第13話 この手の話って、私苦手なんだよな……
「ゲームセット。マッチウォンバイ白玉。6ゲームストュー0!」
「ありがとうございました」
ネット越しに相手と握手を交わすと、私はコート外に置かれたリーグ表に勝敗を記入した。
「桃萌すご~い! 男の子に勝ったぁ~!」
「ん、ありがと。これでテニス部内のリーグ戦は全勝で終わりかな」
ベンチに置いたスポーツタオルで汗を拭きながら、タマモに笑い返す。
「テニス部男子のエースが高1女子に全く歯が立たんとわ……」
「流石は中学生の時点でU-18カテゴリに飛び級して全日本ジュニア優勝してるだけあるな」
「やっぱ化け物だな……白玉会長は……」
周りがざわつく中、朝練も終わりなのでバッグにラケットをしまう。
「会長、お疲れ様です。レモンのはちみつ漬けです」
「ありがと乃依姉ぇ」
ここぞとばかりに、乃依姉ぇがタッパーに漬けたレモンのはちみつ漬けを差し出してくる。
運動で汗かいた後には、この酸っぱ甘いのが沁みるんだよねぇ。
「あ、ずるい! 火華さん! 私は、ええとええと……。お味噌汁どうぞ桃萌!」
「ありがとタマモ。でも、それタマモにお弁当で持たせた奴じゃん」
塩分補給は大事だし、味噌汁ならお腹を冷やさなくて済むからね。
まぁ、そのお味噌汁、私が作った奴なんですけどね。
何も準備してきてないから、保温ポットに入った味噌汁を咄嗟に出してきたな。
「ぐぎぎ! 会長の手作り味噌汁ですって……。ちょっとオコナーさん。車に乗せてあげたんだから、それ私に譲りなさい」
「ダメですよ。桃萌が私にって作ってくれた物なんだし」
「ムキ~~ッ!」
何故か、私の作った味噌汁を巡って争いが起きる。
特に運動していた訳じゃないけど、乃依姉ぇも塩分足りてないのかな?
「ほら、ケンカしないの~。乃依姉ぇには私の分の味噌汁、一口あげるから」
「「え……」」
お弁当バッグに入っている保温ポットを出しながら、乃依姉ぇに渡すと、乃依姉ぇとタマモが呆けた顔を晒す。
──2人共、女子高生なんだから、そんなアホっぽい顔晒しちゃダメじゃん。
「まだ熱いかもしれないから、ポットの縁からゆっくり飲んでね乃依姉ぇ」
「これが会長の……使い込まれたポット……。そこに直接、口を……」
「自分用だから、スプーンとか可愛い食器何て持ってきてないの。ゴメンね乃依姉ぇ」
味噌汁飲むときに、わざわざスプーンなんて使わないしね。
私の分の味噌汁を渡して、これでタマモとのケンカもおさまって一件落着っと。
「か、会長が仰るなら仕方ありませんね……いざ……」
「だ、ダメぇ!」
「な、なぜ止めるんです⁉ オコナーさん。私は会長から託されたのに、貴女は何の権利があって私が味噌汁を飲むのを止めるの⁉」
「だって火華さん……何かイヤラしい事考えてる顔してるもん」
「な、な⁉ ど、ど、どこがですか⁉ そ、そ、そんな、会長が生成した汁を喉奥に流し込む行為の、どこにイヤラしさがあるというのです⁉」
うん……汁とか言っちゃってる所からじゃないかな……。
「相変わらずですね」
「あ、走水先輩。そうなんですよね、タマモも乃依姉ぇもすっかり打ち解けて」
結局、私の味噌汁を巡ってのケンカ第二ラウンドが勃発するのを眺めていると、走水先輩がこちらへ寄って来た。
ケンカするほど仲が良いって言うけど、会ってまだ2日とかなのに、こんなに仲良くなるとは思わなかった。
「いえ、そういう意味で言った訳ではないのですが……。しかし、相変わらず、白玉会長は規格外に優秀ですね。さっき6-0で勝った男子部のエースって、去年のインターハイに出場した人ですよ」
「あ、そうなんですか」
男子の試合は、研究のために特に観たりはしたなかったもんな~。
「相変わらず、その辺の男では白玉会長を満足させる事はできないですか」
「何か走水先輩、微妙にトゲのある言い方してません? まるで私が、すっごい選り好みしてるみたいに」
「それでは、白玉会長にはどなたか意中の殿方でもいらっしゃるのですか?」
「そ、それは……」
この手の話って、私苦手なんだよな……。
こういう話をすると、周りが興味ない振りして、息をひそめて集音能力マックスで聞き耳を立ててるのも嫌だ。
「う~ん……高校生の間は、そういうのはいいかな私は。やりたい事、たくさんあるし、そっちに夢中なので」
そして、これが私がこの手の話を振られた時の常とう句の返しだ。
学校に生徒会、テニスにその他諸々の活動が楽しいのは本当だし、これなら、まぁそうかって周りも少しは納得してくれるから。
でも、私の真意は別にある。
『相手をダメ人間にする前提で付き合うとかしたくない』
私は、玉藻前の後継者だ。
いずれは、誰かしら有能な伴侶を選んで、その人をダメ男にする使命を持っている。
何ともバカバカしい家の習わしだけど、そうする事で人間の社会という物が上手く回るらしい。
かつて、この習わしは何度か止められた事があったらしいのだが、その度に大きな戦争や大飢饉に見舞われたそうで、最早オカルト的に信じられている。
玉藻前の家と人間界との協定は一部の権力者しか知らない物だ。
正直言って、その協定のおかげで、玉藻前の家はかなりの便宜を図ってもらっている部分もあるそうだ。
だから私は、この家の背負った役目から逃れられない。
いずれその時が来るのならば……。
愛した人が堕落し行くのを一番そばで見ていなくてはならないのならば……。
まだ社会的には大した責任を負わなくて済む高校生の今くらいは、そういうしがらみからは自由で居たいのだ。
だから、私は誰かを好きになったりなんてしない。
でも、そんな事言っても、誰にも共感してもらえないし、そもそも他人に家の事を漏らすのは禁じられている。
「そうですか。まぁ、白玉会長は各界で勇猛を轟かせてますからね。中々、お眼鏡にかなう殿方は見つかりませんか」
「アハハ~」
だから、『有能過ぎて、男には興味ありません~』みたいな顔して、ちょっと好感度下げちゃうくらいが、一番対処として適切なんだよね。
「そうですか……。プライベートな領域に土足で突っ込むような真似をして申し訳ありませんでした白玉会長」
深々と腰を折り非礼な物言いであったと謝罪する走水先輩。
メイドさんなだけあって、所作が本当にきれいなんだよなこの人。
「いえ、そんな事ないですよ」
「お詫びに私の作った鮭おにぎりをどうぞ。汗をかいてらっしゃいますから少し塩分強めです。スポーツの後には、炭水化物とたんぱく質を補給するのが一番ですから」
「わっ! ありがとうございます。うれしい」
正直、朝練の後にちゃんと食べておかないと、昼休みまでお腹がもたないんだよね。
だから、おにぎりみたいな腹持ちのいいものを差し入れてもらえるのが、正直一番うれしい。
鮭なら低脂質だし。
「ちょっとヒナギク! 私が女狐と争ってる間に、何を抜け駆けしてるの⁉」
「桃萌! おにぎりには味噌汁だよね。はい、私の味噌汁どうぞ」
「って、ここぞとばかりにこの女狐め! 私の方をどうぞ会長!」
「はいはい。みんな頂くから、順番順番だって」
差し出される味噌汁のポットを前に苦笑しながら、私はおにぎりを頬張った。
あ、もちろん乃依姉ぇのレモンのはちみつ漬けも最後にいただいた。
美味しかった。




