第12話 キツネの甘言
「ん~! 桃萌の作ったおいなりさん、美味しい~。これじゃ、よそのお稲荷さんが食べられなくなっちゃうよ」
「そうでしょう。にしても、うちの油揚げエンゲル係数が爆上がりしてるな~」
タマモが我が家に来てから2日目の朝だが、既になじんだ感があるな。
高校に入ってから、親は海外にいて1人きりの朝食だから、こうして2人で顔を向き合わせて食べるのは新鮮だ。
これじゃあ、まるで……。
「あれ? どうしたの桃萌? 私の顔をジッと見て」
「い、いや、何でもない。ただ、ちょっとね」
言いかけた言葉を飲み込み、私はそっぽを向く。
「ちょっと何? 私の顔にご飯粒でも付いてる?」
「だから何でもないって」
「そうやって隠されると余計に気になる! ちゃんと思ったことは伝えてよ!」
「いや、こうやって2人で家で朝食を食べてると、新婚さんみたいだなって……ふと思っただけ」
ったく。朝から何を言わせてんだ!
とはいえ、昨晩の夕飯を作っていた時も同じような話になってたから、こんな何気ないつぶやきではタマモは動揺しないか。
「新婚……」
「って、効くのかよ!」
そうだった。タマモはダメ玉藻様だった。
一般の玉藻様像では、『ふふふっ、そうじゃな主様よ』とか言いそうだったけど、そういった余裕しゃくしゃくな玉藻様イメージをタマモに期待するのは酷というものだ。
しかし、タマモが将来はそんな感じになるのを目指してるんだよね?
想像できないな。たぶん、無理だろうな……。
(ピンポ~ン♪)
「あれ、こんな朝早い時間に来客? は~い」
前途を悲観していると、玄関のインターホンが鳴った。
今は、平日の朝食時で宅配が来る時間じゃないのだが。
「おはようございます会長」
「あ、乃依姉ぇ!? お、おはよう」
玄関のドアを開けると、そこにはニッコリと笑う生徒会副会長の乃依姉ぇの姿があった。
「どうしたの? こんな朝早くに」
「お迎えに上がりました」
「あれ? 私の家の住所って教えてなかったような……」
「細かいことは良いではないですか。どうぞ。あちらの車で学園まで登校しましょう」
「うわっ! あれって、もしかしてベントレー!?」
鏡みたいに自分の顔が映り込むくらいにボディが磨き上げられた高級車に、思わず感嘆の声を上げてしまう。
なぜ、乃依姉ぇが朝から我が家に?
あと、我が家に遊びに来た事が一度もない乃依姉ぇが、なぜ我が家の住所を知っているのか?
といった疑問は、乃依姉ぇの後方に控える高級車の放つ圧倒的な存在感の前に掻き消えた。
「はい。火華家の特別発注で、内装もこだわっています。無論、車体ボディも窓も防弾、防爆仕様となっています」
いや、防弾や防爆を自慢されるのは……。
火華家って敵が多いの?
「どうしたの桃萌? 玄関で騒いで……って、火華さん!?」
「あら、オコナーさん、おはようございます。まだパジャマなんですね。今朝はお寝坊さんですか?」
「あ……う……」
乃依姉ぇ相手にパジャマ姿なのは恥ずかしかったのか、タマモはリビングの方へ引っ込んでしまう。
「それでは参りましょうか会長。車へどうぞ。今日はテニス部の朝練ですから急ぎませんと」
「そういえば、何で急に車通学に? 火華家も、社会勉強の一環で学生の内は電車通学するって言ってたけど」
「そ、それは、毎朝会長と駅からだけでも一緒に登校したかった方便で……って、ゲフンゲフンッ。そんな事より急ぎましょう。もう準備は出来てますよね?」
「あ、うん。カバンさえ取ってくれば直ぐに……」
と、玄関先でリビングの方を振り返ると。
「る……ルールル……。ルールル……」
リビングの影から、ジワッと目のふちに涙をためたタマモが半身だけ覗かせながら、悲しそうに鳴いていた。
いや……その『ルールル』って、某北国が舞台の映画で人間がキタキツネを呼ぶ時のフレーズじゃん。
キツネのタマモが使うのはおかしい……いや、乃依姉ぇの前だから人間のふりをする上ではむしろ正解なのか?
「ルールルルル……」
悲しげに鳴くタマモ。
ルールル自体に別に意味はない。
だが、言わんとするところは伝わった。
「あのさ、乃依姉ぇ。悪いんだけど……」
そう言いながら、再び玄関先にいる乃依姉ぇの方を振り返ると、振り向きざまに一瞬、乃依姉ぇの顔に般若の表情が残像のように浮かんでいたような気がしたが、たぶん気のせいだな。
◇◇◇◆◇◇◇
「白玉会長。乗り心地はいかがですか?」
「はい、とても快適です。走水先輩」
乗り心地を聞かれ、私は運転席にいる走水先輩に、素直な感想を述べる。
副会長である乃依姉ぇの従者という事で、走水先輩とは以前から面識があった。
高校生の年齢から、そんな家同士で主従関係があるなんて驚きだが、白鳳学園にはそういう関係性の家の生徒をチラホラ見かける。
「っていうか、走水先輩は車の運転免許持ってたんですね」
「はい。私は既に18歳ですから準中型免許を取得しています。学校にも申請を出して許可を得ています」
「高校生の制服で車を運転してるのってカッコいいですね」
「お褒めにあずかり恐縮です」
実際のところ、女子高生が高級セダンの運転手をしてるって、凄い違和感だけどね。
っていうか運転手も乗ってる人も全員が白鳳学園の学校制服姿だから、外から見たらその情景は異常だろう。
まぁ、もちろん車の窓はスモーク仕様で外から見えはしないんだけど。
「前から言ってますが、走水先輩の方が年上なんですから、私には敬語は使わなくていいですよ」
「いいえ。白玉会長は、主である乃依お嬢様がお仕えする相手ですから」
このやり取りも、私が生徒会長になってから度々繰り広げられている、走水先輩と顔を合わせる時にはお馴染みのやり取りだ。
別に生徒会の会長、副会長に主従関係なんて無いんだけどな。
「わぁ。日本でも車は左通行なんですね」
「まったく……。なんで私の席の隣がオコナーさんなのよ」
小さな子供みたいに窓からの景色を覗いてはしゃぐタマモをしり目に、乃依姉ぇが溜息をついている。
一早く後部座席に乗り込んだタマモを、乃依姉ぇが何とかして助手席に行かせようとしたが聞かず、かと言って乃依姉ぇは私とタマモが後部座席で並んで座るのも許さなかったので、私が助手席に座る事になったのだ。
「わぁ。座席に1人1台タブレットモニターが。シートもリクライニングはもちろん、マッサージ機能まで。って、後部座席にはシャンパンクーラーまで!? ナッツ美味しい」
「ちょっと! 会長に食べてもらおうと思って用意したのに、何でオコナーさんが食べるの!?」
ワ―キャーうるさい2人。
だが、第一印象は最悪だった2人が仲良くなってくれたのは、ちょっと嬉しい。
「ふ、ふわぁ……」
「あれ? 走水先輩。お疲れですか?」
「し、失礼しました。昨晩は訳あって夜更かししてしまい」
欠伸を見られて、慌ててハンドルを握り直し肩を揺らす走水先輩。
しかし、目を見開いて口元をキュッと結ぶ様子を見るに、まだまだ眠気は払拭できてはいないようだ。
「ちょっと待ってください。眠気覚ましにはガムが良いですよ」
「ありがとうございます。いただきます」
「じゃあ、アーンして」
「「「え?」」」
私の言葉に、騒がしかった後部座席の2人も固まる。
「し、白玉会長。ガムは手渡していただければ」
「でも、私の持ってるガムは、板状で1枚ずつ包み紙に入っている奴なので、車の運転中に包装紙を取るのは危ないですよ」
最近ではパッタリ見なくなった板状のガムだけど、これが一番眠気を飛ばすのには効くから、私も愛用しているのだ。
「そ、そういう事なら致し方ありません。乃依お嬢様ゴメンなさい……」
「あ……あ……」
「あ~~ん」
何故か乃依姉ぇに断りを入れてから、走水先輩は進行方向へ目線を切らないまま口を開けて、私が差し出したガムを口腔内に受け入れた。
「眠気飛びました?」
「は、はい……。色んな意味で」
複雑そうな顔で、走水先輩がガムを咀嚼する。
「ヒナギク……あなた、何してるの……」
ホッとしたのも束の間、後ろの席から凄まじい怒りのプレッシャーが発せられる。
振り返らなくても分かる。乃依姉ぇだ。
ダメだ……。
振り返ったら殺られる!
「私も、まだアーンしてもらってないのに……」
そして、激怒する乃依姉ぇの横でタマモがサメザメと泣いている様子。
これはこれで、謎の罪悪感を感じる。
「ヒナギク。あなた、主人をさしおいて私の会長に色目を使うなんて、火華家をクビになりたいの?」
「あ、あ……。火華家をクビですか、これは困りました……。私は生粋の住み込みの使用人なので、白玉会長のせいで私、路頭に迷ってしまいます」
「え、私のせいなんですか?」
私はただ、皆の安全のために走水先輩にガムをあげただけなのに。
「どうしましょう……。帰れる家もなく、あてどもなくネオン街を彷徨っている女子高生……。そこに、下卑た笑みを浮かべた中年男性が」
「う……なら我が家に……」
「ちょっとヒナギク! なに、会長の罪悪感をあおって、会長の家に転がり込もうとしてるの!」
「桃萌もそんな簡単に絆されないで! だからキツネの甘言に騙されるんだよ!」
あ~もう、うるっさい!
なんで私が甘やかすと、こうなっちゃうんだろ。
だから、人を甘やかすのは苦手なんだよな。




