第3話 イレギュラーはあいつか!
「むにゃむにゃ……。もうお揚げ食べられないよぉ桃萌ぉ」
「いったい、どんな夢を見てるんだか」
白無垢を脱いで私のTシャツを着たタマモは、ソファの上で丸くなると、あっという間に眠りに落ちた。
自分のモフモフな尻尾を抱き枕にして顔をうずめて眠るタマモの顔は、目元しか見えないけど嬉しそうだった。
「さて。私もそろそろ学校行かないとなっと」
そう言って、私は手早く制服に着替えて、『冷蔵庫に作り置きの総菜があるから食べてね』と書置きのメモをテーブルに置いている時にふと思う。
──なんで、私ってこの子の世話焼いてるんだろ?
昨日、突然現れた女の子。
別に追い出したって、誰に咎められるわけでもない。
ましてや、世間にはひた隠しにしている玉藻の家の者を装っている相手に対して。
なのに、何で?
もしかして……。
「んー、まぁポンコツっぽいし、放っておいて野垂れ死にされたら夢見も悪いからだな。うん」
そう自己分析を終えた私は、学校のカバンを手にして家を後にした。
◇◇◇◆◇◇◇
「ん~~! 朝の仕事はこんなもんかな」
土日の間にレスポンスが返って来た案件についてメールの返信をして、直近でやるべきことをリストアップしたり、打合せすべき事項の要点をまとめ終わると、私は椅子の背もたれに身体を預けて、背中を伸ばした。
「お疲れ様です白玉会長」
「ありがと、乃依姉ぇ」
背中のストレッチを終えると、すかさず紅茶が執務机に置かれる。
「我が社の系列商社経由で、いい紅茶の葉が手に入ったんです」
柔和に笑うさまは、さながら深窓の令嬢だ。
「さすがは乃依姉ぇ。財閥グループのご令嬢」
「権力やコネとは、こういう平和な事に使うものです。そんなことより会長……。仕事中は、火華副会長と呼んでくださいといつも言ってるでしょう」
「いいじゃん。2人きりの時くらいは乃依姉ぇで」
生徒会の相棒の副会長の苦言を軽くあしらって、紅茶をすする。
うん、今日も美味しい。
「それじゃあ、白鳳学園の他の子達に示しがつきませんよ」
「四六時中、生徒会長してたら息が詰まるから。安心して、こんな気を抜くのは乃依姉ぇの前でだけだよ」
「まったく、桃萌は……」
ツーカーの間柄での小気味のよい会話を楽しみながら一息つく。
仕事も一段落させた上で、こうして気を抜く瞬間が私は好きだ。
そして、登校してくる生徒たちを、この生徒会室の窓から眺めるのも大好き。
こうして私のいつも通りの毎日が。
(ザワザワ)
「ん?」
朝の登校と言うのは、整然とした物だ。
夜更かしをして歩みが遅い者、昨日のSNSでバズったトピックをネタにしてお喋りに花を咲かせている者、新曲をイヤホンで聴いてご機嫌な者。
めいめいが好きな事をしている中でも秩序が保たれ、騒ぎという物は早々起きない。
それが起きたという事はイレギュラーが発生したという事で。
「桃萌どこおおぉぉぉおおお⁉」
構内に元気な声が響く。
──イレギュラーはあいつか!
瞬時に事態を察した私は、生徒会室を飛び出して行った。
「あ! 桃萌。なんで起こしてくれなかったの?」
「なんで学校に……。って、それ私の制服!」
「うん。借りた~」
さては、私の部屋のクローゼットから予備の制服一式を勝手に持ち出したな。
「って、アンタひょっとして、うちの学校に通うつもり⁉」
「それはそうだよ。だって、私は玉藻前として……モガッ!」
どうやって、そこそこセキュリティの厳しい白鳳学園に潜り込んだのかとか、色々と確認したいところはあるけど、とりあえず私は迅速にタマモの口を塞ぎにかかった。
「何すんの桃萌」
「学校では玉藻云々は秘密だから!」
「え、そうなの?」
「現代日本でそんな話をしたら怪しまれるから。お母さんの巻物にもそう書いてあるんじゃないの?」
「確かにそうだったかも。分かった~」
巻物の中身なんて知らんけど、無闇に名乗るな程度の事は書いてあるはずだと適当に言ったが、ビンゴだったようだ。
とりあえず、玉藻云々は無闇に言うべきことではない事をタマモが分かってくれて一安心。
と思ったら……。
「会長……。その方はどなたですか? 随分と可愛らしい方ですね……」
生徒会室から追いかけて来た乃依姉ぇが、笑いながら私に問いかけてくる。
笑顔だが、凄まじい殺気のオーラを放っている。
この殺気……。
生徒会長選挙で私の応援演説をしてくれた乃依姉ぇが、対抗馬の謂れのない私陣営への誹謗中傷に対して見せた時に匹敵する殺気の濃度だ。
「い、いや、この子は……」
「はじめま……あ! オッホン! 妾はアイリス・玉藻・オコナー。アイスランドからの留学生じゃ。今日から白鳳学園で世話になる。桃萌の家を根城にしておる」
どう紹介しようかと私が口ごもっていると、タマモが淀みなく嘘八百な自己紹介をする。
っていうか、学校ではその妾口調キャラで行く気なの?
まだ、その路線諦めてなかったんだ……。
「あ、ああ。留学で会長の家にホームステイをしていらっしゃるという事ですね」
「そ、そうなんだよね~」
私の方も適当にタマモの自己紹介に乗っかっておくことにする。
タマモの自己紹介に納得したのか、乃依姉ぇのまとう殺気のオーラが少し弱まる。
「私、火華乃依と申します。白玉会長の女房役である副会長を務めています。よろしくお願いしますねオコナーさん」
丁寧な所作で腰を折り名乗る乃依姉ぇだが、なんか言い方にトゲがある。
あと、女房役なんて普段言わないじゃん。
「桃萌の妻!? 女の子同士で結婚を……。でも、桃萌と一緒に暮らしてるのは私だし……」
「……それ私へのマウントですか?」
──ヤベェ……。何か分からないけど、乃依姉ぇがブチ切れてる。
ただでさえ目立つ面々が集まってるし、ここでどんな失言がタマモから飛び出すか分かったもんじゃない。
ここは離脱だ!
「女房役っていうのは、中心になる人の側で補佐する役割の人の事ね! いや~、日本語って難しいよね! これからしっかり勉強していこうねタマモ! じゃあ、また放課後に乃依姉ぇ!」
タマモの口を抑えて、文字通り引きずって私は校舎の方へ向かうのだった。
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