第五章 お出かけ
街へ出かけようと、シモンがクリスティアーナを誘った。
「君の家と僕の家の往復ばかりじゃ、つまらないだろう。たまには、にぎやかなところを二人で歩かないか」
クリスティアーナも承諾した。街へ出かけるのはほぼ初めてだ。どこにどんな店があるのか、よく知らない。
「いろんな店があるよ。花屋も、宝石店も、カフェテリアだって。どこに行ってみたい? 食べたいものなどはあるかい?」
食べたいもの、と聞かれ、クリスティアーナは頬を染めて答えた。
「アイスクリームが食べたいです」
マエストロが一度お土産に買ってきたのだ。
「ああ、いいね」
二人は、土曜日の午前九時と約束をした。
当日、クリスティアーナは時間よりも少し早く、自宅の前でシモンを待った。今日の仕立ては、以前のドレスよりもカジュアルな、緑のワンピースだ。婚約が決まって以来、使用人がきちんと彼女に似合う衣服を揃えてくれるようになった。
シモンと婚約して以来、クリスティアーナの生活は見違えるように自由になった。彼と一緒ならこうして外出さえ許してもらえるし、ピアノは心ゆくまで弾くことができるし、外見を整えるための道具を買っても咎められることはない。
「お待たせ」
ドラゴンから飛び降りたシモンに、クリスティアーナは笑顔を向けた。
「ずいぶん待ってた? ごめんね」
「いえ、今出たばかりですわ」
クリスティアーナの姿を眺め、シモンが嬉しそうに言う。
「きれいだよ」
クリスティアーナは赤くなった。シモンは右手でクリスティアーナの髪をそっとなで、虹のような魔法の髪飾りをふんわりととめた。
「行こうか」
二人が歩き出した時、後ろから呼び止める声がした。クリスティアーナの顔が強張る。
「お姉様!」
声をかけてきたのは、妹のコーデリアだった。ふわふわとカールした髪に大きなリボンをつけ、とても可愛らしい。口を大きく弧にゆがめた笑顔で、彼女は姉に問いかける。
「今からお出かけですの?」
「……ええ……」
「どちらまで?」
「市街に行くよ」
そう答えたのは、シモンだった。コーデリアはにっこり微笑む。
「私も、街に用事があるんですの。途中までご一緒してもよろしいでしょうか? 義兄様、お姉様」
クリスティアーナは固まったままだったが、シモンが先に「いいよ」と答えた。
真ん中をシモンにして、右手にクリスティアーナ、左手にコーデリアの三人で並び歩いた。明るくしゃべりかけるコーデリアとシモンの話が弾み、クリスティアーナはそれを静かに聞いた。会話に口をつっこむのははしたないと、幼少期から躾けられている。
「そう、コーデリアは学園で魔法の成績がトップクラスなのか」
「ええ、そうなんです。レイクス家の名誉の為、努力しましたわ。なにしろ私一人の肩にかかっているんですもの」
「立派だね」
「義兄様は、学校には通われないのですか?」
「家庭教師をつけてもらっているんだ」
「どうしてですの? まさか、魔法無し……」
クリスティアーナは大きく息を吸い、勇気を出して言った。
「シモン様は、魔法無しではありません。歴とした魔法使いです」
コーデリアがぱっと振り向いた。いつのまにかクリスティアーナは、二人から少し遅れて歩いていた。
コーデリアが目を細める。
「そうでしたの。失礼しました」
シモンは首を振った。
「少し前までは、魔法無し同然だった。だけど魔力が回復して、元通り魔法を使えるようになったんだよ」
「ふうん……そう……」
おもむろにコーデリアは、人差し指の先に白い光を灯し、シモンの額をちょんとつついた。
「おかえりなさい、魔法の世界へ!」
シモンに向けられたコーデリアの笑顔はきらきらと輝かしく見えて、とっさにクリスティアーナは顔を背けた。
今彼女が何の魔法を使ったのか、クリスティアーナには分からない。ただ、これだけは分かる。コーデリアは、魔法無しの姉と、自分は違うとシモンに見せつけるために魔法を使ったのだ。
彼らの顔を見る勇気はなかった。もしも魔法使い同士、通じ合っていたら。もしシモンが妹を、うっとりした顔で見つめていたら。またあの惨めな暮らしに逆戻りだ。その仮定は現実かもしれないと、勘が告げていた。
「……では、私はこれで失礼します」
コーデリアが静かに言った。顔を上げると、彼女はどこか悲しそうな顔でクリスティアーナを見ている。
「義兄様、お姉様。どうかデートを楽しんでくださいませ」
スカートの裾をつまんでお辞儀をし、立ち去ろうとするコーデリアを、シモンが呼び止める。
「君はどこに行くの?」
「裏通りへ、薬の材料を買いに行きますの」
「あそこの一人歩きは危ないよ。僕が送っていく」
シモンは辺りを見渡し、目についた適当なカフェのテラス席にクリスティアーナを座らせた。
「ここで、アイスクリームでも食べて、待ってて」
「……はい」
クリスティアーナを置き去りにして、シモンはコーデリアと歩いて行った。
それからシモンが、だいぶ後になって戻ってくるまで、クリスティアーナはひたすら待った。
彼女はまだ知らない__シモンが結局コーデリアの買い物の最後まで付き合ったこと。コーデリアにねだられ、アイスクリームを買ってやったこと。別れ際、コーデリアが彼の頬に、キスをしていったことも。




