24、馬に蹴られる
「は? 第二王子が死んだ? 嘘だろ?」
「嘘でもこんなこと言えるわけないでしょ。余裕で不敬よ。それにそもそも、生きてたって今後の人生死んでるみたいなもんだったんだから大した差なんか無いわよ」
「その発言の方が余裕で不敬だろ」
四か月前の出来事に含まれる範疇としてはそれで最後だ。元凶である第二王子が、苦悩の末に自死を選んだ。とまあ、適当な脚色付きでそう広められてしまった。
デネッセとしても、第二王子の死が誰かの責任にならないというのなら余計なことをするつもりはなかった。城が責任をミルやラトルに押し付けるようなら、何かを考えたかもしれないが。
そうなると、残された懸念はラトルだけになった。第二王子が死んで一週間、半月が経過して尚、目覚めの兆候一つない。しかし生命活動に何一つ問題はない。自らの意志で寝続けているかのようだと医師が診たのも、無理のない状態だった。
いつまでも病院に任せて、目覚めた時に野次馬以下の誰かに押しかけられるのも困ると考えたコートは、ラトルの身体を家に動かすことを決定した。
健康状態自体はミルがかけてくれている治癒系のお陰で問題がなく、ならば好奇の目線が絶えない病院に二人を居させる必要はないと両家が判断したのだ。
「そりゃ見られるよな。詳細知らなかったら俺とミルが第二王子を殺したようなもんだし、その第二王子も学校外では面の皮も人望も厚い好青年だったわけだし」
「特になんか、病院には結構な頻度で通ってたらしいのよね。理由は分からなかったけど、あの時点で悪評溢れる第二王子を、しばらく入院させてたのもその辺に理由があったっぽい」
「病院にねえ。体調が悪そうには見えなかったけどな……」
体調が悪かったわけではない。こればかりはファグナ本人と、懇意にしていた医師の二人しか知り得ない話だが、頻繁にファグナが病院へ通っていた目的はカウンセリングだ。
ファグナも、自身の精神の異常さについて全く自覚していなかったわけではない。特に、ミルへの執着心は生活にも支障をきたすレベルのもので、このまま放置すれば破滅を招くことは想像の範疇だった。
だからこそ、体調不良を装って信頼できる医師に話を聞いてもらうということを繰り返していた。ミルが現れてから頻度が増えたというだけで、それ自体は十歳の頃からの習慣だ。
その内容を誰にも知られないまま死んだのは、口の堅さというだけではなく、醜聞を漏らせないという王族としての矜持だった。
それでも、ミルを諦めることは出来ず、破滅どころか命すら落とす羽目になったのだが。
長年話し相手を務めてきた男性医師が、生前のそれを誰かに話すことはない。第二王子の善良さ、あるいは弱さを、たった一人で墓まで抱えていく覚悟があった。
誰にも話さないという身分違いの約束が破られることは、終ぞなかった。
「……ん、じゃあミルって定期的にこの部屋に来てたの?」
「定期的っていうか毎日。どんだけ忙しくても時間縫って絶対に来てた。ま、その反応じゃ起きてから一度も会ってないんだろうけど」
ラトルが目覚めたのは昨日の夕方頃で、コートはすぐさまミルにその旨を知らせる連絡をしたが、『じゃあ今日はいく必要がないってことですね』と言って、その日は本当に来なかった。
そして今日、ラトルがミルではなくデネッセを呼び、ここでこうして話をしている。だからまあ、デネッセとしても若干悩む所ではあるのだ。
臆病者という称号がより相応しいのは、どちらなのかと。
意識の無いラトルには平然と近づけるくせに、起きるや否や距離を取るとか何歳のつもりなんだ。よくそれで結婚を強行したものだ。
「もう一回訊くけど、なんで結婚を止めてくれなかったんだ? 俺が確実に起きるって保証だって無かったわけだろ?」
「……あんたが病院からここに移された直後に、私が吹き込んだ」
「だから、それが何でだって言ってんの。本人に訊けって言うけど、なんでお前がそう唆したかはお前にしか訊けないだろ」
「あんたが目覚めたら、婚約をどうにかこうにか無かったことにするだろうなって、予想がついたからよ。あんた馬鹿だし」
馬鹿だから、というのは本心でがあるが核心ではない。昔から見てきた劣等感に潰されている幼馴染みが、今回の件を合わせて考えた時、婚約をこのまま継続するという未来が見えなかったのだ。
ユークテッドに話してみれば意見としては概ね同じで、それをわかっていて放置するわけにはいかない。いつ目を覚ましてもおかしくない以上、たとえ急でも浅慮でも、一刻も早い実行が必要だった。
そういった目覚めた後に起こりかねないいざこざも纏めてミルに話したところ、それにあっさりと同意を示した。ラトルがそんなこと言うはずない、くらいは言ってくるかと思っていたので拍子抜けだったが、それが別の方向で怖かった。
実際、その話をした当日に両家の当主の了解を経て、次の日には婚姻の届け出を提出してしまったと全てが終わってから聞いたデネッセは流石に頭を抱えた。自分が言ったこととはいえ、こうも性急に話が進むと、怖いという感想しか出ない。
急でも浅慮でもとは言ったし、一刻も早くとも言った。だがそれを実際に現実に反映させられる手腕を見ていると、余計なこと言ったかなあと思ってしまうのはもう仕方がない。
だが、こうも思う。
目覚めたラトルに拒絶されようと否定されようと、それでもそれを飲み込んででも、ミルはラトルから離れるという選択肢を選べないのだと。
「……こういうのってさ、それこそ本人に訊くのが筋だと思うんだけど」
「ん? 何が?」
「ミルって、俺のどこが気に入ってるんだろうな。まああいつの自慢は昔から鬱陶しいけど、俺のことが嫌いならああいう構い方しないのはなんとなくわかる。わかってた。でもなあ……」
「…………まあね」
心当たりと言える記憶がないわけではない。あれだろうか、それともこれだろうかと悩める程度には二人のことを見てきたつもりだし、見守ってきたつもりだ。破綻しないように相談に乗ったり、フォローしたりしたことも十や二十じゃない。
だがそれでも、そのいずれもが決定的とは言えない。小さなことの積み重ねというのもロマンチシズムに溢れた素晴らしい解釈ではあるのだろうが、そこで考えを止めるには些か説得力に欠けている。
ミルからラトルへ向けられた感情はほとんど依存だと言ってもいい。例の『大いなる計画』も、簡単に言ってしまえば一方通行の依存を両方向からのものにしたいというだけ。
その依存に説明をつけられるほどの出来事は、デネッセの記憶の中には無い。
思い返してみれば、ミルはどこまでもラトルを自分に依存させようとしていた。自慢も自賛も自尊も、ラトルの嫉妬を煽るための手段でしかなかった。それでやり過ぎていれば世話ないが。
共依存こそが最終的に目指していた形だというのなら、その歪んだ欲望の根源がいったいどこにあるのか。
なるほど、確かにこれは、標的として当事者になった人間からすれば不気味で不思議で不可解だろう。恋も愛も、とっくに通り過ぎていなければこんな発想にならない。
恋人になりたいとか、夫婦になりたいとか、そういう部分を前提としてその先と終わりまで考えている。しかも退廃的。どこからそんな発想が生まれたのか皆目見当も付かない。
どこかのタイミングで考えに急激な変化があったような様子もなかったし、だとするとゆっくりと養われて育った思考と考えるべきなのか。それこそ、同い年の人間だと思えないが。
「もう結婚しちゃったんだから、そんなこと聞く機会なんかいくらでもあるでしょ」
「そうかもだけど……、ん? そういえばさっき、ミルが忙しいとか言ってなかった? あいつ今何かやってんの?」
「あ? ああ、生徒会長代理。第二王子の穴埋めで、特例としてね」
その時のラトルを表すとしたら絶句という言葉以外にない。特例にも限度がある。そもそも校則で『在籍二年以上かつ生徒過半数の得票時』という条件が記されているのだ。歴史に疎いラトルでもわかるが、少なくとも創立当初以来の例外なのは確実だ。
この判断を下したのは国王なわけだが、実質的に国王に選択の余地はほぼなかった。つまるところ二択だ。
成績優秀者であるミルか、現副会長であるフイオーレか。
第一候補であるフイオーレは辞退してしまったので、駄目元でミルに打診したのだが、それを承諾されるのは正直想定外だった。第二王子の後釜のような地位に納まるのを良しとするような性格には思えなかったからだ。
生徒たちは『最悪の一日』の裏にミルがいたことを結局知らないままだったので、特に批判はなかった。前会長であった第二王子とそれなりに関わっていたというのも大きかったのだろう。
そういう経緯があって生徒会長の座に付いたミルを、どうせ長続きしないだろうと冷めた目で見ていたデネッセだったが、結局今日まで、ミルは生徒会長職を疎かにすることはなかった。
何か企みがあるのは確実だろうが、四六時中ラトルにべったりだった姿を見ていた身としては、少しだけ不安になったものだ。
どちらかと言えば今デネッセが一番気になっているのは、ミルは一体いつまで生徒会長でい続けるつもりなのかということだが。
「……でも確かに、似合っちゃいるのか。第二王子がミルに声を掛けた理由も、元々確かその辺りにあったはずだし、ある意味元鞘って感じではあるな」
そこで納得してしまうあたりが駄目なんだと言ってやりたいが、ここで更に自分が追撃のようにとやかく言うのも口煩い親戚のようでなんだか躊躇われる。目が覚めた以上、自分のことは自分でやってほしい。
夫婦間の問題に余計な口を出して、馬に蹴られることは避けたい。とはいえ、自分が余計なことをしないとこの話はどんどん拗れていくのではないかとも思う。
机の上に並べられている二十五個の紅茶の注がれたカップ、すっかり冷めたそのグラデーションを見ていると、どうしてもそう思ってしまうのだ。




