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33 トラ蔵、再び家を出る

 犬は人に付き、ネコは家に付くと言いますが、家に付くネコは雌ネコだけだと思います。雄ネコは、放浪の旅によく出ます。それがどうしたと言われると、そうですねと答えるしかない。ごめんなさい。今回も家出ネコの話です。


「ねえ、聞いた?佐藤さんとこのネコ、また逃げたそうよ」

「本当かい?貰ったスイカは、美味しかった。ではまた探して届けようかね」

「へー、謝礼はスイカだったのかい。でもそう何度も、捕まえて届けると共謀を疑われるよ」

「私とネコが共謀しているって?それはいくら何でも思わないだろ」

「あはは、それはそうだね」

 お喋りおばさんとおばあちゃんは、そのように話しているけど、私は、トラ蔵がワンチュールに味を占めて、また祠の影に身を潜めているような気がする。そこにおばあちゃんがワンチュールを持って来るのを待っているのだ。


「マルちゃん、少し寄り道して、スイカを探しに行こう」

 おばあちゃんにとってトラ蔵は、トラ子やトラ吉でも、ましてやネコですらなくなっています。

 そして、私たちは、柳の下の2匹目の泥鰌を捕りに行くことになりました。


「おーい。スイカちゃん、どこに居るの」

 おばあちゃんは祠の周りを探しています。勿論、探しているのはスイカではありません。トラ蔵です。ネコを探しています。

「キャンキャン」

 いないようだね。帰ろうよ。

 おばあちゃんは、少し考え込みます。これは過去の成功例を思い出しているのでしょう。

 嫌な予感がします。

 暫く考え込んでいたおばあちゃんは、鞄からワンチュールを一本取り出し、高く掲げます。

「スイカちゃん、ワンチュールだよ」

 バタン。

 突然、祠の扉が開き、中からトラ蔵が飛び出してきました。

 そして、おばあちゃんの足にすり寄ります。

「ニャーゴ、ニャーゴ」

 ワンチュール、ワンチュール。

 おばあちゃんが、トラ蔵の事をスイカと呼び、トラ蔵はおばあちゃんの事をワンチュールと呼ぶ。似た者同士です。

 半ば予想していたとは言え、本当にトラ蔵が、ワンチュールを目当てに家出していたとは驚きです。私の推理は名探偵なみだ。

 しかし、驚くのはこれからでした。


 すり寄ってくるトラ蔵をおばあちゃんは、背中からガッシと捕まえると、小脇に抱え、佐藤さん家に続く坂道をどんどん登り始めました。

 驚きました。でも驚いたのは私だけではありません。トラ蔵が一番驚いています。

 捕まえられた彼は、状況を理解できず、口を開け、目を丸くしています。

 そしてあっという間に佐藤宅。


 ピンポーン。

 玄関のチャイムが鳴ります。

「はーい」

 前回と同じように奥から返事が有り、佐藤さんが出てきました。

「あら、新谷さん、もしかして、またトラ蔵を捕まえてくれたのですか」

 おばあちゃんはトラ蔵を佐藤さんに渡すと、鞄からワンチュールを取り出しました。

「ああ、前回、スイ・・いや、トラ蔵を捕まえるときにこのワンチュールをやったら気に入った様子だったので、今回もこれを試したら直ぐに寄ってきた。トラ蔵はこれを目当てに家出したのかもしれない。これは上げるから、後でトラ蔵にやればいいよ」

「ありがとうございます。少し待っていて下さい」


 佐藤さんはワンチュールを受け取ると、トラ蔵を抱いたまま、奥に行き、そして直ぐに戻ってきました。手にはビニール袋を持っています。でもスイカではないようです。

「何度も捕まえてくれた上に、トラ蔵のお気に入りまで。良かったらこれを受け取ってください。裏の畑で採れたものです」

 袋の中を覗くとキュウリ、茄子、ピーマンなど、見るからに新鮮な夏野菜が沢山入っています。

「ありがとう。頂くよ」

 おばあちゃんは受け取りました。でも前回ほどは嬉しくないようです。


 帰り道はトボトボと歩きます。最初の勢いは何処にもありません。

 柳の下には、泥鰌ではなく、メダカがいた。諺の通りです。何度も幸運はやってきません。

「キャンキャン」

 元気だしなよ、おばあちゃん。きっとそのキューリと茄子、美味しいよ。

 私は気落ちしたおばあちゃんを優しく励まします。

「マルちゃんは元気だね。でもワンチュールはあれが最後の1本だったから、今日は帰ってもないよ」

「・・・・」


 私の心が、どす黒く変化していくのを感じます。

 あの腐れネコめ、次に家出して来たら、祠の中に閉じ込めてやる。


 暗い顔をした一人の老婆と凶悪な顔をした一匹の犬が夕日の中を歩いて行く。


 数日後、佐藤さんから、ワンチュールが1ダース届けられた。

「キャンキャン」

 おばあちゃん、情けは人の為ならずだね。

「フッン」

 おばあちゃんは、ワンチュールが入っていた段ボール箱に、それ以外に何も入っていないのを確認して鼻を鳴らした。


 私が飼っているネコは、キジトラのメスです。人が表情を変えるように、ネコもその時の気持ちが顔に出ます。表情が豊かなのは面白いです。私もできるだけ、その時の気持ちを表情に出すよう心掛けたいです。でも悪だくみをしている顔は笑顔で隠します。



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