第8話 どこが同棲生活やねん!
「じゃあ今日は授業おしまいなぁ~。気を付けて帰れよ~」
帰りのホームルームをかったるそうに片付けたケイちゃん先生は、疲れ切った身体を引きずるように教室を後にしようとする。
「お疲れ様ですイケちゃん先生。随分おつかれですね」
「ああ……。教師の言う事を鼻から聞く気が無い問題児への生徒指導にかかる手間と徒労感と、今日の残業時間を考えるとな……」
「あはは……お疲れ様で~す」
どうやら、これから乃依姉ぇへのお説教の続きがあるようである。
一応は関係者である私としては、苦笑いしながらイケちゃん先生を見送ることしか出来なかった。
じゃあ、今日は珍しく放課後に生徒会活動もないのか。それなら。
「じゃあ、タマモ。帰りにちょっと寄り道してこっか」
「寄り道? はっ! まさか、ジャパニーズ女子高生がアニメでやってる買い食い!? それとも、友達でショッピング? 私、憧れてたんだ~♪」
ああ。
そう言えば、海外だと親の車の送迎がデフォで、子供だけで登下校するのって珍しいんだよね。
「それはまた今度。タマモの生活用品とか買いに行かないとでしょ」
「生活用品って?」
「タオルとか歯ブラシとか」
「ええ~、何かつまんな~い」
あからさまにブー垂れるタマモ。
アンタねぇ……。
普段の生活に全く必要ない衣装と、風呂敷包み一つで来ておいてよく言うな、この駄目キツネめ。
「有能な女を目指すなら、そんな顔に出しなさんな。ほら、行くよタマモ。ヒマなら紗江も一緒に来る?」
同じく帰り支度をしている紗江に声を掛けるが。
「いやいや~、私は用事があるから。あと、同棲生活で2人で使う物を一緒に選ぶのって良い思い出になるから邪魔できないし」
「どこが同棲生活やねん!」
タマモは居候なだけだし。
私は服とか歯ブラシとかを、タマモに共用で使われるのが嫌なだけだし。
「アハハッ。じゃあね~」
ちゃんと釈明をしようとしたが、紗江はとっとと行ってしまった。
◇◇◇◆◇◇◇
「歯ブラシ、タオルとヘアバンドにシュシュとヘアゴムと、大きめ高級ヘアドライヤーと。リネンコーナーで買う物はこんなもんかな」
買い物カゴの中を確認しながら、私は必要な物に漏れが無いか頭の中のリストと突合する。
「ねぇ桃萌……」
「ん? なに? 何か他に買いたい物あるの?」
ここは、ショッピングモール1階にある生活用品コーナー。
ここなら、一か所で全ての必要物品が揃うし効率的だ。
「歯ブラシやタオルはともかく、なんでヘアドライヤーまで買うの? 桃萌の家にも既にあるよね?」
珍しくタマモが怖気づいている。
「今、家にあるドライヤーは私専用。お互い、髪を乾かすには時間かかるんだから、2台あった方がいいでしょ」
私は黒髪ロング、タマモは亜麻色ロングだ。
乾かすのには相当な時間がかかるし、後から風呂に入った方がドライヤー待ちで、濡れた髪のままで待っているのはよろしくない。
「でも……。それなら、私はこっちの安いドライヤーの方でいいよ」
「これください」
タマモが持ってきた、小さ目ドライヤーを無視して、私はさっさと会計に買い物かごを置いた。
「はい。お会計、4万8千円になります」
「支払いはデビットカードで」
「ほわっ!?」
支払金額に目を白黒させているタマモを尻目に払いを終える私。
ドライヤーって、良い奴は高いからね~。
「ほいっ。こっちの袋持って」
「うう……桃萌ったら強引……」
「私はせっかちだからね」
女の人の買い物は長いみたいによく聞くけど、私はその限りじゃなくて、割と即断即決するし、目的外のお店何て回らない。
悩んだり、奢る奢られるで遠慮されたりとかのグダグダしてる時間がもったいなくて、そっちの方がイライラする質なのだ。
「そうやって偽悪的にふるまって、お金を払ってもらう私の心が軽くなるようにしてるよね? 桃萌は」
「さぁ、何の事だか? んじゃ、次は化粧品とかだね。化粧水とかは肌に合うのを選ばないとだから、ちゃんと自分で選ぶんだよ」
珍しく、ズバリこちらの意図を読み切ってきたタマモに対し、見透かされたのが何だか悔しかった私は、それを誤魔化すために次の買い物へ向けて先に歩を進めて行った。
◇◇◇◆◇◇◇
「ふぅ……買ったね~」
「そうだね。ちょっと疲れた」
一休みのために入ったカフェで一息つく。
私とタマモの椅子の背もたれの角には、買った物が入ったショッピングバッグがいくつも吊り下げられている。
「疲れた時はケーキとかの甘い物だよね。こっちも一口食べてみな。私がフォークつける前に」
「うん……。いただきます」
あれ?
何か、タマモにいつもの元気がないな。
ケーキを前にした女の子は、どんな子でも花丸笑顔になるのに。
「大丈夫? タマモ。どこか体調でも悪い?」
「体調は問題ない……。でも、私は今、機嫌が悪いの」
プクーッと頬を膨らませているのはケーキを頬張っているからではなく、不満を表しているようだ。
子供みたいだな。
「え、なんで? 私、何か気の利かないことしちゃった?」
「違うの、逆ぅ! 気が利きすぎてるの!」
「はぁ……?」
タマモの言っていることが解からずに、私は間の抜けた疑問符を投げかけてしまう。
そんな分かってないのが顔に出てしまっていたせいか、タマモのボルテージが上がっていく。
「こちらに無為に恐縮させないためのスマートな支払いとか、私がショッピングに疲れてるのを見越して、お茶しようとカフェに自分から入っていくちょっと強引な所とか!」
「ええ……」
「おまけに、高級ヘアドライヤーとか高い物まで何でもない感じで買ってくれて! 桃萌、こういうのに慣れ過ぎ!」
「ああ、そういう意味か……」
要は、私のきめ細やかな対応があまりに手慣れすぎている印象をタマモに与えてしまっていたのか。
「正直に言って桃萌……。本当は、私の他に今まで同棲した人がいたんでしょ?」
「い、居ないってそんなの!」
泣きそうなタマモに向かって慌てて弁明する私。
ここはケーキが美味しいカフェ。
平日とは言え、夕飯前のブレイクタイムでカフェの席は主に女性のお客さんで満席。
そんな場所で、ちょっと自分に自信の持てない可愛い女の子が、しおらしい事を言いながら涙ながらにすがっていたらどうなるかと言うと……。
「お、百合カップルが揉めてる」
「あの子かわいそう」
「純朴で健気な子が、モテる王子様系女子に惚れちゃったか……」
「男役の方、凄くモテそうだもんね。ああいう顔の子はドギツイ恋愛経験してるだろうし」
「あれ、白鳳学園の制服だよね? いい学校のお嬢様もドロドロの恋愛してるのね」
ナニコレ……。
百合カップルの男役認定されるわ、とんだプレイボーイ扱いされるわで、完全に私が悪役じゃん!
そう思いながら、私は周囲の御婦人からの女の敵みたいに投げかけられる辛辣な目線に、ただ黙って耐えるしかないのであった。
私も女の子なのに……。




