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魔族の騎士  作者: らつもふ
17/25

森の守護者

 地竜<アースドラゴン>はその巨体に似合わず、凄まじい速度で西にあるフーガの森へ向かっていた。

 この森には、妖精エルフが暮らす『ノ・セト』と呼ばれる小さな村があり、皐月の巫女がエルフを仲間にすべく向かった地である。

 先ほどボッシュには、エルフもすでに仲間になったような発言をしたのだが、実際にはその交渉結果がどうなったのかまでは地竜も把握していなかった。だがあの場では、なるべく多くの種族が東方人へ味方しているのだと見せておく必要があったのだ。

 その昔───人間を嫌い、炎を嫌う森の守護者たるエルフは、森の中でどの種族とも交わらずひっそりと暮らす道を選んだが、魔族が統べる時代となってもその暮らしに変化はなく、サタンもエルフが住まう森にはあえて干渉することをせず、これまで長年に渡って交流がなかったのだが、大陸全土に東方人殲滅の号令が下された現在においては、たとえエルフが守護する森であっても、魔族軍は捜索という名目で力を持ってこれを制圧し、魔族の直轄としていくつもりだった。

 ───だが、とにかく今は、皐月の巫女の安否確認が最優先だ。

 ボッシュにつけられた傷口は不思議な事に全く塞がる気配はなく、流れる血を風圧によって霧散させながら、アースドラゴンは全力でフーガの森を目指していた。



 それに先立ち、エルフ族には悪魔ベルゼブブから『ノ・セト』の無条件明け渡しと、東方人捜索の協力を打診されていた。

 エルフらは森で静かに暮らす民であり、これまで長年に渡って外界との接触を断っていた。そのため、外界で起こった揉め事に巻き込まれるのは、中立を保つ上では一番避けるべき事なのだが、魔族はそんな事を意に介さず、大陸において自分達の言葉は絶対であると考えている。だから無条件でノ・セトを明け渡せなどという無礼を平気で言えるのだ。

 エルフたちはどうすべきか悩んでいた。

 このまま魔族に降れば、神聖なるフーガの森を魔族らに蹂躙された挙句、見た事も無い東方人の捜索に駆り出され、見知らぬ地で命を落とす可能性だってあるのだ。

 しかし、魔族に逆らうほどの力が無いのも事実………エルフはあまりにも長い間平和に慣れ過ぎてしまったのだ。このままでは滅びの道を歩むことになるだろう。


 エルフの長らは、魔族への服従の是非について、不毛な議論を丸二日も続けた次の日の早朝、フーガの森の入り口で自分は東方人であると名乗る一行が現れたと連絡を受けた。

 まさか、渦中の者達が現れるとは思ってもいなかったエルフらは、この東方人らを捕まえてベルゼブブへ差し出せば、自分達の安全は保障してもらえるのではないかと考えた。しかし、東方人を捕まえたという事は、まだこの付近に潜伏している者がいるかもしれないと考えるはずで、そうなれば魔族にこの森一帯を蹂躙されることだろう………。

 ………であれば、その東方人とやらの話を聞いてみるのもありなのだが、人間をフーガの森に入れる事は出来ないので、森の外れにある小屋で東方人らの話を聞くことにした。

 丸太で作られた小屋は大人が10人も入れないほどの大きさであり、必然的に重要メンバーのみが中に通される事になった。

 エルフ側は村の長であるエステバンとその娘であるスーデリアス、長老でありエレメンタラーであるヴァレバレが席に着いた。

 対して東方人側は、皐月の巫女と国松の二人が席に着く。

 時宗と元親は小屋の外でエルフの動きを監視し、影千代と又二郎兄弟は御付き衆らと共に森から少し離れた場所で待機していた。

 「この度は、急な訪問に対して謁見の機会をお与えいただき感謝いたします……」

 皐月は形式的な挨拶をすると、先ずは自分と国松について紹介を行い、次いでエルフ側が自己紹介を行った。

そして皐月はやっと本題に入る。

 「……さて、今回私達が危険を冒してまで、エルフ族の方々にお目通りを願い出た理由はただ一つです………私達に力を貸して頂きたいというご相談に参りました」

 「まあ、そうでしょうな。噂では、魔族に追われているとか………」

 長であるエステバンが無表情で答える。

 「確かに今は追われています。ですが、私たちの目的は魔族を討ち、悪魔から大陸を解放することにあります。これは神からの啓示であり、それを行うための力も授かっています」

 「その話も聞いておる………神の存在を信じた水の精霊ウンディーネが東方人側へ降ったと、風の精霊シルフが言っておったわ」

 しわがれた声で濃いグレーのローブを纏ったヴァレバレが答えた。この老人は村一番の年長者であり智者でもある。噂では齢300歳以上と言われる精霊使い<エレメンタラー>で、長寿と言われるエルフの中でもかなり長生きしている方であった。ヴァレバレは、エレメンタラーである以上、精霊の動向にはかなり敏感で、これまで中立だったウンディーネが東方人のために尽くすことになったという話は極めて重大なニュースなのだ。

 そんなヴァレバレに続いて、長の一人娘であるスーデリアスが口を開いた。

 「我らエルフは、あくまでもこのフーガの森を守護する者であり、争いを憎み、平和を愛する種族です。神であろうと、それを脅かすものは敵と判断します」

 スーデリアスはさすがはエルフをまとめる長の一人娘だけあり、凛とした表情ではっきりと自分の意見を述べた。

 「それはこちらも理解しています。ですがあなた達エルフが直面している状況は極めて困難です………」

 国松は、見た目は自分と同じくらいの年齢に見えるスーデリアスの言葉に同意すると、更に続けた。

 「魔族の軍勢はすぐそこまで迫っています。彼らはおそらくこの森を蹂躙し、エルフの村を前線の拠点として徴収することでしょう。そして、あなた達は全員が徴兵され、魔族のために働かされる事になります…………当事者である私達が言うのもおかしな話ですが、我々と協力しなければそれは確定事項となります」

 「………」

 エステバンは返答できなかった。もしも東方人の申し出を受ければ、彼らと協力して魔族と戦うことになり、申し出を断れば、迫りくる魔族らの対応をエルフだけで考えなければならなかった。つまり、どちらに転んでも種族存亡の危機に直面するのだ。

 エルフは美しい種族と言われているが、スーデリアスの美貌はその中でも突出しており、そのエメラルドグリーンの瞳で見つめられると、国松と言えども彼女の申し出を断る事は難しいだろう。

 そのスーデリアスが、何かを決心したような表情で国松を見つめながら口を開いた。

 「私達エルフは、争いを憎み、平和を愛する種族と言えば聞こえは良いですが、その実態は現実から目を逸らし、森の中に逃げ込んで目と耳を塞いだひ弱な種族なのです………」

 潤んだ瞳に吸い込まれそうになるのを感じながら、国松はスーデリアスの言葉を聞いていた。

 「おそらく、我々だけでは魔族に対応する事は出来ないでしょう。長きに渡り外界と接触する事が無かった我々には交渉する術もなく、ただ蹂躙されるがまま身を任せるしかありません………そこで、もしもあなた達東方人と協力するとした場合、私達エルフの民はどうなってしまうのかお聞かせ願いますか?」

 スーデリアスの言葉からは、エルフの民を第一に案じている事が手に取るように伝わってくる。

 国松はこの時点で、個人的には絶対にエルフを助けると心に決めていたが、ここでふと、自分が奇妙な事を考えていると気が付いた。

 元々は自分達こそが魔族に追われ、エルフに助けを求めている立場なのだ。それなのに、エルフを助けるとはおこがましいにも程がある。

 国松は目を閉じ心を落ち着かせると、再び目を開けて話始めた。

 「エルフという種族は、魔族と違って昼間に行動し夜は休むと聞きましたが間違いありませんか?」

 「え!?……あ、はい……」

 スーデリアスは国松の質問が予想もしなかった角度から降って来たので少し驚いた表情で答えた。

 「森が活発になる昼間は私達も活動し、森が寝静まる夜は、私達も同じように休みます………」

 この質問の意図はこの場にいるエルフの者達には理解できなかったが、国松にとっては戦略上、非常に重要なことであった。

 「なるほど、わかりました………では、我々の今後の展望をご説明しましょう」

 国松はそう前置きすると、少し身を乗り出し気味になって話を始めた。

 「まず、はっきり言わなければなりませんが、エルフの方々には、この地を離れていただきます」

 「 ! ? 」

 国松の突然の宣告にエルフの3名は驚きのあまり言葉を失った。ヴァレバレに至っては口をパクパク開け閉めし、虚ろな視線を国松へ送っていた。その誰もが、この森を離れるなどあり得ないと言わんばかりの表情だった。

 国松はエルフらのそのような様子をものともせず話を進めた。

 「あなた達はこの森を守りたいと考えるのなら、尚更この地を離れるべきなのです。何故なら、エルフの民がこの地にいれば、この場所が争いの中心となるからです。おそらく魔族は私達東方人がエルフと接触している事を察知していることでしょう………」

 「まさか!?ここは中立区域だぞ!?いくら魔族と言えど、この場所での出来事までは把握できないはずだ!」

 エステバンが荒々しい声で反論する。

 だが、国松はそれを冷静に受け答える。

 「残念ながら、今会談しているこの小屋は中立区域外です。あなた達エルフは、部外者である私達を森に入れたくないという思いから、この小屋を会談の場として選びました。中立区域外………つまり、ここは魔族が支配する場所なのです。であれば、私達が接触している事を魔族が把握していても何ら不思議はありません」

 「………!」

 国松の冷静な発言により、エステバンは反論意欲を削がれて口を閉じて椅子に座り直した。他のエルフたちも動揺を隠せないようで、無理に落ち着こうとしているのが見て取れる。

 それを見て国松はイケると確信した。

 正直、魔族がこの会談を察知しているのかどうかは国松にもわからなかったのだが、可能性としてあり得るのであれば、交渉の武器として使う事が出来るのだ。そして、エルフたちの様子を見る限り、その可能性はあるという事がわかった。国松としてはそれで十分なのだ。

 「魔族はエルフと東方人が接触していると知れば、簡単にはあなた達を信用するとは思えません。もしも私達を捕えて差し出したとしても、森や村は荒らされ、あなた達に対する扱いは………この大陸で言うアンデッドと同じ様な扱いを受けるでしょう……」

 国松は苦しい表情で言ってのけたが、勿論、半分は演技である。

 「……であるなら、あなた達はすぐにこの場所を離れ、私達と共に東へ向かうべきです。魔族は『ノ・セト』が空とわかると、すぐに追撃を開始するでしょう」

 国松はそう言い終えると、長であるエステバンを見た。

 それに気付いたエステバンは顎を右手で押さえながら口を開いた。

 「つまり………森を守るために森を捨てろ、というのだな?」

 「その通りです」

 国松は頷いた。

 すると皐月が口を開いた。

 「私達のせいでこのような事態になってしまったことは本当に申し訳なく思っています。しかし、私達も必死なのです………そして、この大陸の平和は残念ながら終焉を迎えました。エルフの皆様も長年の沈黙を打ち破り、今こそ立ち上がる時が来たのです。どうぞ、ご決断下さい。我々と共に参りましょう」

 皐月は静かに、しかし力強くエルフの3人に語りかけた。

 しかし、エステバンはまだ決断できないようで、ヴァレバレに向かって「どうすれば?」などと小声で相談を始めた。

 それを見たスーデリアスがテーブルをバンと手で叩いて制止した。

 「お父様!ここまで来てまだ煮え切らないのですか!?魔族はすぐそこまで来ているのです!ご決断を!」

 スーデリアスに言われて肩をすぼめたエステバンは、国松に視線を移した。

 「………ど、どうしても今決めなくてはならぬのか?」

 「勿論です」

 国松は食い気味に答えると更に続けた。

 「魔族は基本的に夜行性です。日中はアンデッドと言えど行動は鈍るはずなので、今のうちにここを出て距離を稼ぐ必要があります」

 「………時間が無いのは理解しているが……」

 エステバンはそう呟いてため息をつくとスーデリアスを見た。

 この娘はすでに心が決まっているようで、力強く頷いて見せた。

 全く………いつの間にやら、もう立派な大人になったようだな………。

 こんな時に何を呑気な事を考えているのだろうと思いながらも、エステバンは我が娘の成長を喜ばずにはいられなかった。それに反して今の自分はなんと情けない姿だろうか!?長年の平和ボケのせいか、自分達から行動を起こすのを躊躇ってしまっていた。

 「わかりました」

 エステバンはそう言うと立ち上がった。

 「あなた達と共に参りましょう。これからよろしく頼みます」

 そう言って右手を差し出した。

 すぐに皐月も立ち上がり、エステバンの右手を両手で握り返した。

 「こちらこそよろしくお願いいたします」

 テーブルを挟んで遂に東方人とエルフが握手を交わしたのだった。

 

 ◆

 

 

 悪魔ネビロスは南の海岸側を東進するバルベリスに比べて、やや遅れを取っていたが、それは無理も無いだろう。ネビロスが捜索を担当する大陸の中央側は、山脈の裾野であるため高低差があり、さらに森林地帯であるため、どうしても捜索に時間がかかってしまうのだ。

 そして今夜はフーガの森でエルフから『ノ・セト』を無条件で明け渡される手筈となっており、そろそろエルフの迎えが陣中にやって来る頃合いだった。ネビロスは森の住人であるエルフを東方人捜索に加えれば、広大な森林地帯の捜索もスピードアップ出来ると考えており、エルフの使者がやって来るのを心待ちにしていた。

 ところで、魔族はエルフとはゲッシュを交わしていない。何故なら、エルフはその昔、人間が大陸を支配していた時代からフーガの森に引きこもり、外界との関わりを遮断していたため、後に魔族が大陸を支配する事になってもエルフの状況には変化がなかった。そのため、魔族もエルフは放置しても良いとの判断から、特にゲッシュを交わす事をしなかったのだ。

 天幕の中で真っ赤な絨毯に木製の大きな椅子に腰掛け、ゆったりとワインを嗜みながら使者を待つネビロス。しかし、いくら待っても使者がやって来る気配が無い。

 シビレを切らせたネビロスは、先遣隊を出してフーガの森の調査にあたらせた。

 そこでようやくエルフらが森を捨てて逃亡した事に気付いたのだった。

 ネビロスは持っていたグラスを怒りと共に地面に叩きつけ、椅子から立ち上がって天幕から外に出ると大きな声で叫んだ。

 「エルフはまだ遠くには行っていないはずだ!すぐに追っ手を差し向け発見次第皆殺しにしろ!死体は回収後に再利用する!」

 この発言はメッセージによってネビロス全軍に通達しているので、特に叫ばなくても指示は隅々まで届くのだが、アテが外れたネビロスは叫ばずにはいられず更に続けた。

 「本隊もこれより東方人捜索を再開する!全軍前進せよ!!」

 ネビロスの号令の元、アンデッドを中心とした大軍が東進を開始した。

 このタイミングでアスタロトから幹部悪魔宛にメッセージが届いた。

 「何だと!?」

 ネビロスは再び声を荒げる。

 メッセージの内容は、ガゼ地区にて三方より東方人の挟撃を受たアスタロトは何とか撃退したが、アスタロト本人と黒の騎士マールシェが敵の術により負傷し東の館まで撤退、現在再起を図っているが少し時間が必要との事だった。

 「シャフローネ山の捜索はどうするのだ!?まさか、私がやらねばならぬのか!?」

 ただでさえ進軍が遅れているのに、シャフローネ山まで捜索範囲を広げるのはさすがに無茶だった。

 『ネビロス。貴公はこのまま東進せよ』

 まるでネビロスの独り言が聞こえたかのように蠅王ベルゼブブからメッセージが届いた。

 『シャフローネ山は私自ら出向いて捜索する。また、アスタロトは現時点をもって本作戦から除外とする。傷を治すことに努めよ』

 ベルゼブブが全軍に指示を出す。

 しかしこれに異を唱える者がいた。もちろんアスタロトだ。

 『幸い傷は浅いので、ある程度体力が回復するのを待ち、すぐにまたガゼに向かって進軍するつもりです』

 『アスタロトよ。いいから黙って休め』

 『いいえ、私が東から東方人を抑えなければ本作戦は成立しません。ベルゼブブ、いくら貴殿であっても私の邪魔をする事は許しません』

 『………ふっ………好きにせよ』

 アスタロトが素直に言う事を聞かない事をベルゼブブは十分理解していたので、ここは引き下がる事にした。

 ベルゼブブにとっては、アスタロトが出撃してくれた方が好都合だったので、あえてアスタロトの気に障るような事を言って、やる気を出させたのだった。

 そんな二人のやり取りには全く興味が無いネビロスは一人別の事を考えていた。

 「こんな時にレヴィアタンはどこに行ったのだ!?全く………連絡をよこさないでフラフラと………」

 

 ◆

 

 

 フーガの森よりかなり東の場所で、レヴィアタンは探していたアースドラゴンを遂に眼下に捉え、今、まさに突撃をしようとしていた。

 アースドラゴンもこちらに気付いたらしく、高度を上げながら南に針路を変えて逃げ出した。

 そのあまりの逃げっぷりの良さにレヴィアタンは疑問を感じ、夜空を更に上昇しながら東の方角を注意深く見ると、地平線の向こう側でかなりの土埃が舞っている頃に気付いた。

 「なるほど………」

 レヴィアタンは一人納得した。

 「あの無数の土埃はおそらく東方人の一行か、もしくはメッセージにあったエルフ………いや、その両方の可能性もあるだろう。アースドラゴンめ………私を南へ釣り出してあの者らを逃がすつもりだな………?」

 レヴィアタンはそこまでわかった上で、あえて南に向かうアースドラゴンの後を追った。

 東方人らは放っておいても他の悪魔が始末するだろう。しかし、敵対するアースドラゴンは同じ古代竜<エンシェント・ドラゴン>である自分が倒さねばならない───。

 この『同族殺し』こそが外様の悪魔であるレヴィアタンの最優先事項であり、サタンの信頼を勝ち取るための有効手段なのだ。

 レヴィアタンは人間の女性の姿のまま、6枚の漆黒の翼を羽ばたかせながらアースドラゴンの後を追った。

 「………やはりついてきたか」

 アースドラゴンもレヴィアタンが迷いなく自分を追ってくる事を悟っていた。

 皐月やエルフらの安全を確保するには、もっと南へ行く必要がある………。アースドラゴンはレヴィアタンを引き連れて凄まじいスピードで南下して行った。

 歴史上、初めて伝説のエンシェント・ドラゴン同士が戦うのだ。

 その周囲ではどれほどの被害が出るのか当事者でさえ全く予測ができない。だからこそ、なるべく遠い場所で戦わねばならないのだ。

 アースドラゴンの目には荒廃した遺跡と広大な海が見えてきた。

 大陸のほぼ真南に位置するこの場所は断崖絶壁の海岸線が続くため、海から上陸するのはほぼ不可能であったため、その昔、天然の要害として人間が暮らしていた城下町があったが、うち捨てられて久しい今では海風による風化が進み、古い遺跡のような佇まいを成していた。

 アースドラゴンは町の中央広場だったと思われる場所に降下して行くと、ゆっくりとその巨体を着陸させた。

 地響きと共に土煙が立ち込め、周囲の崩れかかっていた石造りの建物は音を立てて崩れ、更に土煙が立ち昇ったため、遂には町の遺跡全体が土煙で全く見えなくなる。

 アースドラゴンが地属性という事もあり、共鳴効果により小石や砕石までもが巻き上がり、町を覆うように渦巻き始めた。

 上空のレヴィアタンはこれを見て小さくため息をつくと、右手を高く上げながら魔法の詠唱に入った。

 今はすでに土砂のヴェールで守られた町の上空に古代文字<ルーン>が描かれた魔法陣が展開されると青色に光り始めた。

 魔法陣は見る見る巨大化し、優に町を飲み込むほどの大きさまで成長し、青色の光が白色へと変化した。

 レヴィアタンはそのタイミングで詠唱が完了し、高く上げていた右手を振り下りしながら呟いた。

 「フォール」

 その言葉と同時に、魔法陣から大量の水の塊が出現した。

 遺跡の町よりも巨大なそれは、あたかも丸く透明な入れ物に入っているかのように夜空に現れ、そして、一気に落下した。

 一つの塊と化して落下する水の破壊力は凄まじく、落下地点にあった地上の全ての物を一瞬で粉砕すると、圧倒的な水量で跡形もなく押し流し、同心円状に濁流が爆発的に拡散した。

 地表は膨大な水量によって削られ、あらゆる生命は濁流に飲み込まれた。

 町があった場所には水塊の落下の衝撃によって巨大なクレーターが形成され、同心円状に広がった濁流はその勢いが衰えると、今度は逆流してクレーターに向かって流れ始めた。

 クレーターから溢れた水は断崖絶壁から黒い滝となって海に流れ込んだ。

 つい先ほどまで廃墟の町があった場所は今では湖となっており、その周辺は見渡す限り泥濘で埋め尽くされた大地が広がっていた。

 レヴィアタンは満足げな表情で地上を見下ろしていた。

 しかし、徐々に腹に響くような地鳴りが聞こえ始めると、レヴィアタンの表情は途端に曇り始めた。

 地鳴りが更に大きくなると、クレーターに溜まった水が見る見る内に無くなって行き、遂には湖の底が露出した。

 湖の中央には岩山があり、それがゆっくりと動き始める。

 アースドラゴンは泥にまみれた頭を持ち上げると、レヴィアタンへ視線を向けた。

 「さすがは我が同胞。これほどの大規模魔法は久しぶりに見た。だが…………」

 そう言いながら大きな翼を広げると、渾身の力を込めて一度だけ羽ばたいた。

 すると、アースドラゴンを中心に同心円状に衝撃波が広がり、同時に泥濘の大地から一瞬にして干上がった荒野へと変貌した。

 アースドラゴンは一息つくと更に続けて言った。

 「………いかに大地の表面を水で覆おうとも、所詮は地表を濡らしただけに過ぎぬ。地属性である我には水は効かぬ」

 「ちっ………!」

 レヴィアタンもわかっていた事ではあったが、ほとんど無傷であるアースドラゴンを見ると自然と舌打ちをしていたのだった。

 ドラゴン族は4つの属性に分類さる。それは4元素………すなわち火・風・地・水のそれと同じ性質である。火は風に強く、風は地に強く、地は水に強く、水は火に強い。これは4大精霊であるサラマンダー、シルフ、ノーム、ウンディーネの関係と同じである。

 つまり、地竜<アース・ドラゴン>は地属性、氷竜<アイス・ドラゴン>は水属性であるため、両者が戦う場合、レヴィアタンがどうしても不利な状況となってしまうのだ。

 「アイスドラゴンよ。そのままの姿で我と戦うつもりか?」

 クレーターの底で何度か翼を羽ばたかせると、アースドラゴンはその岩山のような体を宙に浮かせ、徐々に高度を上げて行く。

 「ふん………貴様が相手では私も本来の姿に戻らざるをえまい………」

 レヴィアタンはそう言うと、一瞬にして巨大な透き通った美しい青色のドラゴンへと変身した。

 岩山のようなアースドラゴンと、氷山のようなアイスドラゴンが、遂に本来の姿となって対峙することになった。

 お互いの咆哮で大気が震え、地面が揺れた。

 今、まさにエンシェント・ドラゴン同士の戦いの火ぶたが切って落とされようとしていた。

 

 ………その様子を遠くから窺っている者がいる事を、古代竜たちは知る由も無かった。




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