22、笑い話みたい
「久しぶり、って言っても、あんたからするとそうでもないって感じなの?」
「そう、だな。お前と話すのも一週間ぶりくらいの感覚だから、久しぶりって言われると違和感が凄い」
ラトルと向き合って座り、溜め息を一つ吐いた後に口を開いたデネッセは、記憶の中と目の前の幼馴染みに違いがないことに改めて溜め息を一つ。
目覚めた直後の出来事の概要をコートから聞いている身としては、性格にも雰囲気にも違いがない方が逆に怖い。この妙な落ち着きは、嵐の前のなんとやらなのではと思ってしまう。
ラトルからすると、溜息を吐かれる心当たりが多すぎて非常に気まずい。昨日の口論――と言うにもおこがましい癇癪は聞いているだろうし、それはもう、恥ずかしい以外の言葉が出ない。
落ち着いた今となってはもう少し理性的になるべきだったと思うし、あの時口にしたことがミルの耳に入ったらそれこそ一生顔向けできない。どの面下げてあんな暴言を。
と、曖昧な顔を浮かべているラトルを見て、そんな風に考えているんだろうなあと思うデネッセであった。伊達に長年幼馴染みをやっているわけではない。
「で、その、本当なの? 俺とミルが結婚したっていうのは……」
「なんかそう言われると馬鹿みたいな質問ね。そうね、本当。私からすると、それももう懐かしい話の範疇なんだけど、あんたからしたら寝耳に水か。自分のことなのにね。笑える」
「笑えない。どうして止めてくれなかったんだよ。お前なら、俺らが結婚したってろくなことにならないのわかってただろ? ミルの親友なら止めるべきだったんじゃないのか?」
「親友だから止められなかったのよ。ていうか、助言したの私だしね。仄めかしたとも言うけど」
気軽に発された言葉にラトルの動きが完全に停止し、その後、壊れた機械のようにぎこちない動きでデネッセを睨みつける。素知らぬ顔のデネッセにその睨みは届かない。
この男に私の口から余計なことを教える必要はないとデネッセは思う。ラトルが寝たままの半月、ミルがどれだけ死にそうだったかなど、教えるべきではない。少なくとも、本人の口以外からは。
まあ、両家の当主が意識の無い婿との結婚を何の疑問も持たずに受け入れたのは、長年の付き合いがあるデネッセもさすがに驚いたが、だからミルが今まで問題を自覚できなかったかという納得を補強できる材料にはなった。
乾いた土に水を注ぐように、飢えた動物に餌をやるように、何気ないデネッセの助言はミルを一時的とはいえ元気にしたのだ。問題は、それ以降の萎れ方が想定外だった点だ。
「……なんで? 昔から俺らに気を揉んでくれてたのは知ってるけど、正直意図がわからん」
「なんでかって言ったら、本人に訊けとしか……。少なくとも、ミルと顔を合わせる度胸も無いからって代わりに私を呼びだした臆病者に与える情報なんて、生憎そこまで持っていないのよ」
順番が回ってきたと言わんばかりに睨みつけてくるデネッセから、さっきまでの眼光が消え失せたラトルは必死に目を逸らす。そうも的確に図星を突かれると張る虚勢もない。
とは言っても、喧嘩別れのような記憶が最後の相手が目覚めたら妻とか、どの面下げて会えばいいんだというラトルの心境がデネッセも理解できないわけではない。
だからこそ結婚を急いだというところもあるし、責任の一端は確かにミルにもある。それでも、その気があればこの場にいたのはデネッセではなくミルだったわけで、臆病者という評価を撤回する気はないが。
もし呼ばれたならば、たとえどれだけ忙しい状況だろうと全てを放り投げてここに来ていただろうに。
「……そういえば、『魔力循環不全』だっけ? その左腕。どうなの?」
「ああ、まあ普通に生きてる分には問題ないくらいだな。医師さんには、魔法を使うなら落ち着いた状態でって言われたけど」
「それのせいで廊下が大惨事だったって聞いたけど、どういうこと?」
「執務室の半分くらいを埋めるくらいのでっかい氷が一気に溶けて廊下が川になった。他の部屋にも入るわ、絨毯はずぶ濡れだわ、近くにいた人たちの足元も濡れるわで大変だったらしい」
「らしいって、見てないの?」
「起きた時には全部片付いてた。総出でかかって、炎熱系やら煽風系やら使って乾かしてくれたんだと。いやー、申し訳ない限り……」
ラトルの左腕に後遺症として残ったのは、『魔力循環不全』という症状だ。人体で最も魔力が溜まっているのが血液だということは前述したが、その血液の流れる血管、そのすぐ隣に、魔力の流れを制御する魔力管というものが通っている。
魔力管を伝わって魔法は外部へと放たれ、体内の魔力は正常に平静を保っている。裏を返せば、その魔力管に何かしらの異常が発生した場合、体内の魔力は自身の意思で制御することが著しく困難と化す。
それこそが『魔力循環不全』である。全身の魔力管に異常があるわけではなく、深く傷付き処置の遅れた左腕前腕部。そこから感情の昂りに引っ張られるように魔力が漏出してしまうのだ。
結果、ラトルが一番適性の高い氷結系として顕現し、全ての魔力を使い切るまで止まることの無い暴走状態になる。現在、この症状に対しての明確な治療法は存在しない。
一応、質の高い治癒系を長期にわたり掛け続けることで、ある程度の改善が見られる――かもしれないとは言われているが、どこでも重宝される治癒系をそこまで独占するのは不可能に近い。
ミルの夫である、ラトル以外には。
「……本題なんだけど、あの後何があった? 刺されたところまでしか覚えてないんだよ。そりゃそうだって話でもあるけど」
「あんたが知るべきはあの後よりもその前だと思うけどね。その辺の事情誰かから聞いた?」
「それは、あれか、第二王子があそこまでご乱心なさった原因的な何かか? 聞いてないけど」
「第二王子……、まあそうね。流石になんとなく察してるとは思うけど、やらかしたのはミルよ。あいつ全校放送――ならぬ、全国放送であの馬鹿の悪事を全暴露したのよ」
「馬鹿の悪事を全暴露? ん?」
デネッセの語る悪事の内容に苦笑いの止まらない筆頭被害者のラトルだが、その話が学園の結界に入ると思わず手を顔に当ててしまった。そんなことまでしてたとは、そりゃ咎められるわな、と。
しかしミルのやらかしたことまで話題が及ぶと、もはや引くことしかできない。表情筋が引き攣っている。大それたことをやらかすのも時間の問題だとは思っていたが、まさかそこまでやるとは。
まさしく稀代の問題児だなと思いながら、その動機が自分であることが少しだけ嬉しいことに我ながら呆れる。未練がましいことこの上ない。
しかしながら、経緯はわかった。この先は無いと判断し世捨て人となった第二王子は、最後の反撃と言わんばかりにミルの婚約者であったラトルを殺そうとしたわけだ。いかにも人間らしい愚かさである。
そりゃあのミルでも多少は責任感じるわな、とラトルは少し納得を深める。
「……俺が襲われてる時、ミルってどうしてたんだ? こう言うのもあれだけど、あいつならすぐに察知して駆けつけてもおかしくなかったような気がするんだけど」
「そうね、最悪のタイミングだったのよ。第二王子を告発したって報告を意気揚々とあんたにするために、あいつ早退してシャッハトルテ家に向かってたんだから。早退って言っても、授業なんかできる状態じゃなかったけど」
あの全国放送の後、デネッセとユークテッドは、ミルとラトルを捜しに校内を駆け回っていた。まさか片方は遅刻、片方は早退などとは考えすらしていなかった。
聞き込みの結果、ミルが足取り軽く学園から出て行ったと聞いたユークテッドは急いで後を追いかけ、走っていたわけではなかったので追い付くことは出来た。だが、事の顛末に間に合いはしなかった。
話を聞いたラトルからは、笑い話みたいだな以上の感想は出ない。ミルの間が悪いのは昔からだし、それに頻繁に巻き込まれる自分も同じようなものなんだろうと思う。
間が悪くとも、機を逃しても、それでもどうにでも出来てしまうのがミルだった。
「まあ、それでも俺が死ぬまでには間に合ったのがミルっぽいよな。あいつは俺と違って、取り返しのつかない失敗は絶対にしない奴だから」
「……うーん。そう、かな? 結構やらかしてる記憶もあるけど……」
「お前の元婚約者の話は数えるなよ。あれはなんか、話の次元が違うから」
「あんな口外できない話を含めてるわけないでしょ。それ除いても……、ああ、いや、そっか」
わかった、ミルがラトルの前で失敗しないように気を張っていただけだ。優れているけれど適切ではないミルは、それが原因で意外と失敗しがちだ。ラトルへの揶揄いの件は、本人も失敗としてカウントはしていなかっただろうが。
デネッセはそういう着飾る対象ではなく、ある意味では対等な立場だったので、何かやらかした際の愚痴などはそれなりの頻度で聞かされていたが、ラトルに対してはええかっこしいだったということなのだろう。
砂糖を吐くべきか、塩を撒くべきか。
「……じゃあ、その後のことを話しましょうか。って言っても、人から聞いた話を繋ぎ合わせたような感じになっちゃうんだけど」
「え、今何かに気付いてなかったか?」
「気のせい。私は何も知らない」
恋人――今はもう夫婦だが――に良いところだけ見せていたいという親友兼天才のいじらしいところを、こんななんでもない場で教えてしまうわけには絶対にいかない。
特に今のラトルには――ミルを見た時、一体どんな反応をするのか全く予想がつかない今のラトルに、それがどう映るのか。
それはきっと天才にも、どころか本人にさえも、その時が来ない限りはわからないことだった。




