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30/39

30 熱中症

 まだまだ序の口です。夏の暑さはこれからです。熱中症に気を付けて頑張ります。

 私の勤める新谷家では、午前中はエアコンをつけません。自然の風を取り入れるため、窓は全開です。そして屋内では扇風機が回っています。

 これで大丈夫なのか?

 外の気温は、8時の時点で30℃を越えています。大丈夫な訳がありません。

 連日、熱中症の患者たちが、救急車で運ばれています。そうニュースで毎日、何度も流れています。多分、新谷家の様な生活を送っている人たちが、今日一人、明日二人と搬送されているのだと思います。

 何故、エアコンを付けるのを躊躇うのか、おじいちゃんが話していたことを覚えています。

「わしは、寒いからエアコンが嫌いじゃ。寒くなったり暑くなったりと気持ちが悪くなる」

 今時のエアコンは、温度を設定していれば、自動的に室温を調整する。それが、寒くなったり暑くなったりする原因だ。

 年寄りの体には、室温の変化が気持ち悪く感じるのでしょう。


「ああー。暑いのう。暑いのう」

 おじいちゃんは、ステテコ姿で新聞を読んでいます。

 おばあちゃんは、ここにはいません。

「マルちゃん、おじいちゃんを頼んだよ」

 そう言って、おばあちゃんは、どこかへ行ってしまいました。多分、逃げたのだと思います。

 若奥様も、最近パートを始めたので昼過ぎまで帰って来ません。多分、若奥様も逃亡したのだと、私は考えています。

 今、この家には、おじいちゃんと私だけです。

「キャンキャン」

 おじいちゃん、エアコンをつけようよ。

「マルちゃん、ここでエアコンをつけたら負けじゃ」

 意地になっています。

 こうなっては、通常の説得では効果がありません。おじいちゃんと私自身を守るためです。奥の手を使います。

 行き倒れ作戦です。ネタ元は、黄門様です。旅の途中、路上で女性が胸を押さえ倒れる。そこに居合わせた黄門様御一行が、その女性を助ける場面がありました。

 おじいちゃんは、正義感が強く、情けの深い人です。その良心を利用するのです。


 おじいちゃんは、暑い暑いと言いながらも、新聞を読んでいます。早速実行することにしました。

 私は、おじいちゃんがいる所までトコトコ歩いてゆき、ぱたりと倒れました。

 暫く目を閉じてじっとしています。

 ・・・おじいちゃんからは何の反応もありません。片目だけ薄く開けて、おじいちゃんの様子を伺います。

 おじいちゃんは、何も気づかず新聞を読んでいます。私の演技が小さいため、気が付かなかったようです。もう一度やり直します。次回は大げさに倒れてみます。

 私は、一度、隣の部屋まで、移動します。


 それでは、テイク2です。

 おじいちゃんがいる前までトコトコ歩いてゆき、ばたりと倒れました。前回より大きな音がしたはずです。そして、「キャイーン」助けを求めるように鳴きました。

 そして、今回も目を閉じてじっとしています。

 しかし、おじいちゃんからは何の反応もありません。今回も気付いてはくれません。

 私はむっくりと立ち上がり、その場を離れます。少しいらっとします。

 一つ離れた部屋から、おじいちゃんの様子を伺います。依然、新聞を読みふけっています。額からは汗がしたたり落ち、新聞の隅を濡らしています。何をそんな真剣に読んでいるのか?

 まさかとは思うが、あれか!「心頭を滅却すれば火もまた涼し」これを得とくしようとしているのか?


 でもこうなっては、こちらも意地です。テイク3です。

 私は、息を荒くして、おじいちゃんに近寄ります。

ハアハア、ハアハア、そして一鳴き、「キャイーン」、最後にドタ!

 おじいちゃんの持つ新聞の上に倒れます。

 口を開け、舌をだらりと出して、目をむき出にします。

 どうだ、この迫真の演技、見て驚け!


 しかし、おじいちゃんからのリアクションはありません。目を半眼にし、何やらブツブツ口から漏れ聞こえます。

「ハンニャーハラミター・・・・・・」

 これは御経ではないか。私が死んだと思ったのか!いや違う。おじいちゃんは、悟りの境地を得たのか!いやいや、おじいちゃんはあちらの世界へ旅立とうとしている。

「キャンキャン」

 おじいちゃん、行ったらだめだ!

「キャンキャン」

 戻ってこい、おじいちゃん!


「うっ」

 おじいちゃんは、うめき声を吐きだすと、正気を取り戻し、私をしっかりと見つめます。


「マルちゃん、腹が減ったな。早苗さんはまだ帰ってこないのかな」


 おじいちゃんは、お昼ご飯を食べるため、あの世から戻って来たようです。



 仕事帰りの電車の中、この物語を書いているとお腹が減ってきて、このような落ちになりました。


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