第8話 戻らないという判決
断罪の翌日。
私が追放の支度をしていると、王宮から使者が訪れた。
意外なことに、それはジークハルト殿下、その人だった。
彼は、人払いをして、私と二人きりで向かい合った。
謹慎中の身の私を、王太子が直々に訪ねる。異例のことだった。
「コルネリア。……昨日は、すまなかった」
彼は、開口一番、頭を下げた。
「私は、君を信じたかった。だが、聖女の御業を公然と否定すれば、神殿と王家の関係が崩れる。今は、その時ではないと判断した。──だが、これで終わりにするつもりはない」
「……と、いいますと」
「ほとぼりが冷めれば、再審の機会を作る。証拠を検分させ、君の無実を証明する。そして──君を、王都に呼び戻す。婚約も、元に戻す。だから、それまで、辺境で待っていてくれないか」
彼の言葉は、誠実だった。
彼なりの、精一杯の償いなのだろう。
けれど、私は、静かに首を振った。
「殿下。お気持ちは、ありがたく思います。──ですが、私は、戻りません」
彼の顔が、こわばった。
「……なぜだ。無実が証明されれば、君はすべてを取り戻せる。地位も、家も、名誉も」
「取り戻して、どうするのですか」
私は、彼を見た。
「私が戻ったとして、王都の裁きは、変わりますか。聖女の心証で証拠が退けられる仕組みは、変わりますか。──変わりません。次は、私ではない誰かが、同じように裁かれる。声を上げられぬ、弱い者から」
「それは……」
「私が王都に戻ることは、私一人が救われることでしかありません。それでは、何も変わらない」
私は、窓の外を見た。
遠い空の下に、これから向かう辺境がある。
「殿下。あなたは、優しい方です。誰も理不尽に傷つかない国を作りたいと、本気で願っておられる。──でも、その願いは、王都にいる限り、叶いません。心証で人を裁く仕組みの中では、優しさは、いつも声の大きい者に偏るからです」
「では、君は……辺境で、何をするつもりだ」
私は、少し考えてから、答えた。
「まだ、分かりません。ですが、一つだけ決めていることがあります。──私は、私の手が届く場所で、事実だけで人を裁く場所を、作ります。たとえ小さくても。たとえ辺境でも」
ジークハルトは、長い間、私を見ていた。
その目には、後悔と、戸惑いと──かすかな、畏れのようなものがあった。
「君は……本当に、戻らないのか」
「はい」
「私が、どれだけ望んでも」
「あなたが望むのは、過去を元に戻すことです」私は静かに言った。「私が望むのは、未来を変えることです。──私たちは、もう、同じ方を向いていません」
彼は、ゆっくりと立ち上がった。
そして、最後に、ぽつりと言った。
「……いつか。君が作るというその場所を、見てみたい気がする」
それは、王太子の言葉ではなく、一人の人間の、素直な響きだった。
「ご縁が、あれば」
私は、一礼した。
復縁の申し出を断った令嬢として、私はこの日、王都との縁を、自らの手で切った。
彼が去った後、私は、父の判例集を、もう一度抱えた。
(戻らない、ではなく)
戻る場所を、自分で作る。
誰かに許される日を待つのではなく、許しなど要らぬ場所を、自分の手で。
それが、私の出した、もう一つの判決だった。
お読みいただきありがとうございます。
復縁・名誉回復・帰還──すべてを差し出されてなお、コルネリアは「戻らない」を選びました。「過去を元に戻す」のではなく「未来を変える」。この選択が、彼女を単なる被害者から、新しい秩序の創設者へと変えていきます。
次話、いよいよ追放の朝。コルネリアが辺境へ旅立ち、荒れた現実と出会います。
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