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断罪された“法の番人”は、辺境で本物の裁きを始めます  作者: 月影すずり


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第9話 追放の朝

 追放の朝は、よく晴れていた。


 アーレンス公爵邸の前に、粗末な馬車が一台、止まっていた。辺境ヴェルデまで、私を運ぶための馬車だった。かつての公爵令嬢を送るにしては、あまりにも質素だった。


 見送る者は、わずかだった。

 断罪された者に近づけば、累が及ぶ。多くの使用人は、すでに暇を出されていた。


 その中で、家令のセバスだけが、門の前に立っていた。

 老いた彼は、目を真っ赤にしていた。


「お嬢様……。私も、お供を……」


「いけません」私は、首を振った。「あなたには、この家を見守ってもらわなければ。それに──父の遺した記録を、隠し書庫で守る役目があります。あれは、いつか必ず、要る日が来ます」


「……承知、いたしました」


 セバスは、震える手で、小さな包みを差し出した。


「せめて、これを。道中の、食料と……それから、いくばくかの路銀でございます。少なくて、申し訳ございません」


「十分です。ありがとう」


 私は、それを受け取った。

 そして、自分の荷物を、馬車に積んだ。


 荷物は、ほとんどなかった。

 着替えが少々。筆記具。そして──父の、古い判例集。


 革表紙の、ずしりと重い一冊。

 その表紙の裏には、折りたたまれた一枚の紙が、今も静かに眠っている。


「お嬢様」セバスが、こらえきれずに声を詰まらせた。「アーレンス家は……いつか、必ず、名誉を取り戻します。お嬢様の無実も……」


「セバス」


 私は、彼の言葉を、優しく遮った。


「名誉は、取り戻すものではありません。──証明するものです。そして、証明は、記録がします。私ではなく」


 セバスは、何かを言いかけて、結局、深く頭を下げた。


「どうか……ご無事で」


「ええ。あなたも」


 私は、馬車に乗り込んだ。

 御者が、手綱を取る。馬車が、ゆっくりと動き出した。


 遠ざかっていく公爵邸を、私は振り返らなかった。

 振り返れば、心が、揺れる気がしたから。


 馬車は、王都の門をくぐった。

 石畳の道が尽き、やがて、舗装されていない土の道になる。


 半日も進むと、景色は一変した。

 手入れされた農地は、荒れた野へと変わり、立派な街道は、ぬかるんだ細道になっていく。王都の豊かさが嘘のように、辺境は、貧しく、荒れていた。


 道の途中、私はいくつかの光景を目にした。

 路傍で、一人の老人が、数人の男たちに囲まれ、殴られていた。何かの「咎」を問われているらしい。だが、そこに、裁きの形はなかった。ただ、力のある者が、弱い者を、思うままに罰しているだけだった。


 御者は、馬車を止めなかった。


「……あれは」私は、問うた。


「ヴェルデじゃ、よくあることでさ」御者は、振り返りもせずに答えた。「ここにゃ、王都の裁きなんて届かねえ。代官様の気分と、腕っぷしで、何もかも決まる。お嬢さんも、せいぜい気をつけなせえ」


 私は、遠ざかっていく光景を、じっと見ていた。


 力で、人が裁かれている。

 証拠もなく、記録もなく、ただ、力で。


 王都では、声と心証で人が裁かれていた。

 辺境では、力で人が裁かれている。

 形は違えど──事実が、事実として扱われない点では、同じだった。


(ここには、裁きがない)


 私は、膝の上の判例集を、そっと撫でた。


 失ったものは、数えきれない。

 けれど、手の中には、まだ、盾がある。


 戦う場所が、王都でなくなっただけだ。


 馬車は、夕暮れの中、辺境ヴェルデの町へと、近づいていった。


お読みいただきありがとうございます。

すべてを失い、たった一冊の判例集だけを抱えて、コルネリアは辺境へ。そこは「力で人が裁かれる」無法の地でした。王都の心証主義とは形が違えど、「事実が事実として扱われない」点では同じ──彼女の戦う場所が、はっきりと見えてきます。

次話はいよいよ第一の山場。コルネリアが辺境で、私刑にかけられかけた少女を、証拠の力で救います。「裁定所」が産声を上げる回です。

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