22 蝉が鳴きだす頃
蝉はいつ頃から鳴きはじめるのかなと思い、ネットで調べたら、7月上旬。もう少し先だ。私のネコは去年、生きたままの蝉を咥えて帰ってきた。口の中でミーミーと鳴く蝉がシュールでした。
庭の木を眺めていると、その枝に蝉の抜け殻が着いているのに気が付いた。
こいつには見覚えがある。去年、ミンミン鳴いていた奴らの抜け殻だ。今年も地中から這い上がってきたらしい。
「クンクン」
私は、それに鼻を寄せて臭いを嗅いでみた。まだ少し臭いが残っている。新しいと言う事だ。
「キャンキャン」
おじいちゃん、今年も蝉が出てきているよ。
「空蝉だな。これはアブラゼミの抜け殻だ」
流石、おじいちゃん。蝉の抜け殻を見て空蝉とよぶのも粋だが、その蝉の種類まで解るのだな。
いや待てよ。以前バッタの幼生を見てその種類を言っていたが、あれは適当な事を言っていただけだった。
私は真偽を見極めるため、振り向いておじいちゃんの顔を見る。
おじいちゃんの目は細く、口角も少し上がっている。所謂、邪悪な笑顔をしていた。
このジジイ、またいい加減な事を言って、私を騙そうとしたな。
「ははは、マルちゃん、その目はわしを疑っているな。なかなか鋭くなった。空蝉を見ただけでその種類を特定することは難しい。しかし、わしには解るのじゃよ」
何と、私の目を見ただけで、私の気持ちを察するとは。
「私は、子供の頃からこの庭で遊んで育った。去年もそうだが、今年もこの庭にいる蝉はアブラゼミしかおらん。蝉は7年、地中で暮らす。そして地上に出てくる。すなわち、7年前ここで鳴いていた蝉の子孫が今、這い出てきている」
「キャンキャン」
おうー。理にかなっている。流石です。おじいちゃん。
お昼ご飯の時間になり、おじいちゃんたちは台所のテーブルに着きます。勿論、私も用意された昼食を頂きます。
「シャアシャアシャアシャアー」
外から蝉の鳴き声が聞こえてきます。
「おや、クマゼミが来ているのか」
おばあちゃんは、蝉の鳴き声でその種類が解るようです。
「・・・・そのようだな」
おじいちゃんは、しぶしぶと言った感じで、おばあちゃんに同意しています。
この鳴き声が、クマゼミの鳴き声なんだ。
でも、去年もこの鳴き声、庭でよく聞いたと思う。
さては、おじいちゃんの仮説によるアブラゼミしかいないと言うのは、間違いだ。
私は、もう一度、おじいちゃんの顔を見つめる。
おじいちゃんは私の鋭い視線を感じて、目を逸らす。自信いっぱいに言い切った事が、直ぐに嘘だとばれたからだ。
いいえ、嘘と断言するのは、良くないかもしれない。おじいちゃんも高齢だ、7年も前の蝉の事など記憶が違っていてもおかしくはない。嘘ではなく単なるボケ、いや間違いなのだ。
「おかしいのう。確かに7年前は、アブラゼミだけだったのに、何故、クマゼミが庭にいるのだろう」
おじいちゃんは、まだ自分の仮説に拘っている。
「おじいさん、そんなの簡単だよ。蝉の中には寝坊助も居たら間違って早く起きる奴もいるだろう。土の中じゃ、お日様も見えないし、ましてカレンダーが有るはずもない」
おばあちゃんが、独自の仮説を披露します。蝉は7年間土の中で寝ている説。
「キャンキャン」
おばあちゃん、流石に7年は寝ていられないでしょ。
「おや、マルちゃん。私の仮説に文句があるみたいじゃないか」
普段は、会話にならないのに、何故?こんなどうでもいい事に意思疎通ができるのだろう。
「あら、おじいちゃんたち、随分と真剣に蝉の研究をされているのですね」
若奥さんが、会話に参加して来ました。
「早苗さん、お茶の間研究所へようこそ。早苗さんの考えを聞かせてほしいわ」
「はい。蝉は種類によって、土の中で過ごす年月が違うそうです。アブラゼミが5年、クマゼミが7年と言った具合に」
「そうなのか、わしが小学校で習った時は、蝉は7年と聞いていたが、研究が進んだようだ」
「キャンキャンキャンキャン」
いやいや、おじいちゃん、話し聞いていた?クマゼミが7年だよ。7年前この庭にいたのはアブラゼミではなく、クマゼミだ。だから今庭で鳴いているのだ。
「それなら、蝉は土の中で寝て過ごす説は、どうなの?」
私の主張は無視です。おばあちゃんは、自分の仮説に拘ります。
「さあ、それについては、聞いたことがありません。寝ているのかもしれませんね」
「やはりな。聞いたかいマルちゃん。私の説は間違っていない」
「キャンキャン」
いや、若奥さんが聞いたことが無いだけで、正しいと証明されたわけではない。
食卓での議論は白熱します。
今も地中で過ごしている蝉の幼虫たちは、五月蠅くて眠れないと、ボヤいているかもしれません。
もうすぐ梅雨が明けそうです。今年は早くから暖かいので、蝉も例年より早めに鳴きだすと思います。はかない蝉たちの恋が始まります。




