第5話 権力は平和な事に使うんじゃ
「お~、タマちゃん人気者だね」
「まぁ、年度途中での留学生は珍しいもんね」
紙コップのジュースを紗江と飲みながら、一団でワイワイしているのを眺める。
急遽、授業の時間を潰して開かれた茶話会の主役はもちろんタマモなので、皆から質問攻めにあっている様子で、さっきから人ごみの中でタマモの頭しか見えない。
「それにしても、余裕だねモモちゃん。後方腕組み彼氏面で」
「誰が彼氏やねん」
「だって、家で同棲してるんでしょ?」
「同棲言うな。ホームステイだよ。親同士で勝手に決めてたの」
タマモが留学生という紹介をしたので、必然的にどこに住んでいるのかという話になり、実は私の家に居候しているという事は、この茶話会で瞬く間にクラス内に広がった。
まぁ、留学生をホームステイ先として受け入れるというのは、余裕があって国際教育に力を入れている金持ち家庭ならあるあるな話なので、すんなり周りから受け入れられて、誤魔化しが効いた。
「ふーん。でも、モモちゃんとタマちゃんって、別に幼い頃から仲良しだったって感じじゃないよね?」
「相変わらず、そういう所、鋭いな紗江は……」
「でも、積み上げてない物があってこその気安さってあるんだよね……」
「紗江?」
何だか、しみじみとする紗江の方を見ると、彼女はクピリッと紙コップのオレンジジュースを飲み干した。
「まぁ、モモちゃんは白鳳学園の中でも目立つ存在だからね。そうすると、傍にいるあの子も色々と大変かもよ?」
「……紗江はずっと私の傍に居てくれてるじゃん」
「まぁね。わたくし、完全無欠の美少女に目がないもので~」
「バカ言って……」
お道化て身体を揺らす紗江に、肩同士をチョンッとぶつけ合う。
いつもふざける紗江と私との間の定番のスキンシップだ。
「桃萌ぉ……つかれたぁ……」
「は~い、お疲れタマモ。ジュース飲む?」
ようやく解放されたタマモがヘロヘロになって、私と紗江の所へ戻って来た。
「みんなから勧められて何杯も飲んだからお腹がガボガボ」
「女の子なのに、そんな狸みたいにお腹叩かないの」
転校初日にイキって大妖狐キャラで行こうとしたのに、既にメッキは剝がれきっているようだ。
このクラスには硫酸の雨でも降ってるのかな?
「あ、そういえばモモちゃん。さっきの話の続きだけどさ」
「ん、なに?」
「私はともかく、あの人には早く釈明しないとマズいんじゃないかな~」
「あの人?」
(キ~ンコ~ン♪ カ~ンコ~ン♪)
1限の終了を告げるチャイムが鳴り、楽しい茶話会もお開きになる。
と同時に。
「失礼します。白玉会長はいらっしゃいますか?」
「あ、乃依ね……火華副会長、どうしたの?」
チャイムがまだ鳴りやまぬタイミングで、乃依姉ぇが教室に入って来た。
他クラスなのに速攻で入って来るって、自分のクラスの授業はどうしたんだろう?
「オコナーさんについての話がまだだったので来ました」
深窓の令嬢としての上品な口上。
だけど、目が笑ってない……。
乃依姉ぇの掴んでいる教室の木製アンティーク調の引き戸がミシミシと音を立てて、湾曲せんばかりに悲痛な音を立てている。
「えっと……話って?」
「会長の後ろにいる女狐についてです」
「っ⁉ そんなキツネが化けてるなんて、そ、そ、そんな訳ないですコンッ!」
乃依姉ぇのただならぬ殺気を察知してか、私の後ろに隠れていたタマモが焦っている。
で、なんでアンタは焦ると、そんな見え見えのキツネ言葉になるの⁉
ちゃんと誤魔化す気ある⁉
「タマちゃん。別に女狐っていうのは、本当にキツネだとは思われてないんだよ」
「そ、そうそう」
ここで紗江から助け船が入ったので、すかさずその船に乗る私。
「女狐っていうのは、泥棒猫みたいな意味合いで火華副会長が言ったんですよ」
「え? にゃ、ニャー」
いや、タマモ……。
可愛いけど、それ誤魔化しになってないから。
それに、紗江も紗江だよ。
女狐を泥棒猫に言い換えても、結局は別の動物になっちゃってて、紛らわしいよ。
「ぐ……こいつアザとく……。私の会長に色目を使って……」
メキメキと音を立てる木製の教室ドアに、とうとう耐え切れずに亀裂が入っていく。
片手なのに握力すげぇな!
「あの、乃依姉ぇ……。学校の備品をそんな乱暴に扱っちゃ、ダメ……だぞ~」
乃依姉ぇが見たこともないくらいにどす黒くキレてるので、強く注意できない。
私、会長なのに……。
「こんなドアを何枚壊そうが、なんとでも私の家の権力で揉み消せます。うちの家が毎年、何億円のお金をこの学園に寄付してると思ってるんです?」
「あの、乃依姉ぇ……? 権力は平和な事に使うんじゃなかった……でしたっけ?」
今朝の、いい紅茶の葉が手に入ったと微笑んでいた深窓の令嬢はどこへ行ってしまったのだろうか。
「そもそも、あのハゲ校長のせいなんだ。私と会長をわざわざ別のクラスにしやがって……。来年度も校長の席に居られるとは思わない事ね……」
乃依姉ぇの独り言の内容がドンドン物騒になっていく。
「こ……これが、日本の学園物のマンガにも出てくる、権力を振るう金持ち生徒……。く、来るなら来いやぁ~」
「声震えてるわよタマモ」
転校初日の自己紹介後に足を引っかけられるのに続いて、またもやアルアルに心躍らせるタマモだが、乃依姉ぇの迫力にすっかりビビり散らかしてしまっている様子である。
玉藻前への道は遠く険しいな。
「どうにかしてよ桃萌ぉ……」
「大丈夫だよ。もうすぐ雷が落ちるから」
「え? 雷? それって、どういう意味……」
「くぉ~~らっ! 火華ぁ~~‼」
?《ハテナ》マークを頭上に浮かべるタマモだが、直後に落ちた雷に
「ああ、イケちゃん先!? って痛い!」
イケちゃん先生から頭上にゲンコツを喰らい、涙目になる乃依姉ぇ。
「火華、何度も言ってるだろ。私のクラスに近づくなと」
「おやおや、良いんですかイケちゃん先生? 今のは歴とした教師からの暴力で、アイタッ!」
「うっせぇ! 私の教師としての経歴に泥を塗りやがって! 私はお前を許さんからな!」
そして始まる、イケちゃん先生と乃依姉ぇの取っ組み合いの大喧嘩。
「いいぞ~! やれ~!」
「負けんなイケちゃ~ん!」
「そこ! 右ボディ空いてるよ火華副会長!」
1年1組のクラスメイトも大はしゃぎで野次を飛ばす。
「おーおー、イケちゃんも火華副会長も拳で語り合って若いですなぁ」
「2か月ぶりだから、周りも盛り上がってるね」
「ちょっと桃萌に紗江……。あれ、止めなくていいの?」
流石に野次りはしなくとも、静観の構えを見せる私と紗江に対し、タマモが心配そうに声を掛けてくる。
まぁ、生徒と教師が殴り合ってるって昭和か?って話だもんね。
タマモは一応、事の発端でもあったし気にはなるか。
「大丈夫。2人はいつも、あんな感じだから」
「何で、あの2人は生徒と教師なのに、あんなに仲悪いの?」
「ああ、それはね」
私が理由を説明しようとするが、そろそろいつもの下りがあるはずなので、イケちゃん先生たちの方へ視線を向ける。
「去年は、わざと留年しやがって! そんな奴が、学年首席の白玉たちの周りに居ると悪影響なんだよ!」
「あ! 今、教師なのに留年生のことを悪徳分子みたいな発言した! 教師のくせに! 問題発言を教育委員会に言いつけてやる!」
「留年生だからじゃなくて、火華乃依という存在が有害だって私は言ってんだ! 白玉と同じ教室で授業を受けたいからって、故意に留年する奴なんて聞いたことないわ! 親御さんに謝れ!」
「一年でも長く桃萌と一緒の空間で過ごす事と比べれば、1年の留年なんて、人生においての些細な誤差です! クラス決めの時に、よくも邪魔してくれましたね! 校長と一緒にあの世へ送ってやります!」
お決まりのやり取りを見たタマモが、ゆっくりとこちらに向き直る。
「桃萌……。日本の高校生で留年って珍しくない事なの?」
「ううん、そんなに多くないよ。この白鳳学園では特に珍しいよね」
「大体の人は留年したら、転校か留学しちゃうよね」
そういう意味じゃあ、乃依姉ぇは根性あるんだよね。
また、もう一回1年生をやるだなんて。
「なんか、桃萌のために留年したって言ってるけど?」
「それは流石に違うよ~。ちょっと去年は、乃依姉ぇは家の関係で大変だったからさ」
「そうかな……。何かガチっぽく見えるけど……」
「タマちゃん……。モモちゃんは超絶優秀だけど、こういう所は残念だからさ」
ビビるタマモに、紗江がポンッと肩を叩いた。
何で乃依姉ぇの話で、私の評価が下がっているのか、甚だ遺憾なのだが、この話になるといつもこの話がセットなので、毎度私は聞き流す事にしていたので無視するのであった。
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