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魔族の騎士  作者: らつもふ
13/25

水の精霊

 魔族は、悪魔とネクロマンサーを総動員して、アンデッドを召喚し続ける事4日。

 その規模は300万とも500万とも言われるほどの大部隊となった。

 しかし、この広い大陸からちっぽけな存在である東方人らを見つけ出すのは、それなりの労力と時間がかかると思われた。

 「もはや守るべき国を失った東方人らは、この大陸に巣食うしかない………か」

 サタンはそう呟いたと言われている。

 正直、ひ弱な東方人がどんなに大陸に分散しようと、魔族にとってはそれほど問題とはならない。だが、どうしても『巫女』の存在だけは無視することが出来ないため、今回の討伐部隊の結成に至ったのだ。

 また、それとは別に、ボッシュの報告によって長く眠りについていた地竜が目覚め、魔族に反旗を翻したことが判明したため、同じ古代竜<エンシェント・ドラゴン>である悪魔レヴィアタンに確認にあたるよう指示が出ていた。

 レヴィアタンとしては同族が敵に回ったことにより、序列4位という悪魔内の立場が揺らぐことを懸念していた。

 真性の悪魔ではないレヴィアタンにとって、この地位にまで登り詰めたのは間違いなく実力があったからなのだが、やはり真性悪魔からは妬みや嫉みが少なからずあるのも事実だ。

 そういった輩につけ入る隙を与えないためにも、この件は自分自身でしっかり決着させる必要があるのだ。

 東方人の捜索はベルゼブブらに任せ、レヴィアタンはシャフローネ山の火口に向かった。

 参謀として、一度地竜と対面しているボッシュの召喚を要請し、火口近くで合流する手筈となっていた。

 ボッシュは後の事をマールシェに託し、コスメールにはマールシェの指示に従うようにきつく申し付けてから出発した。

 

 目的地である火口から30キロほど離れた森林地帯の上空で、ボッシュはヒポグリフをゆったりと旋回させていた。

 間もなくして、北西方向から6枚の黒翼を羽ばたかせた女性の姿のレヴィアタンが現れた。

 青くきらめく長い髪をなびかせ、白く透き通る素肌には髪と同じ色の羽衣を纏ってはいたが、そのグラマラスな体はほとんど裸に近かった。

 人間の姿を模する神や悪魔にとって、感覚的には人間の裸など他の動物とさほど変わりはなく、裸であることが恥ずかしいという感情は全くないのだった。

 ボッシュもそれは重々承知しているため、今更レヴィアタンに対して意見することもなく、全裸に近いレヴィアタンを受け入れていたのだが、やはり真正面からその姿を見るのは気が退けるのだった。

 「待たせた」

 レヴィアタンは短く言うと、自身の翼を折りたたんで実体を消し、ボッシュのヒポグリフに飛び乗って来ると、そのまま背後に座り体を押し付けてきた。

 ボッシュはフルプレートを装備していたため、レヴィアタンの豊満な体の感触や体温は感じることはなかったが、それでも突然飛び乗られた事と、全裸に近い女性に抱きつかれたことで動揺し、若干バランスを崩したため慌ててヒポグリフを立て直した。

 「レ、レヴィアタン様、危ないではありませんか!?」

 ボッシュはそう言いながら、ヒポグリフを水平飛行へ移行させる。

 「危ないのはそなたの方だろう?これくらいの事で心が乱れるとは、そなたもまだまだだな?」

 「………」

 図星であるため、ボッシュは何も言い返すことが出来なかったが、どうもアスタロトも含め、悪魔は人間に対して悪戯をする傾向があり、特にボッシュは悪魔の中ではイジられキャラのようだった。

 レヴィアタンはすぐに真面目な声で話を続けた。

 「実は、ここから火口に辿りつくまでの間に、そなたからは地竜について、もう少し詳しく話を聞こうと思っている」

 「なるほど。だから私の後ろに同乗したという訳ですね?」

 「まあ、そう考えてくれれば助かる」

 「???」

 ボッシュはピンと来ていなかったが、とりあえず火口へ針路をとりながら、地竜が東方人へ協力する事になった経緯を説明した。

 

 「そうか……地竜め。何か企んでいるな……」

 一通りボッシュから説明を聞いたレヴィアタンは、何かを感じ取ったようだった。

 「やはりそうですか……地竜は単に東方人に与するだけではなく、もっと大きな何かをやろうとしているように感じました」

 「ほう……そなた人間如きが、我ら古代竜の思考を理解したとでも言うのか?」

 レヴィアタンが意図的にトゲがある言葉を発した事を感じ取ったボッシュはすぐに弁解の言葉を発した。

 「め、滅相もございません。ただ、東方人らが先に戦争を仕掛けて来た以上、客観的に見ても彼らに味方する理由がありません。ですが、地竜はそれを理解しつつあえて向こう側につきましたので、何か別の考えがあってこそかと……」

 ボッシュは必死に取り繕うと、背後のレヴィアタンが鼻で笑う。

 「ふっ……そう焦るな。ちょっとからかってみただけだ。ボッシュ、大体の事は理解した。ご苦労だった」

 「はっ!」

 ボッシュは返事をすると額の冷や汗を拭った。

 「……では、そなたは帰るがいい。ここからは私一人で行く」

 レヴィアタンはヒポグリフから飛び出ると、再び漆黒の翼を実体化し6枚の羽で優雅に羽ばたいた。

 「そ、それは……どういう……」

 ボッシュもどうすれば良いのかわからず困惑していた。

 だが、レヴィアタンはボッシュに青色の瞳を向けると口を開いた。

 「私一人で行くと言ったのだ。これは我が種族の問題でもある。そなたは帰ってもよい」

 「承知しました」

 悪魔にそこまで言われれば黙って従うしかない。

 ボッシュは一度大きく旋回しながらレヴィアタンを見つめると、東へ針路を変えた。

 レヴィアタンは表情を変えずにその姿を見送ると、地竜がいる火口に向かって一気に加速すると、あっという間に火口上空に達し、そのまま上空を旋回しながら火口中央に広い空地があるのを確認した。

 ボッシュの話では、そこに岩山のような地竜がいるはずだったが、どうやら今は留守のようだった。

 「地竜め……一体どこへ行った……?」

 レヴィアタンは焦っていた。

 地竜が本当に魔族軍に反旗を翻したとなると、その動きを察知して東方人捜索隊を迎え撃つために西に向かった可能性がある。そうなると、すでに味方に多大な被害が出ていると考えられ、地竜と同族である自分の立場が悪くなってしまう。

 ──こうなる事を恐れたからこそ、急ぎここまで来たのだが、まさか……手遅れだと言うのか?

 レヴィアタンはすぐにメッセージでベルゼブブに現状を報告すると共に、捜索部隊の中で地竜の目撃情報があったかを確認したが、今の所はその姿を見た者はいないようだった。

 レヴィアタンは将軍全員に地竜を見たらすぐに知らせるようにメッセージをすると、自らもすぐに捜索本隊と合流すべく西に向かった。

 悪魔の名だたる将軍らであっても、地竜と正面から戦って勝てる者はほとんどいないだろう。レヴィアタンが序列4位であることからも、古代竜の実力が計れる。

 そうなる前に、是が非でも自分が先に地竜と接触する必要があるのだ。

 「黙って寝ておればいいものを……何故このタイミングで目覚めてわれの邪魔をするのか……?」

 凄まじい速度で飛行しながら、思わず愚痴が口から出るレヴィアタンだった……。

 

 ◆

 

 

 大陸の南に、森に囲まれた美しい湖『ハーネス』がある。

 ここは、中立と戒律を遵守する精霊ウンディーネが棲む場所であり、湖とそれを取り巻く森は如何なる者も立ち入り禁止となっていた。

 だが、それを承知で神聖なる森に足を踏み入れようとする一行があった。

 「……何の返事もありません」

 国松は何度も森に向かって大きな声をかけていたが、特に何も反応がなかった。

 皐月は「わかりました」と答えて、時宗に視線を移す。

 時宗は無言で大きく頷くと、馬を森の中へ乗り入れる。

 それに続いて皐月、小梅、国松らも騎乗したまま続く。

 尚、影千代・又二郎兄弟、元親らは留守部隊としてドワーフの洞窟に残されていた。

 時宗は森に入った直後から異変を察知していた。

 風が無く、動物の鳴き声も聞こえない……完全に無音だったのだ。

 時宗の耳に聞こえるのは、自分達が乗る馬の嘶きと蹄の音、それに軽装鎧が擦れる音だけだった。

 ウンディーネとは四大精霊の中で水を司る精霊であり、魔族からは大陸において中立を条件に、ハーネス湖周辺は完全なる不可侵を約束された存在であった。これこそが魔族へ降ることなく種を存続できている理由である。

 この契約は魔族とウンディーネにとっては絶対に破る事は許されない宣誓<ゲッシュ>であり、お互いに誓いを破ろうとしてもゲッシュの強制力が働いて、絶対に誓いを破る事は出来なかった。

 しかし、東方人である皐月らにはゲッシュの強制力が働かず、森に入る事が出来てしまったのだ。

 禁忌を破る者……それがどういう結果を生むのか……。皐月らには知る由も無かったが、少なくとも、刻一刻と命に危険が迫っていることだけは理解できた。

 時宗を筆頭に、全員が神経をすり減らしながら最大限の注意を払い、ゆっくりと獣道を森の奥へと進む一行……。

 森は深く、日光が届かないためかなり薄暗く、大陸の南に位置する場所であるにも関わらず、ひんやりとして肌寒い感覚だったが、これが実際に温度が低いせいなのか、恐怖心からくるものなのかはわからなかった。

 しばらく進むと、時宗は前方が日差しで明るくなっている事に気付いた。

 時宗は左手を軽く上げて後続に知らせると、その場に停止した。

 馬に不慣れな皐月だったが、何とか馬の方が言う事を聞いてくれたようで、その場に止まる事が出来て胸を撫で下ろす。

 時宗は前方を注意深く見る。

 日差しが差し込む場所という事は、そこは開けていて隠れる場所が無い事を指す。そんな場所は周囲の森からは絶好の標的となるため、時宗は注意深く周囲を見渡していた。

 すると、どこからともなく女の声が聞こえてきた。

 『そのまま進みなさい』

 時宗は驚いて体勢を低くすると、ゆっくりと大木の影に移動してから前方の広く開けた場所を見る。

 眩い光に照らされた広い草原はキラキラと光り輝き、陽炎のように揺らめき始めると、光の中からゆっくりと湖が姿を現した。

 光が反射してとても眩しいが、間違いなくあれは湖だ……となれば、おそらくあれが目指していた『ハーネス湖』でまず間違いないだろう。

 時宗は振り返ると、ここで待つように皐月に身振りで伝えると、皐月はコクリと頷き木陰の草むらに身を低くする。皐月の後ろに続く者達も同じようにして身を隠した。

 時宗は軽く頷くと、ゆっくりと緑の絨毯のような草の上に足を踏み出した。

 いつでも刀が抜けるように身構えつつ、湖の方へ歩を進める。

 眩しくて目を細める時宗だったが、湖面に光り輝く人間の姿を発見した。

 光のせいでよく見えないが、そのシルエットは人間の女性のように見える。

 『この場所は盟約により何人たりとも立ち入りを禁じられており、私達は外界との接触を許されておりません。これはゲッシュにより強制されており、魔族は絶対に破る事はできません……ですが、あなた達はゲッシュの影響を受けずにこの場に立ち入ることが出来ました。つまり、あなた達は魔族ではないということになります……』

 どうやらこの声は、目の前の光の女性が話しているようだったが、耳から聞こえてきているのではなく、直接心に話しかけられている感覚であった。

 『……魔族ではない中立の存在はこの大陸では多くはありません。そして中立である場合は、ゲッシュによって行動の制限が掛けられるはずであり、中立の種族同士が接触することは出来ないはずなのです。ですが、あなた達はここにいる………一体、あなた達は何者ですか?』

 これを受けて、時宗はすぐに返答しようとしたが、光の女性のように相手の心に話しかけるという芸当は使えないため、躊躇しながらも声に出して答えることにした。

 「私達は大陸の東の島からやって来た人間です。神託により大陸を悪魔の手から解放するためにやってきました」

 『つまり、あなた方は魔族にとって『中立の存在』ではなく、『敵対する存在』という事で理解しました。また、大陸における盟約が及ばない場所からやって来たという事で、ここまでやって来れた謎も解けました……』

 「では……!」

 時宗はこの場所にやって来たことを許されたのだと思った。だが、それは違っていた。

 『……しかし、その部外者が取った軽率な行動により、不本意ながらゲッシュが破られることになりました。これは到底看過できるものではない非常に大きな問題です』

 「え!?」

 時宗は突然自分達に対する雲行きが怪しくなったと察し、再び抜刀体制を取りながら口を開いた。

 「私達は争うためにここに来たのではなく、先ずは私たちの話を聞いてもらいたくてここまでやってきたのです!」

 『それは貴方たちの勝手な都合であり、私達には関係のない話です。そんな身勝手な理由で長く続いたゲッシュを破ってしまったとは……おそらく魔族もこれに気付いている事でしょう……』

 光の女性は右手を高々と上げた。

 すると、湖面からゆっくりと何体もの光の女性が浮かび上がってくる。

 「ちょ……!ちょっと待っていただきたい!我々は戦いを望んでいない!こちらの話も聞いていただきたい!」

 時宗はそう言いながら、光の女性達の攻撃射線上から後方の皐月らを外すため、左に回り込むように歩きはじめる。

 『あなた達の話を聞く必要は感じません。それよりも今は、魔族に対してゲッシュを破ってしまった我々の不手際を謝罪し、信頼を回復する事こそ優先事項なのです』

 光の女性はそう言うと、上げていた右手をスッと時宗に向けた。

 同時に目の前に光の洪水が押し寄せ、時宗は意識を失ってその場に崩れるように倒れ込んだ……。

 

 「時宗!!」

 皐月はその光景を見て大きな声で名前を叫ぶと、時宗に向かって走り出していた。

 「巫女様!」

 国松は急いで皐月を追う。

 小梅は道端で拾った赤ん坊を抱きながら心配そうに見つめた。

 皐月は時宗の前に立ちはだかると、両手を広げて精霊たちに向かって言った。

 「水の精霊ウンディーネよ!あなた達は神を信じますか!?それとも悪魔を信じますか!?」

 突然小娘に問われ意味がわからないウンディーネであったが、すぐに当然だと言わんばかりに答えた。

 『この大陸は悪魔によって支配され、私達はその悪魔と盟約を結びました……あなた達のせいでそれは破られましたが、今ならまた宣誓することで元に戻れると考えています』

 「つまり………どちらを信仰するのか、はっきりと言って下さい!」

 皐月はそう言いながら国松から水晶を受け取ると、勾玉を握った右手で空に七芒星を描き始めた。

 「こ、これは退魔の術……しかし……」

 国松は時宗を助け起こしながら皐月の術を息を飲んで見守っていた。

 ──退魔の術は魔族に対して特効だが、中立であり、しかも精霊に対してこの術が通用するのだろうか?

 皐月は七芒星を描き、水晶を胸に抱えながら更に口を開いた。

 「あなた達ウンディーネはどちらを選ぶのか、はっきり宣言して下さい!」

 皐月の真剣な表情を見て、この回答にどれほどの意味があると言うのか……ウンディーネはその真意を図る事は出来なかったが、無断で侵入してきた無礼な人間の考えなどどうでも良い。

 『この大陸を支配しているのは悪魔である以上、私達は悪魔を信じ、悪魔と契約します。それが信仰というのであればそれを認めます』

 ウンディーネの言葉が終るや否や、皐月の頭上にある七芒星が輝き始めた。

 皐月は目を閉じると、静かに口を開いた。

 「あなた達は真に中立ではなく、実際は悪魔を信仰し、魔族に従属し、情勢から目を背け、戦いを放棄し、安寧を貪り、神を侮りし種族です……神の使いである私はこれを魔族と同義であると理解しました……」

 皐月の言葉に呼応するかのように七芒星が更に輝きを増す。

 ウンディーネは危険を察知すると、呪文の詠唱を開始した。

 「……神に代わってこれを挫き、悔い改めるまで罰を与えましょう!」

 七芒星の頂点から光線が放たれ、それらが皐月が持つ水晶に集中すると、水晶が爆発的に輝きだした。

 ウンディーネはその光から身を守るように、皐月と自分達の間に巨大な水の壁を形成した。

 水属性ウンディーネの防御魔法『ウォーター・ウォール』である。

 皐月の目の前には水の壁が立ちふさがり、ウンディーネらの姿が全く見えなくなった。だが、皐月は全く気にする様子も無く水晶に光エネルギーを溜めこんで行く。

 皐月は勾玉を握る右手を前方に向け、今にも退魔の術を発動しようとしたその時。

 「待て!東方より来訪した神の使者よ!」

 大きな声と共に、上空から影が落ちてきて強風が吹き荒れた。

 皐月は黒髪を振り乱しながら、地面に右手と両膝をついて強風に耐えた。

 ウンディーネが作り出した水の壁も四散し、穏やかだった湖に白波が立った。

 『こ、これは……一体……!?』

 ウンディーネも何が起こったのか理解できなかったが、やがて上空から現れた巨大な姿を見て息を飲んだ。

 岩山──。

 そう、まさに岩山が上空からゆっくりと降下してきたのだ。

 森の草木は風で煽られて葉が舞い散った。

 皐月らは地を這うように後ろに下がり、岩山が降りてくる場所から退避する。

 巨大な翼を羽ばたかせながら、黒い岩山が凄まじい地響きと共に地面に着陸した。

 その衝撃で皐月らは吹き飛ばされ地面を転がった。

 「巫女様!!」

 小梅は赤ん坊を抱えたまま森から飛び出すと、皐月の元に駆け寄った。

 皐月は光り輝く水晶を胸に抱えたまま上体を起こすと「大丈夫です」と答えた。

 小梅は「ほっ」と安堵のため息をつくと、すぐに国松に声をかける。

 どうやら国松と時宗も無事のようだ。

 「すまなかったな。小さき神の使いよ……」

 岩山はそう言うと、巨大な顔を皐月に向けて更に続けた。

 「……巫女の術は一度行使すると、術者の力が尽きるまで止められないと聞きおよび、その前にどうしても止める必要があったのだ」

 「あ、あなたは!……私達の事を知っているのですか!?」

 皐月は驚いた表情で立ち上がりながら尋ねた。

 「ああ、知っている。われは神に味方し、東方人を助ける者……卯月という巫女よりここへ行くように指示を受け参上した」

 「卯月が!?……どういう事ですか!?」

 皐月は事態を把握できず混乱していたが、同じようにウンディーネも混乱していた。

 『古の地竜よ……あなたはどうしてこの地に参ったのですか?』

 ウンディーネの問いかけに、そちらに首を巡らして口を開く地竜。

 「お前たち水の精霊を助けるためにわれは来た」

 『ふふふ……悪い冗談ですわね?……あの小さき人間が何をしようとも、私の『ウォーター・ウォール』が破られるはずがありません』

 「いや……巫女が使う術は古代魔法でも精霊魔法でもなく、物理攻撃でもない。おそらくそなたの精霊魔法では防ぐ事はできないだろう」

 『そんな話、信じる事はできません。もしもそれが本当であれば、この大陸のバランスが大きく崩れてしまいます』

 「それを神は狙っているのだ。創造主たる神の力……それを与えられし種族がこの東方人なのだ……その力、そなたらもすでに目にしているはずだが?」

 『………!』

 ウンディーネは地竜にそう言われて、この人間たちは、不可侵であるはずのこの地に何事も無く入ってきた事を思いだした。

 『……まさか……まだ神は天上においでになられているのですか……?』

 この大陸から神が姿を消して久しいため、その存在を意識することは無かったのだ。

 「まだおいでです!」

 皐月は強く言いながら歩き始めた。

 「……神はこの大陸を悪魔の手から救うため、私達をこの地へ遣わしたのです!」

 そう断言する皐月が抱える水晶は、尚も光り輝いていた。

 「われは長きに渡り火口で眠っていたのだが、別の東方人の巫女によって遂に目覚め、これを助けると誓ったのだ……」

 地竜はそう言うと、更に続けた。

 「ウンディーネよ。そなた達は悪魔との盟約から解放された。これは偶然ではなく神の意志だ。万物の根源であるそなたら精霊は、神に近しい存在のはずだ………そして今、神はわれらの頭上においでになる。それでもそなたらは悪魔と結託するというのか!?」

 『………!』

 ウンディーネはビクリと体を震わすと、1体を残して湖面に吸い込まれるようにその姿を消した。

 『私達のこれまでの行いは……許されますか?』

 ウンディーネの問いに、皐月が答える。

 「心から懺悔し改心すればそれも叶うでしょう……少なくとも、神の使徒である私は許します」

 そう言い切った皐月の体は優しい光に包まれた。

 『こ、これこそ間違いなく神の光……!』

 ウンディーネはゆっくりと湖面から空中を移動すると、皐月の前に降り立ち地面に両膝をつけて頭を下げた。

 『わかりました……我ら水の精霊はこれまでの行いを悔い改め、神の為に働くことを誓いましょう』

 「あ、ありがとうございます!」

 皐月は涙を流して喜んだ。

 だが、後ろから国松の鋭い声が飛んだ。

 「巫女様!時宗様が……!」

 この言葉を聞いて我に返った皐月は、すぐに時宗の元に駆けつける。

 外傷はほとんど無いように見えたが、息はしておらず心臓も止まっていた。

 「時宗!」

 皐月は時宗の体を揺すったが全く反応が無かった。

 『私達の精霊魔法ソウル・オブ・フォグを浴びた者は、魂だけが霧散するように消えて無くなります……残念ですがその者は……』

 「大丈夫です!……小梅、国松!これより儀式を執り行います!」

 「「はっ!」」

 小梅と国松は直ちに儀式の準備に取り掛かった。

 皐月は地面に正六芒星を描くと、その中央に国松が時宗を運んで仰向けで寝かせる。その腹には神鏡を置き、六芒星の頂点に燭台を配置していく。

 さらに大きな切り株にしめ縄を巻き、水晶と玉串を配置する。

 『これから何が始まるというのですか?』

 「おそらく我らは神の力を目の当たりにすることだろう……黙って見守ろう……」

 ウンディーネの問いに地竜が答える。

 その間も儀式の準備は進み、皐月は鈴を左手に持ち、右手に蝋燭を持って水晶の前で何かを呟いている。

 国松と小梅は10メートルほど下がり、正座して頭を下げ両手を組んで目を閉じた。

 「これより儀式を執り行います。一切の物音を出さず、動かず、心を乱してはいけません」

 皐月はそう宣言すると、火がついた蝋燭を持って六芒星の頂点に置かれた燭台に火を灯していく。

 全ての燭台に火を灯すと、六芒星の中心に寝かされた時宗の傍に行き、鈴を打ち鳴らしながら祝詞を唱え始める。

 地面の六芒星が徐々に輝き始め、二人を光が包み込んで行く……。

 

 あれからどれくらいの時間が経過したのだろうか?

 地竜は目を開けると、どうやら儀式は終わっているようで、六芒星の輝きは失われ燭台の火も消され、国松が儀式の後片付けを行っていた。

 時宗は相変わらず地面に寝かされており、皐月の姿は見当たらなかった。

 「そこの者。巫女はどこにいる?儀式はどうなったのだ?」

 地竜は国松に話しかけると、国松は燭台を一ヶ所に集めながら答えた。

 「儀式は成功し時宗様は一命を取り留めました。巫女様は森の中でお休みになられており、小梅が付き添っています」

 「何と!?死んだ者を蘇らせたと言うのか!?」

 地竜は驚きを隠さず叫んでいた。

 これを聞いて目覚めたウンディーネも頭を振りながら呟いた。

 『これこそ神の奇跡……あの者こそ、まさに神の使い……』

 ウンディーネも驚きのあまりこれ以上しゃべる事が出来なかった。

 「ウンディーネよ。東方人には、このような巫女が何人もいるらしいぞ?われも別の『天才』と呼ばれし巫女を知っている」

 『つまり……この世界で唯一、神に選ばれし種族という事ですか……この者たちに逆らう事は、すなわち……』

 「神に逆らう事と同義となる……な……」

 『………』

 地竜とウンディーネは目の前で奇跡を目撃し、改めて東方人に協力することを心に誓ったのだった。





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