21 梅雨の一休み
梅雨入りしてから、当たり前だけど、雨が続きます。でも今日は久しぶりの晴れ、納屋で保管していた玉ねぎとニンニクを外に出して天日干しします。この作業が長持ちさせるこつです。
ここのところ、散歩に出かけていません。先日おばあちゃんがびしょ濡れになってから、雨が降りそうだと外に出ない事になりました。
私としては仕事が減り、楽になったと思っていましたが、それはそれで退屈です。我が儘なものです。あればあれで、散歩に行きたくないと言い。なければないで、退屈だと言う。
そんな事を思っていたら、今日は朝から日が射しています。
「キャンキャン」
おじいちゃん久しぶりに晴れたよ。散歩に行こう。
「おう、いい天気だ。久しぶりだ、少し遠くまで行ってみようか」
「キャンキャン」
げっ!いや、いつもどうりで良いよ。
「よし、元気いっぱいだな。出発だ」
いつもの日常が帰ってきた。そう思いました。
仕方が有りません。これは趣味や遊びではありません。仕事です。気を引き締め、任務をまっとうします。
少し歩くと、広く水田が見えてきます。見慣れた風景なのに、とても気持ち良く感じます。水を張った田んぼには、少しだけ大きく育った青い稲が風で靡いています。
私は田んぼの縁まで近寄り、覗き込みます。
水の中に、小さな何かが泳いでいます。目を凝らしてよく見ます。
それは、オタマジャクシと言われるものです。
いつぞやの夜、五月蠅かったカエルの子供たちだ。あの集団お見合いによって、誕生した子供たちに違いありません。
そう判断した私は、視線を前にし、少し見る範囲を広げると、いるわいるわ、そこらじゅうにオタマジャクシが泳いでいます。
これらが、みんなカエルになるのか。そう思うと恐ろしくなってきました。
一月ほど前の、あの夜でさえ、頭に来るほど五月蠅かった。これだと、あの時倍、いや10倍は五月蠅くなる。
これが10倍返しと言うやつか。私は1度吠えただけなのに、彼らはまさしく水面下で仕返しの準備を整えていたのだ。
私が田んぼの縁に立ち止まり、カエルについて考え事をしていると、おじいちゃんも私と同じように佇んでいた。
その視線は、視界いっぱいに広がる水田の遠くに向けられている。
私はおじいちゃんの視線を追うように前を向くと、そこには3羽のシロサギが田んぼの中を歩いていた。
「カエルの王様はシロサギだった」
おじいちゃんは一言呟きました。
「キャンキャン」
何の話し?
「昔々のお話し、イソップ物語だ。カエルが神様にお願いした結果だ。今日も無慈悲な王様は領民であるカエルたちを食べている」
私は、シロサギがオタマジャクシを次々と啄むのを見ていると、恐ろしく感じます。
でも、おじいちゃんの話とは別の事で怖いことを思い出しました。
イソップ物語でなくても、シロサギは、古くから神の御使いとされている。この国では白い者は神様の御使いとされる。
カエルたちの悪巧みを神様は見ていたと思います。10倍返しはやり過ぎと、神様は判断されたのでしょう。
神様の使いである、シロサギの3羽は、しばらくオタマジャクシを食べていたが、お腹がいっぱいになったのか、飛んでいきました。
私は、もう一度足元を見ます。
オタマジャクシは、たいして数を減らしていません。10倍返しは、無理でも9倍返しは可能です。
神様のお使い様は、役立たずだと思いました。
でも口に出しては言いません。天罰は当たりたくないからです。
「マルちゃんは、神様にお願いした事があるかい?」
「キャンキャン」
有るよ。毎日お願いしている。ワンチュールを食べさせて下さいと。
「あんまり、神様に頼ると良くないよ。あのカエルたちのように、末代まで祟られるからな」
ああ、なるほど、私はおじいちゃんの言葉で、一つ分かった事があります。
「ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、ゲコゲコ、・・」
いつぞやの夜を思い出します。
カエルたちの願いであるその鳴き声は、イソップ物語が書かれる頃から、大変な数だったのだ。
五月蠅くて眠れない神様は、頭にきて、シロサギを使いに出されたのだ。
神代の時代に起こった事件、私はその真実にたどり着いた。
私は、ここに、一つの悟りを得たと思いました。
かの有名なゴータマ・シッダッタも私のように悟りを得たのだと思います。
「マルちゃん、難しい顔をして何を考えているんだい。わしらも帰ってご飯にしよう」
「キャンキャン」
ご飯、ご飯。
あれ、私は先ほど、重要な何かを考えていたような。
でも、朝ご飯より重要な事など、ありはしない。
最近、筆が進みません。私の畑では、毎日、カラスのギャングたちがトマトを略奪しています。そのせいです。黒のカラスは邪神の手先です。我が法力をもって調伏せしめん。




