37 花 火
先月、私の町でも花火が打ち上がりました。花火大会は夏の思い出のようなイメージがします。でも、実際は7月に多く行われます。今は夏真っ盛りです。7月にあった夏の夜の素敵な思い出は、これから続く地獄の暑さに塗り替えられることでしょう。
さて、物語はお盆の真ん中に花火大会を設定しました。
ドーン!ドーン!シュー、パーン!
今夜は花火大会です。
港では、夜店も出て、多くの人で賑わっています。
でも、私たちはそこにはいません。
新谷家の2階ベランダに上がると、港で打ち上げられている花火が良く見えます。
おじいちゃんとおばあちゃんは、そのベランダから花火を楽しんでいます。
私もおじいちゃんの隣で見ています。
次郎さんはいません。彼の職業は的屋です。この様なお祭りや縁日に露店を出して商売をしています。今日はイカ焼きを売るとか言っていました。
沢山売れ残って、お土産に持って帰ってほしいと思っています。
真っ赤な大輪の花が夜空に咲き、そして、ドーン。大きな音が鼓膜を震わせます。
これは、何とお伝えすればいいのでしょう。
素敵な笑顔を花が咲いたように美しいと表現しますが、本物の咲いた花の美しさを表現するのは難しいと思います。
それと同じで、空に打ち上げられた大きな花火は、ただただ美しく、比較する物もなく美しい花火だとしか言えない。例えようのないものだ。
沢山の光が目の前いっぱいに広がり、ドンという音もお腹に響いて、一瞬で消えてしまう。
とにかく凄いのです。そして儚い
無理やり例えるのなら、ワンチュールですかね。その美味しさは、口の中いっぱいに広がり、そして、一瞬にして無くなる。最後には感動だけが残る。
この例えは、食べた事のない人間では理解できないですね。
人間でも分かるように例えるのなら、カニですね。それを食べだすと言葉を失い、黙々と食べる。そして最後にはカニの殻と感動が残る。
少し違う様な気がしますね。要するに感動だけが残るのです。
でも、不思議な事に、一人で見るより、誰かと一緒に見る方が楽しいのです。
今私は、おじいちゃんとおばあちゃんが一緒です。とても楽しいです。
「キャンキャン」
凄く綺麗だ。
「綺麗だな、酒が美味い」
おじいちゃんは花火を肴にお酒をちびちび飲んでいます。
「外で食べる水団子は格別だね」
おばあちゃんは花火を肴に、きな粉をまぶした水団子を食べています。
どちらも粋です。
これを江戸っ子と言うのだそうです。江戸で生まれても育ってもいませんが、それは関係ないそうです。
おじいちゃんと一緒に見た時代劇で、めぐみの頭が「こちとら江戸っ子でい」と言ったところ、おじいちゃんが「お前は道産子だろ」と訂正していました。
その俳優さんは、北海道生まれだそうです。
その事から、粋な事をする人は、江戸っ子を名乗ると知りました。少しニュアンスが違うような気もしますが、私も粋な事をして、江戸っ子を名乗りたいなと思います。
暫く、どうでもいい事を花火を眺めながら考えていると、突然玄関が勢いよく開けられました。
「てーへんだ!」
うっかり八兵衛が来たのかと思いきや、次郎さんが血相を変えて飛び込んできました。
「何事だ」
おじいちゃんが2階から聞きます。
「イカが売れに売れて、あっという間に完売だ。冷凍庫のイカを取に来た」
「そりゃ、良かったじゃないか。店を畳んで花火を見ればいいだろ」
「こちとら江戸っ子だ。稼げる時に呑気な事ができるかい」
「お前は、讃岐っ子だろ」
おじいちゃんが訂正しています。
江戸っ子にも色々あるようです。次郎さんが江戸っ子を名乗るのなら、私は、江戸っ子を名乗るのを止めようと思いました。途端に興味を失いました。
人の言う事を聞かない次郎さんは、冷凍庫からストックしていたイカを持って行きました。
「あーあ、行ってしまったよ。花火が始まったら、誰も露店なんかに立ち寄らないだろうに。次郎は、売れ残ったイカをそのまま持って帰って来るのだろうな」
おじいちゃんは残念そうに呟きます。
「キャンキャン」
それは、良かったね。みんなでイカ焼きを食べれるね。
「それは、良い事じゃないか、そろそろ団子にも飽きてきたところだよ」
おばあちゃんも同意見のようです。
「それもそうだな。イカ焼きと次郎の泣きっ面を肴に酒を飲むのも良いかもしれないな」
私たちは、次郎さんが帰って来るのを楽しみに待っていました。
花火が終わり、私たちはベランダから居間に戻りました。
その頃になって、やっと次郎さんは帰ってきました。
ガラガラと玄関の引き戸を開ける音。イカを取に帰ってきた勢いは全くありません。
おじいちゃんが予想した通り、沢山の売れ残りを抱えて帰って来たのでしょう。
「次郎、帰ったか。イカは売れなかっただろう」
「兄貴、何か嬉しそうだな」
「ああ、お前が持って帰るイカ焼きをみんなが待っていたのだ。早く食わせろ」
「ちっ!そんな事だろうと思ったよ。これはわしの奢りだ。好きなだけ食いな」
次郎さんはそう言い、トレイに積まれた焼きたてのイカ焼きをテーブルに置くと、みんなに背を向け胡坐をかきます。
そんな次郎さんにはお構いなく、おじいちゃんは目を輝かせます。
「これは、凄い量だな。みんなでやっつけよう」
「「おう」」
おじいちゃんの掛け声で、イカ焼きはどんどん消えていく。
「次郎さんも一緒に食べよう。美味しいよ」
おばあちゃんが、次郎さんに声を掛けます。
「けっ!」
次郎さんはへそを曲げたままです。人の忠告を聞かず欲に走った上、商売が上手く行かず、くたびれて帰って来た。同情の余地はありません。
そこで私は、心身ともに疲れている次郎さんに追い打ちをかけます。
「キャンキャン」
おい次郎、私はまだドッジボールの報酬を忘れていないからな。イカ焼き程度では許さないからな。
「マルちゃん、お前だけがわしの味方だ」
相変わらず人の話を聞かない次郎さんは、私に抱きついて来た。
「キャンキャン」
寄るな!汗臭い。
私は逃げ出し、おじいちゃんの影に隠れます。
「何だ次郎。マルちゃんに嫌われているじゃないか。何かしたのか」
「さて、心当たりが無いのだが」
おじいちゃんの問いに次郎さんはとぼけています。
私は、ここぞと思い、次郎さんの契約不履行について訴えてやろうかと考えましたが、結局できませんでした。
私が次郎さんと共謀し、ドッジボールで小学生たちをだまし討ちした事など、言えるはずがありません。
今、私にできる仕返しは、売れ残ったイカ焼きを食べる事です。とても美味しいです。
そして、せめてもの嫌がらせに、できるかぎり不味そうな顔で食べてやります。
しかし、口惜しい事に、自然と尻尾が左右に激しく振れます。
縁日のイカ焼きは子供のころから大好きです。私に尻尾があれば、ブンブン振っていると思います。




