第18話 桃萌がデレた~
人間とは二種類に分類できる。
有能か無能か。
でも、無能であることは罪ではない。
人によって、能力の上限値だったり、得意不得意は異なる。
「ちょっと桃萌」
だから、有能な奴が頑張ればいい。
この世界は、頑張った人間に対しては、そこそこ正当に評価はしてくれる社会構造にはなっている。
「桃萌ってば」
有能な者は、平凡な者より多くのチャンスを与えられる。
塾は合格実績のために授業料免除で有名校の生徒を釣るし、メジャースポーツチームの下部組織は、有望な選手を幼い頃から囲い込み、良質な環境の中で育成する。
それは、いずれ社会に大きな利益を還元する事を期待されているからだ。
最も罪なのは、有能なのにその能力を社会のために使わない個体だ。
楽しいから、楽だからと、有能な者が背負うべき責任から逃げ出した奴の罪はただの無能より重い。
だからこそ、私はあの人のようには……。
「桃萌ってば! 手、痛いって!」
「……えっ⁉ あ、ご、ごめん……」
無意識に、掴んでいたタマモの腕に力が入ってしまっていたようで、私は慌ててタマモから腕を離した。
気付いたら、すでに通学路も半ばまで来ている所だった。
「桃萌、なんか変だよ。火華さんがお金渡してきたのが、そんなに嫌だったの?」
「そ、それは……うん……」
今更誤魔化しても仕方がないと、私はタマモに肯定の答えを返す。
「そっか。それなら仕方ないか。そういえば、今日のお弁当って何~? 桃萌」
「って、理由聞かないの?」
こういう時には、なんで私がそんなお金を貰う事に対して、強く忌避感を示したのか聞き出そうとするものなのに。
そう思って、意外感に捉われながらタマモの方を見やる。
「桃萌が言いたくないなら私は聞かないよ。こういうのって、きっと私が知らない、桃萌が小さかった頃から心に刺さってる物が原因なんだろうし」
「ありがと……」
「桃萌がデレた~」
「別にデレてない!」
……この子は本当に。
普段はドジばっかりしてるのに、なんでこういう所ではこう……絶妙なんだろ。
私の痛い所を、優しく包んでくれる。
「あれ? でも、よく考えたら桃萌って、私が家に転がり込んで来た時には躊躇なくお金使ってたじゃん。生活用品とかさ~」
「それは……」
ぶっちゃけて言えば私の財力的には痛くもかゆくもない金額だし……と言うのは、さきほどの乃依姉ぇの成金ムーブに嫌悪して怒っていた手前、言いづらかった。
え……私、結局はやってる事はあの人と同じ……。
「じゃあ、桃萌は私の事が好きだから買ってくれたんだ。いや~、参ったな~」
「なんでそうなるの⁉」
こっちがちゃんと答えないからって、勝手に解釈して、勝手に照れないでよ。
「だって、お金を出すってそういう事じゃん。私は、立派な玉藻様になった暁には、そりゃもうお金をその人にたくさん、たっくさん使うつもりだよ。だって、大事な人の笑顔が見れるんだから」
ニカッと太陽みたいに笑うタマモ。
そこに迷いは一切見えなかった。
「大事な人の笑顔か……」
「そう。だから、きっと火華さんも桃萌を笑顔にしたかっただけなんだよ」
「そっか……」
考えたら、私もタマモに半ば強引にお金を使っていた。
なのに、金額の多寡はあれど同じ事をしている乃依姉ぇに対してだけ拒否反応を示すのは筋違いという物だ。
あれは、私の中の個人的な過去のトラウマが過剰反応してしまっただけだ。
「次に火華さんに会ったら、桃萌はどうするの?」
「……乃依姉ぇにはちゃんと謝る」
「よくできました」
そう言うと、タマモが頭を撫でてくる。
まるで、家族の絵を描いた子供を褒める母親のように。
「ふん。バイトも出来ないダメ狐のくせに生意気」
「それ今言う⁉ そこら辺の諸経費については、私が立派な玉藻様になった時の出世払い……でどうか……」
私の反撃で痛い所を突かれたタマモが、とたんに萎んでいく。
「プッ……アハハハッ!」
──さっきまで凄くカッコ良かったのに、最後までもたないんだもんなぁタマモは。
そんなタマモがおかしくて笑っていたら、いつの間にか学校が見えて来た。
朝、家を出る時に乱れていた私のメンタルはすっかり穏やかな凪のようになっていた。
──タマモに話を聞いてもらって直ぐに持ち直すって、私って案外単純? いやいや、玉藻前の末裔たる有能な私ですから。メンタルの立て直しが上手いんだよ、うん。
「ん? 何か校門の辺りが騒がしいな」
今日の朝は生徒会の仕事をしようと思ってたから、この時間ならまだ登校している生徒はまばらなはずなんだけど、何故か校門の前に人だかりが出来ている。
「どうしたの?」
生徒会長としては、学内の異変には真っ先に対応しなくてはと、人ごみの外周にいる生徒に声を掛けたら。
「「「「あ………」」」」
私が声をかけた途端に、人垣が一気に割れた。
人が引いた後、中央に人垣の原因が露になる。
「ちょ、乃依姉ぇ、何を⁉」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……桃萌。捨てないで……」
「おお……。これがジャパニーズ土下座。初めて生で見た」
感嘆するタマモだが、いや……日本人にとっても土下座って早々、生で見るもんじゃないからね。
「ちょっと乃依姉ぇってば! 何でこんな所で……。っていうか、立ってってば!」
今朝、ケンカ別れしたみたいに自宅を出た私とタマモは徒歩移動。
対して、乃依姉ぇの方は送迎のために車移動。
乃依姉ぇの方が先回りしているのは道理だ。
──仮に、学校に着いた瞬間から土下座していたという事は、乃依姉ぇは一体、何分間土下座して……。
まるで算数の旅人算の応用問題みたいな疑問が頭の中に浮かび、青くなりながら、私は必死になって乃依姉ぇを土下座の状態から引っ張り上げる。
「ごべんな゛ざい……ごべんな゛ざい……ごべんな゛ざい……。せめて、貴女の前で死ぬことで詫びを……」
ようやく顔を上げた乃依姉ぇに、いつもの瀟洒で優雅な雰囲気は微塵もなく、髪は乱れ、顔面は涙と鼻水でグチャグチャだった。
「介錯しもす、乃依お嬢様。安心して、綺麗な一文字切腹を白玉会長にお見せください」
走水先輩もふざけてないで止めて!
2人共、その銀色に輝く刃なんて持ってたら、銃刀法違反になっちゃうってば!
「あ~、もうっ! そんな事しなくても、さっきのは私のせいだから、ゴメンってば! 乃依姉ぇ! ちょっと言い過ぎた!」
もう……。
女の子の仲直りっぽく、もっと淑やかに生徒会室で理性的でウィットに富んだ感じで仲直りしたかったのに、全て台無しじゃん!
「え……こんな愚かでダメなお姉さんの私を許してくれるの……? 桃萌……桃萌ぉお! 私の大切な妹……」
いや、誰が妹やねん。
お姉ちゃんが留年して、同じ学校の同学年って嫌だよ。
心の中でのツッコミが追いつかない中、この醜態をさらした先に待つ未来を考えると、私は頭が痛くなるのであった。




