26、いつかの会話
これは、いつかの会話。
「直に会うのは久しぶりだね。この間の電話ではごめん。まあ正直、言ったこと自体は間違ってないと今も思ってるけど」
「……責めに来たのか謝りに来たのかはっきりしてください。別に、怒ったりしません」
「……ああ、ごめん、俺が軽率だった。あの日、ミルちゃんに電話越しなんかで重要過ぎることを伝えたから、誰も止められなかった。黙っててっていうラトルの言葉の意味を、理解できてなかった」
「だから自分が悪いとか、言いませんよね? 言わないでください。私がラトルの置かれている状況に気付かなかったのは事実です。悪いのは私です。それはフォートさんにも譲れません」
「……責任の押し付け合いならうんざりするほど聞いたことあるけど、責任の取り合いは聞いたことないな。この上なく自罰的だ。痛み分けでも納得できない?」
「駄目です。これだけは。これがないと、ラトルは私を縛ってくれない。ラトルは私を責めてくれない。私を必要としてくれない。だから、駄目なんです」
「俺的には、もっと素直な感情で二人にはくっついてほしいんだけどね。正確にはわからないけど、ミルちゃんがラトルの愛し方を間違えたのはわかった。いや、現在進行形で間違えてるのか」
「……ごめんなさい」
「間違えててもいい。それでお互いが納得できるなら。でも一方通行は駄目だ。言わなきゃ伝わらない。欲しいなら、欲しがって欲しいなら、それは素直に伝えるべきだったと俺は思う」
「……ですね。私は何も言いませんでした。伝わらなくてもいいと思っていたからです。私は私の欲望を最優先にして、それを叶える道をただ突き進んできた。ラトルの背中を押しながら。だから、目の前の崖に気付けなかったんです。先が無かったことに、気付けなかった」
「……ラトルが起きたら、ちゃんと話をしなさい。将来的にきみの義兄になる俺には、義妹を心配する義務がある。大丈夫、ラトルはどれだけ酷い目に遭っても、きみを蔑ろにすることはないよ」
「そんな保証、どこにもないじゃないですか。見捨てられたら、どうするんですか」
「もう一度やり直せばいい。今度はきみが前を歩いて、ラトルの手を引いて。そしてちゃんと寝て食べた方がいい。ラトルが起きた時、ミルちゃんの顔が不健康だったら、それこそがっかりされちゃうぜ?」
「……ふふ。それは、嫌ですね」
これは、いつかの会話。
「あんたの覚悟みたいなものを軽く思ったことはないけど、それでもまあ、それだけじゃ現実はどうにもならないってことなんでしょうね。結局は」
「覚悟……、そんな風に言われるほど高尚なものじゃない。過程でしかないの。最後、結末、結果。それだけしか見ないで生きてきて、そのためならなんだって犠牲にしてきた」
「好感度もってこと?」
「そうだね。嫌われても、それでも傍に居られるならそれでよかった。それがよかったし、それだけでよかった。好かれるより、恨まれようとした」
「馬鹿すぎるわ。真っ当にいちゃいちゃしてれば、私が砂糖を吐くような夫婦になってたでしょうに、どうしてそうなっちゃったの?」
「……ラトルは私のことなんか好きじゃなかったから、かな」
「それでも好きにさせるために頑張るのが恋ってもんでしょ。……まあ、私も恋なんて知らないけど」
「じゃあ多分、私も恋なんて知らなかったんだよ。私のこれはただの依存で、ただの欲望で、ただの独り善がり。自分を慰めるため、まさに自慰行為みたいによがってたってことだね」
「それ上手いこと言ったつもり? ……結局そういう話になるってことは、あの『大いなる計画』とやらはまだ諦めてないわけ?」
「……どうかな。ラトルが起きた時、私を見た時、何て言うのかわからないのが、怖い。計画云々じゃなく、今回こそ嫌われたかもしれないし」
「だから逃げる、とか言わないわよね?」
「言いたいけど、そこまで思いきれない。想いを、切り捨てられない」
「……結婚しなさい」
「……は?」
「ラトルが寝てるなら丁度いいわ。寝てるうちに籍入れて、ラトル・ベリヤフラムにしちゃえばいいのよ」
「……いやいや、それはさすがに……」
「今更手段を選ぶ気? そんな余裕が今のあんたにある?」
「それは、ないけど……」
「……どっちかって言うと、逃げるのはあんたじゃなくてラトルの方だと思う。あんたのことを好きじゃなかったって言うなら、尚更ね。だから逃がすなって言ってるの。わかる?」
「言いたいことはわかるけど、その、余計嫌われない?」
「だからあんたが頑張るんでしょうが。貴族の離婚はそう簡単じゃないし、一回手元に入れちゃえば、努力次第でどっちにも転ぶ。避けられただけで諦められるっていうなら、それでもいいけど」
「……無理、かな」
「知ってる。コートさん執務室にいるらしいから、さっさと話通してきなさい。あんたの本気の心が通じれば、無下にする人はいないから」
「……ふふ、私の親友は、昔から頼りになるなあ」
これは、いつかの会話。
「一月前、前回の学園のでの社交界があった日、あの日の夜、俺は初めてラトルが泣く声を聞いた。自分の息子がどう泣くのかを知らない父親だったんだよ、俺は」
「……私も、ラトルが泣いてることろは見たことがありません」
「まあ、あいつは可能な限り、ミルちゃんに弱みを見せないようにしていただろうからそれは仕方ない。俺が気になっているのは、泣いた理由よりもその慟哭の中の一言の方だ」
「一言?」
「『別に婚約だって言われたらいつでも解消する』とあいつは言った。当時はそこに疑問もなかったが、今考えるとなかなか不自然な発言だ」
「……というと?」
「目覚めた日、ラトルはこの部屋に怒鳴り込んできた。いや、怒鳴ってはいなかったが。その時にあいつは『望まれてた懸け橋にはなれない』と言った。合わせて考えると、少し嫌な気分になる」
「……懸け橋、ってどういうことです? 私とラトルの婚約に、何か作為的なものが?」
「そう威圧しないでくれ。俺とカラヴァダが、少しの間絶縁状態にあったことは知っているか?」
「えっと、はい。私のせいですよね」
「ミルちゃんのせいじゃない。誰のせいでもない。強いて言うなら時期が悪かっただけだ。ミルちゃんの誕生日に合わせ、俺たちは仲直りしたわけだが、一つ誤算が発生した。二人が仲良くなり過ぎたことだ」
「私たちが、ですか? 駄目なんですか?」
「駄目じゃない。だが都合が良かった。良くなってしまった。だからカラヴァダはこう言ったんだ。二人なら我々の友情の懸け橋になってくれるはずだと。俺はそれに、何と返事をしたかは覚えていない」
「……懸け橋」
「ラトルは、どうやらそれを聞いていたらしい。どういう経緯かは知らんが、あいつはそれを重く捉えた。それが、今までミルちゃんとの婚約を文句一つ言わずに継続してきた理由、そして――」
「――本当は、私との婚約なんて続けたくなかったという証明、ですね」
「続けたくなかったとは言わないだろう。ミルちゃんを嫌っていたわけでもないようだし。だが、懸け橋という呪縛さえなければ、いつ解消してもいいという気持ちは、あいつの中に確かにあったわけだ」
「……ふふ、本当に私、ラトルのこと何にも知らないんですね……」
「……その笑い方は、自嘲する時のものだとラトルから聞いたことがある」
「え……?」
「ミルちゃん、君がラトルのことを知らなくとも、ラトルは君のことを知っている。そうじゃなければ、意識がない、いつ起きるかもわからない息子の結婚など許すわけがない」
「……コートさん」
「今度は君の番だ。君がラトルを知る番だ。ラトルに話をするのではなく、ラトルの話を聞く番だ。それが出来る子だというのを、俺は知っている。だから、今は知らなくてもいい」
「……ありがとうございます。……好かれるよう、努力します」
「ああ、お願いだ。そしてまあ、その内でいいし、別に無理強いはしないが――俺のことは、どうかお義父さんと」
「……あはは。はい、近い内に、必ず」
これは、いつかの会話。
「……お父さんの馬鹿」
「ごめん……、まさかラトルくんに聞かれているとは……」
「まあ、それが無かったらとっくに婚約解消されてたかもって思うと、少しだけ感謝もしてる。でも馬鹿」
「言い訳の言葉もない……」
「……私が」
「ん?」
「私が、お父さんとラトルを気兼ねなく話せるようにしてみせる。絶対に、してみせるから……」
「……ああ、その時はしっかり、ラトルくんに謝罪するよ。そして感謝もする。娘を幸せにしてくれてありがとうって」
「え。それはまだ……」
「させてくれるんだろう?」
「…………がんばる」
そして、今の会話。
「俺の感覚的には、最後に顔見てからまだ一週間くらいしか経ってないんだけど。でもそれでも、こういうべきなんだろうな――久しぶり。お前の顔、久しぶりに見た気がする」
「……うん、私もそんな気がする」




