第7話
お父様にこってりしぼられた翌朝。
私はいつも通り学園に登校した。
廊下を歩くだけで、周囲の生徒たちから冷ややかな視線とヒソヒソ声が突き刺さる。
「おい、見ろよ。ソフィお嬢様だぞ」
「噂は本当だったんだな。あのやべー令嬢、昨晩殿下から婚約破棄されたんだって」
「ショックで気絶して、すまきにされて運ばれたらしいわよ」
どうやら昨日の件はすでに広まっているようだったが、生徒の見る目自体はさほどいつもと変わらなかった。
私は気にせずに教室へと向かい、自分の席についた。
(まあ、すまきにされたのは事実ですし、何より昨晩の殿下のイケメンぶりに比べたら、周囲の雑音なんて豆粒みたいなものですわ)
「ソフィ…」
前の席のカイルが、周囲を気にするように何度もチラチラと視線を走らせながら、そっと振り返ってきた。
「昨日の出来事、もう学園中に広まっちゃってるみたいなんだ。」
「みんな、朝からその話ばかりで…」
「あら、カイル。おはようございます」
「うん、おはよう…。でも、昨日の今日で本当に登校してきて大丈夫なの?」
「昨晩は、気丈に振る舞っていたけど…」
カイルは心配そうに綺麗な青い瞳を揺らし、私の顔をじっと覗き込んでくる。
「本当は、すごく無理をしてるんじゃないかと思って。心配で…」
(ああ、カイルは本当に優しいお人好しですわね)
(周りの令嬢たちはみんな腫れ物に触るように距離を取るのに、カイルだけはいつも、こうして私のことを本気で心配してくれる)
「大丈夫ですわ。むしろ、これまでにないほどみなぎっておりますの」
「そう…? まぁ、もし辛くなったらいつでも僕に――」
カイルが声を潜めて健気に心配してくれている最中、私は教室の窓から見える中庭に、まばゆく輝くあの金髪をきっちり視界にロックオンした。
「あーっ! 殿下が中庭をお歩きになっていらっしゃいますわ!」
「えっ!? ちょっとソフィ、声が大きいよ…! あ、兄上…?」
「ごめんなさいカイル、ちょっと急用を思い出しましたの! それでは失礼いたしますわ!」
焦るカイルを教室に置き去りにしたまま、猛烈な速さで、教室のドアへと飛び出した。
私はカイルの心配を気にせず、いつもの鑑賞にむかったのだった。
(おほーっ! 今日のお召し物も最高ですわ! スラリとした足、風に揺れる金髪、今日も本当にかっこいい! )
(1秒でも長くこの目に焼き付けなくては!)
婚約破棄されたいうのに、相も変わらずいつもの鑑賞をしていると、私の背後から我が家のメイドであるルーシーが現れ、すっと一通のきらびやかな手紙を差し出してきた。
「ソフィ様。学園のポストに、こちらが届いておりました」
差し出された手紙を前に、私は顔をしかめた。
「ねえルーシー。これ、何かしら…」
「今夜開催される、殿下とオリビア様の新婚約お披露目パーティーの招待状でございますね」
「昨日、ソフィ様を振ったばかりだというのに、わざわざ招待状を送りつけてくるとは…」
ルーシーの表情は変えていないが口調が少し低くなっている。
だが、私の脳内は別の解釈をしていた。
(新婚約お披露目パーティーということは、殿下から是非一番に見に来てくれと熱烈に望まれているということですわね!)
「ねぇルーシー。昨日フラれたばかりの元婚約者をわざわざ呼ぶなんて、…これは脈ありよね?」
「いえ、これは恐らく嫌みです。普通の人なら恥と屈辱で引きこもるレベルの嫌がらせかと」
ルーシーは感情の起伏がない声で、淡々と事実を突きつけてくる。
普通の令嬢なら、泣いてその場を飛び出すところだろう。
招待状を見つめるうち、目からじわじわと殿下への情熱が蘇ってくる。
(待って新婚約お披露目パーティーってことは、殿下が一番きらびやかに輝く神イベントじゃないの。そんなの、最前列で拝まなくてどうするのよ!)
さらに私の脳裏に、お父様の真っ向勝負で成果を掴み取れという言葉が、地鳴りのような幻聴となって響き渡る。
(そうよ。陰で引きこもっているだけなんて、我が公爵家の真っ向勝負に反するわ! )
(たとえ婚約者の座を失っても、私は私の意志で殿下のお側という権利を掴み取ってみせる!)
「ルーシー、今夜の衣装の準備よ! 殿下がよくお召しになる、あの一番お気に入りの色、サファイアブルーのドレスを用意して! 」
「…正気ですか」
ルーシーの目が完全にすわってるが、私の決意は揺るがなかった。




