35 迎え火
夏に書くのは怪談です。連日体温以上にあがる気温は、それだけで怪奇現象ですが、それを体験したとこで涼しくはなりません。部屋にひきこもる私は、自分で怪談を作って自分だけ涼しくなろうと考えました。これはマルちゃんが体験する怪談です。
夕方遅く玄関先で、おじいちゃんが細い木数本で、火を起こしています。
「キャンキャン」
それは何?何をしているの?
「迎え火を焚いているのだよ」
私は、直ぐに理解した。アンデットを迎え撃つ時が来たのだ。
お隣の家を見ると、同じように玄関先で、細木を燃やしています。
これは、いよいよだ。町中の人々が一丸となって戦おうとしている。
「キャンキャン」
みんな、戦う時だ、気合をいれろ!女子供は、屋内に隠れろ。
私は、家じゅうの人に、知らせて回ります。
勿論、私は女の子なので、家の中に隠れます。
家の中に入り、私専用の寝床である段ボール内に身を隠しますが、落ち着きません。やはり、おばあちゃんや、若奥さんと一緒にいる方が安全だと思いました。
おばあちゃんたちを探しに、家の中をうろうろしていると、居間で正さんが、横になってテレビを見ています。
この家の最大戦力である正さんが、戦わなくてこの戦いを乗り切る事ができるのでしょうか?
もしかしたら、ここまでやって来るアンデットは、お墓にかけた聖水で弱体しているのかもしれない。Fランクのおじいちゃんだけで対処可能なのだろう。
少し安心した私は、恐る恐る窓枠から目だけを出して、外の様子を伺います。
玄関では、おじいちゃんが一人、火の番をしています。
そして、有ろうことか隣の家では、家族全員が、外に出て花火をしています。
小学生の男の子や、まだ幼稚園児の女の子も花火を楽しんでいるではありませんか。
キャキャとはしゃぐ子供の声が聞こえてきます。
何だ、そういう事か。私は理解しました。
今年の襲撃は、規模が小さすぎて、墓地周辺で終わっていたのだろう。万が一に備えて迎撃用の火を焚いてはいたが、戦いは終了したと市から連絡が来たのだな。
すっかり安心した私は、自分の寝床に帰ろうと廊下を歩きます。
「ひひひ」
何やら怪しげな声が聞こえます。
おばあちゃんの部屋からのようです。
また、貯め込んだ小銭かお菓子でも眺めて楽しんでいるのだろうと思いました。それなら以前のようにビーフジャーキーなる物を食べさせてくれるかもしれない。
私は、そっとふすまの隙間から、おばあちゃんの部屋中を覗きます。
しかし、襖の隙間から見える部屋の中には、おばあちゃんの姿は見えません。
部屋の照明は点いていない。薄ぼんやりとした部屋の中から、エアコンに冷やされた空気とはまた別の湿った冷気が隙間からにじみ出ています。
変だ。おばあちゃんは何処に?
ピチャピチャ。
その時、何かを舐めるよう音が聞こえます。それも直ぐ近くに。
襖の隙間からは見えない所、襖で隔てた部屋の中、それも直ぐ隣、それはそこに居るようです。
ピチャピチャ、ピチャピチャ。
湿った冷気を漂わせ、暗く、淡い光の中、何かが何かを舐めている。
考えられるのは、墓から這い出てきた何かが、防衛線を掻い潜り、この家に侵入したのか。
そうなると、おばあちゃんは今まさに、そのものに血を啜られている。
早く助けなければ、でも恐ろしい。相手はおばあちゃんを食らうほどの化け物だ。私では太刀打ちできない。
早く、この場から立ち去りたい。全身の毛が逆立つのを感じます。
居間に戻って正さんに助けてもらいたい。
しかし、私の足が恐怖で動いてくれない。
私はゆっくりと息を吸い、そしてゆっくりと息を吐きます。
ほんの少しだけ、落ち着いて来ました。
すると今までは気が付かなかった、周辺に漂う甘い香りに気付きました。
これは、お酒の匂いです。なりは小さくとも、私も犬の端くれです。臭いで大概の物は分析できる。
私は、そーっと襖を少しだけ開き、鼻先だけ入れました。
鼻腔を刺激したのは、同じ甘い香りです。部屋の中からの匂いだと確信しました。想像していた血の匂いはしていない。間違いなくこれは清酒だ。それも上もの、吟醸、いやこれは純米大吟醸だ。
銘柄は、何かと思考していると、私の体は、その香りに誘われるように部屋の中へ入って行った。
そして、意識を嗅覚から視覚に移し、香りの強い方向を見た。
「ひっ」
1匹の魔物が透明のグラスから液体を啜るように飲んでいた。
そのものは、青い光に包まれていた。だが、決して聖なるものではない。隠しきれない邪悪なオーラを醸し出している。
そのものは、おばあちゃん似ている。いいや、決しておばあちゃんではない。本物のおばあちゃんは、もっと凶悪な顔をしている。
そのものは、恍惚とした表情をしている。幸せそうだ。
だが、討伐対象には違いない。
私は勇気を絞り出して吠えた。
「キャンキャン」
おのれ魔物め、おばあちゃんをどこにやった。成敗してくれる。
「おや、マルちゃんじゃないか。あんたは鼻が利くね。仕方がない、少し分けてあげるよ」
おばあちゃんは、冷蔵庫から生ハムを取り出し、小皿に取り分けてくれた。
おばあちゃんを包んで見えた青い光は、半開きになった冷蔵庫から漏れていた灯りだった。
おばあちゃんは、おじいちゃんとお酒を飲もうと準備しに来たが、少しだけ先に頂こうと冷蔵庫の前で、チビリチビリと飲んでいたのだった。
生ハムを食べ終えた私は、自分の寝床である段ボール箱に帰ります。
そして、今日という日を無事に乗り越えられて良かったと思いました。
でも、おばあちゃんは、本当に人騒がせな人だと思います。
この物語はマルちゃんの冒険譚です。これからも、応援していきたいと思います。




