第六章 別れ
以来、コーデリアはシモンと急速に仲良くなったようだ。
クリスティアーナがシモンの家に行く時、コーデリアも必ずついてくるようになった。両親からの伝言があるとか頼み事をしたいとか、理由をつけて。
報復が恐ろしいから、クリスティアーナは妹には強く出られない。婚約者を見つけたとて、依然としてクリスティアーナの立場はレイクス家の中で最も弱かった。
それでも一度、妹を遠ざけてほしいと勇気を出してシモンに伝えたことがある。
「クリス、なぜ?」
シモンは眉をひそめ、クリスティアーナに聞き返した。不愉快さを隠そうともしない婚約者の返事に、クリスティアーナは怖気ついた。
「あの……あの子は、学園の用事で忙しいでしょうから」
「この前一緒にお茶をした時、コーデリアは今わりと暇だと言っていたじゃないか」
「……そうでしたかしら」
クリスティアーナがあやふやに答え、うつむくと、シモンはため息をついた。
「ねえクリス、コーデリアのことが嫌いなんだろ?」
「いえ、そんなことは」
「嘘をつかなくてもいいよ。コーデリアがこの前、僕にこぼしていったんだ。君が自分にだけ壁を作っていて、悲しいし怖い。魔法が使える自分のことを妬んでいるのじゃないかって」
クリスティアーナは愕然とした。
「コーデリアが……そんなことを?」
決して壊せない強固な壁をクリスティアーナの周りに築いたのは、コーデリアたちの方だ。
「コーデリアは、魔法使いである前に、君のたった一人の妹じゃないか。優しくしてあげないと、かわいそうだよ。それに……」
「それに……?」
「魔法使いを妬むような人とは、結婚したくはない」
シモンは、きっぱりとクリスティアーナに言った。クリスティアーナの足が震え、その場に崩れ落ちそうになる。それでも彼女はテーブルの端をつかみ、自分を支えた。
彼女の様子を気遣ってくれるはずの婚約者は、まるで敵でも見るような目でクリスティアーナを睨んでいる。
「……では、シモン様は、私と結婚なさりたくないのですね」
「おいおい、どうしてそうなるんだ? 「魔法使いを妬むような人」と言ったじゃないか!」
シモンはクリスティアーナの腕をきつく掴み、揺さぶった。
「コーデリアに、優しく、ちゃんと家族として扱うんだ。僕が君に望むのはそれだけだ」
違います。クリスティアーナは、口の中で小さくつぶやいた。
「何か言ったか?」
「いいえ」
伯爵邸を辞し、帰り道を急ぎながら(シモンは、彼女を送り届けようともしなかった)、彼女はもう一度つぶやいた。
違う、違うんです。家族扱いしてくれないのは、あの子たちの方なんです。
だが、その言葉をシモンが信じてくれるとは、とても思えなかった。
楽しかったはずのシモンとの時間はぎくしゃくしたものになり、伯爵邸でピアノを弾く時もコーデリアの視線が気になって心から楽しめない__唯一の希望は、月に一度のレッスンだ。マエストロだけは、コーデリアに丸め込まれたり、魔法無しであることを気にしたりしない。
シモンに叱責された日から数日後、レッスンの日でもないのに、マエストロがクリスティアーナの元へやってきた。ちょうど散歩から帰ってきたばかりの時間に、家の前で。
「やあ、クリスティアーナ」
「マエストロ!」
嬉しいサプライズだ。クリスティアーナは、マエストロに駆け寄った。相談したいことがたくさんある。
ところが、マエストロは、彼女が口を開く前にこう告げた。
「今日はね、お別れを言いにきたんだ」
クリスティアーナは凍りついた。
「お別れ……?」
マエストロは悲しげな目でクリスティアーナを見た。
「残念ながら、自分の指導は君のお父上や、妹さんのお気に召さなかったようだ。前回のレッスンの後に、クビを通告されたよ。その上、二度と家の近くに顔を出してくれるなって」
マエストロが、乾いた笑い声をたてる。
「まあ、君とは最後に話しておきたかったから、こうしてこっそり来ちゃったんだけどさ」
「そんな……」
「クリスティアーナ」
マエストロは一歩近づき、ささやいた。
「君は自分の、自慢の教え子の一人だ。重ねて言うけど、魔法無しであることに、誇りを持って。音楽を愛し続けてね」
「やめてください……! まるで、本当にお別れみたいに……!」
「いいから、最後まで聴いて」
マエストロは、クリスティアーナの震える手に、小さな丸いものを置いた。手を広げてみると、それはうずをまいた黒い貝殻だ。
「君が本当に困った時、一度だけ助けてあげる。この貝殼を潰しなさい。自分がどこにいようと、必ず君に助けを送るよ」
貝をそっと手で包み、クリスティアーナは声を殺して泣いた。さよなら、とマエストロが言った。それにきちんとさようならを返せたか、覚えていない。どうやって自分の部屋まで戻り、貝殻を隠したか、分からない。
ただ一つ分かっているのは、自分がいよいよひとりぼっちになったことだった。




