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4 おばあちゃんのヘソクリ

業務上知り得た顧客の秘密は口外してはいけません。お喋りなマルちゃんの苦悩を描いてみます。

 私は新谷家に住み込みで働いています。その場合、顧客の見てはいけないところを目撃してしまう事があります。

 今がその時です。

 風もない静かな夜、私は居間に置かれた私専用のベッドでうとうとしていました。すると奥の部屋からガサガサと音がします。確かあそこは、おばあちゃんの部屋です。

 いつもならこの時間は、寝息が聞こえるだけです。

 不審に思った私は、足音を殺しながら部屋へ近づきます。引き戸の隙間から少し明かりが漏れています。

 その隙間に目を近づけて中を覗くと、おばあちゃんが背中を丸め、一抱えはありそうな瓶を前に、何かを数えています。

「ふふふ」

 時折、おばあちゃんの背中から、押し殺した笑い声も聞こえます。少し怖いです。

 私は、ゴクリと生唾を飲み込みます。

 すると、何かの気配を感じたのか、おばあちゃんが振り向きます。

 こちらを見ています。でも私には気が付いていないようです。

少しの間、緊張した時間が流れましたが、おばあちゃんは、元に向き直り、作業を再開しました。

 私は、後退りしながら、その場から離れます。


 居間に戻った私は、先ほどの事を考えます。

 多分あれは、ヘソクリと言うものだ。

 おじいちゃんが、孫に読んであげていた、その絵本に出て来たことがある。

 あの瓶の大きさから考えて、相当貯めこんでいるに違いない。

 でも、私には関係のない事です。それに、業務上知り得た顧客の秘密は外に漏らしてはいけません。見なかった事にします。

 ああ、でも、うずうずします。誰かに話したい。

 おじいちゃんに話すと、どんな顔をするだろう。

 もんもんとした気持ちを抱きながら、想像を膨らましていると、外から鳥の鳴き声が聞こえてきます。

 朝が来たようです。あれから一睡もできませんでした。


「マルちゃん、おはよう。散歩に行こう」

 おじいちゃんです。私は黙って、おじいちゃんの顔を見上げます。

 おじいちゃんは、おばあちゃんの秘密を知らないのだろうな。

 おじいちゃんに喋りたい。おじいちゃんの驚く顔が見てみたい。

 でもだめだ。おばあちゃんが困るだろう。折角のおばあちゃんの楽しみを奪ってはいけない。この秘密は誰にも喋らない。

「どうしのだい、マルちゃん。悩みでもあるのかい?」

 私は余程難しい顔をしていたのだろう。おじいちゃんに心配をかけたようだ。

「キャンキャン」

 何でも無いよ。

「そうか、悩み事があるのか。誰にも言わないから話しておくれ」

 相変わらず、人の言う事を聞かない。でも、私が悩んでいる事、ただ秘密を喋りたいだけだが、その事は、感じているようだ。

 でも、個人の秘密を漏らすのは、それが、その人の家族であっても、業務上の倫理規定に違反する。

 しかし、おじいちゃんは、大事な顧客であり、その顧客からの要望であれば、これに応えるべきかも、それに誰にも言わないと言ってくれている。

 話しても良いのかもしれない。

「キャンキャ・・・」

 実は私はおばあちゃんの・・・・

 腰を低くして私の話を聞こうとしている、そのおじいちゃんの後ろに、ぬーとおばあちゃんが現れた。

 このタイミングで現れるとは、まさか、昨日、私がおばあちゃんの部屋を覗いていたのが、ばれていたのでは。

 おばあちゃんの目は、私を見つめています。私の肉球から、嫌な汗が出てきました。

「あら、まだ散歩に行ってなかったの?それなら久しぶりに3人で行きましょうね」

 異例中の異例だ。ここ2年こんな事はなかった。

 やはり、昨日の事はばれている。おばあちゃんは私が要らぬ事をおじいちゃんに喋らないよう見張っているのだ。

「そうだな。久しぶりに一緒に行こうか」

 おじいちゃんはおばあちゃんの提案に同意しました。そうなると、私が反対する事はできません。

 おじいちゃんが先頭、リードに繋がれた私がその後、最後尾におばあちゃんが続きます。

 おじいちゃんとおばあちゃんが並んで歩けば自然なのに、この順番は不自然だ。

 私とおじいちゃんは見張られています。かなりのプレッシャーを感じます。

 おじいちゃんも同じようです。チラチラ後ろを振り返り歩いています。

 いつもの道を、おじいちゃんにしては少しゆっくりと進んで行きます。

 珍しい事に、親しい人とは出会いません。あまり親しくない人とすれ違っても、会釈をする程度です。

 沈黙の散歩は続きます。

 いつもの道を半分ほど歩いたころ、「キャンキャン」と鳴く犬の声が聞こえてきました。

 南原さんの家からです。

 おじいちゃんは、立ち止まりかけたが、また歩き始めました。

 私はおじいちゃんを下から見上げます。表情に変化はありません。振り向いておばあちゃんを見ます。

 おばあちゃんはおじいちゃんを見ています。表情に大きな変化は無い様に見えますが、目が少しだけ鋭くなっている。それは、疑いの目です。

 なるほど、そういう事か。

 おばあちゃんは、おじいちゃんの浮気を疑っているのです。間違いありません。

 ああー良かった。昨晩の覗きが、ばれていた訳ではなかった。

 私の重い足は、一変に軽くなりました。

 おじいちゃんは、別に浮気をしていた事実はないので、特に心配はないよね。ただ南原さんの事が好きなだけだよね。人が人の事を好きになる、それは良い事だよね。

 多分・・・。

 私は一抹の不安を覚え、もう一度おばあちゃんの顔を伺います。

 依然、鋭い目つきです。少し充血しています。

 これは、やばいかも。ゴクリ、私は生唾を飲み込みました。

 そこで、南原さんの家のドアが開きました。

「あら、新谷さん、ご夫婦でお散歩ですか。いい天気ですものね」

「本当にいい天気ですね。南原さんも、これから散歩ですか」


 てっきり修羅場になると、私は思った。

 しかし、おばあちゃんと南原さんは楽しそうにお喋りを続けます。

 おじいちゃんとチワワが3匹、会話に加わることもできず、じっと二人の話が終わるのを待っています。

 暫く待っても、一向に話が終わる気配はありません。

「「キャンキャン」」

 南原さんのチワワ2匹が早く散歩に行こうと吠えています。

「キャンキャン」

 そうだ、そうだと、私も早く帰りたいので一緒になって吠えます。

 おじいちゃんは、二人の会話を静かに聞いています。

「新谷さんの目、どうされたの、少し赤いわね」

「これね、昨夜、貯めていたドラマを見始めたら止まらなくなって」

「それ、解ります。私も小説を読みだすとつい夢中になります」

 おばあちゃんは、さらりと嘘を付く。貯めているのはドラマでなく小銭だろ。

 それは、ともかく二人の話は終わりません。

 南原さんのチワワ2匹は、散歩を諦めたのか、うずくまって寝てしまいました。昨晩、あまり寝られていない私も寝る事にします。

「あら大変、話し込んじゃった。南原さんのワンちゃんも内のも、待ちくたびれちゃったみたい」

「まあ、本当に。さあ、起きなさい」

「マルちゃんも起きなさい」

 今、目を閉じた所なのに、

「「「キャンキャン」」」

 理不尽だ。身勝手だ。口々に文句を垂れる。

 効果は勿論なし。

「ではまた」

「ではまたね」

 私たちは南原さんと別れ、散歩を再開した。

 歩く順番は変わりません。

 歩く速度も変わりません。いつもよりゆっくりと歩くのは、おじいちゃんがおばあちゃんを気遣っての 事なのだと思います。何度も振り返るのも同じ理由なのでしょう。

 改めて、おばあちゃんを見ると、特に目が険しい感じはしません。私の後ろめたい心がそう見せていたのでしょう。


 長い散歩は、終了し、家に帰ってきました。

「ばあさん、お疲れ様」

 おじいちゃんは一声かけると、台所の方へ行ってしまいました。

 おばあちゃんは、おじいちゃんが台所に消えたのを見てから、私に話しかけてきました。

「マルちゃん。昨晩見たものは、内緒だよ」

 赤く充血した目が私を見ています。

 ひぃー。私は何度も首を縦に振りました。

 全身の毛が逆さ立ち、肉球からは汗がにじみ出ます。汗腺がないはずの顔からも汗が出てきそうです。


「やっぱり、昨日の気配はマルちゃんだったのね。嘘よ。内緒にしなくてもいいのよ。マルちゃんにもあげるから、ついておいで」

 おばあちゃんの後について部屋に入ります。おばあちゃんは押入れから、大きな甕を取り出します。昨晩見た甕だ。

「どれにしようかね。マルちゃんが好きそうなのはこれかな」

 おばあちゃんが甕から取り出したのは、袋に入ったビーフジャーキーでした。

 袋を破いて一切れ取り出すと、私に食べさせてくれました。

 うまーい。

「キャンキャン」

 もっと欲しい。私はおばあちゃんにすり寄ります。

「じゃあ、もう一切れだけだよ。これは塩分が強いから、私にもマルちゃんにも体に良くないからね」


 甕の中にあったのは、沢山のお菓子や酒のつまみだった。

 昨日遅くまで、ドラマを見ていたおばあちゃんは、小腹がすいたので、甕からお菓子を取り出して食べていたのだ。

 ふたを開けるまでは解らないとはこのことだ。

 すみません。私の早とちりと勘違い。

 でも、それで恐怖したのも、慌てたのも、私だけ。

 でも、最後に得をしたのも、私だけでした。


 ご馳走様でした。



私の部屋にも沢山のおつまみやお菓子が入った大きな缶があります。そこから取り出し、ポリポリ、カリカリしながら書いています。


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