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断罪された“法の番人”は、辺境で本物の裁きを始めます  作者: 月影すずり


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8/10

第8話 戻らないという判決

 断罪の翌日。

 私が追放の支度をしていると、王宮から使者が訪れた。


 意外なことに、それはジークハルト殿下、その人だった。


 彼は、人払いをして、私と二人きりで向かい合った。

 謹慎中の身の私を、王太子が直々に訪ねる。異例のことだった。


「コルネリア。……昨日は、すまなかった」


 彼は、開口一番、頭を下げた。


「私は、君を信じたかった。だが、聖女の御業を公然と否定すれば、神殿と王家の関係が崩れる。今は、その時ではないと判断した。──だが、これで終わりにするつもりはない」


「……と、いいますと」


「ほとぼりが冷めれば、再審の機会を作る。証拠を検分させ、君の無実を証明する。そして──君を、王都に呼び戻す。婚約も、元に戻す。だから、それまで、辺境で待っていてくれないか」


 彼の言葉は、誠実だった。

 彼なりの、精一杯の償いなのだろう。


 けれど、私は、静かに首を振った。


「殿下。お気持ちは、ありがたく思います。──ですが、私は、戻りません」


 彼の顔が、こわばった。


「……なぜだ。無実が証明されれば、君はすべてを取り戻せる。地位も、家も、名誉も」


「取り戻して、どうするのですか」


 私は、彼を見た。


「私が戻ったとして、王都の裁きは、変わりますか。聖女の心証で証拠が退けられる仕組みは、変わりますか。──変わりません。次は、私ではない誰かが、同じように裁かれる。声を上げられぬ、弱い者から」


「それは……」


「私が王都に戻ることは、私一人が救われることでしかありません。それでは、何も変わらない」


 私は、窓の外を見た。

 遠い空の下に、これから向かう辺境がある。


「殿下。あなたは、優しい方です。誰も理不尽に傷つかない国を作りたいと、本気で願っておられる。──でも、その願いは、王都にいる限り、叶いません。心証で人を裁く仕組みの中では、優しさは、いつも声の大きい者に偏るからです」


「では、君は……辺境で、何をするつもりだ」


 私は、少し考えてから、答えた。


「まだ、分かりません。ですが、一つだけ決めていることがあります。──私は、私の手が届く場所で、事実だけで人を裁く場所を、作ります。たとえ小さくても。たとえ辺境でも」


 ジークハルトは、長い間、私を見ていた。

 その目には、後悔と、戸惑いと──かすかな、畏れのようなものがあった。


「君は……本当に、戻らないのか」


「はい」


「私が、どれだけ望んでも」


「あなたが望むのは、過去を元に戻すことです」私は静かに言った。「私が望むのは、未来を変えることです。──私たちは、もう、同じ方を向いていません」


 彼は、ゆっくりと立ち上がった。

 そして、最後に、ぽつりと言った。


「……いつか。君が作るというその場所を、見てみたい気がする」


 それは、王太子の言葉ではなく、一人の人間の、素直な響きだった。


「ご縁が、あれば」


 私は、一礼した。

 復縁の申し出を断った令嬢として、私はこの日、王都との縁を、自らの手で切った。


 彼が去った後、私は、父の判例集を、もう一度抱えた。


(戻らない、ではなく)


 戻る場所を、自分で作る。

 誰かに許される日を待つのではなく、許しなど要らぬ場所を、自分の手で。


 それが、私の出した、もう一つの判決だった。


お読みいただきありがとうございます。

復縁・名誉回復・帰還──すべてを差し出されてなお、コルネリアは「戻らない」を選びました。「過去を元に戻す」のではなく「未来を変える」。この選択が、彼女を単なる被害者から、新しい秩序の創設者へと変えていきます。

次話、いよいよ追放の朝。コルネリアが辺境へ旅立ち、荒れた現実と出会います。

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