第7話 公開断罪
公開断罪の日。
大審理室は、これまで以上の人で埋まっていた。公爵令嬢が、しかも王太子の婚約者が裁かれる。貴族たちにとって、これ以上の見世物はなかった。
私は、被告席に立った。
罪人の装束ではなく、いつもの公爵令嬢の装いのまま。背筋を伸ばし、まっすぐ前を見ていた。
「コルネリア=フォン=アーレンス」
主審が、重々しく告げる。
「そなたには、公金横領および文書偽造の嫌疑がかけられている。──証人、前へ」
アデライドが進み出た。
昨日打ち合わせたとおり、彼女は瞳を潤ませ、声を震わせた。
「わたくし、見てしまったのです……。コルネリア様が、救貧院の帳簿を……。止められなかった自分が、恥ずかしくて……」
涙が、頬を伝う。傍聴席から、同情のため息が漏れた。
「次、聖女ミレーユ」
白い衣の少女が、私の前に立った。
彼女の瞳は、相変わらず澄んでいた。悪意は、ない。だからこそ、たちが悪い。
「……視えます。あなたの心には、影が。──後ろめたさを、抱えていらっしゃる」
彼女は、本当にそう「視えている」と信じているのだろう。
神殿が与えた情報を、自分の力だと思い込んで。
「以上をもって」検事ロデリクが、声を張った。「被告の罪は、明白である」
「お待ちください」
私は、最後にもう一度、声を上げた。
「私は、二つの証拠を提出しました。事件当夜、私が王宮にいたことを示す入退記録。そして、救貧院の収支がすべて整合していることを示す帳簿の写し。──このどちらも、まだ検分されていません。お確かめください」
「その必要はない」ロデリクが即座に退ける。「聖女様の御業が、すべてを示している」
「では、これは記録に残します」
私は、書記官席に向き直った。
「被告が提出した二点の証拠が、一度も検分されぬまま、審理が結審に至ったこと。聖女様の心証のみが、証拠に優先されたこと。──正式記録に、残してください」
書記官は、ロデリクの顔色をうかがった。
けれど、それは被告の正当な権利だった。彼は、震える手で、ペンを走らせた。
「判決を、申し渡す」
主審の声が、審理室に響いた。
「コルネリア=フォン=アーレンスより、公爵令嬢の地位を剥奪する。アーレンス公爵家の領地相続権を停止する。──そして、王都より追放。辺境ヴェルデ伯領にて、謹慎を命ずる」
ざわめきが、広がった。
破滅的な判決だった。地位も、家も、すべてを失う。
私は、目を閉じなかった。
まっすぐ、前を見ていた。
傍聴席に、ジークハルト殿下がいた。
彼は、苦しげな顔で、私を見ていた。けれど、立ち上がりはしなかった。一言も、発しなかった。
それが、彼の答えだった。
彼の「優しさ」は、震えるアデライドと、慈悲深い聖女の側にあった。──私の側には、なかった。
私は、彼から視線を外した。
恨みは、なかった。ただ、これで終わったのだと、静かに思った。
「被告。何か、申し開きはあるか」
主審が、形式的に問う。
私は、一歩前に出て、審理室全体を見渡した。
「申し開きは、いたしません」
ざわめきが、止まった。
「ただ、一つだけ。──今日のこの審理は、すべて記録に残りました。証拠が検分されなかったことも。心証だけで人が裁かれたことも。すべて、です」
私は、静かに続けた。
「記録は、嘘をつきません。今日は、私が罪人にされた日として残るでしょう。ですが、いつか──この記録を読み返し、『あの裁きは誤りだった』と気づく日が、必ず来ます。そのとき、この一日が、証拠になります」
「……戯言を」ロデリクが吐き捨てた。
「戯言かどうかは」私は、彼を見据えた。「記録が、決めます。あなたではなく」
私は一礼し、被告席を後にした。
背に、無数の視線が突き刺さる。
けれど、私の足取りは、乱れなかった。
手の中の判例集が、ずしりと重い。
その表紙の裏には、折りたたまれた一枚の紙が、静かに眠っていた。
お読みいただきありがとうございます。
すべてを失う判決の中でも、コルネリアは泣かず、ただ「記録に残す」ことだけを貫きました。婚約者ジークハルトの沈黙が、彼女の追放を決定づけます。
次話、王家は「いずれ復権を」と匂わせますが、コルネリアの答えは──「私は、戻らない」。この物語の差別化の核となる選択を描きます。
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