第6話 私も嫌な気持ちにはならなかったし
「じゃあ授業始めますよ~」
転校生の紹介から始まり、和やかな茶話会を経て、担任教諭と生徒会副会長のバトルというクライマックスで幕を閉じた1限の授業。
白鳳学園が自考自立を校訓として重んじる学校とは言え、流石に毎度あんな授業なばかりな訳ではなく、2時間目は現代文の授業だ。
なお、同じ国語だけどイケちゃん先生とは別の先生だ。
「あの、桃萌……」
「ん、なに? タマモ」
すでに授業の時間だが、隣の席からコソッとタマモが私に声をかけてくる。
「まだ教科書が手元にないから桃萌のを見せて」
「ああ、そっか」
タマモは言うて、留学してきたばかりだから、色々と知らないもんね。
「えへへ。じゃあ机をくっつけて……」
「ちょっとタブレット貸して」
「え、タブレット?」
机を動かそうとしたタマモが、中腰になって固まる。
「机の引き出しに入ってるでしょ。それ、ちょっと貸してね」
ポカンとした顔のタマモから、学校支給のタブレットを受け取ると、私はササッと操作する。
「ホーム画面にあるこのアイコンが教科書アプリね。現代文はこのフォルダに格納されてて、今日は128ページからだね」
アプリの詳しい操作方法は後で教えるとして、当座としては該当教科のページを開いてあげた状態でタマモに渡す。
「…………」
「白鳳学園ではすでに教科書はペーパーレス化されてるからね。教科書への書き込みやノートとのリンクも自由自在だし便利だよ」
昨今は、公立小学校でも生徒1人1台のタブレットが当たり前に支給されている時代だ。
当然、エリート校である白鳳学園では、何年も前からタブレットが導入されている。
「ちがう……」
「え?」
「これじゃあ、転校間もない転校生と隣の席の人と机をくっつけて、一冊の教科書を見て、それきっかけで仲良くなるラブコメイベントが起きないじゃない!」
「ええ……」
急に怒りだしたタマモに、今度は私が呆けた顔をする番だった。
「これだと、他クラスの気になるあの子とお話がしたくて、忘れた教科の教科書を借りに行くイベントも起きないって事!? そんなの、ジャパニーズラブコメへの侮辱! 私は断固として認めない!」
紙の履歴書じゃないと温かみや熱意が伝わらんとか文句つける老害みたいな事を言い出すタマモ。
珍しく、本当に怒っている。
「いや、認めないって言ってもDX化の昨今は……」
「先生! 私のタブレットの調子が悪いので、桃萌と一緒に見ます!」
ビシッと挙手したタマモは、力技に出た。
「ああ、今日から入る転校生の子ね。待ってて、ちょっと予備のタブレットを取ってきて」
「あ、いえ、それは……。あ! 皆さんの貴重な授業時間を空費させるわけにはいきませんので、ここは桃萌と一緒に見ます!」
ラブコメ展開の疑似体験のために堂々とウソをつくタマモ。
その目が赤くなっているのを、同族の私は見逃さなかった。
──あ、妖術使ってる……。
キツネの妖怪の十八番は、人間をだます事だ。
そのため、キツネの妖怪がほぼデフォルトで持っているのが、自分の言動を相手に正しい事と誤認させる能力だ。
これにより相手は、交渉事の場でついつい違和感や、不信感を抱かずにキツネの言うことを聞いてしまうのだ。
狐につままれたとは、よく言ったものだ。
「そ、そう? じゃあ、白玉さんお願いね」
タマモの妖力による説得が功を奏し、先生はまんまとタマモの提案を受け入れる。
まぁ、今回はそこまで不自然な要求を通している訳じゃないから、タマモの低い妖力でも上手くいったのだ。
これが、相手に誤認させる話が荒唐無稽だったり、著しく己に不利益になる事だったりする場合は、もっと強い妖力が必要だ。
ちなみに私が本気で妖力を使って相手の認知を歪ませたら、トンボを竜に見せる事すら可能だ。
しかし、何もこんなしょうもない所で妖力を使わなくても……。
信じて娘を異国へ送り出したお母さんも草葉の陰で泣いてそう。
「エヘヘッ。お邪魔します桃萌」
今度こそ私の机にピタッと机をくっつけたタマモは、とても嬉しそうだ。
別に、タマモのタブレットは問題なく使えることを先生に告げ口して認知の歪みを正しても良かったのだが、ここは変にこじれさせるより、きちんと願望を消化させてあげた方が予後が良いかと思い、私は黙っていることにした。
「教科書のページ、私がめくってあげるね~。ハァ……ハァ……」
「何か呼吸が乱れてるけど、大丈夫? タマモ」
「ちょっと、妖力を使って、クラスの皆さんの認知を……って、ゴホンゴホンッ! 何でもないよ~」
さっきの認識誤認の妖術に、タマモ的には相応の妖力を消費したようだ。
タマモはその纏うオーラから、大して妖力は高くない事は、初めて会った時から分かっていた。
そんな、なけなしの妖力をはたいてでも私の隣で一緒に教科書を読みたかったのか。
「そう? 気分が悪くなったら言ってね。保健室に連れてくから」
「ありがと。あ~、保健室イベントも捨てがたいね……。あ、でも教科書一緒イベントは留学してきて間もない今しかできないし……。いっそ、タブレットを本当に叩き壊して……」
「ちなみに、タブレットを故意に壊したら、停学と罰金10万円だからね」
「そ、そんな事しないよ~(棒)」
リアルに懐に痛い金額の罰金を出されて、金欠タマモは愚行を思いとどまったようだ。
「じゃ、じゃあせめて、今を楽しもうっと」
そう言って、タマモは肩を寄せてくる。
「ちょ、近いよタマモ」
「だって、これくらい近づかないとタブレットじゃ読めないもん」
たしかに、紙の教科書の見開きよりはタブレットの画面の方が小さいかも。
なら、この肩触れ合う距離感も仕方がない。
「え~、つまりこの評論において筆者は『推し』というオタク用語が、当時ここまで一般化した理由として、企業側が消費者の購買意欲をかきたて、金銭を払う事への罪悪感を軽減させるために、非常に使い勝手が良い言葉だったからだとする説を挙げており~」
「あ、ここ重要そう。マーカー引いておきますね」
先生の授業を聞きながら、タマモが真面目にタブレット上の教科書の該当箇所にマーカーを引く。
「うん、ありがと」
「ノートは私が取るからね。後でノートは桃萌に共有するから」
そう言って、授業ノートを真面目に取るタマモ。
これも甘やかしてダメ男を育成するための修行の一環なのだろう。
ただ、悲しいかな。
私は授業の時に、ノートを取る習慣がもともと無い。
授業は、ちゃんと聴いていれば一発で頭に入るし、今日の評論の題材については、出典元の新書を読了済みである。中々に面白い切り口の論説をする作者だった。
「うん、ありがと」
とは言えそんな事を、頑張っているタマモに言えるわけもなく、私はタマモに感謝の意を伝える。
まぁ、きちんとノートを取るのはタマモの勉強にもなるのだからいいよね。
「えっへん。任せてください」
「あ、タマモ。推しの『祭壇』の漢字、間違ってるよ。推しの『裁断』だと、ダークサイドに堕ちた元ファンが泣きながら推しのCDをシュレッダーにかけるみたいな話になっちゃう」
とは言っても、タマモは留学生だ。
日本のアニメで日本語は覚えたと言っていて、事実、日常会話には何の支障もなくやり取りができているが、流石に高校の現代文で扱う評論に登場するような固い用語には馴染みがないようだ。
「ハワワッ! ごめん……。ええと、祭壇の漢字ってどこのページに?」
私に間違いを指摘されて、焦ったタマモがタブレットの画面をスワイプしようとする。
「ああ、それは前のページに」
タマモが祭壇の漢字の載っていないページへ向けてスワイプしようとしているのを見た私は、逆方向へスワイプしようとする。
結果。
「「あ……」」
2人の指先が、まるで某名作宇宙人来訪映画のごとく触れ合い、指先と言う、最も細かく神経が通っている箇所同士が触れ合い、お互いの指先の柔らかさを確認し合う事になった。
「ご、ごめん」
「こ、こっちこそ……」
偶発的な事故に、私とタマモは慌てて指を引っ込める。
何だこれ、ドキドキする……。
お互いに敏感な所に触れ合ったせいかな?
でも、女の子って指先まで柔らかいんだな……って、授業中に何を考えてんだ私は!
授業に集中集中!
「な、なんかタブレットの教科書も悪くない気がした」
触れた指先を大事に左手で包み、顔を赤くしながらタマモは笑った。
「そ、そうでしょ。ほら、授業に集中しよ」
さっきまで、紙の教科書がいいと回顧主義だったタマモが、あっという間に手の平クルクルの宗旨替えをしてしまった。
ま、まぁ、私も嫌な気持ちにはならなかったし同意しておいた。
別に、女の子同士だからラブコメ展開な訳じゃないし良いよね?




