第十二章 帰宅
翌朝、ホテルを出た。
「帰るのか」
ギャレットが問う。
「はい」
クリスティアーナは、しっかりとうなずいた。
ホテルにピアノはないし、いつまでも他人の金で泊まり続ける気にはならなかった。
自宅の前まで来て、クリスティアーナは立ち止まる。側のギャレットが、無言で見下ろした。家にはきっと、妹コーデリアがいる。もしかしたら、シモンも。変装し、クリスティアーナを襲撃したかもしれない彼らが。
ギャレットがクリスティアーナの肩に手を置いた。かかる重みは、温かい。
クリスティアーナは、ゆっくりと呼吸した。私は、一人ぼっちじゃない。ギャレットも、マエストロも助けてくれる。敵を恐れる必要はない。
ギャレットを見上げ、微笑んでみせた。
「ありがとうございます。大丈夫です」
「ああ」
言葉は少なかったが、肩にかかる圧がわずかに増した。その手を握り、クリスティアーナは言った。
「私は、あなたのために演奏します。あなたにもマエストロにも恥ずかしくない演奏をするために、今できることに精一杯尽くします」
そうして彼の手をやんわりと退け、我が家の扉を叩いた。
両親は、朝帰りした娘を叱りつけたが、夜に何があったのかは聞かなかった。
もし聞かれたら、妹の悪事を打ち明けてやったのに。いや、妹贔屓の両親は、私の言葉など信じもしないか。
コーデリアが不在なのをいいことに、クリスティアーナはピアノを弾いた。召し使いの迷惑顔を無視し、何時間も譜読みに費やした。与えられた猶予は一ヶ月。その間に一曲仕上げなければならない。
夜になっても、翌日も、シモンは姿を現さなかった。クリスティアーナにとってもその方が都合良い。余計なことで集中を乱さずに済むから。




