36 次郎さん
暑いので、仕事以外は、配信アニメやドラマを見て過ごしています。極楽です。
お盆になると、次郎さんが帰ってきます。次郎さんはおじいちゃんの弟です。
見た目はおじいちゃんを10才ほど若くした感じです。
「兄貴、帰って来たぞ」
「まだ生きていたか、墓参りは済ませたのか」
「ああ、来る途中に寄ってきた」
おじいちゃんと次郎さんは、仲が良いと思います。去年もこんな感じで帰って来たと思います。
次郎さんは、どのような人かと言うと、一言で言えば、寅さんです。ご存じでない人の方が多いかと思いますが、昭和の中ごろ流行った、松竹映画、男はつらいよ、フーテンの寅と言えば、年配の方なら直ぐに思い出すでしょう。
今風に言えば、そうですね、クレオンしんちゃんが、そのまま大人になった感じでしょうか。はっきり言って迷惑な人です。勿論、独身です。75歳。彼女いない歴は、75年、これは推定だが間違いないでしょう。前世を入れたら150年は超えていると思います。
それにはハッキリとした理由があります。
「マルちゃんも元気にしていたか」
次郎さんは気軽に声を掛けてきます。私はこの人が苦手です。関わりたくありません。
「キャンキャン」
気軽に話しかけないで、近寄らないで。
「元気いっぱいだな。久しぶりに散歩に連れて行ってやろう」
「キャンキャン」
誰が、おまえとなんかと散歩に行くものか。
「行く気満々だな」
次郎さんはリードを私の首輪に取り付けようと手を伸ばします。
私はその手に噛みついてやろうかと思いましたが、直ぐに諦め、前足で鼻を押さえ息を止めました。
酸っぱい臭いが、その手から、いいえ、次郎さんの体全体から漂ってきます。相変わらず凄まじい臭いです。
「おじさん、先にお風呂にされたらいかかですか」
若奥さんが危機一髪助けてくれました。
「ああ、ありがとう。臭いましたか」
「ええ、少し」
「キャンキャン」
少しなものか、凄まじい臭いだ。千と千尋に出てくるオクサレ様以上だ。
「それじゃあ、先にお風呂を頂こうかな」
若奥さんは、ホッとした様子。廊下を挟んで襖の隙間からこちらの様子を覗いているのは、鼻をつまんだおばあちゃん。彼女も次郎さんが苦手のようです。
「ああスッキリした。早苗さん、お風呂ありがとう」
次郎さんは麻で織られた作務衣を着て出てきました。ひげも剃りサッパリしています。服役中囚人から出所した元囚人くらいの違いがあります。
少し悪意のある表現でした。ほんの少しだけ、ごめんなさい。
「それじゃあ、マルちゃん、散歩に行こうか」
まだ覚えていたようです。今回は若奥さんも助けてくれそうにない。
私は素直にリードに繋がれ、散歩に出ました。
次郎さんは、犬と散歩をするのが大好きです。基本、優しい人です。少年のような無邪気なところがあります。決して褒めていません。それは悪い意味で言っています。
「マルちゃん、神社に寄って行こう」
始まりました。彼は思い付いたら、それに従い行動します。何の計画性もありません。
「キャンキャン」
嫌だ。いつものコースが良い。
「よし、決まりだな。レッツラゴー」
人の話を聞いてくれません。まあ、これについてはこの家の人全員に言える事です。
「あっ、次郎じいさんだ」
境内に入ると、次郎さんを見つけた小学生たちが寄ってきます。年に数回しか帰ってこないのに、次郎さんは近所の小学生たちに人気が有ります。
「次郎じいさん。蝉取りしようよ」
近寄ってきたのは、男子2人に女子1人。それぞれ、麦わら帽子に、虫篭を肩に掛け、虫取り網を手に持っている。
ミーンミンミンミー、シャンシャンシャンシャー
境内に植えられている木々からは、様々な蝉の鳴き声が聞こえている。
「よしやろう。わしが手本を見せてやる」
次郎さんは、そう言うと、蝉の声のする木に静かに近づきます。
見たところ蝉の姿はありません。シャンシャンと鳴く蝉の声だけが、その木から聞こえます。多分、こちらからは見えない木の裏側に居るのでしょう。
次郎さんは、その木の直ぐ傍で立ち止まりました。まだ蝉は鳴いています。蝉は次郎さんに気付いていない様です。
私は、その様子を見ています。子供たちも同様です。次郎さんの手には虫取り用の網は無論の事、何も持ってはいません。
その時です。次郎さんの右手が、木の裏側に消えた。
「ミッ」
一瞬でした。蝉は次郎さんに捕獲されました。木の裏で鳴いている見えない蝉をその鳴き声だけで場所を特定し、捕まえた。
「「「おー」」」
小学生たちは、目を丸くして驚いています。多分、私の目も丸くなっていたでしょう。
一番驚いているのは、捕らえられた蝉自身です。彼も目を丸くしていました。
三角や四角の目をした蝉は、見たことがありませんが。
「はい、これは女の子に上げるね。野郎どもは自分で捕りな」
「ありがとう。次郎じいさん」
女の子は、とても嬉しそうです。次郎さんは得意満面の顔です。
「わしは、犬の散歩の途中だから、これでお別れだ。ガキども励め」
「「おう!」」
神社を離れ、少し行くと空き地があります。そこでも、小学生たちがドッジボールをしています。次郎さんは、子供が遊んでいそうな所を回っている様です。子供が好きなのでしょう。
でもやっている事は、縄張りを見回るチンピラと変わりありません。
「あっ!次郎じいさんだ」
一人の少年が、気が付いたようです。他の者もドッジボールを止めて近寄ってきます。
「次郎じいさんも一緒にドッジボールしようよ」
「いいだろう、遊んでやる。掛かってきな」
次郎さん1人対小学生6人のドッジボールが始まりました。
私は子供たちを応援します。次郎さんの敵は、私の味方なのです。
「キャンキャン」
頑張れ!腐れじじいをやっつけろ!
この光景は、年老いたライオンをハイエナの群れが襲っているように見えます。
しかし、そのライオンの目は死んでいません。むしろ喜んでいる。
「俺の魔球を受けて見ろ!」
開始と同時に少年Aが、ボールを渾身の力で、次郎さんに投げつけます。小学生にしては、鋭いボールですが、次郎さんは自身のコート中央で難なく受け取ります。
「なかなか、いいボールを投げるな。だが、まだまだ甘い。わしのボールを受けてみろ」
次郎さんはそう言うなり、その場からボールを少年Aに全力で投げ返します。
新谷次郎 75歳、まったく、大人気がありません。
「キャンキャン!」
危ない、よけろ!
回転を伴ったそのボールは低い軌道を飛び、少年Aの直前で上昇した。
彼は一瞬で避けきれないと判断し、それを受けようとしたが、ボールはみぞおちに突き刺さった。
両腕でボールを抱え込もおとしたが、踏ん張りが利かず倒れた。
「グハッ!」
尻もちをついた彼に、少年Bが駆け寄ります。ボールは彼の腕からこぼれ、地面に転がった。
「ミツル、大丈夫か」
「大丈夫だ。奴のボールは手前で軌道を変える。ヒカル、気を付けろ」
少年Cが作戦を指示している。
少年Aはミツルという名前らしい。そして少年Bの名前がヒカルだ。
「一騎打ちの勝負では不利だ。パス回しで、次郎じいさんの隙を作ろう」
小学生チームは、その人数差を生かして次郎さんの四方から攻撃できます。
子供たちは、四方からパスでボールを回し、次郎さんを牽制します。
それでも、次郎さんは、果敢に戦い、少年Bヒカルを打ち取り、小学生チームも残り1人になった。
しかし、次郎さんが、実年齢より10歳ほど若く見え、精神年齢が小学生なみであろうと、所詮、年寄りには違いありません。少しずつ体力を削られていた。
「どりゃ!超魔球を食らえ」
右サイドからのミツルの攻撃を受けきれず、次郎さんはボールを落としてしまった。
「「「ヤッター!勝ったぞー」」」
小学生たちは飛び跳ねて喜びます。
しかし、次郎さんは、それを認めません。
「何を言っている。まだこちらには一人残っているぞ」
「「「えっ」」」
「ほら、マルちゃんが残っている」
次郎さんは、審判の位置にいる私を指さし、さも当然の様に言っている。
「キャンキャン」
何を言っている。糞じじい。私は参加していない。
「マルちゃん、この勝負に勝てたら、何でも好きな物を好きなだけ買ってやる」
・・・・
「キャンキャン」
解かった。私は何をすればいい。
「コートの中を逃げ回ればいい」
「キャン」
了解。
ゲームは再開された。
そして、心中で何かを失った小学生たちは戦意を失い、ドッジボールは次郎さんの勝利で終わった。
小学生たちは、何とも言えない顔をしている。
次郎さんがアウトになったときに終わっていれば、夏休みのいい思い出になっただろうに、だが、この思い出は、彼らの心に強く残るだろう。これも大人になる試練だ。苦い思いを仲間と共に噛みしめるがいい。
それよりも、報酬の件が大事だ。
「キャンキャン」
次郎さん、約束は守れよ。
「帰って、冷えた麦茶でも飲もう」
「キャンキャン」
あっ!誤魔化すつもりだな。
次郎さんは何事も無かったように歩き出す。
「キャンキャン」
待ちやがれ、この糞じじい。
帰り道、夕日が空を赤く染めていた。
また、つまらないものを書いてしまった。




