38 送り火
本日、我が家の屋根のペンキ塗りが終わりました。暑かった。今はビールを飲みながらマルちゃんを書いています。飲みながらなので、発想が自由すぎるかもしれません。
お盆の始まりは迎え火で、終わりは送り火を焚くそうです。
仏壇にあった。キュウリで作られた馬は、いつの間にかナスで作られた牛に代わっています。
迎え火の日、私は大変な勘違いをしていたようです。迎え火は、ゾンビを撃退する炎ではなく、ご先祖様の霊が迷わず家に帰れるようにと焚く火の事だそうです。
多くの方が、私の間違った言動で、これから迎えるお盆の季節に恐怖されたと思います。
ここで改めて、訂正とお詫びを申し上げます。
でも、地獄の釜の蓋が開くのは、間違いないようです。おじいちゃんもそう言っていました。地獄から出て来る霊は、間違いなく悪霊です。
帰ってくるのはご先祖様だけではありません。くれぐれも、ご用心してください。
さて、今日は8月15日、お盆んの最終日です。ご先祖様がお戻りになる日です。
地獄からこられたご先祖様が、地獄にお戻りする日です。ご心中お察しします。さぞ戻られたくない事でしょう。
それで、ナスで作った足の遅い牛に乗るのですね。子孫の優しい心遣いが感じられます。
たとえ生前悪事を重ねて、地獄に落ちたご先祖様でも、こうやって優しさに触れる都度、魂が浄化されるのでしょう。
今日、おじいちゃんは、迎え火の時と同様に、玄関先で送り火を焚いています。
「キャンキャン」
ねえ、おじいちゃんのご先祖様は、どんな悪事を働いたの?
「そうだね。今日もいい天気だね」
ご先祖様の悪事ついては、語りたくないようです。その気持ちも分かります。
でも、推し量ることはできます。子孫の一人である次郎さんを見れば想像がつくと言うものです。
大方、チンピラがやるような、強請り集り程度、大きな罪は犯してはいないでしょう。早く魂が浄化され、天国に行っても貰いたいと思います。
「おーい、マルちゃん」
死んだら地獄に行く候補者、次郎さんが呼んでいます。
次郎さんは、75歳、独身、彼女いない歴、75年、よって子供はいません。それは、死んでも子孫がいないことを示します。
地獄の釜が開いても、帰れる家がないと言う事です。可哀そうに思えます。少しだけ優しくしてあげたくなります。
いつもなら、無視するところですが、答えてあげます。
「キャンキャン」
何か用?私はここだよ。
「マルちゃん、ここに居たのか。暇だから散歩に行こう」
返事をした事を直ぐに後悔しました。嫌な予感がします。
また、小学生たちとドッジボールなんかをやらされてはたまりません。
「キャンキャン」
私は忙しい。一人で行って。
この人は言って解かる人ではないで、顔をプイと背けて態度でも拒否します。
「あっ、その態度は何だ。昨日、遊んでやらなかったから、すねているのだな」
この人には、何も通じないようです。私は逃げる事にしました。
「こら待て、逃げるな」
「キャンキャン」
しつこいぞ。
私は、家の中を駆け回って逃げます。
「待てと言っているだろ」
「キャンキャン」
お前こそ諦めろ。
「やかましいわ!家の中で暴れるな。外で遊べ」
とうとう、おじいちゃんが怒鳴りました。
結局、私はリードにつながれ、次郎さんと散歩に行くことになりました。
「お前のせいで、兄貴に怒られた」
「キャンキャン」
それはこっちのセリフだ。
二人は、トボトボと散歩道を歩きます。
次郎さんは、おじいちゃんが好きなので、叱られたことが応えているようです。
そんな次郎さんを見ていると、私の気持ちも静かに沈んで行きます。
今日はお盆の最後の日です。散歩道からも各家で送り火を焚いているのが見えます。
自然と次郎さんの行く末を思います。
死んだら地獄行き、間違いありません。そしてお盆に帰る家がありません。
でも、まだ一縷の望みはあります。
「三つ子の魂100まで」この言葉は、3才までにできた性根は、100歳まで変わらないと言う事。それは100歳を超えると性格がよくなる可能性があるとも言える。
次郎さんが地獄に落ちないためには、100歳で性格を改善し、そこから善行を積んでいくしかありません。
人生100年の時代です。可能性だけなら、十分あると思います。そう可能性だけならある。
でも、次郎さんだから、・・・。そこからは思っても言えません。
でも、私は応援します。
その頃、私は、天国にいるでしょう。そこから応援しています。
決して、上から目線で見てはいません。
でも、物理的に天国は空の上です。これは仕方のない事ですね。
マルちゃんの性格も相当なものです。人を呪わば穴二つ、マルちゃんも地獄に落ちそうです。作者として何とかして上げたいです。
次回、最終話、最後までマルちゃんを応援してください。




