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魔族の騎士  作者: らつもふ
20/25

戦闘準備

 ケット・シーの王宮に運ばれた卯月とソイマンは、あれほどの傷を負いながら奇跡的にまだ命を失っていなかった。これは術を行使する上でかなり重要な事で、特に蘇生の術は時間と体力を必要とするため、治癒の術とは比べ物にならないほど術者への負担が違っていた。

 葉月の巫女は白髪を振り乱し、全身全霊を持って寝ずに二人の治癒を行い、これを完治させる事に成功した。

 夕方近くには少し仮眠を取り、体力が回復した文月が他の者達の治癒を引き継いだ。

 こうして日が落ちる頃にはケット・シーの王宮も落ち着きを取り戻し、交代でガゼ島周辺を見張っていたが、敵のアンデッド部隊はガゼ島の周囲に展開したまま特別目立った動きを見せずにいた。

 夜になり、葉月は東方人とケット・シーの重臣を大広間に集めた。

 檀上には玉座に腰掛けるケット・シーの王と、4つの車輪が付いた木製の椅子に座る葉月が並んでおり、この同盟が平等なものであることを暗に知らしめていた。

 大広間には向かって左側にケット・シーの重臣、右側に東方人の重臣が並んでおり、どちらも檀上の自分の主を見上げてその言葉を待っていた。

 ケット・シーの王は立ち上がると、低い声で口を開いた。

 「先ずは先の戦いで同盟関係にある東方人に、多大なる被害がありましたことを謹んでお悔やみ申し上げます」

 王は形式儀礼とも言える言葉を発し、神妙な表情を見せてから更に続けた。

 「さて………現在ガゼ周辺には敵のアンデッド部隊が展開しており、東方人の生き残りや別行動中の部隊と合流する事が困難な状況となっている。また、西からは魔族軍がこちらに向かって進軍中との連絡も受けており、いよいよこの場で一大決戦が行われる様相を呈しておる。そこで、現状の把握と今後の展開について、こちらの葉月殿から話していただく。それでは、葉月殿、お願いします」

 そう言って王は自分の左隣の葉月に向かって目配せすると、これで自分の出番は終りとばかりに玉座にドカリと腰掛けた。

 葉月は「承知しました」と言うと車いすに腰掛けたまま続けた。

 「先ほど王からもお話がありましたが、先の戦いでは甚大な被害が出たにもかかわらず、あと一歩のところで悪魔を討ちとるという最大の目的を果たすことが出来ませんでした。これは全て責任者である私に非があると認識し、更に精進してまいりたいと存じます。本当に申し訳ありませんでした。そして、これからも変わらぬお力添えをお願いします」

 葉月はそう言うと、車いすに座ったまま深く頭を下げた。

 これを受けて東方人らは一斉に頭を下げたが、ケット・シーらはそれを奇妙な光景を見るような目で眺めていた。

 葉月は頭を上げると続けて口を開いた。

 「現在、ガゼ島周辺にはアンデッドと呼ばれる不浄の者達が展開しており、こちらの動きを監視しています。しかし、この者達はしばらくの間は襲ってくることはありません。何故なら、悪魔アスタロトが召喚したアンデッドだからです。アスタロトはケット・シー王と領内での戦闘行為の禁止という盟約を結んでいます。その効力は2週間………」

 「なるほど………だからあの骸骨どもは攻めて来ないのですね………」

 義光はてっきり跳ね橋が上がっているので攻めて来れないのだと思っていたが、よくよく考えてみれば魔族には空を飛べる種族もいるはずなので、橋を渡れないことは魔族にとってはそれほど問題とはならないのだ。

 「その通りです。ですが、これはアスタロト配下の部隊にのみ適用される盟約です。別の悪魔がやって来た場合は、何の躊躇もなくこの王宮を攻撃してくるでしょう」

 この葉月の言葉に数名の東方人が不安を口にした。

 「だとすれば、このままここに留まっていては全滅の可能性もある」

 「悪魔の炎で島ごと焼かれれば我らに逃げ場はありません!」

 「島の周りはアンデッドが展開していてここから脱出するのは難しいぞ!?」

 大広間は騒然としてきたが、ここで傷が癒えたばかりの卯月が口を開いた。

 「黙れ、痴れ者ども!」

 この言葉に、場が一瞬で凍りつき、静まり返った。

 巫女以外の東方人は全員が頭を下げて次の言葉を待った。

 いつもであれば卯月が汚い言葉を使おうとすると皐月が止めに入るのだが、生憎、皐月はこの場にいないため、卯月はある意味伸び伸びと発言出来るのだった。

 卯月は表情を変えぬまま葉月に向かって軽く一礼する。その態度からは『あたしがたった一言で場を制してあげました。さあ、続きをどうぞ』と言っているが誰の目から見ても明らかだったので、葉月は苦笑しながらも返礼すると、気を取り直して話を続けた。

 「全員面を上げてください………さて、今後の行動方針ですが、結論から先に言いますと、籠城します」

 この葉月の言葉に大広間はどよめいたが、卯月がコホンと咳払いすると、またもや一瞬で静まり返った。葉月は集まる一同を見渡してから口を開いた。

 「理由は三つあります。先ず一つ目は、これ以上この大陸には逃げ場が無い点です。我々は東よりやって来ました。西からは敵が大軍で押し寄せてきています。南は海が広がり、北は大きな山が行く手を阻みます。このような状況で王宮を出て何処に行こうと言うのですか?我らにはもう帰る国も無いのですよ?」

 「………」

 誰も答える事が出来なかった。葉月はそれを予想していたためすぐに後を続けた。

 「次に二つ目ですが、このガゼ島は大きな川の中………いわゆる中州であり、南は海に接しています。つまり、水の精霊ウンディーネやサーペントといった海の種族にも助力を乞う事も可能です。現に、先の戦いで悪魔アスタロトを窮地に追い込んだのは、それら水や海の種族の功績と言えるでしょう」

 嵐を巻き起こしたのはウンディーネの力であり、文月が退魔の術を正確にアスタロトに向ける事が出来たのはサーペントの力のおかげであった。サタンはこれまで水の種族を重要視しなかったが、状況によっては作戦を有利に実行できる事を証明して見せたのだ。

 「そして、籠城する理由の最後の三つ目ですが、現在、我が同胞がエルフを味方にしてこちらに向かっております。その援軍が到着と同時にこちらからも打って出れば、敵を挟撃する事ができます。さすれば現在展開中のアンデッドも一掃する事が出来るでしょう………その上で、私は…………」

 葉月は言葉を溜めて檀下の一同を見渡すと、真っ直ぐを見つめながら言った。

 「ガゼ島を中心とした、この周辺一帯を我々で統治し、反魔族の新たな国を建国する事を宣言します!」

 「「おおっ!!」」

 一斉に歓声が沸き起こった。

 あのケット・シーの一族でさえ東方人と一緒になって驚きと共に歓喜の声を上げていた。

 葉月の発言でガゼの士気は一気に高まり、全員が同じ目的に向かって進むことが出来るようになったのだった。

 この様子を見てケット・シーの王が満足気な表情で立ち上がると、大きな声で話し始めた。

 「それでは、我らケット・シーと東方人の親睦を兼ねて、簡単ながら晩餐会の用意をさせてもらった…………運んでくれ」

 王の声で大広間の大きなドアが両側に開け放たれると、ケット・シーのメイドが一斉にテーブルと料理を運び始めた。

 「戦が終って間もなく、まだ戦闘がこう着状態である現状では、本格的なものは開催できないが、どうか雰囲気だけでも楽しんでくれたまえ」

 王の計らいにケット・シーらから拍手が沸き起こり、それを東方人らが見よう見まねで手を叩いて王を賞賛する。東方人には『拍手』という文化が無かったため、最初は何の儀式が始まったのかと思った者もいたらしい。

 王はにこやかな表情で鳴り止まぬ拍手に右手を上げて答えていた。………完全にいい所だけを持って行った王だったが、ケット・シーの協力なしでは話にならないので、ここは巫女たちも一緒に王を称えたのだった。

 

 こうして東方人らは、慣れない立食パーティーというものを体験し、全く落ち着くことが出来ないまま宴は終了したのだった。

 

 

 「うーん、やっぱり床に座るのが一番楽だな」

 義光は木の板にドカリと座ると、やっと一息つけた気がした。

 東方人らは王宮内の広めの部屋の一部分の床に木の板を並べて板間とし、簡易的に地べたに座ってくつろぐ事が出来るスペースを作っていたのだ。

 その上座には座布団に座って同じようにくつろぐ葉月、卯月、文月の姿があった。

 「立ったまま食事をするとは、何たる行儀の悪い連中よ………」

 「卯月、それくらいにしておきなさい。種族が違えば文化も違うのです。今後はこのような事が頻繁にあるはずなので心しておくべきでしょう」

 「はーい」

 葉月にたしなめられて素直に応じる卯月。どうも皐月が相手じゃないと調子が出ないようだ。

 「それにしても、上手く行きますかね?」

 新月が何気なく呟いたが、それを葉月の防人である平助が聞き逃さなかった。

 「先ほどの我が巫女様の発言に疑念を抱かれるのですか?」

 葉月の防人である平助が胡坐をかいたまま、くるりと体を新月へ向ける。

 「いや、そうではない。………が、皐月の巫女様がいつ到着するのかもわからないのだ。そううまく敵を挟撃できるとは思えぬ………最悪、皐月の巫女様が到着した頃には我々は………!」

 「敗れていると申すか!?」

 平助が片膝立ちとなって怒鳴った。

 「おい、若いの。そういきり立つなよ」

 義光が平助を横目で見ながらドスを効かせる。

 「恐らく葉月の巫女様は、ある程度の確信があってのご発言だったと考えて間違いない………」

 「ほう………義光。申してみよ」

 卯月が好奇心に目を輝かせて義光に命じた。

 「はっ。私の考えではあの地竜が関係していると存じます………」

 卯月の防人である義光は、卯月に頭を下げながら話始めると、途中で顔を上げて更に続けた。

 「この大陸特有の術………魔法の一つである『メッセージ』で皐月の巫女様の現状を把握されていると察した次第です」

 「ふん………」

 卯月は面白くない顔でそっぽを向くと「当たりじゃ」と一言だけ発した。

 それを見ていた葉月が補足するかのように説明を始めた。

 「地竜と卯月はメッセージによって、どんなに離れていても意思疎通が出来るのです。それによると、皐月は無事にエルフを味方にすることに成功して、大急ぎで西進していると連絡がありました。到着にはまだ4、5日ほどかかると聞いております」

 「なるほど。そこまで具体的にわかっておりましたとは、軽率な発言をどうかご容赦下さいますよう」

 新月はそう言って葉月に頭を下げた。

 「わかっていただければ結構」

 何故か平助は得意気にそう言うと、体を葉月の方へ向けて頭を下げた。

 「それにしても義光………」

 突然小太郎が義光に小声で話しかけた。義光は「ん?」と短く答えて耳を向ける。

 「あの猫人間………何と言ったか………」

 「ケット・シーだ」

 「そうそう、そのケットなんちゃらだが、私はそいつらにこう言われたのだ『地べたでくつろぐとは、まるで獣のような人間だ』とな。私はあんな姿の種族に獣呼ばわりされてカチンと来たのだが、おぬしはどう思う?」

 「葉月の巫女様も言っておられただろう?種族が違えば文化も違うのだ。言いたい奴らには言わせておけばいい」

 「だが、獣の姿をした奴に獣呼ばわりされてだな………!」

 「わかったわかった。お前は戦に備えて島の外に出て情報収集して来い。そうすれば気が紛れるだろ?」

 そう言いながら義光は小太郎の背中をポンポンと叩く。

 「はぁ!?私たちはそこから逃げて来たのに、貴様は私に戻れと言うのか!?」

 「忍者は情報収集が主な仕事だろ?お前の存在意義を掛けて行って来い」

 「アホか!?アンデッドを探ったって何も出て来やしないだろ!もういい!私は寝る!」

 そう言うと小太郎は立ち上がって部屋を出て行った。

 その後ろ姿を見ながら「ガハハ」と笑う義光。

 

 そんな二人のたわいも無いやり取りの裏側で、葉月は文月と真剣な話をしていた。

 「今度の戦いで一番の懸念はボッシュ殿が率いる5色騎士団です。彼らは戦うべき相手ではありません」

 葉月がそう切り出すと、文月は困った表情で答えた。

 「しかし、悪魔の手先として働いている以上、真っ先に戦う事になるのが彼らでしょう」

 「そうなのです。先の戦いでも悪魔アスタロトを救ったのは彼らの活躍によるものです………しかし、同じ人間同士が争う事に意味があるのでしょうか?」

 「少なくとも彼らは『ゲッシュ』と呼ばれる盟約に縛られていますので、自分の意思でどうこう出来るものでは無いと思われます」

 そこに卯月が横から口を出してきた。

 「いずれにせよ、ボッシュ殿が鍵になる。それだけは確かだ」

 「理由は?」

 文月に問われて何故か胸を張って答え始める卯月。

 「それは勿論、この私が認めた男だからじゃ。………だが、それだけではない。ボッシュ殿は悪魔を信じて疑わない、ある意味一途と言える。だが、少なくとも青の騎士と呼ばれる小娘と比べれば、はるかに人間臭い男でもある」

 「ふむ………一番人間らしくあり、尚且つ一途であるだけに何かきっかけがあれば、人間の部分が台頭し一気に悪魔に対して疑心暗鬼となる………という事ですね?」

 葉月が卯月の考えを噛み砕いて確認する。

 「そんなところじゃ。でも、悪魔は力で相手をねじ伏せるのが常であって、理不尽な者達だと理解した上で彼らは悪魔を信仰しておる。ちょっとやそっとじゃその信仰を突き崩すのは難しいぞ?」

 一番の年少者の卯月だが、一番の年長者のような語り口調だ。

 「そうでしょうね………ちょっとソイマン殿とも相談してみましょう」

 「そういえばソイマン殿はどうしたのじゃ?治癒の後、姿を見かけぬが?」

 卯月の質問に、葉月は微笑みながら答えた。

 「あのお方はすでに次の戦いに備えて動き出しているのです」

 「ほう………」

 卯月が感心したのはソイマンに対してというよりは、葉月のまるで恋人の事を語るような表情を見て発したものだった。一瞬、オッドアイの催眠術で葉月の本心を探ってやろうかと思ったのだが、「無意味」と卯月自身で結論を出して止めるのだった。

 

 

 ───深夜。

 大きな声で巫女たちは叩き起こされた。

 「新手の敵が現れたぞ!」

 見張り役のケット・シーが大きな声を出しながら宮殿内の廊下を駆けまわる。

 卯月はすぐにベッドから飛び起きると窓を開け放って外を眺める。すると、月明かりに照らし出されて遠くに見えるのは、間違いなくアスタロトが乗るワイバーンと5色騎士団のヒポグリフだった。

 「何とも早いご帰還だこと………」

 卯月は皮肉めいて呟くと、右手をワイバーンに向けながら凝視する。

 「どう?」

 同部屋の文月が卯月の隣に来て外を見ながら尋ねた。

 「うーむ………ちと遠すぎる。あの大きな怪物であれば当てられなくも無いが、乗っている者に当てるのは困難だ………」

 「この距離だとそうでしょうね………」

 どうやら二人は退魔の術を行使した時の事を話しているようだったが、文月はすぐに御付き衆を呼ぶと寝巻から巫女服へ着替え始めた。

 「私は出仕します。卯月はどうしますか?」

 「無論、私も参る………桜!」

 卯月が呼ぶとすぐに桜と卯月の御付き衆がやって来た。その手にはすでに着替えるための巫女服や鏡や櫛などが持たれていた。桜は深く一礼してから顔を上げる。卯月は満足げに頷くと「急いで頼む」とだけ言った。

 

 

 板間に改造した部屋に文月と卯月が訪れた時には、すでにソイマンが室内におり、板間の外側に置いてある椅子に腰掛け、葉月は板間に座布団を敷いて座っていた。

 「ほう。ソイマン殿はすでにお出でになっていたか」

 卯月は少し皮肉交じりに言うと、そんな事は気にもしない様子でソイマンが答えた。

 「今夜アスタロトが動くことは、長年仕えていた身としては予知できたのでな」

 「なるほどな………」

 卯月はそう言うと、改めてソイマンの出で立ちをみた。

 通常、東方人はいわゆる軽装鎧に刀、もしくは太刀を装備していた。

 しかし、ソイマンは防具は軽装鎧であったが、武器は木製の柄に金属製のフランジが放射線状に据えられた、いわゆるメイスが握られていた。

 卯月の視線を感じたソイマンはニヤリと笑った。

 「さすがは卯月殿、早速気付かれたか」

 ソイマンはそう言いながら約70センチほどのメイスを持ち上げた。

 「これは魔族軍が良く使うメイスと呼ばれる殴打武器で、主に重装備の敵に対して有効な武器だ。柄の先端は金属で出来ていて、特にこのフランジと呼ばれる金属製の突起が、敵を殴打した時に力が一点に集中して破壊力が跳ね上がるようになっている………私は前々から東方人の武器である刀では魔族には対抗できないと考えていた。そこで、ケット・シーに協力してもらい、メイスをかき集めて来たのだ。これなら槍とは違い、一般の兵士たちでも扱うことができるだろう」

 「なるほど。だから晩餐会に姿を現さなかったのだな?」

 「そういう事だ」

 ソイマンはそう言うと、視線を葉月へ向ける。

 「………で、悪魔アスタロトと騎士団についてだが、ゲッシュの有効期間はこちらに攻撃をすることは出来ないので、基本的には静観していいだろう。だが、このまま黙って待っているアスタロトではない。何か考えがあるはずだ」

 「では、監視を強化しつつ、いつでも動けるように準備しておくことでケット・シーの王と話してきますが、いいでしょうか?」

 「それで良い」

 「畏まりました」

 葉月がそう言うと同時に御付き衆が車いすを押しながら現れた。

 今では御付き衆は3名しかいなかったが、新たな長となったすみれを中心に献身的に葉月へ尽くしていたため、葉月は何不自由なく過ごしていたが、車いすの乗り降りだけはソイマンがいる時は、ソイマンが手伝っていた。従って、今回も黙ってソイマンが葉月を軽々と抱き上げると、車いすにゆっくりと座らせた。

 「ありがとうございます」

 葉月はいつも通り礼を言うと、すみれは王の間に向かって車いすを押すのだった。

 それを黙って見ていた卯月は思わず呟いた。

 「手練れたものだな………もうソイマン殿は葉月の騎士<ナイト>のようだ」

 そんな卯月の言葉が聞こえたのかどうかはわからないが、ソイマンはメイスを担ぐとスタスタとドアへ向かって歩き始めた。

 「ソイマン殿、どこに行かれるのですか?このような状況下にあれば、宰相としてここにいてもらいたいのですが………」

 文月が歩くソイマンの背中に話しかけると、足を止めて振り返るソイマン。

 「私はケット・シーの事を良く知っている。だからこそ、完全に信用する事は出来ない。なので、ちょっと手を回して来ようと思う」

 すると卯月が口を挟んできた。

 「ゲッシュとか言うものを結べば良かろう?さすれば約束を違える事が出来ぬのであろう?」

 「それは神の強制力だ。神、もしくは同等の力を持つ悪魔じゃなければゲッシュなど結べぬのだ。従って、ケット・シーとの同盟を別の強制力を使って強固なものにするしかないのだ」

 「うーむ………確か、王には嫡男がいたはずだが………」

 「ふっ………」

 本当にこの子は鋭い。ソイマンは鼻を鳴らすと再び歩き始めた。

 「何かあったら使いの者をよこしてくれ。私は教練所にいる」

 「承知しました」

 文月はそう言って頭を下げたが、卯月は無言で手をヒラヒラさせるだけであった。

 ソイマンの姿が完全に消えるのを待って卯月が呟いた。

 「ソイマン殿は宰相として適任と言えるだろう………国松の思い切った人選は当たりだったな」

 「結局は何だったのですか?」

 文月が自分よりも年少の卯月に聞く。

 「もうこの話は終わりとする。同盟を結んでいるとはいえ、ここはケット・シーの王宮だ。下手な発言は控えるべき………という事だ」

 「ふむ………」

 卯月の発言に顎を押さえて少しだけ考え込んだ文月であったが、すぐに「わかりました」と言うと窓から外を眺めたのだった。

 ソイマンが何をしようとしているのかまでは文月にはわからなかったが、状況をしっかりわきまえ、これ以上詮索せずに潔く引いたのはさすが12名の巫女の一人に選ばれただけはあると言えるだろう。

 卯月は独り満足気に頷くと、使いの者を立てて、見張り以外の者は戦闘準備のまま休むように指示を出すと、自らも休むために文月に声を掛けてから部屋を後にしようとドアへ向かう。

 「私も休みます」

 文月はそう言うと、卯月の後を追って部屋を出るのだった。

 

 

 「本当に私でも警備隊長に勝つことが出来ますか?」

 一人のケット・シーがメイスを構えながら尋ねた。

 四方が石の壁で囲まれたこの教練所は、王宮に隣接するように設けられており、地面は石畳で舗装されていたが、王宮と比較すると実用面を優先させているためか、広いだけに殺風景な印象を拭えない場所であった。

 夜中とはいえ、ケット・シーはこの大陸では一般的な夜行性であったため、鍛練するには一番良い時間なのだ。

 「それはお前次第だ。しっかり私の教えを聞き、鍛練に励めば自ずと結果は出るだろう」

 若きケット・シーの姿を見つめながら腕を組むソイマン。どうやらこの教練所で一人のケット・シーに武術を教えているようだった。

 ソイマンは更に諭すように続けた。

 「だが、お前には決定的に足りないものがある」

 「そ、それは何ですか!?私はどうしても警備隊長のアラ・モンドに勝ちたいのです!是非、教えて下さい!」

 ケット・シーの若者は真剣な眼差しでソイマンを見る。

 「チャク・ラーよ。お前は覚悟ができているか!?絶対に成し遂げると言う覚悟があるか!?」

 「勿論です!このチャク・ラー、大業を成すためなら何でもやり遂げてみせます!」

 「そうか………では教えよう。お前に足りないものを!」

 「お願いします!」

 ソイマンはケット・シーの若者の決意を見極めると、一つ頷いてから口を開いた。

 「それは………実戦経験だ」

 「実戦経験?」

 「そうだ。お前には実戦経験がない」

 「お言葉ですがソイマン殿。警備隊長であるアラ・モンドも戦争は経験していないと思われますが!?」

 「確かに大規模戦闘である戦争は未経験かも知れん。だが、警備隊長として常に外敵からこのガゼを守るため先頭に立って戦っている………実戦での経験だけは、絶対に訓練では身につかぬのだ」

 チャク・ラーは構えていたメイスを下すと、更にソイマンに噛みついた。

 「実戦が大事と言いますが、私がアラ・モンドと対峙する場合はあくまでもこの場で試合形式で戦うのです!であれば、実際の戦闘経験の有無が試合を決定づける要因になるとは思えません。このまま自分の武術を研鑽する事でアラ・モンドにも勝てるはずです!」

 「………」

 ソイマンは目を閉じると軽く息を吐いた。

 「ソイマン殿!お答え下さい!」

 チャク・ラーがソイマンに詰め寄ると、ソイマンはカッと目を開き吠えた。

 「そのような考えだからダメなのだ!!」

 ソイマンが一喝するとチャク・ラーは驚きと恐怖のあまり石畳に尻餅をついた。

 「いいか!?確かに警備隊長との戦いはルールに乗っ取った試合形式かもしれん。だが、もしもお前の心に単なる武芸を競う試合の一つであるという、甘い考えがあるのなら、お前は絶対に警備隊長には勝つことができん!何故なら、アラ・モンドは本気でお前を殺すつもりで挑んでくるからだ!」

 「ま、まさか………だって、相手の命を奪うための試合では………!」

 チャク・ラーは震えながらも反論するが、すぐにソイマンが畳み掛ける。

 「相手は百戦錬磨の強者だ。ルールなど存在しない実戦でその技を磨き隊長まで登り詰めた男だ。試合というルールに守られた中でしか戦った事が無いお前とは、その質が全然違うのだ」

 「くっ………」

 チャク・ラーは奥歯を噛みしめながらソイマンから顔を背ける。

 「どうやらまだ納得していないようだな?」

 「当然です!いくらあなたが元5色騎士団の団長だったとしても、試合には試合としての戦い方があるのです!それは実戦のそれとは全く違う!」

 「では、その考えが正しいかどうか確かめようではないか?………入れ!」

 「!?」

 ソイマンの声と同時に、王宮へつながるドアが開かれ、そこからパールホワイトに輝く軽装鎧を身に纏ったケット・シーの男が現れた。その手には木製の棍棒が2本握られていた。

 「貴様は………!」

 「私はガゼ警備部隊副隊長のフル・ヴィラン」

 チャク・ラーの言葉を遮るように、フル・ヴィランは歩きながら名乗った。

 「よく来てくれた。副隊長」

 ソイマンは横目でフル・ヴィランを見ながらそう言うと、すぐにチャク・ラーへ視線を戻す。

 「今からお前には、このフル・ヴィランと試合を行ってもらう」

 「私が!?副隊長と!?」

 「そうだ。お前がいかに王宮に仕えし騎士<ナイト>から武芸を教わろうと、所詮は『芸』である事をこの副隊長が教えてくれるだろう………頼むぞ、副隊長?」

 ソイマンにそう言われ、片膝をついて応えるフル・ヴィラン。

 「本当によろしいのですね?」

 「ああ、頼む」

 「承知しました」

 フル・ヴィランは立ち上がると、持っていた50センチほどの棍棒1本をチャク・ラーへ向かって放った。

 棍棒は石畳の上で跳ねてからコロコロとチャク・ラーの元に転がって来た。それをチャク・ラーは拾い上げるとスッと立ち上がった。

 「ケット・シー王の嫡男であるこの私と試合をすると言うのか!?」

 「ソイマン殿の頼みとあらば致し方ありません。ご覚悟を、王子」

 「ちっ!」

 チャク・ラーは舌打ちをすると棍棒を両手で持って構えた。それを見てフル・ヴィランも構える。

 「一撃でも相手に入れる事が出来たら勝ちだ。それでは試合始め!」

 ソイマンの言葉と同時にフル・ヴィランが一気に距離を詰める。

 「!!!」

 不意を突かれ、慌てて防御姿勢を取るチャク・ラー。

 ガン!

 フル・ヴィランが打ち下ろした棍棒を何とか受け止めるチャク・ラーだったが、その勢いは止められず後方に弾け飛んだ。

 石畳を滑るように吹き飛ばされるチャク・ラーに対し、勢いをそのままにダッシュするフル・ヴィランは、そのまま足で踏みつけようとする。

 チャク・ラーは間一髪、横に転がってそれを避けたが、それを予期していたかのようにフル・ヴィランは棍棒を振り下ろした。チャク・ラーは観念したのか目を閉じて全身に力を入れた。

 フル・ヴィランの棍棒はチャク・ラーの右肩にヒットすると、ショルダーアーマーは弾け飛び、そのまま右肩が棍棒の一撃によって陥没し粉砕された。

 「うあああああああ!!!」

 潰された右肩からは大量に出血し、右腕はプラプラと筋肉だけで体にくっついている状態であった。

 「痛い!痛い!痛い!な、何をするんだ!!!これは試合だぞっ!?」

 チャク・ラーは右肩を押さえながら、あまりの激痛に石畳の上を転げ回っていた。

 「フル・ヴィラン副隊長。ご苦労だった。下がってくれ」

 「はっ!」

 ソイマンの言葉に敬礼をすると、フル・ヴィランは不安そうな表情を浮かべながらチャク・ラーを見てからくるりと体を反転させ、王宮へつながるドアへ戻って行った。

 ソイマンは転げまわるチャク・ラーを見下ろしながら言葉を掛けた。

 「チャク・ラー。どうして最後まで全力で戦わず諦めたのだ?試合だから相手が手加減してくれると思ったか?」

 「………」

 チャク・ラーは何も言わず痛みに堪えていたが、ソイマンは構わず続けた。

 「お前は試合が始まると言うのに油断していたため、フル・ヴィランの突進に慌てふためき、何もできないまま倒されて最後は試合に勝つ事さえも諦めた………すべてに対して考えが甘い!そんな奴に次の王が務まる訳がなかろう!」

 悔しさと、肩の痛みで自然と涙が込み上るチャク・ラーだったが、ソイマンは尚も言葉を浴びせる。

 「私は最初に聞いたはずだ!『覚悟があるのか!?』と!そしてお前は答えた!『大業を成すためにやり遂げる』と!」

 「………!」

 チャク・ラーはビクンと体を震わせてその時の事を思いだしていた。………そう、確かに言った。

 「ケット・シーの王位は世襲制ではなく、強き者が王となる習わしだ。次期王位候補として名乗りを上げているのは嫡男であるお前と、警備隊長であるアラ・モンドの二人だ。………だが、候補者でもない副隊長を相手にこの様とは、お前の決意も大したものでは無いな!?悪い事は言わん、もう諦めろ………先ほどの戦いのようにな?」

 「!!!!」

 チャク・ラーはそこまで言われて、自分の決意はうわべだけのもので、本当の意味での決意では無かったことにやっと気付いた。いつも命を懸けて戦っている警備部隊とは、根本的に戦いに対する姿勢が違うのだ。

 負けることは命を失う事───常にそのような極限の中に身を置く者と、常に安全な場所で戦いに真剣ではない者が戦った所で、勝敗は始まる前から決していたのだ。だが、戦わずして、己の未熟さに気付くことは出来ない。これはソイマンが技術よりも先に、チャク・ラーに教えたかった事だったのだ。

 このことに気付いたチャク・ラーは左手で何度も石畳を殴って泣いた。流す涙は肩の痛みではなく、自分の不甲斐なさによるものだった。

 「………ソイマン殿!!私を!私を一から鍛えて下さい!!お願いします!!」

 ひしゃげた肩の痛みも忘れて懇願するチャク・ラーの姿を見て、ソイマンは大きく頷いて口を開いた。

 「わかった。お前の決意を見せてもらう………だが、その前にその傷を治す必要があるな。巫女殿に頼むとしよう」

 ソイマンはそう言うと、チャク・ラーを軽々と持ち上げて肩に担ぎ上げると、そのまま王宮のドアへ歩き出した。何故かその顔には笑みが浮かんでいた。




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