挟撃
アスタロトは召喚魔法にて新たに3つのアンデッド部隊を作り上げると、すぐにガゼ監視のため展開させた。
「私はこのままシャフローネ山に向かい東方人の残党狩りを行います。天候が崩れなければ3日ほどで戻れるはずなので、その間、ガゼの事は頼みますよ?」
「はっ!お任せ下さい」
アスタロトは返答するボッシュを一瞥すると、すぐにワイバーンに騎乗し大空へ舞い上がった。
大陸のほぼ中央に鎮座する巨大なシャフローネ山………正確には山脈なのだが、そこはおそらくアスタロトによって三日三晩、猛毒の霧に覆われるであろうことは容易に想像ができた。それは残党狩りというよりも、命あるものは全て根絶やしにするという残虐行為であったが、力で大陸を治める魔族からすると、いたって正当な行いであった。
ボッシュは遠く月明かりに照らされる、ガゼ島のシンボルである3連風車を眺めるとため息をついた。
ガゼの動向はデュラハン率いる疲れ知らずのアンデッド部隊が監視の目を光らせていたため、ボッシュら騎士団は外部から敵がやって来ない限り出番が無いのだ。
「『お任せ下さい』とは言ったものの、さて、どうしものか………」
ボッシュが呟くと、すぐに黒騎士マールシェが口を開いた。
「とりあえず当初の予定通り、3人で交代しながら周囲を監視すべきだ」
「そんな事はわかっている………では、予定通り最初はマールシェ、次にコスメール、私の順で監視を行う事にする………で、マールシェ」
「なんだ?」
マールシェはラウンドシールドを左腕に装備しながら素っ気なく答えたが、ボッシュは構わずに続けた。
「お前のその左足はどうなのだ?戦闘に影響はないのか?」
「貴様、私を誰だと思っている!?こんなものは蚊に刺された程度の事………!」
「はぐらかさずにちゃんと答えろ、マールシェ!」
ボッシュはマールシェの言葉を打ち消すように強い口調で話し始めた。
「お前だけではなく、騎士団全体の戦力を把握しておきたいのだ。これは団長としての命令だ。左足が義足になった事の詳しい説明をしろ」
ボッシュの言葉に軽く舌打ちをしたマールシェだったが、観念したように「わかった」と答えてから一呼吸おいた後話し始めた。
「俊敏性は20パーセントほど低下した」
「20パーセント!?かなり落ちたな………」
「ああ………やはり義足では地面を蹴り出す時にその感覚が無いため、踏ん張りが利かず、その環境に合った蹴り出しも出来ないのだ」
「なるほど。たしかに石畳の上を走るのと沼地を走るのとでは、走り方も違ってくるからな………」
ボッシュは納得したように相槌を打ったが、20パーセントも俊敏性が低下した事は、巫女の術を掻い潜る上では致命的な問題になりかねない。そうなるとマールシェの使い方をどうすべきか………。
「だが、利点もある」
「なんだ?」
「左足で貴様を蹴飛ばした時の威力が上がった」
「だろうな」
ボッシュは軽く受け流すと、再びマールシェの起用方法について考え始めた。
それを見てすぐにマールシェが話しかけた。
「おい、ボッシュ」
「なんだ?」
「今はまだ義足に慣れていないから20パーセントも低下しているが、これは最悪の状態と考えてくれ。もっとこの義足に慣れれば、俊敏性も向上するはずだし、むしろ生身の足よりも強度がある義足の方が勝る部分もあるはずだ………何より、私にはこいつがある」
マールシェはそう言うと、左腕のシールドをポンポンと軽く叩いた。
確かにあのシールドは巫女の術を防いだ実績があるし、マールシェの戦い方は機動力を生かしたものではなく、むしろ敵の攻撃を受け止め注意を引きつけるのが主な役割だ。つまり、従来通り先頭に立ってもらうのが一番良いという事になる。
「ボッシュ………義足になった私は、東方人に後れを取ると思うか?」
マールシェが真剣な表情でボッシュを見つめて言った。それをボッシュはしっかり受け止めながら即答した。
「思わん」
ボッシュの言葉にマールシェはニコリと微笑む。
「よし!………ではこの話は終わりだ!二人は休むがいい」
マールシェはそう言うと、マントを翻して歩き始めた。
ボッシュもそれ以上は追及せずに自分のヒポグリフに乗り込むと、コスメールも飛び乗ってきてボッシュを背後から抱きしめた。
「ボッシュさまぁ、ヒポグリフでどこに向かわれるのですかぁ?」
「そんな事は決まってるだろ?アノ場所だよ」
ボッシュはそう言うと、真紅のヒポグリフを夜空へ舞い上がらせると、東の方向………つまり川の方へ針路を取った。これでやっとコスメールもボッシュの行先を悟った。
「まさか、あの小屋に戻るのですか?」
「そうだ。というよりも、あの小屋しかこの辺で拠点となる場所が無い」
石造りの小さな監視小屋は、果たしてあの濁流の中でも無事なのだろうか?
そんな心配をしていたコスメールではあったが、ガゼの最北にある大河の真ん中に浮かぶ小さな島の上にその小屋を見つけた時は、思わず声を上げて喜んでいた。
小さな島には流木や土砂が堆積していたが、小屋の外見を見る限りは思いのほか損傷が少ないように感じた。
二人は小屋の上に飛び降りると、すぐに入り口のドアの前に降り立った。
ドアは何とか壊れていなかったが窓は全て割れており、そこから室内を覗くと、かなりの量の泥が堆積していたため、このままでは全く使い物にならなかった。
あまりの惨状に、二人はしばらくの間、流木と共にその場に立ち尽くした。
◆
マールシェはすでに日が昇った頃、不機嫌な表情でボッシュから届いたメッセージに従って小屋に向かっていた。
通常であれば見張りの交代は、次の者が現地に赴いて引き継ぎを行うものだが、小屋まで来いとは、一時的ではあるが見張りをする者がいなくなるではないか。もしもその間に敵がやってきたらどうするのか!?
ボッシュに会ったら怒鳴ってやろうと思いながら小屋の正面に降り立つと、流木が小屋の裏に並べられ、その前にはテーブルやベッドが立てかけられており、鍋や食器類も外に出されていた。
マールシェは周囲を見渡しながら木製のドアを開けて小屋の中に入ると、予想通り中には何も無く、狭かったダイニングが広く感じるほどだった。
二人はどこに行ったのか?───マールシェは二つある部屋の一つを覗いてみたがガランとした狭い空間だけが目に飛び込んできた。
マールシェは無言のまま扉を閉めると、もう一つの部屋のドアを開ける。すると、何もない部屋の中央で、ボッシュとコスメールが下着の状態で折り重なるように倒れていた。
「………」
マールシェはずかずかと部屋に入ると、ボッシュの頭を義足で蹴飛ばした。
「おい、ボッシュ、起きろ」
そう言いながら更に何度か蹴飛ばすと、やっとボッシュは目を開けて上体を起こそうとする。
すると、コスメールの両足が自分の胸の上に乗っている事に気付く。
「コスメール、起きろ。何て恰好で寝てるんだ!?」
ボッシュはそう言ってコスメールの足を払い除けながら上半身を起こす。
「それはお前も同じだ、ボッシュ」
「!?」
背後から声を掛けられて上を見ると、そこにはマールシェが背後から仁王立ちしてボッシュを見下ろしていた。
「うん?マールシェか?………そうか、もう交代の時間か」
「ボッシュ、どうして二人とも下着姿で折り重なるように寝ていたのだ!?まさか………貴様!」
マールシェはそう言うと同時に、腰の剣を抜き放った。
「まだ年端も行かぬ女子を手籠めにするとは何たる奴!恥を知れ!!」
「ちっがーう!」
ボッシュは慌てて飛び起きると、何故か床の上で正座して弁明した。
「私たちは一晩中小屋の清掃をしていたのだ!」
「そんなことは見ればわかる!私が言っているのは、どうしてコスメールと破廉恥な事をしていたのかと………!」
「だから、何もしてねーし!!!」
ボッシュは全力で否定すると、その声でコスメールが目覚めたらしく、むくりと起き上った。
「ああ、ボッシュさまぁ………昨晩は激しかったですね………あたしこんな経験初めて………」
「ちょ!コスメール!!目を覚ますなり誤解を受けるような事をだ………なっ………!」
「ボ ッ シ ュ ! 死 ね !」
「ひぃ!」
マールシェはボッシュが正座する足の間を狙って剣を突き立てた。ボッシュは反射的に脚を広げてそれを避けると、剣は床に突き刺さった。
股座に剣を突き立てられて生唾を飲むボッシュ。
マールシェは被っていたヘルムを取ると、黒髪を後ろへ払いながら口を開いた。
「………まぁ、大方のところ大掃除に疲れ果てて、二人ともそのまま倒れ込むように眠ってしまった、という所か?」
「わかってるんじゃねーか!」
ボッシュはそう言いながら立ち上がると、ガラスが無い窓枠に掛けてあった鎖帷子を取り上げると、首をコキコキと鳴らしながら着込み始める。
「いやぁ、ホント、人生でこんなに真剣に掃除をするのは初めてだー。もう一生分やったかなぁ?」
コスメールもそう言いながら軽装鎧の装備を始める。
ちなみに下着と言っても、鎧の下に着るアンダーウェアの事で、現代で言う下着ではなく、どちらかと言うと肌着に近いものだ。
「マールシェ、コスメールをお前のヒポグリフで送ってやってくれ」
ボッシュにそう言われて「はいはい」と言いながらコスメールの支度を待った。
その間に、マールシェは引き継ぎの報告を済ませる。
報告と言っても『何も無かった』で終ったのだが………。
こんな調子で3日が過ぎ、いよいよアスタロトが帰還する予定の4日目の夜となった。
さすがに全員で迎える必要があると思い、3人揃って朝まで待ったがアスタロトは姿を現さなかった。
「またこのパターンか………」
毎回、アスタロトにはいいように振り回されているが、こればかりは慣れるという事がなかった。
「ボッシュさま!あれを!」
突然コスメールが公路の先を指さして叫んだのでボッシュもそちらに視線を移す。
雑木林や背が高い雑草のせいで、公路自体はこの場所からは見えなかったが、南西の方角に土煙が見えた。
「何者かが公路を東進しているのか?………ここからでは良く見えぬな。よし、公路に繋がるガゼ島の橋の前まで移動しよう」
ボッシュはコスメールと共にヒポグリフに乗り込むとすぐに飛び立ち、マールシェもそれに続いた。
3人の騎士は上空から土煙の方を凝視するが、距離はまだかなり遠いため、何者なのかは肉眼では良くわからなかった。
「ボッシュ、あの中にもしも巫女がいたら私達は完全に狙い撃ちされるぞ!?」
「確かに………よし、一旦降りて地上で待ち受けよう」
ボッシュらは石造りの橋の前に降り立つと、すでに展開していたアンデッド部隊の前に出て接近者を見守る事にした。
公路を進んでくる一行は全員馬に乗っているようで、かなりの速度で接近しているように見えたが、数はそれほど多くはない。
「いつも巫女が乗っている、あの数人の者に担がれたモノは見えぬな?」
ボッシュは誰かに話しかけるでもなく呟くと、それにマールシェが答えた。
「見えん………巫女はいないのか?………だが、あれは間違いなく人間………つまり東方人だ」
この言葉に、ボッシュはすぐに反応した。
「マールシェは盾を構えつつこのまま前へ!コスメールは北の森に注意を払え!」
「「了解」」
マールシェはジリジリと公路を前に出て、公路の中央で盾を構えたまま剣を抜いて戦闘態勢へ移行すると、そのすぐ隣でボッシュも南の海側を気にかけながら背中の大剣に手を掛ける。
朝焼けの中、近づく人影はスピードを落としてはいるが、相変わらず前進を続けていた。
『コスメール、森からの奇襲に注意しろ。敵の中には森の住人エルフもいるはずだ』
『わかりましたぁ、ボッシュさま!』
メッセージで簡単にコスメールへ注意を与えると、ボッシュは大剣を抜き放った。
───先に仕掛けるか!?それとも………。
ボッシュは一瞬躊躇したその時、東方人と思われる一行はその場に立ち止まった。全部で十数騎ほどの小さな集団だ。
するとその中から一騎だけが進み出てきた。
「ん?」
ボッシュはその姿に見覚えがった。
「ボッシュ殿!私です、皐月です!」
皐月はまだたどたどしくはあったが、何とか馬を制御しつつゆっくり前に進んできた。
『私が攻撃を許可するまでは動くな』
ボッシュはメッセージで二人へ指示を出すと、盾を構えるマールシェの前に出た。
皐月は下馬すると、両膝を地につけて頭を下げた。
「皐月殿!?………フーガの森でエルフを取りこんだと聞いたが、これほど早くここに現れるとは………」
ボッシュはそう言いながら皐月に近づくと右手を差し出した。だが、皐月はその手を取らずに頭を下げたまま口を開いた。
「はい、地竜の手助けもあって予定よりも早く到着する事ができました………それはそうと、ボッシュ殿にお願いがございます」
「断る。どうせ仲間になれだの、ガゼ島の東方人と合流させろだの言うのだろう?」
差し出した右手を引っ込めると、体ごと横を向くボッシュだったが、皐月は地面に正座したまま顔を上げると、ボッシュに向かって必死に叫んだ。
「仰る通りです………ボッシュ殿!私は貴方と戦いたくありません!どうして同じ人間同士が争わなければならないのですか!?」
「それはお前たち東方人が我ら魔族に対して攻撃をしてきたからであろう!?お互い大切な者を失った………もうどうすることもできぬのだ!」
「今からでも遅くありません!………考え直してはいただけませんか!?」
「くどい!」
そんなやり取りを王宮から見ていたソイマンは、車いすの葉月に向かって静かに言った。
「今、敵騎士団の注意は皐月の巫女へ向いている。この隙に背後から攻撃を仕掛けるべきかと」
「この距離ですと、退魔の術はギリギリ届くかどうか………もしも届いたとしても、彼らの命を奪いかねません」
「死んだら蘇生させれば良い。その場合は、悪魔との盟約が解除されるので容易に仲間にする事が出来るだろう」
「………その役目、私がやろう」
卯月はそう言うと二人の話に割り込んできた。
「私であれば、力をセーブしつつこの距離でも当てる事が出来よう」
ソイマンと葉月は同時に視線を卯月に向ける。
「………では、卯月殿に任せる。先ずはボッシュを狙ってくれ」
「承知した」
卯月は窓を開け放つと、右手に勾玉を握り素早く七芒星を自身の頭上に描く。
───何という速度!
葉月は改めて卯月の才能に驚きを覚えたが、卯月の後方、少し離れた場所には文月が両手を胸の前で組み、まるで心を奪われたように卯月の術に見入っていた。
すると卯月の頭上で七芒星が輝きだし、室内が眩しいくらいに明るくなる。
卯月は左手をスッと前方に伸ばすと、七芒星の頂点から光線が伸び、人差し指に嵌められた水晶の指輪に集約される。
「ボッシュ殿、今こそ、この卯月が、悪魔の呪縛から解き放たん!」
卯月の指輪から光の矢が放たれた。
ボッシュは皐月の前で棒立ちのままだ。直撃する───。
「ボッシュ殿!危ない!!」
皐月は正座した状態から力一杯、ボッシュに胸に向かってタックルした。
しかし、フルプレートを装備したボッシュは2歩ほど後退しただけで、そのまま皐月の両肩を握ると自分から引き離した。
「一体………!?」
皐月にぶつかって来た理由を聞こうとしたその瞬間、ボッシュの右側頭部をレーザー光線が通過した。
「!!!」
ボッシュはすぐに状況を把握すると、皐月から手を離し走り始めた。
「マールシェ!コスメール!後ろだ!光が来るぞ!」
ボッシュはそう言いながら公路脇の草むらへ飛び込んだ。
「ああ!?何やってるんだよ!?お姉ちゃん!!」
卯月はつい大きな声で叫んでいた。皐月が邪魔をしなければボッシュを戦闘不能にすることが出来たはずだったのだ。
「こうなったらこちらも攻撃開始だ!卯月殿はこのまま攻撃続行!文月殿はアンデッドを排除!葉月殿はここで全軍の指揮を取れ!」
ソイマンはそう言うと走り始めた。
「ソイマン殿はどうされるのですか!?」
葉月がその背中にに向かって投げかけると、ソイマンは振り向きもせず答えた。
「私は一軍を率いてアンデッドが消滅されたタイミングで橋を架け打って出る!ボッシュらを討つには今しかない!」
ソイマンはそう言い残すと、王宮と隣接する教練所に向かった。
そこには義光・小太郎率いる卯月軍、新月率いる文月軍、さらにケット・シーの警備部隊が詰めており、出撃の時を待っていた。
ソイマンは教練所に繋がる扉をあけると、そのまま石造りのステージに上がった。
「これより出撃する!先ずは卯月、文月の部隊が打って出て、敵の行動を制限する。さすれば巫女が退魔の術を行使しやすくなるはずだ!ケット・シーの警備部隊は平助率いる葉月の部隊と共にガゼ島の守備に当たれ!」
「「おおーっ!!」」
教練所に整列する各部隊からは大きな声が上がった。
「我々が出撃した時はすでに敵アンデッド部隊は浄化されているはずだ!よって、敵は赤の騎士ボッシュ、黒の騎士マールシェ、青の騎士コスメールの3人だけだが、我々が束になって襲いかかったとしてもボッシュ一人に全滅するだろう!………よいか!?繰り返し言うが、我々は敵の行動を制限するだけで良い!あくまでも巫女のサポートをするのが我々の役目だ!無理に戦おうとする必要は無い!」
「「おおーっ!!」」
「それでは卯月、文月の部隊は西の橋まで進み、跳ね橋が下りるまで待機せよ!」
ソイマンそう言うと急いでステージから降り、自らも跳ね橋へ向かおうとする。
そこへ一人のケット・シーが走り出てソイマンの行く手を塞いだ。
「この私も連れて行って下さい!」
そう言って王子チャク・ラーがソイマンの前で片膝を折って願い出てきた。
「どうか、私をソイマン殿の御付きとして同行する事をお許し下さい!」
夜行性であるケット・シーが太陽の下で戦うのはいささか不安要素ではある。だが、チャク・ラーの眼光から必死の決意を感じたソイマンは大きく頷いた。
「よし、わかった。チャク・ラーの同行を許可する」
「ありがとうございます!」
「では参るぞ!」
ソイマンはそう言うと走り始めた。チャク・ラーもすぐにそれに続く。
西の城門を目指し石畳の道を行軍する東方軍。その両脇には煉瓦作りの民家が並び、家の窓や軒先からはケット・シーの民が歓声で東方人を送り出す。義光らはこのような事は初めての体験であったため戸惑いを隠せなかったが、拍手と歓声の中を行軍すると、不思議とモチベーションが高まるのを感じた。
ソイマンはその先頭にあって一人ほくそ笑んでいた。
「皐月!無抵抗のフリをして不意打ちとはどういう事だ!?」
ボッシュは草むらの中から公路上に佇む皐月に向かって叫んだ。
皐月はボッシュの居場所をはっきり把握していなかったが、とりあえず草むらに向かって叫んだ。
「私は本当に戦う意思はありません!だから先ほども光の矢からボッシュ殿をお助けしたのです!」
皐月自身も混乱していた。当初の予定では皐月がボッシュを説得する事になっており、このような不意打ちをするとは聞いていなかったのである。
すると、太陽の光の中でもはっきりとわかる巨大な逆五芒星が青い空に浮かび上がった。
ボッシュもそれに気付き天を仰ぐ。
「なんと………これほど大きな逆五芒星………見た事がないぞ………」
そこにはガゼ島を中心として、全天を覆わんとするほどの巨大な逆五芒星が煌々と光を放っていた。
王宮のバルコニーでは文月が全身全霊の術を行使していた。
先ほどの卯月の術に感化されたのか、文月はこの浄化の術でガゼ地区に展開している全てのアンデッドを消滅するつもりだった。
「ほう………やるではないか」
卯月もこれほどの大規模術式は展開した事がなかったため、つい感嘆の声をあげた。
それもそのはず、浄化の術は基本的には正面の敵に対して行使する術である。そのため、逆五芒星の頂点が術者の位置というのが一般的な方法だ。だが、文月が展開した逆五芒星は術者が逆五芒星の中心に位置するというものであり、この魔法陣を上空に描く場合、術者はかなり無理な姿勢……例えば地面に仰向けになる等が必要となり、これまで以上に精度が必要となるのだ。
アンデッド軍は散開すると、逆五芒星の範囲から抜け出そうと全力で撤退を開始した。
文月はカッと目を見開くと勾玉を持つ右手で逆五芒星を両断する。
上空の逆五芒星は弾けるように粉々に砕けると、ガゼ地区の広範囲に渡って光の雨が降り注いだ。
アンデッド達は抵抗空しく光の雨を浴びるとその場で動きを止めた。
それを見た葉月は命令を下した。
「跳ね橋を降ろしてください!」
ガガン!
大きな音ともに石橋全体がグラリと揺れるほどの衝撃が伝わると、ゆっくりと跳ね上げられた橋が降り始めた。
「よし!時は来た!橋を渡ったら敵を包囲するぞ!」
「「おおっ!」」
東方人らは一斉に握り拳を高々と上げて応えた。その中には唯一のケット・シーであるチャク・ラーの姿もあった。
「!?」
跳ね橋が動き出した音は、ボッシュの所まで聞こえてきた。
「マールシェ!敵が橋を渡ろうとしている!距離を詰めて展開される前にこれを叩け!」
『了解』
マールシェはラウンドシールドを構えつつ石造りのアーチ橋へ向かう。
「コスメール!光の矢に注意しつつ、森からの襲撃に備えろ!」
『わかりました!ボッシュさまぁ!』
コスメールは双剣を両手で構えながら体を開いて、なるべく王宮の塔と森を同時に視界に入れるようにする。
ボッシュは公路上で様子を見ている皐月の部隊と、海側の動きに注意を払った。
すると影千代が馬に乗ったまま進み出てきた。
「巫女様!お戻りください!これよりガゼの部隊に呼応して我々も攻撃を開始します!」
「しかし!私はボッシュ殿とは戦いたくありません!」
「それは私も同じです!………しかし、敵である以上、そうも言っておれません!」
「ほう………つまり、私と戦って早死にしたいと申すのだな?」
「!!!」
突然の声に驚く影千代。声の主は勿論、ボッシュであった。
道端の草むらから低い体勢で姿を現したボッシュは、背中の大剣の柄に右手を掛けながら公路に上がって来た。
「やっとその気になってくれて助かった。これで私も遠慮なくこの大剣を振り回す事が出来るというものだ」
「残念ながらボッシュ殿、私たちは貴殿とは戦いませぬ」
影千代の言葉とは裏腹に、時宗、又二郎、国松、元親ら皐月の防人たちは、ボッシュを囲むように扇状に展開を始めた。
「この状況はどう見てもそうは思えぬな」
ボッシュは大剣に手を掛けたままジリジリと後退する。
「いえいえ、我々は本当に貴殿とは戦うつもりはありません。何故なら………」
影千代がそう言うと同時に王宮から光の矢が放たれた。
『ボッシュ!』
「!!!」
反射的にその場で屈むと、光の矢はまたもやギリギリのところで逸れて行った。
「ふふふ、さすがはボッシュ殿。よく避けられた。………そう、貴殿と戦うのは私達ではなく、あの塔におられる卯月様です!」
影千代の言葉と同時に、塔の上の方がチカっと光る。
ボッシュは再び草むらへ向かって頭から飛び込んで光の矢を何とか避けた。
「くそっ!こちらからガゼを攻撃する事が出来ない以上、一方的にやられるだけだ!」
そう言いながら地面を叩くボッシュだったが、その頭上を光の矢が掠めたため、更に身を低くする。
「私の位置だと、王宮の塔から丸見えで下手に動くことができん………あの光を連発できるようになるとは、さすがに卯月は天才と呼ばれるだけはある………」
ボッシュは草むらの中で身を伏せたまま苦虫を噛んでいた。
すると、跳ね橋が完全に降りたようで、ソイマンを先頭に東方人が鬨の声と共にアーチ橋を前進して来た。
そうはさせじとマールシェが立ちはだかり、ラウンドシールドを構えたまま、右手の片手剣で目にも止まらぬ突きを繰り出した。その剣圧は凄まじく、橋の中央を真っ直ぐに衝撃波が突き抜け、何人もの東方人が吹き飛ばされたが、跳ね橋付近でその衝撃波はパッと消滅した。
「やはりガゼ島領内はゲッシュの強制力が働くか………」
そう呟きながらマールシェは更に剣を横に薙ぎ払う。
「全員伏せろ!!」
ソイマンが大きな声で叫ぶが、行動が遅れた者は真っ二つとなって吹き飛んだ。
「弓隊は跳ね橋からマールシェを狙え!」
ソイマンが石橋に伏せながら命令すると一斉に弓が放たれた。
何十本もの矢が放物線を描きながらマールシェの頭上に落ちてくる。
マールシェは盾に身を隠しながら剣で弓を叩き落とす。
「今だ!全力で走れ!弓隊はそのまま射続けよ!」
ソイマン率いる東方軍は、マールシェが弓矢に手を焼いている隙に橋を渡るとすぐに散開した。
「ちっ!」
マールシェは盾で矢を防ぎつつ剣を振り回し東方人を薙ぎ倒すが、盾には何十本もの矢が突き刺さっており、このまま矢を受け続けると盾が使い物にならなくなるのは時間の問題だった。
「光の攻撃を無効化する重要な手段が無くなってしまってはマズイな………」
マールシェは盾に突き刺さった矢を剣で薙ぎ払うと、バックステップで距離を取った。
『こちらマールシェ!敵はガゼ島領内の安全地帯から弓で攻撃仕掛けている!手の打ちようが無いので弓の射程外へ退避する!』
ボッシュにマールシェからのメッセージが届く。
「了解!無理をするな!」
ボッシュはそう言いつつも自身はかなりフラストレーションが溜まっていた。
卯月に狙われているため草むらから動けず、今出来る事と言えば、皐月の部隊を牽制する程度であった。
「このままでは皐月の部隊とソイマンの部隊に包囲される………この状況を打開するには少し無理をするしかない!」
ボッシュがそう考えていたその時、コスメールのメッセージが飛び込んできた。
『森から敵の襲撃!大量の弓が降ってくる!』
コスメールは森を視界に入れたまま、円を描くように走る。
しかし、森の中の射手は、かなりの精度でコスメールの動きについて行った。
「なかなかの腕前!………森の住人エルフであれば当然か!?」
コスメールは円運動を止め、爆発的なダッシュ力で直線的に森の中へ突入した。この急激な変化にはさすがのエルフらも対応が遅れ、コスメールを森の中への侵入を許してしまった。
「これである程度は、弓の使用を制限できるはず………」
そう言いながら、コスメールは大木の幹に身を隠し様子を伺うが、このまま隠れていては敵がガゼ島の部隊と合流してしまう。
コスメールは集中してエルフの動向を探るが、森の住人であるエルフは気配を完全に消している。
「これはちょっと厄介かも………」
天才と呼ばれるコスメールも、攻めあぐねていた。
───このままではジリ貧だ。
ボッシュはアスタロトへ何度かメッセージで救援要請をしていたが返信は無かった。
「やはり、やるしかない!」
ボッシュはそう決意すると、フルプレートであることが嘘のようなスピードで公路へ躍り出ると、皐月の背後に回って自分の盾にする。
「動くな!皐月の巫女がどうなってもいいのか!?」
か細い皐月の首に鉄の籠手が喰い込む。
「!!!」
完全に不意を突かれた皐月の防人は全く動くことが出来なかった。
「すまない、皐月殿。しばらくの間辛抱してくれ」
「ああっ、ボッシュ殿!そんなっ!」
耳元でボッシュに囁かれ、皐月は顔を紅潮させ、自分に回されたボッシュの腕を両手で愛おしそうに掴んだ。
「……おい、影千代」
「何だ?」
時宗はボッシュに人質となっている皐月を見ながら影千代に話しかけた。
「我が巫女様だが………あれは、どう見ても喜んでいるように見えるのだが、気のせいだろうか?」
「………ああ、間違いなく喜んでいるようだ………」
「………」
人質を取ったボッシュも皐月の態度に困惑していた………。




