第八章 婚約破棄
忙しい父母をなんとか捕まえ、クリスティアーナは相談をしたいと頼んだ。
「相談だと?」
自室の肘掛け椅子に座り、不審そうにひげを動かしながら、父は長女を睨む。
「婚礼ももう目前だというのに、何をそんな辛気臭い顔をしているの」
そう冷たく言ったのは、母だった。
ドレス選びの日以来、シモンとその家族とは顔を合わせていない。シモンは軍隊の訓練が入りしばらく忙しいらしい(彼の召し使いから聞いた)し、フィオラはあれから体調がなかなか回復しないらしく、お見舞いもやんわりと断られてしまった。
フィオラにも、幻滅されたのだろうか。そう考えると、クリスティアーナの胸はいっそう痛んだ。彼女の具合が悪くなったのは、シモンの言うとおり、クリスティアーナのせいなのだろうか?
「お父様、お母様……。せっかくいただいた、シモン様との婚約のお話ですが、やはり私には分不相応だったのです。シモン様は、私よりもコーデリアの方がお好きなように思われます」
両親は揃って眉をひそめた。
「つきましては、シモンさまとの婚約を、こちらから破棄させていただきたく……」
「駄目だ!」
父が怒鳴った。びくりと震えるクリスティアーナ。
「こちらから婚約破棄だと? そんなことをしたら、約束を違えたとして賠償金を払わねばならないではないか!」
「そうですよ。お前は、私たちを破産させるつもりなの?」
「いえ……そんなつもりは……ですが……」
「コーデリアの方が好き? そうだろうよ。あの子は優秀な魔法使いだからな。こうなるだろうとわしは思っていた」
残酷な父の言葉に、クリスティアーナは息を呑んだ。
「だが、婚約破棄などもってのほかだ。コーデリアはいずれこの家の当主となり、婿をとらねばならぬ。伯爵家といえど、よそに嫁に出す訳にはいかんのだ」
「では、私はどうすれば……!」
母が厳然と告げた。
「見ぬふりをなさい。愛だの青春だのは、コーデリアと、シモン殿の好きにさせておきなさい。お前は家の名誉をこれ以上汚さぬように、おとなしく与えられた椅子に座っていれば良いのです。__それからお前のピアノね、シモン殿が耳障りだとおっしゃるのなら、もう弾いてはなりません」
クリスティアーナは、黙ってうなずくことしか出来なかった。反抗したいのか、そうでないのか、自分にももう分からなかった。
両親の部屋を出たところで、コーデリアにばったりと出会った。コーデリアは、可愛らしい顔を歪ませて姉を嘲笑う。
「残念だったわね? お姉様が幸せになれることなんて、この先一生ないの。あったとしても、私が全部めちゃくちゃに壊してやる」
「どうして……」
「だってお姉様は、魔法無しだもの」
コーデリアは人差し指を姉の首に突きつけ、火の魔法を唱えた。鈍い痛みと嫌な男が走り、肌に火傷ができた。とっさに首を抑え、クリスティアーナは咳き込んだ。
「シモン様ったら、お可哀想。私のことを愛していらっしゃるのに、お姉様と結婚しなければいけないんだもの。そうよ、はっきり私にそう言ったの。叶うならば、私と結婚したいって」
「なら……どうして」
クリスティアーナは弱々しく言葉を絞り出した。
「どうして、私と婚約なんてなさったの……」
当初、シモンはクリスティアーナに笑顔を向けてくれた。優しくエスコートし、彼女のピアノを心から楽しんでくれていた。だから、クリスティアーナも彼を愛していたのに。
妹が、残酷な真実を告げる。
「まだ分からないの? 魔法が使えるようになったから、魔法無しの婚約者なんて用済みになったのよ」
そして、クリスティアーナを荒っぽく押しのけ、笑いながら屋敷を出て行った。
部屋で一人、クリスティアーナは喉元に薬を塗った。火傷は、まだずきずきと痛む。跡も残ってしまうかもしれない。傷のある令嬢など、社交界では笑い者だ。
そうだ……。火傷に触れながら、クリスティアーナはじっと考え込んだ。こちらからの婚約破棄は、父母に跳ね除けられてしまった。では、シモン側からの破棄であればどうだろう? 両親が問題にしている賠償金は、こちらが払わずに済むのでは?
今以上にシモンや、その家族に嫌われたなら。今のクリスティアーナには、想像するのも辛いことだった。だが、今すでに彼女はどん底にいる。今後どうなっても、これ以上の辛い思いをすることなどあるのだろうか?
コロナでダウンしていて、しばらく更新できませんでした。すみません。




