第2話 着てる服脱ごうか
(ピピピッ♪ ピピピッ♪ ピッ!)
「ん……。朝か」
いつもの時間に鳴ったアラームをバシッと止めて、ベッドから這い出る。
「あれ? いない……」
昨晩、取り敢えずベッドの横で寝かせておいたタマモが居ない。
──出てったのかな……。それか、昨晩のは夢……。
(バリーンッ!)
「ほぎゃああぁぁぁああ!」
朝の静寂は、何かが砕け散る音で終わりを告げる。
「ですよね~」
私は溜息を大きく吐きながら、自室のベッドから抜け出て階下のリビングへ向かう。
「あ、おはよう桃萌。ご、ごめん……お皿割っちゃって……」
割れた皿の前でシュンとするタマモ。
昨晩から我が家に居候している、自称玉藻様だ。
「ケガはない? 片付けは私が……って、このキッチンは……」
「ごめん! 居候の身空だから朝食を作ろうとしたんだけど……」
キッチンは中々の惨状だった。
朝食づくりでこんな事になる!? という位に汚れていた。
「日本人の朝食の定番は焼いた鮭だと聞いてたから」
「う~ん。けど、朝から鮭のまま丸ごとは食べないかな」
まな板の上には、デンッと見事な鮭が1本鎮座していた。
キッチンの惨状は、この鮭の解体が原因だった。
所々に、落とした背びれなどの残骸が……。
「お腹を開いたらプチプチがいっぱいあって、思わず叫んじゃってお皿を……」
「筋子だね。しかし、朝からする作業じゃないかな~。っていうか、この鮭どうしたの?」
割れた皿の欠片を片してハンディ掃除機をかけながら訊ねた。
「これはさっき、朝市に行って仕入れて来た」
「ふーん。まぁ、買っちゃった物は仕方ないから、とりあえず捌いてみるか」
スマホで魚の捌き方のレクチャー動画を観てから、筋子などの内臓を処理して綺麗にしたら、頭を落として中骨を取り三枚におろしてと、基本は他の魚と変わらないので、思ったよりスムーズに済んだ。
「桃萌すごい! お魚さばけるんだ」
「いや、初めて。でも、こういうのはポイントさえ押さえれば問題ないからね」
難無く切り分けて鮭の切り身たちを冷蔵庫にしまい、キッチンの後片付けをする。
「すごい……料理上手なんだね桃萌」
「まぁ、両親が海外赴任になって一人暮らしする前から、料理の担当は私だったし。じゃ、ついでに朝ごはんも作っちゃおうか」
切り身にした時に中途半端に残った端部分の切り身を魚焼きグリルに入れてカリカリに焼いていく。
鮭を焼いている間に、味噌汁と卵焼きを手早く作る。
「じゃあ、いただこうか」
「すごい……。1時間かかっても、お米しか炊けてなかったのに、ものの15分くらいで出来上がっちゃった。え、妖術?」
「いや、ただの家事能力だよ。冷凍カット野菜とか使ってるし。ほら、食べよ」
「うん」
私が促すと、タマモは素直にダイニングテーブルに座って箸を持って食べだした。
ああ、アイスランド出身だけど箸は使えるんだ。
「う……!」
「ど、どうしたの!? タマモ」
突然、味噌汁を前に口元を手で押さえるタマモを見てうろたえる私。
もしかして、朝食のメニューの中に、キツネが食べちゃいけない物でも入ってた!?
私は何食べても平気なんだけど……。
あ、玉ねぎとか? キツネも玉ねぎ食べちゃダメなんだっけ?
「こ……これは、伝説のお揚げ!」
「ん?」
「桃萌! お揚げだよ、お揚げ! 私、子供のころから玉藻家にある書物でキツネへの供物として度々登場するのを読んでて、ずっと食べてみたかった伝説の食材なんだよ!」
味噌汁に浮かぶ油揚げを箸でつまんで、タマモが大層興奮している。
「そうなんだ」
「では早速…………お、美味しい! こんな美味しい物初めて食べた!」
日本大好き外国人配信者張りに、感動をオーバーリアクション気味に伝えてくるタマモ。
「こ、これは……食の大革命ですよ。世の中が、お揚げの美味しさに気づく前に、すぐに買い占めないと」
いや、その油揚げは近所のスーパーにて5枚78円の特売品なんだけど。
タマモって、やっぱり人間界の事には疎いのかな?
鮭をいきなり丸ごと買ってきたり、キツネだけど油揚げの事を知らなかったり。
アイスランド生まれだからか?
今度、スーパーでの買い物から教えてやらないと。
って、なんで私が色々と教えてあげることになってんだ⁉
早く出てって欲しいのに。
「ご馳走様でした。美味しかった」
「お粗末様でした」
「お腹いっぱいで何だか眠くなっちゃった。朝の4時に起きたから」
「そんな早く起きてたの!?」
「うん。私、不器用だから、他の人より何倍も時間をかけないと」
少し自虐的にタマモが苦笑する。
そうなんだよね。
タマモは頑張り屋さんで根性はありそうなんだよな。
そこは、正直言って人として好感が持てる。
ん? 人? まぁ、いいか。
だから、ついフォローしちゃうな。
真の意味で有能なら、本来はタマモを直ちに損切りすべきなんだろうけど。
こういう考え方からして、つくづく私は玉藻前になるのはは向いていない。
「よし。じゃあ、着てる服脱ごうかタマモ」
「ふぇっ⁉」
欠伸をしていたタマモが、途端に素っ頓狂な声を上げるが、私は容赦しない。
「ご飯食べ終わるまでは待ってあげたんだから」
「でも、そんな人前で……恥ずかしいよ桃萌……」
恥かしそうに俯くタマモに、私は一切の容赦をしない。
「誰の家で居候してるんだっけ? ツケで買って来た鮭丸々一本も結局私が払うんだけど?」
「うう……分かりました……。脱ぎます……脱げばいいんでしょ……」
「最初から素直に脱げばいいのよ」
まったく手間取らせて、この子は。
「これ、大事な嫁入り衣装の白無垢なのに」
「だから脱ぐんでしょうが。着物クリーニングに出しておいてあげるから」
ご飯中に、汚さないか見ててヒヤヒヤしたんだから。
「その姿でよく一晩寝れたよね」
「正直、息苦しくて、だから早朝に目が覚めたんだよ」
どおりで早起きだった訳だ。
市場を歩き回った時も調理中も、よく汚さずにいれたな。
「桃萌……」
「ん? なに?」
「脱ぎ方分かんない……。脱がしてぇ桃萌ぉ……」
「アンタはもう……。ヘイ、Osiri! 白無垢の脱ぎ方を教えて!」
鮭の解体といい、朝だけで何度もネットの解説動画にお世話になる事態。
天才の私にも、まだまだ知らない事はたくさんあるんだなと、再認識させられる朝となった。
ブックマーク、★評価よろしくお願いします。




