25 おじいちゃん、クエストを受ける
暑いです。私の畑でカラスが少し突いたトマトを食べたら、お腹を壊しました。
カラスめ、許すまじ。
おじいちゃんがシルバー人材センターから帰ってきました。手には書類を持っています。Fランク冒険者おじいちゃんの初クエストです。
どのような内容のお仕事なのか、とても気になります。
「おじいさん、どんな仕事を貰って来たのかい?」
おばあちゃんも気になるようです。
「犬の散歩だ」
「何と」
「キャン」
何と
私とおばあちゃんの口から、同じ言葉が洩れました。
私との散歩を止めて、見つけてきた仕事が、犬の散歩とは、奇妙な事もあるものだ。
「犬種は、ゴールデンレトリバーと言うらしい。大きな犬だ。井筒屋さんの奥さんが入院して、散歩につて行く人がいないそうだ。その奥さんが退院するまでの間、約1か月間、代わりに散歩させることになった」
なるほど、Fランクの依頼だな。そのゴールデンなにがしと言う犬も、不幸な事だ。おじいちゃんの散歩スピードは半端でない。その犬の泣き顔が目に浮かぶ。顔は知らんけど。
「それで、今から井筒屋さんの所に行ってくる」
「それなら、私もついて行こう。どんな犬なのか見てみたい」
「キャンキャン」
私も行きたい。
「おや、マルちゃんも興味があるようだね。一緒に行こう」
私たちは歩いて井筒屋さんへ行くことになった。距離にして1km程だ。
井筒屋さんは、この町に古くからある庄屋の屋敷だ。味噌や醤油を作っている。
井筒屋さんに、近づくにつれ、醤油の匂いが、漂ってくる。土塀を赤く染めた通りをしばらく歩くと、大きな門構えが見えてくる。
そこを潜り中に入ると、手入れの行き届いた庭がある。
「ごめん下さい。シルバー人材センターから派遣された、新谷です」
中から、初老の男性が出てきた。
「お待ちしておりました。どうぞ中へ」
私たちは、招かれるまま、お屋敷の中へ足を踏み入れる。
玄関から中を見ると、大きなクリーム色の犬が、寝そべっている。私たちを一度だけ見るが、起き上がりもせずに、瞼を閉じた。
デカい。とにかくデカい。近づいてみると、ますます、そのデカさに圧倒される。
「これが、ゴン太です。これ、ゴン太、お前の散歩をしてくれる新谷さんだよ。挨拶しなさい」
ゴン太は、ゆっくりと立ち上がる。
「バウ」
こんにちは。
「キャンキャン」
こんにちは、君は大きいね。
「バウ」
うん。
「元気がないようだが、大丈夫なのか」
おじいちゃんは、ゴン太の傍に腰を下ろし、心配しています。
「妻が入院してから、この調子です。寂しいのでしょう」
「そうですか、奥さんの事が心配なのでしょう。優しい子ですね」
「キャンキャン」
元気出しなよ。きっと奥さんは元気に帰ってくるよ。
「バウバウ」
そうだね。ありがとう。
「マルちゃんは、ゴン太君と仲良くなれそうだな」
おじいちゃんは目を細めて笑う。
「それでは、散歩は今日の午後からでいいですか。いつも歩いているコースも教えてください」
「分かりました。よろしくお願いします。散歩のコースは御幸橋を渡って城山沿いの道を松原に抜けます。2kmほどでしょう」
「分かりました。それでは、午後3時ごろまた来ます」
井筒屋さんからの帰り道
「大きな犬だったね。マルちゃんの10倍はあるよ。じいさん大丈夫?」
今まで、黙っていたおばあちゃんが、心配げに声を掛けます。
「ああ、大丈夫だろ。優しくて賢い犬だよ。ゴン太君は」
「キャンキャン」
私も一緒に散歩したい。
「なら、私も一緒に行こうかね」
午後3時、私たちは、そろって井筒屋さんにやって来ました。
「バウバウ」
やあ、マルちゃん。君も来てくれたのだね。
ゴン太が、私を見つけて吠えています。
「キャンキャン」
当然さ、散歩は私の仕事だからね。
「それでは、ゴン太君をお預かりします」
「はい。よろしくお願いします」
おじいちゃんが、リードを首輪に取り付けると、ゴン太は、立ち上がりました。ゆっくりと玄関を出て、私の傍に立ちます。
「キャンキャン」
それでは、出発だ。最初は、御幸橋だったな。
私を先頭に、おばあちゃん、ゴン太、おじいちゃんの順で歩きます。
とても気持ちが良いです。家来を従えている感じです。
御幸橋を渡ると大きな鳥居があります。そこをくぐり八幡さんを横目に城山へ続く道を行きます。
ミーン、ミン、ミン、ミー、ミーン、ミン、ミン、ミー
「はあ、はあ、はあ、」
ミーン、ミン、ミン、ミー、ミーン、ミン、ミン、ミー
「はあ、はあ、はあ、」
聞こえて来るのは、蝉の鳴き声と私の荒い息です。
振り返ると、おばあちゃんも、はあ、はあ、と息を切らしています。
その後ろはどうだろうと見ると、ゴン太とおじいちゃんは涼し気に、歩いています。
流石です。Fランク(推定)と言えども、冒険者(自称)です。
「おじいさん、私は、白山さんの所に用を思い出した。こちらの道へ行くから。気を付けて行きなよ」
「ああ、お前も気を付けてな」
流石です。おばあちゃんは、負けず嫌いです。散歩ごときで音を上げたなど思われたくなかったのでしょう。
「キャンキャン」
ゴン太君、それじゃ、ここでお別れだね。
「バウバウ」
ああ、気を付けて、また明日。
「・・・キャン」
・・・うん、また明日。
私が、行けても、おばあちゃんは絶対行かないだろう。この約束は守れない。
後ろめたい気持ちを持ちながら、私は、おばあちゃんと一緒に白山家へ足を向けた。
「智子いる?」
「京子、また来たの」
「もうよれよれ、お水を一杯お願い」
「はいはい、まずは上がって。マルちゃんも水でいい?それともワンチュール」
「キャンキャン」
両方、欲しい。
先ほどまでの、後ろめたい気持ちは、どこかへ行ってしまいました。
暑いです。でも、今日は夜勤です。職場は快適です。




