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断罪された“法の番人”は、辺境で本物の裁きを始めます  作者: 月影すずり


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2/12

第2話 心で裁く、という流行

 聖女ミレーユが大審理院に現れてから、ひと月が過ぎた。


 王都の裁きは、目に見えて変わっていった。


「聖女様の御業を、審理に取り入れるべきだ」

「証拠を集めるのには時を要する。だが聖女様なら、一目で罪の有無が視える」

「何より──慈悲深い。冷たい証拠の山で人を裁くより、よほど人の心に適っている」


 大審理院でも、その声は日に日に大きくなっていた。


 私は、補佐人として複数の審理に立ち会っていたが、流れははっきりしていた。聖女が「この者は澄んでいる」と言えば、証拠が薄くとも放免される。「濁っている」と言えば、弁明の機会さえ十分に与えられない。


 もちろん、彼女の言葉が結果として正しいことも多かった。だからこそ、人々は安心して頼った。


 けれど。


「アーレンス嬢は、聖女様のお力を信じておられないとか」


 ある日の休廷中、若い書記官の一人が、探るように言った。


「信じる、信じないの話ではありません」私は手元の調書を閉じた。「私が信じるのは、確かめられるものだけです」


「では、聖女様のお力は確かめられないと?」


「確かめずに信じることを、信仰と呼びます。──ですが、裁きは信仰ではありません」


 書記官は、気まずそうに目を逸らした。

 その小さなやり取りが、どう広がっていくのか。そのときの私は、まだ深く考えていなかった。


 夕刻、私はジークハルト殿下に呼ばれた。

 王宮の一室で、彼は窓の外を見ながら、静かに切り出した。


「コルネリア。君が、聖女の力を疑っているという話を聞いた」


「疑っているのではありません。確かめられないものを、裁きの基準にすべきではないと申し上げているだけです」


「……君は、いつも正しい」


 また、その言葉だった。

 褒めているようで、どこか、突き放すような響き。


「だが、正しさだけでは、人は救われないんだ。あの聖女のおかげで、救われた者が大勢いる。震えていた者が、涙を流して感謝している。それを、君は冷たく否定するのか」


「否定はしていません。──ただ、もし誰かが、彼女の『心証』を悪用したら? 権力を持つ者が、気に入らぬ相手を『心が濁っている』と言わせたら? そのとき、証拠を持たない裁きは、その者を守れません」


 ジークハルトは、しばらく黙っていた。


「君は……起きてもいないことを、なぜそこまで恐れる」


「起きてからでは、遅いからです」


 彼は、ふっと息を吐いて笑った。困ったときの、彼の癖だった。


 その夜、私が王宮の回廊を歩いていると、柱の陰に、見覚えのある令嬢が立っていた。


 侯爵令嬢、アデライド=フォン=ベルガー。

 最近、聖女ミレーユに熱心に取り入っているという娘だった。


「ごきげんよう、アーレンス様」


 彼女は、可憐に微笑んだ。けれど、その目は笑っていなかった。


「聖女様のお力を疑うなんて、おやめになったほうがよろしくてよ。──神殿を敵に回すのは、賢明ではありませんもの」


「忠告として、受け取っておきます」


「あら。忠告だなんて」アデライドは扇を口元に当てた。「わたくしはただ……心配しているだけですわ。あなたのような『正しい』方ほど、足元をすくわれやすいのだと」


 彼女は、優雅に一礼して去っていった。


 私は、その背を見送りながら、奇妙な感覚を覚えた。

 あれは、ただの嫌味ではない。何かを、知っている者の顔だった。


(足元をすくわれやすい、か)


 私は、自分の足元を見た。

 磨かれた石の床は、いつもと変わらず、冷たく硬い。


 けれど──その下で、何かが動き始めている気がした。

 まだ、証拠はない。けれど、違和感だけは、確かにあった。


 私はその夜、自室の机に向かい、今日あったことを、いつものように書き留めた。

 日付。会話。相手の名。


 記録は、嘘をつかない。

 いつか、これが何かを照らすかもしれない。

お読みいただきありがとうございます。

アデライドの不穏な「忠告」。何かが、コルネリアの足元で動き始めています。

次話はいよいよ勝負どころ──コルネリアに突きつけられる嫌疑と、握りつぶされる証拠、そして彼女の静かな宣言を描きます。

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