第8話
そしてその夜、新婚約お披露目パーティーの会場。
入り口のざわつく声に、会場中の一同がバッと振り向いた。
会場に足を踏み入れた瞬間、冷ややかな視線と、あちこちからヒソヒソと声が漏れ聞こえてきた。
「…何であの令嬢が?」
「…普通、恥ずかしくて来ないだろ」
「公爵家の恥晒しね…」
だが、私の耳にはそんな周囲のどよめきなど一切届いていなかった。
(うわぁ……すごい熱気。それに、なんて眩しいのかしら)
目も眩むようなクリスタルのシャンデリアが輝き、色とりどりのドレスをまとった貴族たちで埋め尽くされた空間。
私は今回、殿下と同じ色のサファイアブルーのドレスを勝負服として身にまとっていた。
この会場で大立ち回りをするのかという緊張感で、胸が少し小さく跳ねた。
すると、周囲の冷たい視線を遮るように、一人の少年が私の前にそっと進み出てきた。
おとなしめで物静かな雰囲気をまとったカイルだ。
「ソフィ、本当に来ちゃったんだね。こんなところにわざわざ足を運んで、大丈夫なの…?」
カイルは眉をひそめ、周囲の冷酷な視線から私を庇うように、本当に私の身を案じて心配そうに声をかけてくれた。
(カイル、心配ありがとう。でも大丈夫よ、私にとってここは地獄ではなく今世紀最高のイベント会場なの!)
「ええ、カイル。お気遣いありがとう」
私はおとなしく淑女の微笑みを浮かべながら応じ、ステージの上に目を向けた。
その瞬間、私の心臓は別の意味で跳ね上がった。
周囲の視線もヒソヒソ声も、すべてが背景の砂嵐のように意識から消え去る。
まばゆく輝くスポットライトを浴びた殿下が、隣のオリビアの肩を抱き寄せ、ステージに向かって進んでいく。
(っ! 素晴らしいわ! 見なさいあの黄金比の立ち姿、手元の角度!)
(新婚約者を隣に携えたことで、昨晩よりもさらに増した帝王としての輝き! )
(あの斜め45度からのアングル、まさに神。この距離で拝めるなんて、やっぱり今日来て大正解だった!)
拝み倒したい衝動を必死に抑え、私はじっとその姿を網膜に焼き付ける。
(…あ。ダメだわ。私、鑑賞するためだけに来たんじゃなかった)
急に、冷や水でも浴びせられたように我に返った。
脳裏に、お父様の己の実力のみで成果を掴み取れという地鳴りのような声が響く。
(そうだわ。ただここでコソコソと盗み見ているだけなんて、腑抜けているのと同じ。自分の手で成果を掴み取らなくては!)
壇上のまばゆい光の中で、新婚約者と並び立つ殿下の姿はどこまでも優雅で、まるで絵画のように完璧に完成されていた。
(このサファイアブルーのドレスを勝負服にして、私は言わなくてはならないのよ。)
(私の実力で、殿下のお側というあの最前列の席をもう一度掴み取ってみせるって!)
ゴクリ、と生唾を飲み込む。
心臓がバクバクと嫌な音を立てるが、やるしかない。
会場中の貴族たちが息を呑んで見守る中、殿下が「我が新しい婚約者は」と発表しようと口を開いた、まさにその直前だった。
「お待ちあそばせ!」
殿下の言葉を、私は盛大な大声で遮った。
参加者たちが一斉に発信源へと注目する。
私の凄まじい気迫に気圧された群衆が、まるで波が引くように左右へと割れて道を空けた。
開かれた、その一本の道を。私はドレスの裾を翻し、ステージにいる殿下とオリビアの前へと、悠然と歩を進めた。
胸をはり顎をツンと尖らせ、いかにも悪役令嬢らしい高慢なポーズで不敵に笑ってみせる。
「オリビア様、そして殿下! 殿下の隣に立つにふさわしいのはこの私ですわ。」
「覚悟しておきなさい、正々堂々真っ向勝負でその席を奪い取って差し上げますわ!」
「な、なな、なんだとっ!?」
「…えっ?」
発表を完全に上書きされ、殿下とオリビアが口をポカンとあけて呆然とした瞬間、私は何も考えずにそのまま反転し、風のようなスピードでその場から走り去ろうとした。
(よしっ 完璧な宣戦布告ね! 待ってなさい泥棒猫、絶対に奪い取って見せる!)
会場にいたお父様は、私のあまりにも潔い正面突破を見届け、「うむ、我が娘ながら見事な真っ向勝負だ」と言わんばかりに腕を組み、満足そうに深く頷いていた。
カイルだけが、呆然と私とお父様を交互に見つめて頭を抱えていたが、どうやら我が家の家訓的には、今の乱入で問題なかったらしい。
どよめきと静寂が入り混じる会場を完全に置き去りにしたまま、私はそのまま正面玄関へと突き進み、待たせてあった我が公爵家の馬車へと滑り込んだ。
「ソフィ様、お疲れ様でございました。新婚約者へのこれ以上ない特大の当てつけ、実に見事な大立ち回りでした」
馬車の扉が閉まると同時に、いつの間にか先回りしていたルーシーが、感情のない声でいつも通りに私を迎えてくれた。
「ええ、ルーシー。私の宣戦布告に呆気にとられた、殿下のあの新しい表情を最前列で観ることができて、本当に素晴らしい夜でしたわ。さあ、お屋敷へ帰りましょう」
ドレスの裾を整え、私は満足感に包まれながら、夜の街を走る馬車のシートに深く体を預けた。
こうして、嵐のような新婚約お披露目パーティーは、私の一方的な大満足とともに幕を閉じたのだった。




