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魔族の騎士  作者: らつもふ
16/25

ガゼの攻防

 ボッシュはヒポグリフに跨り森の上へ出ると、一斉に攻め寄せてくる東方人の軍勢を確認した。

 「嵐に紛れて攻め寄せるつもりだったと思うが、残念だったな………一度動き出した大軍を制御することはできなかったか」

 他人事のように呟くと、ボッシュは大剣を振り下ろした。

 大気を揺るがす爆発音と共に、森の木々が倒れ、大地は裂け、大勢の人間が弾け飛んだ。

 さらにボッシュは2撃、3撃と立て続けに剣を打ち下ろした。

 ボッシュが放った衝撃波は土砂とともに人間をも吹き飛ばし、辺りは悲鳴と怒号の坩堝と化した。

 統制は乱れ、方向感覚も無くなり、夜目が利かない東方人らはすぐにパニック状態となり、ただ森の中で右往左往しているだけであった。

 「脆過ぎる………」

 ボッシュは逆に警戒心を強めたその時。

 ヒュン!

 空気を切り裂く音が聞こえ、反射的に左手を出した。

 ビーン………。

 ボッシュの左手には飛来した矢が握られていた。

 今回はいつも装備している真紅のフルプレートではなく、大陸では一般的なレザーアーマーだったため、いつもよりも身軽に動ける事を思わぬ形で実感した。

 「それにしても、私の位置を正確に把握し、地上から弓を射た者がいる……」

 ボッシュは首を巡らすが、さすがに上空からでは森の中までは視認できない。

 そこへ第2射の弓矢がヒポグリフを狙って放たれたが、寸前でボッシュが大剣で叩き落とした。

 「いい狙いだ。だが………!」

 つい敵を賞賛するボッシュだったが、その発射角度からおよその場所は特定することができた。

 間髪入れずにその発射地点に向けて大剣を振るった。

 木々はなぎ倒され、何人もの東方人が吹き飛ばされたが、その中にあって、冷静に弓に矢を番える一人の人間の姿があった。

 「あれは……!」

 ボッシュはその人物を見て技量の高さに納得すると、ヒポグリフをその人物に向けて急降下させた。

 「さあ、勝負をつけよう!団長!」

 ボッシュはそう叫ぶと大剣を振りかぶる。

 ソイマンは東方人特有の陣笠に具足という姿で、半身となって弓の狙いを定めていた。

 「魔族の力を失ったとはいえ、身につけた技は健在という事か?………面白い!」

 ボッシュは鞍を蹴って空中に飛び出ると、そのままソイマンに向かって大剣を振り下ろした。

 ソイマンは横っ飛びにその攻撃を避けながら番えた弓を放つ。ボッシュが地面に着地するその瞬間を狙った攻撃だ。

 だが、ボッシュの斬撃は想像以上に激しく、地面を陥没させ周囲の木々がなぎ倒された。

 もちろん、ソイマンが放った矢も、その衝撃波に巻き込まれ、ボッシュに届く前に粉砕されてしまった。

 ソイマンは地面を3回転ほどしてから立ち上がると、弓をその場に置き、腰の刀を抜き放った。

 ボッシュもゆっくりと立ち上がると、ソイマンに向き直り、大剣を右肩に担ぎながら歩き始めた。

 「久しぶりだな、団長………今回の作戦も団長が献策したのか?」

 「ああ、そうだ………」

 ソイマンは短く答えると更に続けた。

 「……それはそうとボッシュ、今日はフルプレートではないのだな?」

 「あの嵐の中では重たくてね………仕方なく一番手頃なレザーアーマーを装備する事にした」

 「そうか。それは良かった………もしもお前がフルプレートだったら、この刀とやらで斬る事は難しかっただろうよ」

 ソイマンはそう言うと、ゆっくりと左周りに円を描くように歩き始めた。

 それを見たボッシュはその場で立ち止まると、ソイマンと正対することだけを気にしながら大剣を構えて口を開いた。

 「ソイマンよ。先ほどアースドラゴンから、我々魔族の人間をそちらの陣営に取り込もうとする動きがあると聞いたのだが本当か?」

 「そのような話が上がった事は本当だ………だが……」

 ソイマンは足を止めることなく、ゆっくりと反時計回りに移動しながら続けた。

 「……ボッシュ、お前がそう易々と魔族を裏切るとは思えぬし、そもそもゲッシュの強制力が働くのであからさまな背信行為も不可能だ」

 「私達はサタン様から格別なる待遇をいただいているのだ!今更、神が出てきて大陸の平和を乱すのは許しがたい行為だ!」

 「まぁ、お前たちの言い分はそうだろう………だが、元々は神を信仰する我ら人間がこの大陸を統治していたのだぞ?それを悪魔が全てを奪い去ったのだ。それを忘れるな」

 「確かに魔族は戦争で全てを奪ったのだろう。だが、その後は大陸を統治するために、全てを与えもしたはずだ。その恩に報いることこそ道理というものだ!」

 「………やはり魔族の世界しか知らぬ世代に過去を語っても無駄という事か」

 ソイマンはそう呟くと、ミサイルの如く一気に踏み込んでボッシュとの間合いを詰めると、目にも止まらぬスピードで刀を切り上げた。

 だが、ボッシュは僅かに大剣を寝かしただけで、火花を散らしながらソイマンの攻撃を受け流した。

 ソイマンは更に手首を返して切り下げたが、今度は凄まじい金属音と共にボッシュは大剣で受け止めた。

 「!!!」

 ソイマンはすぐに大きく後ろにジャンプして間合いを取ると、刀の刃に視線を移す。

 月夜の下に晒された刀身は、美しい波紋が七色に輝いていたが、ボッシュの大剣をまともに打ち据えたため、刃こぼれしてしまっていた。

 「くっ……!せめて私の大斧があれば……!」

 一瞬、そんな事を考えてしまったソイマンは、頭を力一杯横に振ると、ボッシュをギラリと睨みつけた。

 己の未熟さを武器のせいにするとは………ソイマンはそんな自分に腹が立った。

 もともと私はボッシュの力量を認めていたはずだ。今は自分が弱いことを認めた上で、全ての力をぶつける事だけを考えよう。

 ソイマンは切っ先をボッシュに向けて構えると、どんどん集中力を高めていく。

 ボッシュもソイマンの変化を感じ取り、左足を前に出して半身となり、中腰となって大剣を下段に引いて構えた。

 「………」

 ソイマンはボッシュの構えに違和感を覚えた。

 本来、質量にモノを言わせて叩き伏せる攻撃を得意とする大剣は、重力加速も期待できる上段の構えが一番理にかなった構えのはずだ。ところが、今のボッシュは剣先が地面に触れるほど下段に構えており、恐らくあの重い大剣を振り上げて攻撃するはずで、そうなるとスピードと威力が犠牲となり、必然とソイマンにも勝機を見出すことが出来る……。

 ジリジリと間合いを詰めるソイマン。

 ───それとも誘われているのか?

 刀の必殺の一撃を浴びせるには、ボッシュの大剣を掻い潜り接近する必要がある。

 それはボッシュも把握しており、あえて下段で構えてソイマンが飛び込んでくるのを待っている可能性があるのだ。

 だが行くしかない。たとえそれが罠だとしても。

 ソイマンは凄まじい速度で踏み込みつつ刀を振り下ろした。

 同時にボッシュも地面を削りながら大剣を振り上げる。

 ───ボッシュ!お前の狙いはソードブレイクだ!

 速度重視で振り下ろす刀に対して、ボッシュは下段から振り上げる事で正面から刀を受け止め、そのまま刀身を折るつもりと読んだのだ。

 ソイマンは刀を振り下ろすのを止めて素早く引くと、地面を蹴って地面スレスレの低い体勢となって、ボッシュの大剣の下をすり抜けながら刀を水平に払おうとする………と!!!

 ソイマンの目前に突如として大剣の柄の部分が現れた。

 ソイマンは咄嗟に右腕で顔をガードするが、ソイマン自身の突進力と、大剣の質量と遠心力が相まって、たかが大剣のグリップではあったが、その威力は凄まじいものとなり、ガードするソイマンの籠手を軽々と打ち砕くと、ソイマンの体は錐揉み状態で吹き飛ばされて地面に勢いよく激突し、そのまま地面を数回転して水溜りの中でうつ伏せで倒れた。

 ボッシュは大剣を切り上げながらその手を離した事で、大剣は遠心力を与えられて縦回転をしていたのだ。

 これにより、何とか刃の部分を避けたソイマンだったが、すぐに柄の部分が襲ってきたのだった。

 大剣はソイマンの腕の骨を砕き、更に右の鎖骨と胸骨をも砕いてソイマンを吹き飛ばした。

 泥水の中から何とか顔を上げたソイマンの目には、地面に落ちた大剣を拾ってこちらに歩いてくるボッシュの姿が映っていた。

 右手を動かそうとするが全く力が入らず、左手を動かそうとすると胸に激痛が走り、動かすことが出来なかった。

 ───騎士たる者が、己の分身である剣を放り投げるとは……!!

 ソイマンには全く想像もつかない攻撃であり、形に拘らないボッシュだからこそできた攻撃であった。

 ボッシュは大剣を右肩に担いでソイマンを見下ろすと口を開いた。

 「勝負あったな、ソイマン。一足先にあの世で待っていてくれ」

 『あの世だと?俺たちの行く先は地獄だろ?』

 と、返答したかったソイマンだったが、実際には「あ……が………」という呻き声を発する事しか出来なかった。

 ボッシュは担いでいた大剣をおもむろに振り下ろす。

 

 その時───。

 『ボッシュさま!避けて!!』

 コスメールからのメッセージに、反射的に低い体勢で左に跳びながら倒れ込むボッシュ。

 その時、体を捻りながら自分が立っていた場所を見ると、眩しい光が通過して行った。

 だが、これまで見た光とは違ってかなり細く、しかもすぐにその光は消え去った。現代で例えるならレーザービームのようだった。

 すぐに射線を追うとそこには小さな巫女の姿があり、その頭上には七芒星が輝いていた。

 「あの小さな巫女………卯月か!?」

 卯月の隣には防人の義光と小太郎、御付き衆の姿もあり、更に、その一団に向かって、コスメールがヒポグリフを突撃させている姿があった。

 「義光と小太郎はソイマン様をお助けしろ。あたしは………あの女を始末する」

 「「承知しました」」

 卯月の指示に義光と小太郎は軽く頭を下げて答えると、倒れているソイマンへ向かって、泥を跳ね飛ばしながら全力で走った。

 それを見届けた卯月は改めてコスメールに対して、握った左手を突き出した。

 「魔族の騎士が勢揃い………文月とサーペントは支えられなかったという事か………さあ、どうするべきか?」

 そんな独り言を呟きながら、七芒星の光を左手に嵌めた水晶の指輪に集めると、コスメールに向けて光を放った。

 「!!!」

 細く短い光の矢は、ヒポグリフの右の翼に命中すると、悲鳴を上げながらヒラヒラと森に落ちて行った。

 ヒポグリフは木の枝をバキバキとへし折りながら地面に落ち、鞍上のコスメールは地面に放り出されたが、くるりと身を翻して地面に着地すると、すぐにヒポグリフの容体を確認する。

 落下のダメージは木の枝と雨でぬかるんだ地面がクッションとなり、ほとんど無い様子だったが、光が当たった右の翼は黒く炭化したようになっていて、それが手のひらほどの大きさになっていた。おそらく致命傷では無いだろうが、ヒポグリフとすれば常にジクジクと継続する痛みに襲われていることだろう。

 「そのキズではあたしを乗せて飛ぶのも辛いでしょう。お前はここでお帰り………今までありがとう」

 コスメールはそう言って優しい表情でヒポグリフの顔を撫でると、卯月の方へキッと険しい顔を向けて森を駆けて行った。

 その後ろからはヒポグリフの「キュルルル」という悲しげな鳴き声が聞こえていたが、コスメールはただ前だけを見ていた。

 「先ほどの光………今まで見たものとは違っていた………」

 ヒポグリフの傷の状態からも、威力はこれまでの光の束よりも格段に落ちているし、有効範囲もかなり狭くなっている。

 だが、光を照射し続けるのではなく、弓矢のように単発で発射することにより、外した時のロスを大幅に軽減しているように見える。

 「つまり、術者の負担が軽くなった分だけ、何発でも発射可能となったのか………?」

 これはかなり厄介だ。

 今までは、一度発射すると術者はかなりの体力を消耗するため、一撃必殺の術として使いどころを選ぶ必要があり、戦術的に組み込むのが難しかった退魔の術が、ある意味、これまで以上に気軽に使用できるようになったため、運用方法が格段に広がりをみせ、術者の負担と発射後の隙がほとんど無いという、まさに弱点が無い厄介な術となったのだった。

 これも全て卯月という天才巫女が考え出した技であり、神の力を十分に制御できる高い能力と、特別な水晶で出来た指輪を持つ卯月だけの技であった。

 コスメールはマールシェから預かったラウンドシールドに左腕を通し、両手に双剣を握りしめて森の中を全力で走り出した。

 ぬかるむ地面をものともせず、水しぶきを上げながら木々を縫い、背が低い雑草を勢いよく飛び越えると、そのまま森を抜けて卯月を正面に捉えた。

 卯月はまるでその場所からコスメールが現れる事を予想していたように左手をコスメールへ向けると、頭上の七芒星の光を指輪に集約して光の矢を放った。

 コスメールは更に前傾姿勢となり卯月に向かって猛然とダッシュすると、茶色の髪の毛を掠めるように光が通過した。

 これを見て、卯月の背後にいる御付き衆が「ひっ!」と驚きの声を上げる。神の力を避けるなど、神職に携わる者たちにとっては考えられないことなのだろう。

 しかし、卯月だけは顔色一つ変えずに、次々と光の矢を放った。

 コスメールはこれを避けずに、左半身を前に出してラウンドシールドに身を隠しながらダッシュを続けた。

 光の矢は次々とコスメールのラウンドシールドに当たると、全く反射することなくそのまま吸収された。

 「まさか!?神の力を魔族が防ぐとは!!」

 これにはさすがの卯月も驚いた。

 先ほど文月が放った退魔の術を、マールシェがアスタロトを助けるために、このラウンドシールドで防いで見せたのだが、卯月らは森の中を進軍中で、その時の戦いを見ていなかったため、神の力を防ぐ盾の存在を知らなかったのだ。

 コスメールは盾に身を隠しながら卯月との距離を一気に詰めていく。

 卯月はその場に留まりながら、必死で光の矢を撃ち続けたが、全て黒色の盾に防がれた。

 「やはり……!」

 コスメールは勝利を確信したように、ラウンドシールドの裏側でニヤリと笑った。

 「巫女らが使う『魔族を滅ぼす術』には重大な欠点がある………!それは………!」

 ラウンドシールドに身を隠しながらダッシュを続け、あたかもそこに卯月がいるのが見えているかのように右手に握った双剣を引く。

 「……術を行使している間はその場所から動くことが出来ないことだ!!」

 そう叫びながら、光の矢を盾で受けると、卯月の右側をすり抜けながら短剣を振り抜き、そのままの勢いで御付き衆の間を駆け抜けた。

 コスメールは振り向きもせず、そのまま真っ直ぐボッシュの元に向かう。

 「……み……巫女さ……ま……?」

 御付き衆の長である桜が、目の前で硬直して立っている卯月の後ろ姿に向かって声をかける。

 卯月は見た目、ただ茫然と立ち尽くしているだけに見えるが、桜の問いかけにも全く反応が無い。

 不安に駆られた桜は卯月に近づき、ゆっくりと右手を前に出して卯月の肩に触れると、自分の手に何かが付着した事に気付いた。

 月明かりの下でソレを確認する桜。

 「これは……!!」

 間違いない。血だ。そして、これは自分のものでは無い事も知っていた。

 「巫女様──っ!!!」

 桜は絶叫しながら卯月に両手を伸ばそうとした瞬間、卯月の体がグラリと揺れ、そのまま後ろにゆっくりと倒れてきたので、慌てて卯月の体を受け止めると、そのまま卯月と共に地面に倒れ込んだ。

 卯月を支える右手に、生暖かくぬるりとした感触が伝わってきた。

 「巫女様!巫女様!」

 桜が必死に叫びながら卯月を見ると、右脇腹は真一文字に裂かれ、おびただしい出血のため、卯月本人はすでに意識を失っていた。

 「撤収──っ!!すぐに葉月様の元へお運びします!!」

 桜の声に一斉に御付き衆が集まり、輿に卯月を乗せると、急ぎケット・シーの王城に向かった。

 桜は地面に落ちた卯月の勾玉を拾うと、念じるように数秒ほどそれを額にあて、すぐに御付き衆らの輿の後を追った。

 

 

 一方、ボッシュは義光と小太郎を相手に戦っていた。

 小太郎が手裏剣を投げつけ、ボッシュが避けた所を義光が踏み込んで切りつける。

 ボッシュはそれを大剣で受け流すと、小太郎が煙幕を張りすぐに義光が煙幕の中から飛び出してボッシュから距離を置く。

 小太郎は更に煙幕に向かって手裏剣を投げ放つ。

 それと同時に、煙幕の中から地面に半円を描くように凄まじい衝撃波が放たれ、煙幕は一瞬のうちに飛散すると、小太郎の手裏剣はボッシュの手前で衝撃波と土砂の壁に阻まれ、甲高い金属音と共に弾かれた。

 義光と小太郎もその衝撃波に巻き込まれ、二人とも3メートルほど後方に吹き飛ばされると泥水の中に倒れ込んだ。

 ──つ、強い!

 小太郎は今回、初めて魔族の人間と戦ったのだが、その圧倒的な力の差に愕然としていた。

 小さな島国で幼いころから忍者として修練に明け暮れていた小太郎だったが、その長い年月が全て無駄だったんじゃないかと思えるくらい実力に差があったのだ。

 「………どうだ、小太郎?……あの男、むちゃくちゃ強いだろう?」

 義光が泥水の中から体を起こし、額を手で拭いながら小太郎に話しかけてきた。

 「………ああ、確かにな………」

 だからこそ、味方になればこれほど心強い者はいないだろう。

 小太郎はそう考えながら、忍者らしく跳ね起きると、背中に括ってあった刀をゆっくりと抜刀し、切っ先をボッシュへ向けた。

 すると義光も太刀を上段に構えながら小太郎の隣に並んだ。

 ボッシュはその二人の姿を見て、低い体勢から左半身を前に出し、大剣を右後方へ引いて構えた。

 「あの東方人………シャフローネ山の火口で戦った時よりも腕を上げたな………おそらくお節介のソイマンが剣技を教えているのだろう」

 ボッシュは他人事のように義光について感想を呟くと、二人の出方を窺う。

 義光はダメ元でボッシュへ話しかけた。

 「ボッシュ殿。またお会いしましたな。私は卯月の巫女様に従う防人、義光と申す。そしてこちらにいるのが忍者の小太郎です」

 突然義光に紹介され慌てて刀を構えたまま軽く頭を下げる小太郎。

 「すでにご存じかもしれませんが、私達はあなた達魔族の人間と手を結びたいと考えています。従いまして、このように剣を交え、お互いに犠牲者を出すことは不本意なことであり、誠に遺憾に思っております……」

 義光の言葉に微動だにしないボッシュだったが、しっかり耳だけは傾けていた。

 「……つきましては、我々の長となられた葉月の巫女と改めて会談の席を持たせていただきたく存じますが、いかがでしょうか?」

 義光はそう言うと太刀を鞘に納めると頭を下げた。

 それを見て小太郎は驚いた。

 「義光!敵を前に何をしておる!?」

 「いいから小太郎も頭を下げよ!」

 義光はそう言うと、小太郎の首筋を掴んで強引に頭を下げさせる。

 「我々は今、ボッシュ殿にお願いをしているのだ。それなりの態度というものがあろう!?」

 義光にそう言われ、小太郎は義光の手を振りほどくと、仕方なく自分からボッシュに対して頭を下げた。

 ──ちっ!

 ボッシュは心の中で舌打ちした。

 さすがにボッシュと言えども、礼を尽くす相手を問答無用で切り捨てる事はできぬ。

 ボッシュはため息をつくと、構えを解いて大剣を地面に突き刺した。

 「この際なのではっきり言っておこう。我ら騎士団は東方人に与する考えは毛頭ない。残念だが諦めてくれ」

 ボッシュは面倒臭そうに答えた。

 だが、そんな事で義光は引き下がらなかった。

 「しかし、神はあなた達魔族の人間を悪魔の手から解放するために、私達をこの大陸へ遣わされたのですぞ!?」

 「くどい」

 ボッシュは短く答えると、剣を地面から引き抜いて右肩に担ぎ上げた。

 「この話はもう終わりだ。二度と同じ話をしないでいただこう………さあ、剣を抜け。今は口ではなく剣で語る時なのだ」

 ボッシュの言葉を聞いて、今は説得できないと察した義光は、意を決したように柄を握ると、勢いよく抜刀した。

 小太郎もそれに倣って刀を上段に構える。

 「今度はこちらから参る」

 ボッシュはそういうと、右肩に大剣を担いだままダッシュする。

 それを見てすぐに義光は右、小太郎は左に分かれて攻撃を仕掛ける。

 「この私に定石は通用せぬ」

 ボッシュはそう言って凄まじい勢いで地面を蹴ると、一瞬で小太郎との距離を詰めた。

 「!!!」

 小太郎はボッシュのあまりの速さに驚いたが、反射的に刀で防御姿勢を取った。

 次の瞬間、甲高い金属音と共に小太郎の目の前で激しく火花が散った。

 「ぐっ……!」

 小太郎は小さな呻き声を吐きながら、自ら後方へ跳んでボッシュの斬撃を受け流し威力を緩和しようとする。

 だが、ボッシュは小太郎の動きに合わせて前方へ跳び、二人は鍔迫り合いの状態のままその動きを止めた。

 小太郎は一瞬刀に力を入れ、鍔迫り合いを受けて立つように見せかけて、すぐに力を抜いた。

 ボッシュは丁度力を入れようとしたタイミングだったので、支えを失った大剣は勢いよく地面に突き刺さり、ボッシュは大きく体勢を崩した。

 小太郎はそれを見逃さず、ボッシュの左脇をすり抜けざまに刀を水平に薙ぎ払った。

 それを察知したボッシュは、地面に突き刺さった大剣を両手で持ったままジャンプしてそれを避けると、前方に1回転しながら地面から大剣を引き抜いて片膝で着地した。

 小太郎はダッシュする速度を緩めず、そのまま走って義光と合流すると、二人並んでボッシュに刀を向けた。

 ボッシュは二人に背中を向けたまま立ち上がると、大剣を右肩に担いでからゆっくりと振り向いた。その顔は薄らと笑みが浮かんでいた。

 「貴殿らの力は良くわかった………私も久しぶりに気分が高揚するのを感じることができた………だが、そろそろ時間のようだ。あれを見ろ」

 ボッシュはそう言うと、自分の右後方に視線を移す。

 義光と小太郎は警戒しながらそちらを見ると、そこには、遠くを御付き衆が輿を担いで敗走するのが見えた。

 その後を、自軍の兵士たちが必死に追いかける。

 「卯月の巫女様!?」

 「まさか、巫女様は……!」

 途端に義光と小太郎が浮足立つ。

 「コスメールがこちらに向かってくるところを見ると、おそらく貴殿らの巫女は敗れたようだな」

 「なんと!?」

 義光と小太郎はすぐにでも卯月の元に駆けつけたいはずだが、敵であるボッシュに背を向ける事などできない。二人は何とか理性を保ちつつ刀を構えていた。

 そこにコスメールが到着し、ボッシュの傍らに立つと耳打ちした。

 「アスタロト様とマールシェが例の光で負傷し先ほど離脱しました。ボッシュさまも撤退を」

 「わかった」

 素早く会話を交わした二人は、改めて義光と小太郎に向き直る。

 よく見ると、義光と小太郎は顔面蒼白となり、刀を持つ手が小刻みに震えていた。

 無理も無い。元々勝てる見込みなど無い戦いだったのに、ボッシュに加えて魔族の騎士がもう一人現れたのだ。しかも、御付き衆らが敗走しているという事は、卯月はかなりの重傷………最悪、命を落としている可能性があるのだ。

 ボッシュはそんな二人の状況を察知し、大剣を背中の鞘に納めると口を開いた。

 「町はアンデッド部隊が取り囲んでいる。それを突破しなくては卯月殿はガゼの王宮に入る事はできないが、今の卯月殿に付き従う兵力ではそれも難しかろう………」

 ボッシュはそう言うと、二人に背を向けた。

 すると、上空から真紅の装甲装飾されたヒポグリフが姿を現しゆっくりとボッシュの前に着地した。

 「義光殿、行かれよ!卯月殿の元へ!」

 ボッシュの言葉に驚きの表情を見せながら、義光は震える唇から何とか一言だけ言葉を発する事が出来た。

 「ほ………本当に……よろしいのですか……?」

 構えていた太刀をゆっくりと下しながら訊いた。

 「私も撤退命令が出たのだ。貴殿らに構っている暇はない」

 ボッシュはそう言ってヒポグリフに飛び乗ると、コスメールに手を差し伸べる。

 コスメールは嬉しそうにその手を取ると、ボッシュの後ろに座って両手でしがみついた。

 「さらばだ!また戦場で会おう」

 ボッシュがそう言うと、ヒポグリフは甲高く一声鳴き、上空へと舞い上がった。

 義光は上空を見上げて大声で叫んだ。

 「ボッシュ殿!本当にありがとうございます!」

 二人は涙を流しながら深く頭を下げた。

 その様子を上空から見下ろしていると、背中からコスメールが話しかけてきた。

 「ボッシュさま、本当にいいのですか?あの二人を見逃して……」

 「見逃したのではない。私は撤退命令に従った………ただそれだけだ」

 ボッシュはそう呟き、最後に眼下の二人がソイマンを担いで懸命に走る姿を一瞥すると、星空の中へその姿を消した。

 

 こうしてガゼの攻防戦は一先ず終りを告げた。

 東方人らはかなりの被害を出しながらも、結果的には悪魔アスタロトと5色騎士団を追い返す事に成功した。

 だが、アスタロトが残したアンデッド部隊がガゼ地区周辺を監視しているため、自由に行動する事は出来なかった。

 本来であればアンデッドを術で消し去ることも可能なのだが、葉月はケット・シー領内で味方の治療に追われていた。少なくとも、もうしばらくの間はアスタロトらはガゼ地区への攻撃は出来ないため、その間に態勢を立て直す必要があるのだ。

 

 そのような中、西ではベルゼブブ率いる討伐部隊が着々と進攻してるのだった───。




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