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魔族の騎士  作者: らつもふ
12/25

古の地竜

 「われは今しがた長き眠りから目覚めたばかり………現状を把握しておきたい」

 「わかった」

 ボッシュはそう言うと、地竜に対して、サタン率いる魔族が大陸を支配している事、大陸外の人間が神に委託され魔族に戦いを挑んできたこと、偶然この場所で魔族と神の人間同士が戦っていたことを、簡単に説明した。

 「……いや……偶然ではない……」

 この声にボッシュは振り向くと、卯月が桜に抱かれたまま目を開けてこちらを見ていた。

 「卯月殿。気が付いたか」

 「……ぐっ………!」

 傷が痛むのか、体力が消耗していてこれ以上しゃべれないのかわからないが、とにかく声が出ないように見えた。

 「ボ……ボッシュ……さま……」

 今度はコスメールが口を開いたが、こちらも重傷のようで口から血を滴らせてながらマールシェに抱えられていた。

 「二人とも、今は無理にしゃべらなくてもいい」

 ボッシュはそう言って二人を制する。

 それを見た地竜はブツブツと呪文を唱え始めた。

 「こ、この呪文は……回復魔法!」

 ボッシュの言葉と同時にその場にいた全員の体が淡い光に包まれる。もちろん、ヒポグリフも例外ではない。

 地竜は尚も呪文を唱え続けると、周囲がパッと閃光に包まれ、体を包んでいた淡い光が蒸発するように四散し、何事も無かったように時間が流れていた。

 「これでこの場にいる全員の体力は回復した。われに話すべき事がある者は言うがいい」

 地竜のこの言葉に、その場にいる全員が地竜の魔法によって癒されたのだと悟った。

 「何たる魔力……」

 ボッシュも開いた口が塞がらなかった。

 実際に回復魔法を行使するところを見た事はあったが、複数を対象に一発で治癒させるなど、見た事も聞いたこともなかったし、そもそも魔族はアンデッドが多いため、回復魔法を使う場面は少ないのだ。

 そこへ卯月の声が響いた。

 「回復していただき感謝します。古の竜よ」

 卯月は自分の足で歩き出すと、ボッシュの隣まで進み出た。

 この少女が丁寧な口調で話すという事は、おそらくアースドラゴンの力を認め敬意を表している事が伺えた。

 「私は神の意思に従い、悪魔を大陸から駆逐するために東方の島よりやってきた人間です。地竜にはお願いがあり、ここまで自分達の足で登って参りました」

 「卯月殿、何を……!?」

 ボッシュの言葉は、卯月の人差し指に遮られた。

 下から色違いの大きな瞳でボッシュを見上げるその顔は、まだあどけなさが残る子供の表情だった。

 卯月は地竜へ視線を戻すと言葉を続けた。

 「地竜よ……あなたが長き眠りにつく前は、まだこの大陸は悪魔が台頭する前だったと思いますが違いますか?」

 そう問われて地竜は昔を思い出すように遠い目をしながら言葉を発した。

 「確かに……昔は人間が大陸を支配していて、どこもかしこも賑わっておった。人間は道路を整備して物資を流通させ、町を活性化させた。われも人間の知恵には舌を巻いたものだ……」

 「その人間は今では魔族に堕ち、小さな村に押し込められて不自由な生活を強いられています。他の魔族の種族も同じです……それを見かねた神は私達に悪魔から解放するようお命じになったのです」

 「ちょっと待て、卯月殿!」

 ボッシュは慌てて隣の卯月を制する。

 「我々は不自由など感じておらぬし、サタン様への忠誠は絶対だ。勝手な事を地竜に吹き込まれては困る!」

 「不自由を不自由と感じない……これほどの不幸がありますでしょうか?ボッシュ殿……私は貴方をお助けしたい」

 「不要だって言ってんの!敵であるお前に、ボッシュさまが助けを請う訳がないだろう!?」

 突然、後方からコスメールがしゃしゃり出てくる。

 「……ていうか、どうしてお前がボッシュさまの事を知ってんのよ!?」

 コスメールの言葉にため息をつく卯月とボッシュ。話が脱線するのは目に見えて明らかだった。

 「おぬしは引っ込んでおれ。今はボッシュ殿と地竜殿に話があるのだ」

 いつもの口調でコスメールをたしなめる卯月。

 ボッシュもメッセージでコスメールに黙っているように指示を出すと、マールシェに腕を掴まれ渋々引き下がった。

 「──それで、東方の少女よ。我に願いとは何ぞや?」

 地竜が静かに問う。

 「悪魔を大陸から一掃する手伝いをしていただきたい」

 卯月は地竜を正面から見ながら、端的に、はっきりとした声で言ってのけた。

 「ほお……」

 地竜は卯月の豪胆さに少々驚いた様子だった。

 自分たちの足で頂上の火口まで歩いてきたという努力、そして堂々としながらも礼を尽くし、変にへりくだらぬその態度、まさに東方人の代表者として外見に似合わぬほどの適任者よ……。

 ──だが、その隣にいる赤い鎧の騎士。彼もまた、少女以上に素晴らしき素質を持つ者と見た……。何せ、この我を言葉一つで正気に戻し、この場にいる者を救ったのだからな……。

 地竜はギロリと卯月を睨むと言葉を続けた。

 「……われは、東方の者に協力する義理も理由も無く、利点も見当たらない。故に、願いを聞く必要性も感じない」

 「地竜よ。本当にそう思いますか?」

 卯月は全く動じることなく切り返した。

 「人間の子供よ。お前と言葉遊びをしようとは思わぬ。はっきりと言うが良い」

 「では申し上げます……」

 卯月はそう言うと、淡々と語り始める。

 「地竜が悪魔の影響を受けていなかったのは、長き眠りについていたためであり、さしあたっての脅威にはならないと判断されたためです。しかし、目覚めたとわかれば話は別です。現に、他の古代竜<エンシェント・ドラゴン>は魔族に降っております」

 「つまり、魔族に降る方が得だという事ではないか?やはり、お前の願いを聞く理由は無い」

 「そうではありません。魔族に降ると、先ほども申し上げた通り、今までの自由は奪われ、悪魔には絶対服従する事になります。悪魔は力で大陸を支配しているのです。一度魔族に降れば、二度と自由を与えられることは無いでしょう。自由を知っている地竜が自由が無い生活に耐えることはできますか?地竜にはまだ自由がある……であれば、魔族に降った同族を解放してあげるのが筋ではありませんか?」

 「………」

 古の地竜は、小さき東方の子供に諭されていた。

 卯月の言葉は一理ある。だが、それは神が良く使う説得の方法と同じだ。自分達と敵対するものを全て悪と断定し、それを誅する自分達は正義であると決めつけるのだ。正義は悪を滅ぼしても許される……つまり、虐殺を正当化しようとしている。だが、悪魔は種を滅ぼさず、むしろしっかりと保護しているではないか。

 それに自由だってルールやモラルを守る事が前提の上での自由のはずだ。魔族を打ち破れば自由を得られるというのは妄想であり詭弁にすぎない。実際は次の統治者がルールを策定し、それを大陸に住む全ての種族に強要するはずなのだ。

 ───だが。

 地竜はそれでもあえて、この小さき人間の使者の言葉に乗ろうと考えていた。何故なら、この大陸に必要なのは魔族を滅ぼすことではなく、魔族に対抗できる勢力を作る事なのだ。

 悪魔が支配する世界でも、神が支配する世界でも、どちらかに偏った世界は幸せな世界とは言えない。そのような世界は、基本的にはそれ以上の発展は望めないからだ。

 支配する側から見れば、現状の支配体制が続くのが理想であり、それを自ら崩すようなことはする必要はなく、このまま未来永劫まで存続することを望んでいるのだ。つまり、支配下の者達には一切の力を与えず、現状維持を強要するようになるのだ。まさに、今の魔族のやり方だ。

 そう言った意味で、東方人を助ける事で、悪魔と神の力の均衡を保つ事で競争の原理が働き、国は発展する。さらに軍事力も拮抗すれば、下手に動くことも出来ないので、調和の中での平和が続くと考えたのである。

 「いいだろう、東方の小さき使者よ。そなた達の力になろう」

 「ありがとうございます。地竜よ……それでは今後の事については……!」

 「それはまた後日にしよう……そなたも主にこの事を報告し、それを踏まえた行動計画を立てる必要があるはずだ」

 「仰る通りですが、その後またこの場所に戻ってくることは、おそらく出来ないと思われます……」

 卯月はそう言いながらボッシュの顔を見る。

 「当然だ。こんな話を私の目の前で聞かされたのだからな。黙って放置する訳にはいかない」

 ボッシュはそう言うと、地竜に向かって更に続けた。

 「地竜よ。およそこの大陸に生きる者の中で、一番長く生き、知識を蓄えているあなたが神の側につくと決めたのだ。おそらく何か別の考えがあっての決断だろう……」

 このボッシュの言葉に目を細める地竜。

 ──この赤い鎧の人間……われの思考を読んでいるのか?……やはり、なかなか大した人間よ。

 何百年も生きる地竜はこれまでも智者や賢者と呼ばれる者と出会ってきた。だが、先ほど会ったばかりの者に、これほど感心させられた事はこれまでほとんど無かった。

 長生きはするものだな……。

 地竜はそんな事を考えながらボッシュの言葉の続きを黙って聞く。

 「……だが、この場で東方人を討ち果たせば、地竜が表舞台に出る事も無くなるだろう」

 ボッシュはそう言うと、卯月に対して正対する。

 卯月は冷や汗を流しながら、ジリジリと後退するしか出来なかった。ボッシュは唯一卯月が認めた男であり、その強さは十分知っている。

 「なるほど、確かにこの者達が主の元に辿りつけぬ場合は、この話は闇に消えることになる……」

 地竜が二人の様子を見て声をかけた。

 「しかし、われがそう易々と東方の者らを殺させる訳がなかろう」

 そう言うと、地竜は呪文を唱え始めた。

 すると、卯月ら東方人が黄色みがかった光に包まれた。

 「物理攻撃に対する防御魔法か……」

 「ほう……赤い鎧の人間よ、よく知っているな。だが、最高レベルのわれの魔法はおそらく誰にも破る事はできないだろう」

 「30分の間だけ……だな?」

 「ふふふ、その通りだ」

 ボッシュの含み笑いに、岩石の竜も薄らと笑って答えているように見えた。

 この二人の姿を見て、卯月は先ほどのボッシュの言葉を思い出していた。

 『……あなたが神の側につくと決めたのだ。おそらく何か別の考えがあっての決断だろう……』

 そう、この地竜は単に我々を助けるために力を貸してくれるのではなく、何か別の意図があってそうしてくれるのだと感じた。何故なら、敵となるはずのボッシュ殿と、傍目からも分かるほど心が通い合っているではないか。

 だが、地竜の本当の意図など、この際どうでもよくて、結果的に力になってくれるかどうかだけが焦点となるべきことなのだ。

 地竜は卯月へ視線を移すと口を開いた。

 「これからそなたに『メッセージ』が使えるようになる魔法をかける。これにより、われに対して何か伝えたい事があれば、どんなに距離が離れていようとも、われに自分の言葉を伝えることが可能となるだろう」

 「それは有りがたい。魔族の間で使われているものと同じものですね?」

 「そうだ。これでそなたが主の元に帰っても、われと連絡を取り合う事は可能となる。方針が決まり次第知らせるがいい」

 「承知しました」

 卯月はそう言うと、両手を胸の前に組んで魔法をかけてもらう準備をする。

 地竜はそんな畏まったポーズは不要だと思ったが、それは口には出さずに、素直にメッセージの魔法をかけた。

 「試しにわれにメッセージを送ってみよ。われに対して伝えたい事を思うだけでよい」

 卯月は地竜に対して、力添えに対するお礼の言葉を念じた。

 すると、地竜からも、確かにそなたの思いを受け取った、と連絡が入った。

 「これは、何とも不思議な感覚です……」

 卯月が素直に感想を述べる。

 「慣れるまではな。だが、油断すると、相手に聞かれたくない事までうっかり伝えてしまう事があるので、そこは注意する必要がある。まぁ、やり取りする相手がわれだけであれば、あまり気にする必要もないだろうがな」

 「それではこれにて失礼させていただきたいのですが……」

 卯月はそこまで言ってから上を見上げる。

 地竜はそれだけで全てを察した。

 「なるほど、崖を上がれないのだな?わかった、われが上に連れ行ってやろう」

 「地竜はこの後どうされるのですか?」

 「われはこの後、この魔族の者にちょっと用事があってな………安心せい。お前たちが逃げれるだけの時間は稼いでおく」

 「地竜よ……私は魔族の中でボッシュ殿は唯一、認めた存在です。できれば命だけは……」

 それを聞いて地竜は驚いた。

 この少女は、敵であるはずのこの赤い鎧の男の可能性をすでに看破しており、命を奪う事が無いように嘆願してきたのだ。

 「わかった。では、そなたらを麓まで飛ばしてやろう」

 地竜はそう言うと呪文を唱え始めた。

 「ボッシュ。あれは転移の魔法だ!」

 マールシェは叫ぶと同時に卯月に対して全力でダッシュをかける。

 盾を構えて片手剣を前方に突き出した体制で、まるで弾丸のように一直線に卯月に突撃した。

 ガキイィィン!

 卯月に掛けられた魔法の防壁に遮られ、反発する磁石のようにマールシェは後方へ吹き飛ばされた。

 「なんて魔力なの!?」

 マールシェは上体を起こしながら、半ば呆れたように呟いた。

 「ボッシュさま、このままでは逃げられてしまいます!」

 コスメールがボッシュの隣にやってきて双剣を構える。

 「伝説のエンシェント・ドラゴンが唱えた魔法だ。こちらの物理攻撃は完全に無効化されるだろう」

 「そんな悠長な……」

 コスメールが反論しようとするのをボッシュが遮る。

 「問題ない!この場は東方人を逃したとしても、我々の今後の方針に影響を与えることは無い!」

 ここまではっきり言い切られては、コスメールも反論の余地はなかった。

 その間も地竜の転移の呪文は継続し、見る見る内に卯月らの体が透明になって行くと、遂にはその場から消えてしまった。

 「それでは地竜よ。心置きなく用事とやらを済ませようじゃないか?」

 ボッシュはそう言うと、背中の大剣を取り出して上段に構えた。

 それを見た地竜は目を細めて口を開いた。

 「ふふふ……お前には底知れぬ力があると言うのに、どうやら不器用のようだな?」

 「違いない。私は剣で語るしかできない男なのでな」

 ボッシュはそう言うと、一気に大剣を振り下ろした。

 激しい爆発音と共に、衝撃で地面が割れ土煙が噴き出した。

 だが、地竜の体にはキズ一つ入っていなかった。

 「無駄だ、赤き鎧の男よ。ドラゴン族には物理攻撃によるダメージは通らない事を知っておろう?」

 「勿論知っている。だからと言って、それが実際に試さない理由にはならない」

 そう言うと、更に何度も大剣を打ち下ろしたが、やはり傷一つ与えることは出来なかった。

 ボッシュは打ち込みを止めると、呼吸を整えて再び構え直し、全神経を自分の両手に集中する。

 すると、地竜にはボッシュの両手が光り輝いているように見えた。

 「……あの手……ま、まさか……」

 全生物の頂点に君臨するエンシェント・ドラゴンが、一瞬、たじろいだ。

 ボッシュは「フッ!!」と短く息を吐きながら、電光石火の如く大剣を振り下ろした。

 大気を切り割く瞬間的な摩擦熱で爆発が発生し、衝撃波で地面が割けた。

 「あぐぅ!」

 コスメールは双剣を持った両手をかざし、体勢を低くして爆風と衝撃波に耐え、マールシェは地面に伏せた。

 轟音と共に炎の柱が立ち昇ると、後を追うように黒煙が空を目指さす。

 黒煙が風に流され視界が開けると、信じられない光景が飛び込んできた。

 「グウゥゥゥ……」

 地竜が低い声で呻いた。

 何と、地竜の前足の上……人で言えば右肩にあたる場所の岩石のような皮膚が裂け、黒に近い血が流れていた。

 「う、嘘でしょ……」

 マールシェは信じられないという表情だった。

 ドラゴン族……特にエンシェント・ドラゴンとなれば、物理攻撃では同じエンシェント・ドラゴン以外に傷をつける事は出来ないと言われていたのだ。

 そして、当人である地竜もマールシェと同じ思いだった。

 ボッシュは「ふぅ」とため息をつくと、大剣を地面に突き刺し、そこに両手を置いて体を支えるようにして立っていた。

 「………どうだ?やってみなければわからないものだろう?」

 そう言うと、ニヤリと笑う。

 地竜も大きな声で笑い出した。

 「わっははは!」

 本来、笑うという行為はドラゴン族には無いものだったが、地竜は笑わずにはいられなかった。

 「赤き鎧の人間よ。物理攻撃でわれに傷を与えたのはお前が初めてだ。まさか、わが皮膚を貫く者が現れるとは……全く、久しぶりに目覚めて見れば、実にいろいろな事が起こるものだ。愉快、愉快」

 「気に入っていただいて何よりだ……」

 ボッシュはそう言うと大剣を背中の鞘に納め更に続けた。

 「……余興はこれくらいにして、本題に入りたい。地竜よ。私達を殺さずここに留めたのは何故だ?」

 ボッシュは改めて地竜に正対すると、その大きな岩石の顔を見上げた。

 「ふふふ……われは今、確信したぞ……赤い鎧の人間よ……」

 「ボッシュ……私の名はボッシュだ」

 「そうか、ボッシュ。お前のその両手……『栄光の手<ハンド・オブ・グローリー>』だな?」

 「ああ、どうやらそうらしい。ネビロス様は、私が死んだらこの手が是が非でも欲しいと言っていた」

 「そうだろうな。『栄光の手』は魔法を使う者にとっては、超レアな最強魔術アイテムだからな。だが、その手は死んでからじゃなければ効力を発揮しないわけではないのだ」

 「それはどういう……?」

 地竜の言い回しにピンと来ないボッシュ。

 「うむ……通常、死者をそのまま放置すると腐敗する……条件によっては腐敗せずミイラ化する事もあるだろうがな。しかし『栄光の手』の保持者が死ぬと、その姿は死んだ時と変わらぬ瑞々しさを保ち、蝋状のようになる。そしてその両手は魔法使いにとっては、最高級アイテムとなるのだ。例えば、蝋化したその指に炎を灯せば、通常では見えないモノまで見えるようになり、その明かりの下で魔法を行使すると、その効力は何倍にも跳ね上がるのだ」

 「それは何となく聞いている。だが、私が死んだ後の事を言われても、私にはどうすることもできない」

 「だが、その特別な手は、お前が生きている間もその効力を発揮しておる……」

 「!?」

 ボッシュはそう言われて、過去の記憶を遡ってみたが、何か特別な経験をしたという記憶はなかった。

 「お前は鈍感で不器用だ……むしろ、それが逆に良かったのかもしれぬが、例えば、今お前は不可能と言われていた事を成し遂げたではないか?この地竜に剣で傷を負わせるという奇跡をな?」

 「……」

 ボッシュは自分の両手を見つめていた。

 地竜はそんなボッシュを見つめながら更に続ける。

 「そして、その力は『悪魔でも神でもない力』であり、今後、その力が必要となる日がくるだろう。だが、まだその時ではない。今は自分の考えのまま進むがいい」

 地竜はそう言うと空を見上げた。

 「さあ、もう行くがいい、ボッシュよ。今回、お前たちをここに引き留めたのは、お前の『栄光の手』を確認するためだった。そして、その手の本当の力はまだ誰も知らぬのだ。ボッシュよ、生きよ。生きてこの世の顛末を見届けよ」

 ボッシュは頭を掻きながら自分のヒポグリフに向かって歩き始めた。

 「どうも智者と話すと物事をはっきりと言わないから理解に苦しむのだが、まぁ、それはいいとして……」

 そう言うとボッシュはヒポグリフに飛び乗ってフワリと浮き上がった。

 他の二人もそれに倣ってヒポグリフに飛び乗ると上昇を開始する。

 「地竜よ。今後はあなたも敵と考えて良いのだな!?」

 「ああ、その通りだ。赤き鎧の人間よ。次回会うときは、その瞬間にわれの魔法の餌食となっているだろうから、覚悟しておくがいい」

 「肝に銘じておく。それではサラバだ!アースドラゴンよ!」

 ボッシュはマールシェとコスメールを引き連れてグングン上昇すると、東の空に消えて行った。

 地竜はそれを黙って見送ると、おもむろに呪文を唱え始めた。

 先ほどボッシュにつけられた傷の修復を試みる。だが、治癒魔法を何度唱えても、傷口が塞がることは無かった。

 巨大な地竜にとってみれば、ボッシュに与えられたこの傷など掠り傷にもならない程度であり、治癒できなくても何の差し障りも無い。

 地竜は治癒する事が面倒となり、再び体を地面に降ろして丸くなると、元の小高い岩山の姿に戻ったのだった。

 

 

 すでに周囲は暗くなっており、普段であればこれから活動するという時間帯なのだが、ここ数日は昼夜が逆転した生活だったので、夜になると眠たくなってくる。

 特にコスメールは、東の屋敷に戻ってくるまでの間、ずっとボッシュとマールシェに勝手に行動したことを叱られ続けていたので、それが子守唄となって余計に眠気を誘っていた。

 屋敷に戻ると三人はすぐに大広間に入り、檀上を椅子代わりに横一列に並んで座った。

 「私はすでに概要を聞いているが、改めてサタン様との会談についてマールシェから話してくれないか?」

 三人の真ん中に座ったボッシュが、右隣りのマールシェを促した。

 明かりも無くほぼ真っ暗な大広間であったが、夜目が利く魔族にとっては全く問題は無かった。

 「わかった……」

 マールシェは頷くと、壇下に降りて二人の目の前に立って口を開いた。

 「それでは作戦を伝える。魔族軍はアンデッドを中心とした大部隊を組織して、大陸の北西から東へ向かって進軍し、隠れ潜んでいる東方人を根絶やしにする……」

 「それではボッシュさまの意見がほぼ通った、という事ですよね!?ですよね!?」

 そう言いながらボッシュの左腕を掴んで引っ張るコスメール。

 「まだ話の続きがあるから最後まで聞け」

 ボッシュはそう言ってコスメールの手を振りほどいた。

 コスメールは仏頂面となり、そのままマールシェへ視線を戻す。

 「……えーと、それで部隊の構成だが、北西から進軍する部隊はベルゼブブ様を中心にレヴィアタン様、ネビロス様、バルベリス様がそれぞれのアンデッドを率いて大陸を虱潰しにするとの事」

 「うわぁ、完全に本気モードの戦力だなぁ………実際にはベルゼブブ様は『天地の塔』から指示を出すだけとしても、現3将軍が揃い踏みとは、なかなか見ることが出来ない光景だよ?大陸ごと吹き飛ばすつもりなの?」

 「口を慎め、コスメール……」

 ボッシュはコスメールの頭を小突くと、マールシェに向かって話を続けた。

 「……で、我々への命令は?」

 「アスタロト様と共に逃れてきた東方人を一人残らず討て、だ」

 「うーむ……」

 ボッシュは腕を組んで難しい表情になった。

 悪魔アスタロトは苦手なタイプだったのだが、先の命令で同行したことでそれが確信へと変わったのだった。

 それを見たコスメールがボッシュに話しかける。

 「アスタロト様って、ボッシュさまにはちょっと冷たく当たりますよね?どうして?」

 「どうしてって……そんな真っ直ぐに訊かれても……むしろこっちが聞きたいのだが?」

 「……それでだ!」

 マールシェが若干イラっとした口調で話を戻す。

 「……アスタロト様が実際に赴任されるまでは、あと数日かかるそうだが、それまではボッシュが指揮官となり周囲を警戒せよ、との事だ」

 「アスタロト様だったら、ヒポグリフよりも飛行能力が高いワイバーンがあるのだから、すぐに赴任できると思うのだが?」

 ボッシュが素直に思った事を口にすると、マールシェがイラついた表情で言った。

 「私に言われてもわからん。とにかく伝えた通りだ。ちなみにバルベリス様は、東方人らを見失い、ザライドマセルを瀕死の状態にした責任を問われて、将軍職と地獄の番人職を剥奪され、現在はネビロス様の副将という肩書となっている」

 「そうか……」

 としか言いようがないボッシュは、ザライドマセルの容体についてマールシェに訊いた。

 「それなんだが……」

 マールシェはそう前置きすると、右手を左肘に添えて、左手を自分の左頬に置き、少し考えるような素振りをする。

 「サタン様との面会の後、グラードに戻って体を休めがてら、ザライドマセルの安否を確認するため色々と尋ね回ったのだが、誰一人としてその行方を知る者がいなかったのだ」

 「何で!?どうして!?あの時バルベリス様は、黒焦げになったマセルをグラードに送ったんだよね!?そこで治療に専念しているんだよね!?」

 あの時、自分がもっと早くに気づくことが出来ればザライドマセルは無事だったはず、という自責の念が再びコスメールを襲った。

 「そのはずだ……私もバルベリス様がすぐにヴァンパイアを召喚してザライドマセルを運んで行ったのを見たが………」

 ボッシュはその時の光景を思い出しながら呟いた。

 「だとしても、グラードにはザライドマセルはいなかった……」

 マールシェは結局グラードの村中を探し回ったが、その姿を見つける事は出来なかったのだ。

 「………」

 三人はいろいろ考えたが、どんなに考えようとも当事者であるバルベリスに聞かなければわからないという結論に至ったが、さすがに不躾な質問をメッセージで送りつけることは思い留まった。

 「ここでいろいろ詮索しても意味が無い。一先ずこの話は置いておいて、合流した時にバルベリス様に改めて尋ねることにしよう」

 ボッシュはそう言ってこの話を打ち切ったが、三人の心は全く晴れなかった。




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