28 ゴン太の正体
ここ1週間、暑い暑いと思っていたら、蝉も暑い暑いと鳴き始めました。涼しい地中からわざわざはい出てきて、鳴くことも無かろうかと思います。
そうでした、恋の季節でしたね。お熱い事です。
「おじいさん、お疲れ様、ゴン太君の散歩は順調かい?」
「ああ、何の問題もない。良くできた子だよ。時には、わしが散歩につれていかれているような気になる」
「そうだろうさ。私が掴んだ情報によると、ゴン太君は元盲導犬だったのさ、そんじょそこらの犬とはわけが違う」
ニュースソースは、あのお喋りおばさんだろう。それよりも、気になる言葉あった。
この家に、犬は私しかいない。「そんじょそこらの犬」とは私のことだろうか。
「キャンキャン」
おばあちゃん、それは失礼だぞ。取り消しと謝罪を要求する。
「あらマルちゃん居たのかい。マルちゃんの事ではないよ。一般的な有象無象の犬の事だよ」
有象無象とは、また口が悪い。ここらへんに住んでいる犬は、南原さん所のチワワ、前田さんの太郎、・・・それから佐藤さん所はネコだったな。
そこらの有象無象の犬とは私の友人たちの事だ。
「キャンキャン」
私の友人をバカにする事は、ゆるさない。
「何をそんなに怒っているの」
おばあちゃんは、自分の言葉が他人を傷つけている自覚がないようだ。
もしかして、おばあちゃんの言う、有象無象は、全てのものを言っているのか。
確かにおばあちゃんは昭和初期の生まれだ。
時代が変わると、言葉の意味が違っている可能性がある。それともお寺関係の血筋かもしれない。仏教用語である有象無象も、ある物ない物全てを意味している。魔女や破戒僧のような人だ、それもありうる。
そう考えると、決しておばあちゃんは、私の友人たちをバカにしていないのかもしれない。
私の怒りはどこかに行ってしまった。はて?何の話をしていたのだったか。
「ほう、やはりゴン太は普通の犬ではなかったのだな。でも不思議だな」
なるほどと、おじいちゃんは納得している。
そうだった。ゴン太君が元盲導犬だった話をしていたのだった。
「キャンキャン」
盲導犬が凄いのは知っているけど、なぜ井筒屋さんの所にいるの?
「私も不思議に思って聞いてみたよ。盲導犬と言うのは、大変な職業だそうだよ。盲導犬になるまでも、厳しい訓練を受け、盲導犬になってもその仕事は大変なストレスがかかるらしい。そのため10才前後で引退して余生を送るそうだよ」
「なるほど、でも何故、井筒屋さんが飼っている。井筒屋さんに目の悪い家族にはいないだろう」
「引退した盲導犬の一部はボランティヤ家庭でのんびり暮らすらしいよ。それのボランティアが井筒屋さんなんだろうよ」
「キャンキャン」
ゴン太と井筒屋は凄いな。それに優しいね。
私は、ゴン太ともっと沢山お話がしたくなりました。盲導犬の仕事とはどのようなものなのか知りたい。
勿論、散歩でない時にです。散歩中の会話が難しいのは知っています。
「キャンキャン」
おじいちゃん、おばあちゃん、私を井筒屋さんに連れて行って。ゴン太君とお話がしたい。
「マルちゃん、えらく興奮しているな。ゴン太君に惚れたのか」
「キャンキャン」
何を言っている。このエロボケじじい。それはセクハラだ。
話にならない。
私は、一縷の望みを持っておばあちゃんを見つめる。
ジー。
「また、そんな目で見る。分ったよ。連れて行ってやるよ。恋の邪魔をすると馬に蹴られて死んでしまうからね」
私の言葉は全く理解していないようだが、井筒屋さんの所には連れて行ってくれるらしい。些事については目をつぶろう。
「こんにちは、井筒屋さん、新谷です」
「こんにちは、あれ、奥さんじゃないですか。どうされましたか」
「ゴン太君が、元盲導犬と聞いて、お邪魔でなければ、少しお話が聞きたくて参りました」
「それは、丁度良かった。家内が、一時退院して戻ってきています。元々家内が飼いたいと言い始めた事ですので、どうぞ中へ上がって下さい。ワンちゃんもどうぞ、中にゴン太がいるよ」
「キャンキャン」
ありがとう。お邪魔します。
井筒屋さんには、古くから伝わる醤油や味噌の製造を展示するギャラリーがあります。それに小さくも、ゆったりとした喫茶店も併設しています。
私たちが案内された場所は、その喫茶店内です。
奥のテーブルで少しまっていると、奥さんがゴン太を連れて来ました。
「バウバウ」
あ、マルちゃん。
ゴン太が私を見つけ、駆け寄ってきます。
「キャンキャン」
こんにちは、ゴン太君が元盲導犬と聞いたよ。盲導犬のお仕事って、どんなの教えて」
「バウバウ」
いいけど、面白い話ではないよ。
「はじめまして、新谷京子と申します」
「はじめまして、井筒みちよです。ゴン太がお世話になっております」
ほっそりと、透き通るような肌をした美しい女性です。年齢は50歳ほどでしょうか、奥様という感じです。気品があります。
「ゴン太君の散歩の事ですね。ゴン太君は大変優しく、賢いと主人から聞いています。ゴン太君が盲導犬だったからでしょうか」
「そうかもしれません。でも優しいから盲導犬が務まったのかもしれませんね。立ち話も疲れますから、お茶でも飲みながら話しましょう」
私たちはゆるりと寛いでお話をすることになりました。
おばあちゃんたちは冷えたレモネードを飲みながら。
私たちにはワンチュールが出るのかと期待したが、何も出ませんでした。
「キャンキャン、キャンキャン」
ねえ、盲導犬のお仕事は大変だったでしょ。一日どのくらい働くの?報酬は良かった?クライアントは、どんな方?
「バウバウ」
クライアント?盲導犬ユーザーの事だね。良い人だったよ。
「バウバウ、バウバウ」
一日の働く時間は、僕の場合、歩行誘導は2時間程、後は待機が長い。報酬とは何の事?
「キャンキャン」
食事やおやつだよ。
「バウバウ」
それは、最高だと思うよ。ドッグフードもおやつも色々な物を食べさせてもらった。特に霜降りステーキが美味しかったよ。
「キャンキャン」
ああ、やっぱり。それで、その霜降りのステーキって何?
「バウバウ」
脂の乗った牛の肉だよ。焼き方はレアが一番美味しい。外側がカリっと焼けていて、中の赤身からの肉汁が最高に美味しい。
「キャンキャン」
新谷家では見た事ない物だ。
流石、犬種最高の職種だけある。報酬は、見たことも聞いたこともない物だ。
「バウバウ」
たまにだけど、この家でも出されるよ。
「キャンキャン、キャンキャン」
いいなあ。でも納得だ。君ほどの技術を持った犬なら当然だ。私ももっと努力してステーキを貰えるように頑張るよ。
「バウバウ」
うん、応援するよ。
半時ほど時間が過ぎて、おばあちゃんたちのお話しも終わったようです。お暇することになりました。
帰り道、私はおばあちゃんに一番気になる事を聞いてみる事にしました。
「キャンキャン」
おばあちゃん、ステーキを知っている?
「何だいそれは、食べれるのかい」
私は、転職を考えようかと思った。
書いていると私もステーキが食べたくなりました。前に食べたのは20年前か、これ以上食べないでいると、おばあちゃんの様にステーキが何か忘れてしまいそうだ。




