表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
断罪された“法の番人”は、辺境で本物の裁きを始めます  作者: 月影すずり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

11/12

第11話 鐘と記録簿

 リーゼを救った翌日から、私は、辺境ヴェルデで暮らし始めた。


 町外れの、使われなくなった古い納屋を借りた。家賃の代わりに、私は持っていた筆記具の一部を差し出した。狭く、隙間風の入る場所だったが、不思議と、気は楽だった。


 最初の「依頼」は、その日のうちに来た。


「……あんた、昨日の人だろ」


 納屋の戸を叩いたのは、リーゼだった。

 彼女は、警戒と好奇の入り混じった目で、私を見ていた。


「あんた、本当に、裁く場所を作るのか」


「ええ」


「字も読めねえ奴のことも、裁いてくれるのか」


「証拠は、字が読めなくても、持ち寄れます」私は、頷いた。「むしろ、字が読めない人ほど、声で言いくるめられて、損をしてきたはずです。──そういう人のために、この場所はあります」


 リーゼは、しばらく黙っていた。

 それから、ぽつりと言った。


「……あたし、字、読めねえ。でも、覚えるのは、得意なんだ。一度見たものは、忘れねえ」


「それは、立派な才能です」


「だから……あたしを、ここで、使ってくれよ。あたし、行くとこ、ねえんだ」


 私は、彼女を見た。

 痩せて、目つきは鋭いが、その奥に、まっすぐなものがあった。


「いいでしょう」私は、答えた。「あなたを、記録係の見習いとして、雇います」


「き、記録係?」


「ええ。あなたが見たこと、聞いたことを、私が文字にして残す。あなたは、その目で、見落としを防ぐ。──大事な役目です」


 リーゼの顔が、ぱっと明るくなった。

 彼女が、初めて見せた、子どもらしい表情だった。


 その日、私は、二つのものを用意した。


 一つは、鐘。

 古道具屋で見つけた、ひびの入った小さな鐘だった。裁定を始めるとき、終えるとき、これを鳴らす。「今から、ここで裁きが行われる」と、誰にでも分かるように。


「なんで、鐘なんか鳴らすんだ」リーゼが、不思議そうに尋ねた。


「裁きは、隠れて行ってはいけないからです」私は答えた。「誰の目にも、開かれていなければならない。鐘は、その合図です。──こっそり裁くのは、力で裁くのと、同じくらい危ういのです」


 もう一つは、一冊の、分厚い帳面。

 記録簿だった。


「これに、すべてを書きます。いつ、誰が、何を訴え、どんな証拠が出て、どう裁かれたか。──一件残らず」


「全部?」


「全部です。──たとえ、今日は誰も読まなくても」


 私は、父の言葉を、思い出していた。

 『記録は、弱い者のためにある。誰も読まなくても、書き続ける』


 帳面の一ページ目に、私は、最初の一件を記した。


『一件目。少女リーゼ、窃盗の嫌疑。──銭箱の鍵に異常なし、こじ開けの跡なし。銀貨は底板の隙間より発見。よって、無実』


 ペンを置くと、リーゼが、横から帳面を覗き込んでいた。


「……これが、あたしのこと?」


「ええ。あなたが、無実だったという記録です。これは、消えません。誰かがまた、あなたを盗人だと言っても──この記録が、あなたを守ります」


 リーゼは、文字を読めなかった。

 けれど、その帳面を、まるで宝物のように、じっと見つめていた。


「……あたしが、無実だって、ここに、ずっと残るのか」


「ええ。ずっと」


 彼女の目に、うっすらと、涙が滲んだ。

 すぐに、彼女は、それを乱暴に拭った。


「あたし、字、覚える。早く、自分で読めるようになる。──そんで、いつか、あたしも、誰かの『無実』を、ここに書くんだ」


「楽しみにしています」


 その日から、辺境ヴェルデの片隅に、小さな「裁定所」が生まれた。


 鐘と、記録簿と、字を覚え始めた少女と、追放された令嬢。

 それが、すべてだった。


 誰も、これがいつか王都を覆すことになるとは、思っていなかった。

 私自身でさえ。


お読みいただきありがとうございます。

辺境裁定所が、ついに産声を上げました。「鐘」は開かれた裁きの象徴、「記録簿」は弱者を守る盾。そして記録係見習いとなった少女リーゼ──字が読めなかった彼女が、いつか誰かの「無実」を書く日を夢見ます。

この鐘と記録簿が、物語の終盤、王都の心証主義を追い詰める「証拠の山」になっていきます。

次話、コルネリアを見ていた飄々とした老人の正体が明かされます。

ブックマーク・評価、心より感謝いたします。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ