敵中突破
文月の巫女は防人である新月と御付き衆、あとは船員数名に助けられ、コスメールによって破壊され沈みゆく船から何とか脱出すると、サーペントの力を借りて上陸することに成功し、そのままガゼ地区に向かった。
奇跡的に神器は全て無事だったが、文月は退魔の術を行使した事でほぼ全ての体力を消費してしまい、自力では動くことが出来ない状態だった。
これまでは魔族がいない海上を船で移動していたが、陸上となると魔族の真っただ中を徒歩で移動する事になるため、実質的に新月一人だけの戦力ではかなり厳しい状況であり、一刻も早くケット・シーの王宮に入り葉月の巫女と合流する必要があった。
しかし、嵐は晴れたと言えど、巨大な川はいまだ濁流となって立ちはだかっており、ガゼ島に続く頑丈なアーチ橋は中央部分が跳ね上げられていて渡る事はできなかったのだが、それ以前に、悪魔アスタロトが召喚したデュラハン率いるスケルトン部隊が橋の周辺に展開しており、近づくことも出来ない状態だった。
新月は公路脇の雑木林に身を隠しながら、しばらくの間、敵と川の様子を伺っていた。その間、他の者達は体力を回復するために、木陰に身を預けながら休む事にした。
時間が経つにつれ空はやっと白くなり始めており、周囲の状況もぼんやりと見えるようになってきた。
どうやら濁流だった川は次第に鎮まりつつあり、すでに橋を架ける事は可能な状態と言って良かったが、敵がいる以上、橋を架ける事は出来ず、必然的に自分達もガゼ島に行くことが出来ない状況だった。
その時、新月は北から迂回するようにこちらに向かってくる一行がいる事に気付いた。
「あ、あれは………!!」
新月は身を乗り出してその一行を注視したが間違いない。卯月の一行だ。
輿を担ぐ御付き衆と、付き従う兵士らの姿は泥にまみれており、更には防人である義光と小太郎がソイマンを挟むように肩を貸しながら付き従っていた。
「まさか………卯月の巫女様の部隊は敗走してきたのか!?」
であれば、敵に追撃を受けていると考えるべきであり、このままだとこちらも危険な状態に巻き込まれる可能性がある。
新月はすぐに低い体勢で公路を横断すると、急いで輿を担ぐ御付き衆に接近し並行して歩く。
「私は文月の巫女様の防人、新月と申す!卯月の巫女様の一行とお見受けするが間違いないか!?」
御付き衆に話しかけると足を止め、先頭にいた御付き衆の頭である桜が輿を担いだ状態のまま「その通りです」と答えた。
その場に止まるという事は、追撃は受けていないのか!?
そう考えていると、後方から義光が声をかけてきた。
「新月殿!?………まさか………文月の巫女様は………!?」
「ご無事だ。今は術後により体力回復のため休まれている」
「そ、そうか………それは良かった………」
義光は少し安堵の表情を見せたが、すぐに険しい顔に戻った。
「我が巫女様は敵の青騎士の女に瀕死の重傷を負わされ、一刻も早く葉月の巫女様に謁見せねばならない。幸い、悪魔と騎士たちは撤退したのだが、あの不浄なる者どもを置いて行った………こちらにはあの敵を突破するだけの戦力がなく、王宮とも連絡が取れないため難儀していたのだ」
「ソイマン殿もかなりの深手を負っているようだな………」
「ああ。赤騎士のボッシュ殿と一騎打ちを行ったのだ………我々にはソイマン殿が必要だ。絶対にお命を助けねばならん。何とか敵中突破し橋を架ける事は出来ぬか?」
義光が懇願するように新月を見つめるが、新月としてもそれが出来ぬから困っていたのだ。
───夜明けも近づきつつあると言ってもまだ薄暗く、王宮からはこちらの状況がはっきりとはわからぬだろう………であれば………!
こうしている間も、ばらばらと落ち延びてきた兵士らが集まってきており、すでに200人を超えようとしていたが、ほとんどの者が傷つき衰弱していたため、まともに戦えそうも無かった。
「義光殿!動ける者達を急いで集め、敵部隊に攻撃を仕掛けましょう!」
「我らもそう考えていたが、橋の前を固めている敵は優に300を超える。しかも疲れを知らないアンデッドと呼ばれる軍団だ。とても太刀打ちできんだろう」
「太刀打ちする必要はありません。単に遠くから火矢を射かけます!」
「そんなものでは不浄の者らを倒すことは出来んぞ!?特にあの骸骨戦士<スケルトン>には弓が通用しないのだ!」
「百も承知。これは敵の位置と我々の位置を王宮に知らせるために行うのです。よって、戦いに参加しない者達も松明を持っていただく」
この新月の意見に小太郎が「なるほど」と納得すると、更に続けた。
「王宮にいる葉月様に不浄な者らを浄化してもらい、橋を下してもらう作戦だな?」
「その通りです。王宮にいる者たちに気付いてもらい、今の状態をありのまま見て貰えれば、対策を講じてくれるはずです!そのためには敵と味方の位置を王宮に知らせる必要があります!」
新月の力説を聞きながら、義光がソイマンを地面に降ろすと口を開いた。
「だが、我々の位置まで王宮に知らせる必要はあるのか?敵の位置さえ知らせる事が出来れば浄化の術を発動していただけるのではないか?」
「いいえ!敵の部隊はこれだけとは限らず、もしかするとガゼ島を包囲しているのかもしれません。巫女様と言えど、さすがにこれだけの広範囲を一気に浄化するのは不可能です。そうなると、最優先で倒して欲しい敵を特定し、同時に橋を下してもらわねばならず、それを一刻も早く王宮に知らせるには敵と戦っていて、こちらが非常に危険な状況であることを理解してもらう必要があるのです」
「確かにこちらが窮地に陥れば、葉月様も術を使って下さるとは思うが………」
「なりません!」
「!?」
一行が一斉に振り返ると、そこには文月の巫女が桜に支えられて立っていた。
その場にいた全員が慌ててひざを折り頭を下げる。
「話は聞かせていただきました。しかし、葉月様に浄化の術を使わせてはなりません」
文月はまだ体力が回復しておらず、立っているのもやっとの状態に見えたが、口調はしっかりしていた。
「で、ですが巫女様………」
新月が異論を唱えようとするが、すぐに文月が口を開いた。
「もしもここで葉月様に浄化の術を使わせたら、一体、誰が卯月やソイマン殿を回復するのですか?」
「………!」
そう言われると新月も反論は出来なかった。
文月は目を閉じ、両手を胸の前で組みながら更に続ける。
「本当は私が回復させる事ができれば良いのですが、まだそこまでの体力がありません………」
そこで文月は目を開けると、力強く続けた。
「ですが、数百程度の不浄な者を浄化するだけであれば、今の私でも何とか出来るかもしれません」
「巫女様!それは………!」
駄目です!と、新月は言いたかった。
今の体力で浄化の術を使うと、文月自身が危険な状況に陥る可能性がある。文月の防人である新月としては、そのような案は到底受け入れられるものではなかった。
しかし、現状においては文月の案が一番現実的な方法だ。だからこそ駄目とは言えなかったのだ。
「大丈夫です。敵の位置を把握し、最小限の範囲に絞って術を行使します。そのためには敵の周囲をもっと明るくする必要があります」
「承知しました。急ぎ火矢の準備をします」
小太郎はそう言うと、すぐにこの場を離れた。
「現段階でもしも卯月の命が失われているとしたら、急ぎ蘇生しなければ手遅れになります。私が浄化の術を使えば、さすがに葉月様もお気づきになり橋を下してくれるでしょう。他の者はいつでも橋を渡れるように準備をして下さい」
「「はっ!」
義光と新月は同時に返答すると、すぐにそれぞれの準備のため消えて行った。
文月は御付き衆に勾玉を持って来させ、敵がいる方に目を凝らしていた。
夜目が利くアンデッド軍もこちらには気づいているはずだが、積極的に攻撃を仕掛けては来ない………つまり、王宮の見張りが最優先の命令という事がわかる。
多少の浄化漏れがあったとしても、数体程度であれば新月らで対処は出来るはずだ。後は範囲の見極めだけが問題となる。
文月は呼吸を整えて、勾玉を握る右手を空に向ける。
「………!」
手が震えている………これでは正確に逆五芒星を空中に描くことが出来ない。
「襷をこれへ!」
文月の言葉に御付き衆がすぐに反応して真っ赤な襷を長である桜に手渡した。
桜はすぐに文月の背後から両袖を襷掛けでまとめ上げると、多少は腕を動かしやすくなった。
もう一度右手を上げてみる。
───震えは緩和されたが、正確な逆五芒星を描くことが出来るかどうか………。
文月はその時に備えて目を閉じ精神集中に入った。
火矢を射かける者達も着々と準備を行い、草むらや木陰に身を隠しながら展開し、合図を待って火矢を射る手筈となっていた。
松明も一人一本ずつ手渡された。
「準備が整いました」
御付き衆の頭である桜がそっと文月に耳打ちする。
文月はゆっくりと目を開けると深呼吸をする。
齢15歳ほどの少女である文月は、凛とした声で命令を下した。
「全軍、火を灯し矢を射掛けよ!」
火種がつけられ、松明から松明へ火が渡されて行き、すぐに全員の松明に火がつけられた。
「火矢を射よ!!」
新月の言葉に矢に火がともされ、一斉にアンデッド部隊に向かって火矢が射られた。
風切り音と共に、数十本という火矢がアンデッドの足元に刺さり周囲を照らす。
アンデッド部隊はこの襲撃に対して部隊を密集させ突撃態勢を取る。
その時、アンデッド部隊の上空に煌々と光る逆五芒星が描かれ始めた。
首なし騎士<デュラハン>はすぐにそれに気付くと、逆五芒星の頂点が描かれるまで待った。部隊を統率するデュラハンには、事前にアスタロトから逆五芒星の頂点方向に敵の巫女がいる事を教えられていたのだ。
文月は全神経を集中して丁寧に、そして正確に逆五芒星を描いていた。手元で1センチでも狂えば、数百メートル先ではかなりの誤差が生まれてしまい、術が失敗してしまう可能性があるのだ。
デュラハンは逆五芒星の頂点から文月がいる方向を推測すると、全軍に突撃命令を下した。
だが、同時に火矢の第二波が一斉に放たれ、アンデッド部隊を包囲するように火矢が地面に突き刺さり、全軍が一瞬怯んだ。
その僅かな時間は、逆五芒星が完成し術を発動するのに十分な時間であった。
逆五芒星は輝きながら真っ二つに裂かれると一瞬で四散し、光のかけらは雨のようにアンデッドへ降り注いだ。
光の雨を浴びたアンデッドはその場で動きを止め、体から湯気のように光が立ち昇り始める。
数百というアンデッドは、自らの体から光の柱を天に昇らせ、徐々に体が光とともに消えて行った。
文月は全ての力を出し切りその場に崩れ落ちると、すぐに桜以下の御付き衆が集まり文月を輿に乗せた。
「全軍、全力で橋へ向かえ!!」
新月が大声で叫ぶと、松明を持った東方人らが一斉に橋を目指して走り出した。
光と共に消えゆくアンデッドを横目に、東方人は橋を目指した。
「まだ跳ね橋が降りていません!!」
この声に新月も前方に視線を向けると、石造りのアーチ橋の中央が『ハの字』のように跳ね上げられたままだった。
「王宮の者たちがこの状況を見ていれば必ず橋を下してくれる!信じてこのまま走れ!」
新月は味方を鼓舞すると橋の手前で立ち止まり、振り返ってアンデッドの様子を見た。
数百というスケルトンは戦わずしてその姿を地上から完全に消していた。
「………!」
だが、新月は見た。
1騎だけ、浄化しきれずにその姿を保ったものがいる事を。
新月はゆっくりと腰の刀に手を掛けると、すぐに抜刀する。
義光と小太郎の二人もソイマンを他の者に預け、新月の元に駆けつけると、すぐに異変を察知した。
首が無い馬に乗った首が無い騎士───デュラハンだ。
その体からは光の柱が立ち昇っていたが、体を消すまでは至っていないようで、術によって拘束された体を必死に動かそうとしているのが見てとれた。
ガコン!
突然背後から大きな音が響いてきたので新月らはチラリと後方へ視線を移すと、ハの字に跳ね上げられていた橋が、大きな音と共に少しずつ下りていたのだった。
「おお!遂に橋が下り始めよったか!?」
義光が喜びの声を上げたが、隣の小太郎がそれを制する。
「だが、あちらさんの方が少し早いようだぞ!?」
小太郎の声に視線を戻すと、デュラハンが甲冑を軋ませながら体を動かし始めていた。
「我らだけで味方が橋を渡りきるまで時間を稼ぐ必要がある。ここが正念場だぞ!?」
新月が改めて刀を構え直しながら言うと、義光もスラリと太刀を抜きながら応じた。
「貴殿は私が『剣聖』と知って言っておるのか?」
「ふん………今ではその肩書も冗談のようだがな?」
小太郎はそう言うと、懐から細く短い手裏剣を取り出していつでも投げれるように構えた。
デュラハンは左手に持っていた槍を真横に薙ぎ払うと、立ち昇っていた光はさっと消滅し術から解放された。
首なしの馬はいななくように高く前脚を上げると、着地と同時に凄まじい速度でこちらに向かって駆けてきた。
義光はデュラハンを見ながら呟いた。
「おい」
「何だ」
小太郎も前を見たまま応じる。
「不浄のもの………アンデッドと言ったか………あやつらは首を刎ねれば動かなくなると聞いた」
「うむ。少なくとも彷徨う死体や骸骨兵士にはそれが有効のはずだ」
「だよな?………じゃあ訊くが、あの首なし騎士はどうやって倒すのだ?刎ねるべき首が元々無いのだぞ?」
「………」
「来るぞ!!」
二人のやり取りを遮るように新月が叫ぶと、小太郎と新月は左右に分かれて散開した。
そこへデュラハンが槍を構えて馬ごと突っ込んでくる。
小太郎は横っ飛びで避けながら手裏剣を投げると、デュラハンのブレストプレートに当たって金属音と共に弾かれた。
新月は小太郎の反対側から馬の脚を狙って刀を横に薙ぎ払う。
デュラハンが騎乗する馬はそれを大きくジャンプして避けた。おそらく橋を渡ろうとしている味方に襲いかかろうとしているのか、新月らを全く相手にしていないようだった。
だが、その正面には義光が大太刀を構えて待っていた。
馬が弱点である腹部を無防備な状態で晒し、逃げる事が出来ない空中にいるのだ。それはまるでスローモーションのようだった。
義光は左足を踏み込むと凄まじい斬撃を繰り出した。
太刀は確実に馬の胸部から腹部に渡って切り割いた。
しかし、馬は何事も無かったように着地するとそのまま走り出した。
「き、効いていない!?」
「あの馬はすでに死んでいる!痛みを感じない奴らは怯むことを知らない!つまり物理的に脚を破壊しなければ止める事はできないのだ!」
小太郎が叫ぶのと同時に、義光は舌打ちをしながら馬の脚を狙って太刀を水平に薙ぎ払っていた。
馬は再びジャンプを試みたが、先ほどの義光の攻撃の影響で踏ん張りが利かず、義光の攻撃をまともに脚に食らい前のめりに転倒した。
騎乗していたデュラハンも地面に投げ出され、甲冑の大きな音を周囲に響かせた。
普通の人間であれば、重いフルプレートの甲冑を着た状態で落馬すると大けがをするだろうが、アンデッドであるデュラハンはすぐにむくりと体を起こすと、足元に転がった槍を手に取って一人で立ち上がった。
「ふっ………さすがは化け物。あれだけ派手に落馬しても何事も無く起き上ったか………」
独り言のように呟く義光の元に新月と小太郎が駆け寄ってきた。
「これであやつの足を止める事が出来たな?」
「ああ、さすがは『剣聖』さまだ。よく『馬を』倒してくれた」
「ちっ………それは皮肉か!?」
義光と小太郎は相変わらずのやり取りをする。
「包囲しよう」
新月がそう言ってデュラハンを中心にゆっくり回り込もうとすると、すかさず小太郎も反対側へ回った。
するとデュラハンは義光に対してくるりと背を向けると、槍を持ったまま橋に向かって全力で走り出した。
「な、何だと!?」
意表を突かれた3人は慌ててその後を追った。
デュラハンの走る速度は甲冑を着ているとは思えないほどの速さで、ガシャガシャと金属音を響かせながらまだ足場が悪い地面をものともしなかった。
「あの野郎!首が無いのにどうして正確に位置を把握できるのだ!?」
義光は毒づきながら後を追ったが、すでに体力が限界に近かったため、その差を詰める事は出来なかった。
「私に任せてくれ!」
新月はそう言いながらデュラハンを追った。
かなり前から身を隠し体力を温存しながら敵を見張っていた新月は、3人の中では一番蓄積されたダメージが少なかったため、唯一デュラハンとの差を詰めていた。
泥をはね上げながら必死に追う新月だったが、デュラハンはすでに石造りのアーチ橋に到達していた。
「くそぅ!」
新月はギリギリと奥歯を噛みしめながら、心臓が飛び出しそうになるくらい必死に走った。
石造りのアーチ橋まで来ると足場が良くなり、デュラハンとの差を一気に詰めると、大きくジャンプしながら刀を振りかぶった。
デュラハンはすぐに新月の攻撃に気付くと走るのを止め、石造りの橋の上をガリガリと滑りながら体を反転させると、持っていた槍を空中に向かって半円を描くように振り回した。
新月は空中でそれを刀で受けると、そのまま槍を受け流しつつ体を回転させて槍の力を逃がし、橋の上から吹き飛ばされるのを防いだが、空中でバランスを崩して背中から橋の上に落下した。
デュラハンは槍に自らの体重を乗せていなかったので、攻撃を受け流されても体勢を崩すことなくその場で踏ん張ると、槍を上段から叩きつけるように打ち下ろした。
「!!!」
新月は間一髪のところでこの槍を転がってかわしたが、槍はそのまま石橋を叩き、槍が石を砕いてその部分にひびが入って陥没した。
石造りの橋は濁流によってかなり傷んでおり、一ヶ所に負荷をかけると橋が崩れる可能性もありそうだった。
「相手があの青の騎士じゃなくてまだマシか………」
新月は先の戦いでコスメールに一撃で帆船を大破させられた事を思い出していた。
確かに5色騎士団であれば、この程度の橋であれば一撃で落とす事が出来るだろう。だが、デュラハンもアンデッドの中ではかなりの強者であり、迂闊に橋を攻撃させればやがて崩れる事は明白だった。
デュラハンは、砕け、陥没した瓦礫の中から槍を持ち上げると、そのまま上段で構えた。
このままあの槍を振り下ろさせたら石橋がどんどん傷んでしまう………。
ただでさえデュラハンと戦うには全力で向かわなければならないのに、逃げる味方から敵の注意を逸らしつつ、橋へのダメージも考慮して戦う必要があり、新月にとってはかなり不利な状況だった。
新月は欄干へ飛び乗ると、デュラハンを見下ろして刀を構えた。
この時新月は、デュラハンに上方向………つまり空中に向かって攻撃させる事で、橋へのダメージを防ごうと考えていた。そのため、少しでも高いポジションである橋の欄干に飛び乗ったのだ。
デュラハンは新月目がけて槍を振り下ろすと、新月は反対側の欄干に飛び移ってそれを避けたが、槍はそのまま欄干を砕き、新月が立っていた場所が半円状に崩れた。
デュラハンは橋が壊れることなどお構いなしに体を反転させると、そのまま槍を反対側の欄干に飛び移った新月に向かって大きく振り下ろした。
新月はそれを体を捻って回避すると、先ほどと同じく槍が欄干に激突して砕けて崩れた。
新月はデュラハンの槍の上に右足で着地すると、そのままデュラハンの無くなった頭の部分をすり抜けて背後に回り込んで刀を構える。これでデュラハンと逃げる味方の間に位置取ることができた。
「………だが、このまま力に任せてゴリ押しされるとこちらが不利………」
新月はそう呟いて背後の跳ね橋の方をチラリと見ると、丁度、味方の最後尾が跳ね橋を渡り終えるところだった。
その時、デュラハンは体を捻じりながら槍を後方へ振り回してきた。
「!!!!」
新月はそれをギリギリの所で伏せて掻い潜ると、ゴロゴロと2、3回転して立ち上がった。
「あの首なし、後ろにも目があるのか!?」
そもそも頭が無いデュラハンに対する言葉としては適切な表現では無かったが、それほど正確な攻撃だったのだろう。
刀を構え直す新月は、デュラハン越しに向こう側から近づいて来る義光と小太郎の姿を確認した。だが、二人は想像以上に消耗しており、正直、戦力としては全く期待できないように見えた。
ここであの二人を庇いながら戦うのは無理だ。であれば、この首なし騎士の隙を突いてあの二人をこちら側に来させて先に橋を渡らせた方が良い。
「私が隙を作る!その間に首なし騎士をすり抜けてこちらに来れるか!?」
新月が叫ぶと、小太郎が答えた。
「だったら任せろ!俺にはまだこいつがある!」
そう言うと、懐から丸く黒い玉を取り出した。
「煙幕か!?だが、奴はそもそも目どころか頭が無いのだぞ!?効果があるのか!?」
義光が疑問を呈するが、小太郎は無視して振りかぶるとデュラハンに向かって投げつけた。
「やってみなければわからんだろ!」
黒い玉は放物線を描いて飛んでいたが、それに気付いたデュラハンは瞬時に振り向くと槍で一突きした。
ボンッ!!
低い爆発音と共に灰色の煙が吹き出し、たちまち辺りが煙で覆われた。
義光は視界が利かない中、小太郎に手を引かれてデュラハンの脇をすり抜けると新月の所まで無事にたどり着いた。
「このまま止まらず橋を渡れ!」
新月は鼻と口を左腕を覆い、煙から逃れるようにジリジリと下がりながら、デュラハンがいる方向を見ていた。
「わかった………」
小太郎は自分自身でも足手まといになる事を理解していたので、素直に新月の言葉に従って義光と共に跳ね橋へ向かった。
新月は煙幕で敵の動きがわからなかったが、この状態が続けばもしかすると自分が撤退する時間も稼げると考えた。だが、すぐにそんな考えは消し飛んだ。
甲冑の音が激しく聞こえたかと思うと、煙の中からデュラハンが体ごとぶつかって来たのだ。
新月は横っ飛びでそれをかわすと、デュラハンはそのままの勢いで欄干へ倒れ込み、激突して破壊した石と共に川へ落ちそうになった。
ここぞとばかりに新月は立ち上がると、刀を鞘に納めながら猛然とダッシュしてデュラハンに近づくと、脚を両手で掴んで力の限り持ち上げた。
「うりゃああああ!!!」
自分でも驚くほど声を張り上げながらデュラハンを浮かせると、そのまま欄干越しに川へ落とそうとする。
上半身を空中でバタつかせながら抵抗するデュラハンだったが、重く、身動きが取りにくいフルプレートの甲冑は、一度バランスを崩せばなかなか持ち直すことは難しかった。
遂にデュラハンは橋から川へ大きな音を立てて落下した。
濁流は収まったとはいえ、まだまだ流れが速く水量も多い川に重い金属の塊が落ちたのだ。再び浮き上がる事は無いだろう。
新月は肩で息をしながら欄干に寄り掛かると、ズルリと尻餅をついて息を吐いた。さすがに疲れた新月は息を整えながら見上げると、空はかなり白くなっていて日の出間近のようだった。
疲れた………。
新月は片膝を立て、ゆっくりと立ち上がろうとしたその時───。
「新月!あれを見ろ!!」
「!?」
跳ね橋を渡った付近で小太郎が岸の方を指さしていた。
新月はふらふらと立ち上がりながら小太郎の指の方向へ目を向ける。煙幕の煙が風に流されて徐々に視界が開けと、そこには信じられない光景が広がっていた。
新月は口元が震え、脱力したようにその場に立ち尽くした。
アンデッド───。
そこには無数のスケルトンの姿があり、その中央には首が無い馬に、同じく首が無い騎士が騎乗しているのが見えた。
───そう、デュラハンが率いる別の部隊が到着したのだ。
デュラハンは背中に朝日を浴びながら右手を高々と上げると、スッとこちらに向かって指さした。
するとスケルトンは一斉に地響きと共に突撃を開始した。
新月にはもうそれを止める手立てはなく、力も残っていなかった………新月は絶望した。
その時。背後から大きな音が響き渡った。同時に石橋が振動する。
新月が振り返ると、跳ね橋がゆっくりと上がっている所だった。
「新月!早くこっちに渡れ!」
跳ね上げられる橋の向こう側で欄干に捕まりながら叫んでいる小太郎の姿が見えた。
確かに、今となっては再び橋を跳ね上げて、敵の進軍を止めるしか方法はない。
新月は必死に走った。
跳ね橋は徐々に跳ね上げられて行き、かなり角度がついてきた。そこを必死に駆け上がる新月。
『ハの字』に跳ね上げられる橋は、中央部分の隙間がどんどん広がっていく。
「跳べ!!」
小太郎の言葉と同時に、躊躇する間もなくジャンプする新月。
辛うじて橋の端にしがみつくと、すぐに小太郎がその手を取って引っ張り上げる。
だが、勢い余って、そのまま跳ね橋の勾配を転げ落ちる二人。一番下の石橋には義光が待っており、その足元まで転げ落ちて止まった。
「二人とも、ご苦労だった」
義光はうつ伏せで倒れている二人の肩を叩いて労いの言葉を掛けた。
新月は肩で息をしながら何とか口を開いた。
「………て、敵の軍勢は………?」
「残念だが、目の前には跳ね上げられた橋がそびえ立っていて状況がわからん………だが、さすがにここを越えてこちら側に渡ってくることはできないだろう………もしもそれが出来るのであれば、包囲する前に実行に移しているはずだからな」
「………ち、違いない………」
そう言うと、新月はガクリと気を失った。
こうして東方人の主だった生き残りは、命からがらケット・シーの王宮があるガゼ島へ入る事が出来たのだった。




