七海「えー、ずるい!」
朔「自分から聞いておいて、低かったら怒るだろ」
七海「高かったら怒らないよ?」
朔「その言い方が信用できない」
七海は不満そうに頬を膨らませた。
こういう表情も、俺にとっては見慣れたものだ。小さい頃から隣にいて、学校が変わっても、学年が上がっても、こうして一緒に登校している。
だからだろうか。
七海を異性として意識したことは、ほとんどなかった。
少なくとも、俺はそう思っている。
家を出る前に食べた朝食は、コンビニで買ったチョコデニッシュだった。両親は仕事の都合で家を空けることが多く、朝から食卓に誰かがいる生活には慣れていない。
袋の裏に書かれたカロリーを確認しながら食べるのも、いつの間にか習慣になっていた。
点数をつけることといい、数字を見ることが好きなのかもしれない。
七海「そういえば、明日から二年生に転入生が来るらしいよ」
七海が思い出したように言った。
朔「へえ」
七海「興味なさそう」
朔「まだ見てもいないのに、何を話せばいいんだよ」
七海「可愛い子だったら?」
朔「採点する」
七海「最低だ……」
七海は笑った。
俺も軽く笑い返す。
そのときは、本当にそれだけの話だと思っていた。
*
学校に着き、教室へ向かう。
始業式だの新学期だのといった大きな節目はすでに過ぎている。二年生になってしばらく経ち、クラスにも慣れ始めた頃だった。
教室に入ると、窓際の席に鞄を置く。
クラスメイト「おはよう、水瀬」
朔「おはよう」
クラスメイトと挨拶を交わし、席に座った。
しばらくすると、後ろの席の男子が椅子を寄せてくる。
クラスメイト「なあ、水瀬。お前、桜井と付き合ってんの?」
朔「は?」
クラスメイト「いや、いつも一緒にいるじゃん。朝も帰りも」
朔「幼馴染だよ」
クラスメイト「それだけ?」
朔「それだけ」
考えるまでもなかった。
七海と付き合う。そんな想像をしたことすらない。
相手が七海だから、というより、あまりにも当たり前にそばにいたからだ。今さら関係が変わるなんて、考えにくかった。
クラスメイト「ふーん。まあ、本人たちがそう言うならいいけど」
男子はつまらなそうに自分の席へ戻っていった。
俺は机に頬杖をつき、窓の外を見る。
恋愛に興味がないわけではない。
ただ、今のところ特別な相手がいないだけだ。
それに、好みの相手と実際に付き合うことは、きっと別の話なのだろう。
そんなことを考えながら、俺は朝の通学路で見かけた女子たちの点数を、頭の中でもう一度振り返っていた。
*
昼休み。
スマートフォンを見ると、七海からメッセージが届いていた。
『今日、帰り一緒に帰れる?』
いつもはわざわざ確認しなくても、帰る時間になればどちらかが声をかける。こんなふうに事前に聞いてくるのは珍しかった。
『別にいいけど』
返信すると、すぐに既読がついた。
『じゃあ昇降口で待ってるね』
それだけのやり取りだった。
午後の授業を終え、昇降口へ向かう。七海は約束どおり、壁際で俺を待っていた。
朔「お待たせ」
七海「ううん。行こう」
校門を出て、いつもの道を歩く。
他愛のない話をしながら帰っていたが、しばらくすると七海がこちらを見上げた。
七海「ねえ、今朝の話だけど」
朔「どの話?」
七海「転入生。もしすごく可愛い子だったら、何点つける?」
朔「顔も雰囲気も好みなら、100点もあり得るんじゃないか」
七海「100点かあ……」
七海は小さく繰り返した。
七海「そんな人、いるのかな」
朔「さあな。いたら面白いけど」
七海「そっか」
七海は前を向いた。
夕方の光が、その横顔を照らしていた。
何か言いたそうに見えたが、結局、彼女は別の話題を口にした。
七海「明日も一緒に行こうね」
朔「いつもそうだろ」
七海「うん。そうだね」
七海は笑った。
けれど、その笑顔がいつもとまったく同じだったかどうかを、俺は考えもしなかった。
*
翌朝。
俺はいつものように通学路を歩いていた。
向かいから、なにかの雑誌を抱えた女子高生が歩いてきた。少し野暮ったい髪型に、垢抜けない服装。顔立ちも平凡で、どこか芋っぽさが抜けきっていない。
顔59点、髪型54点、雰囲気57点。
総合評価、56点。
いつもどおりだ。
七海と合流し、他愛のない会話をしながら学校へ向かう。教室に入っても、特に変わったことはなかった。
ホームルームが始まる直前、担任が教室に入ってきた。
担任「今日は、みんなに紹介する人がいる」
ざわついていた教室が、少しずつ静かになる。
担任「転入生だ。入ってきていいぞ」
扉が開く。
教室に入ってきたのは、黒髪の女子だった。
背筋が伸びていて、無駄な動きがない。整った顔立ちに、どこか近寄りがたい雰囲気。教室中の視線が、自然と彼女に集まっていた。
俺も、思わず目を奪われた。
彼女は教壇の横に立ち、教室を見渡す。
澪「藤崎澪です。よろしくお願いします」
淡々とした声だった。
愛想笑いも、照れた様子もない。
それでも、彼女が顔を上げた瞬間、俺は確信した。
顔立ち、100点。
髪型、100点。
雰囲気、100点。
今までつけてきた点数の基準が、音を立てて崩れていく。
総合評価。
100点。
初めてだった。
俺が、迷いなく満点をつけた相手は。
そのとき、藤崎と目が合った。
彼女はほんの一瞬だけ俺を見て、すぐに視線を外した。
まるで、俺に興味などないと言わんばかりに。
……なんだよ。
少しくらい反応してもいいだろ。
そんなことを考えている自分に気づき、俺は小さく息を吐いた。
採点する側の人間が、採点される側の反応を気にするなんて。
我ながら、ずいぶん勝手な話だった。
けれど、このときの俺はまだ知らなかった。
満点をつけた相手が、自分の思いどおりになるとは限らないことを。
そして、数字では測れないものが、少しずつ自分の中に増えていくことを。




